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8 オースティン

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◇◇ オースティン ◇◇

俺は学院時代からずっと、ウイル・ダウェル伯爵子息に劣等感を持っていた。

ウイルは賢く成績も良い上、見目も性格も良く、女子にも人気があった。
それに引き換え、俺はというと、成績は真ん中、剣術や格闘技が好きで、粗野で暴れん坊だと思われているだろう。
男子の友人はそれなりに居たが、女子たちにとっては眼中に無かった。

どうも、同じ男とは思えない。
友達になれるとも思えなかった。

だが、田舎町のカーライル伯爵家から、ここ、ステインヘイグのウイルの館に来るまでの道中、
一緒にいて、意外にも居心地は悪くなかった。
話し易く、どちらかと言うと、気も合った。

ウイルは人を蔑んだりしないし、否定もしない。
黙って話を聞いてくれ、真剣に答えてくれるし、軽口には笑ってくれる、最高の話し相手だ。

「本当、いい奴だよな…」

妹の見舞いもしてくれた。
妹の病は伝染性では無いが、「重い病」と聞いたからか、過剰に恐れられ、見舞いに来る者はいなかった。
その為、妹は病に掛かってより、家族とメイド、医者の他は、顔を見る事も無かった。
それが、どれだけ寂しい事か…俺の想像は及ばないだろう。

だが、ウイルは何の躊躇いもなく、妹に会い、元気付けてくれた…

「妹が好きになっても、仕方がないか…いや、それは困る!」

妹が振られて悲しむ姿は見たくない。
妹を元気付けてくれた事への感謝と、会わせなければ良かったという兄心とで、綯い交ぜになる。

「あいつが選ぶとしたら、すげーいい女だろう」

凄い男には、凄い女が似合う___

想像しながら、少ない荷物を空っぽのクローゼットや箪笥に、適当に片付けていく。
ウイルは「少し狭いけど」と謙遜していたが、十分な広さの部屋を用意してくれていた。
箪笥、クローゼット、机に椅子、足の低いテーブルと長ソファ。
それに、男一人が寝るのに十分な大きさのベッド…

「ベッドか…」

傭兵をしていた時はテント暮らしで、ベッドなどなかった。
家に帰ってからは、直ぐに館を売る事になったし、
今の館は質素倹約を心掛けていたので、ベッドも少々質が悪く、スプリングも十分ではなかった。

手を突いてスプリングの状態を確かめる。

「上等だな…」

見た目を裏切らない柔らかさだ…
この誘惑に、俺は逆らえず、仰向けに寝転んだ。
上等のベッドは、恐ろしく寝心地が良く、俺は直ぐに眠りに落ちたのだった。


コンコン

扉を叩く音で、意識が浮上した。

「オースティン、いいかな?仕立て屋が来たから、寸法を測らせて貰いたいんだけど…」

傭兵をしていた事もあり、俺は短時間睡眠が身に付いているのだが、
寝起きの方は相変わらずで、正直、良いとは言えない。
暫くは、ぼうっとしてしまう。

「あー…」

思考は低下しているが、体は動く。
普通にベッドを下り、扉を開けるも、やはり頭はぼうっとしていた。
そんな俺に、ウイルは驚いている様で、大きめの目を丸くしていた。

キラキラとした、色素の薄い青色の目。

綺麗だな…

何か変な事を口走りそうになり、俺は「はっ」と手で口を塞いだ。
一気に目が覚めた!!

「あぁ…ごめんね、寝ていた所を邪魔しちゃった?
やっぱり、疲れてるよね、寸法は明日にして貰うよ…」

「いや、大丈夫、目ぇ覚めた」

俺はさっさと部屋を出て、「何処行けばいいんだ?」とウイルを急き立てた。
それから、直ぐに、ウイルが足を悪くしていたのを思い出し、俺は足を止めた。

「肩、貸そうか?」
「ううん、早く歩けないだけで、不自由はないから、でも、ありがとう」
「まぁ、一応、おまえの世話も仕事の内だし…つかまるか?」

俺は腕を出した。
ウイルは少し躊躇いを見せたが、「ありがとう」と恥ずかしそうな笑みを見せ、遠慮がちに俺の腕に手を掛けた。
骨ばっていて、男の手ではあるが、透き通る程白い。

なんか、女性をエスコートしてるみたいだな…

ウイルは俺より少し背が低く、骨格が細い。
睫毛も長くて、顔立ちも綺麗だもんな…

「なに?」

不意にウイルが顔を上げ、俺は我に返った。

「何って、何?」

「オースティン、こっち、見てなかった?」

「見てない、いや、見てたかもしれないけど、他の事考えてた」

俺が答えると、ウイルはキョトンとし、さっと顔を背けた。

「ご、ごめん、変な事言って…自意識過剰だよね、恥ずかしいなぁ…あははは!」

笑って誤魔化そうとしてる?
なんか、顔赤いし、恥ずかしがってるのか?
意外だな…

「見られるの、嫌なのか?平気なのかと思ってた」

「嫌というか…恥ずかしい…かな?」

「へー、意外と純情なんだな」

「!??」

言葉選びを間違えたかもしれない。
ウイルは顔を真っ赤にして、空いている手で隠してしまった。

なんだ?この空気…

自分の所為らしいが、何処か落ち着かず、俺は肩を揉んだ。


俺が寸法を測られている間、ウイルはこちらに背を向け、仕立て屋と打ち合わせをしていた。

「型紙は、これにします、色は…」

ウイルはサクサクと自分の意見を伝えている。
俺は服装には無頓着なので、母に任せるか、自分で選ぶ時には店員任せにしていた。
生地がどうの、色がどうの…
何がどう違うのか、全く分からん。

仕立て屋は俺の寸法に合う服を、何着か置いていった。
ウイルはその中から一着を取り、「今日の晩餐にはこれを着てね」と微笑んだ。

何か、楽しそうだ。
余程、服に興味があるんだな…

晩餐…給仕かな?と思いながら、俺は「ああ」と受け取った。

「晩餐の一時間前に声を掛けるから、それまでは休んでいていいよ」

「いや、別に、疲れてはいないんだけど…」という俺の抗議はあっさり流され、俺は部屋に戻されたのだった。





「オースティン様、晩餐の御支度を御願いします」

メイドが声を掛けて来た時、俺はしっかりと起きていて、部屋の空いたスペースを使い、準備体操をしていた。
普段から、体が鈍らない様に適当に動かす事にしているが、最近は借金の事で頭が一杯で、そんな余裕も無かった。
それがウイルのお陰で一段落付いたので、体を動かしたい欲求が出て来ていた。

「馬車旅で座りっぱなしだったからな…」

俺は肩をぐるぐると回すと、新品の皺の無い白いシャツを手に取った。
最近は正装をする事は無かったし、使用人を雇う金も無かった為、アイロン掛けも十分には出来ていなかった。
傭兵時代には縁の無い物だった。

「やっぱ、気持ちがいいな」

腕を通すと、生地の柔らかさに肌が喜ぶのが分かった。
黒いタキシード、黒い蝶ネクタイ、黒い靴…
着替えを済ませ、姿見で確認した俺は、「似合わねーな」口を曲げた。

いや、別に、素材が悪い訳ではない!
ウイルと比べなければ、俺だってそこそこ整った顔をしている。
ただ、げっそりと頬が痩せこけていて、仕立ての良いタキシードと合わせると、違和感しかない。
髪も色艶が無く、伸びきっているし…
まるで、タキシードを盗んだ浮浪者だ。

「まー、ウイルだけならいいか、あいつも別に給仕の面なんか気にしないだろう」

俺はそういう事にして、部屋を出た。


食堂もこじんまりとしていた。
テーブルも精々、五人が囲める大きさだ。
独りで暮らしているのだから十分ではあるが…
カーテン、テーブル、調度品はどれも上等だが、財力を誇示する様な派手さはない。
この館を見て、誰も富豪の館だとは思わないだろう。

盗人避けか?
それか、単に合理的なのかもしれない。
まぁ、どうであれ、悪くないセンスだ。

「オースティン、君の席だよ」

黒いタキシードを着たウイルが待っていて、椅子を引いた。
上座の向かいだ。

「俺は給仕じゃないのか?」

俺が聞くと、キョトンとした顔が返ってきた。
まるで、俺が変な事を言ったみたいじゃないか?
思わず目を眇めると、ウイルは苦笑した。

「給仕はメイドがしてくれるから、君には僕の食事の相手を御願いするね。
独りだと味気ないし、会話を楽しむ相手が欲しかったんだ」

つまり、あれか?老婦人が雇う、話し相手的な?

「寂しがり屋なんだな。
けど、だったら、どうして、家族と住まないんだ?」

「あー、家族とは、あまり仲が良くなくてね…」

歯切れが悪い。
意外だった。どんなヤツとでも上手くやるヤツだと思っていた。
しかし、こいつが仲良く出来ないなんて、どんな家族なんだ??
てっきり、ウイルと同類だと思っていたが、違うのか?
興味を惹かれたが、面白半分に首を突っ込むのも良くないと思い直し、聞かない事にした。

「まぁ、そういう事もあるよな、それじゃ、仕事をさせて貰うよ」

俺は上座に行き、その椅子を引いた。
ウイルは少し慌てていた。

「そんな事、しなくていいのに…」
「いや、これ位するだろ、俺がいるのに、わざわざ他の使用人を呼ぶ気か?」
「う、うん、ごめんね、ありがとう…」

ウイルは足を引き摺りながら歩いて来ると、椅子に座った。
俺は満足して自分の席に戻った。

『何でもして貰う』と言っていたウイルだが、我儘放題、煩く用事を言い付けるタイプでは無いらしい。
普通の使用人であれば、喜ぶ所だろうが、
借金の肩代わりや援助をして貰っている俺としては、無理難題を言って貰った方が稼げて良い。

これは、自分から仕事を見つけるしかないな…

料理は初老のメイド長と中年のメイドが運んで来た。
野菜のスープ、サラダ的な前菜、バケット、焼いた厚切りの肉…かなりのボリュームだ。
最近、まともに食事も出来ていなかったので、その美味しそうな匂いを嗅ぐだけで、腹が鳴った。

「オースティン、美味しい?」
「ああ、美味い!こんな肉食ったの、久しぶりだ」

思わず感嘆が漏れた。
ウイルは「ふふふ」と笑った。
嘲笑ではない、うれしそうな楽しそうな笑いで、心地良かった。
だが、ふと、ウイルの皿に乗せられる料理が少ない事に気付いた。

「あんまり食べないんだな、小食なのか?」

「うん、元々小食だし、あまり動かないからね。
オースティンは沢山食べてね、君は痩せすぎだよ、仕事をするにも、まずは体力を戻さなくちゃ…」

体力を戻す?
ふと、それが引っ掛かった。

「俺の事、良く知ってるんだな?調べたのか?」

「え、そ、それは、その…嫌だったよね?ごめんね?」

ウイルが見る見る萎れていった。

「別に、謝る程の事じゃないだろう?
雇う相手を調べるのは、主人として当然だし、逆にしっかりしてて驚いたよ」

素直な意見だったが、ウイルは小さくなったまま、「うん…ありがとう」と呟いた。

なんか、繊細だなー。
ウイルの様なタイプは、俺の周囲にはいなかった。

「まー、いいから、食えば?折角の料理が冷めるだろ」

俺は言いながら、厚いのに柔らかい肉を切り、頬張った。

うっま~~~~!!

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