【完結】《BL》拗らせ貴公子はついに愛を買いました!

白雨 音

文字の大きさ
上 下
4 / 18

しおりを挟む

それからの僕は、大忙しだった。
馬車を急がせ、速攻で館に戻り、部屋の中をグルグルと歩きながら、すべき事を書き出した。
その合間にも、強烈な感情の波が寄せては返し、僕を翻弄する。

「オースティンを雇った!」

こんな事が自分に出来るなんて、とても現実とは思えなかった。

「オースティンが僕の使用人になる!」

こんな事、夢でしかあり得ない。
だけど、現実であって欲しい…

「これからは、ずっと、オースティンと一緒にいられるんだ…!!」

叫び出したい気持ちを抑える為、僕はクッションに顔を伏せ、ジタバタとした。


◇◇


戦略を立て、準備を整え、朝が明けると同時に行動を開始した。
そして、僕は必要な物を持ち、約束の日に合わせてカーライル伯爵家を訪ねた。

尤も、カーライル伯爵の館は既に売られていて、今は田舎の別邸に住んでいる。
こじんまりとした館で、庭も広くはなかった。

迎えたのは、執事ではなく、オースティンその人で、僕は心の準備が出来ておらず、目をいっぱいに見開き、見惚れてしまった。
だって、白いシャツにズボン姿なんだもん!!
痩せてしまってはいるけど、焼けた肌に良く似合っている…眩し過ぎるよ!

僕が見惚れている間、オースティンも固まっていた。
そのいっぱいに開かれた緑色の目は、僕に向けられているけど、勿論、僕に見惚れていた訳ではない。

「本当に来たのか…」
「うん、約束したからね」
「良く家が分かったな?」

あの日、余計な話は一切していなかった。
僕は『オースティンを雇える!』という事態に舞い上がり過ぎて、思考能力が半減していたからだ。
それに、カーライル伯爵家の事は前々から調べて知っていたので、聞く必要も無かった。
だけど、そんな事を言えば、ストーカー認定されて嫌われるだろう…

「僕の情報網を見縊って欲しくないな」

「まぁ、おまえなら、簡単か…」

意外にも、すんなりと納得されて、僕の方が驚いた。

「おまえならって、君は僕の事、知ってるの?」

探る様に聞くと、オースティンは怪訝な顔をした。

「知ってるから、話に乗ったんだろう。
素性の知れない、変な奴のうま過ぎる話に、誰が乗るかよ」

僕は「確かに!」と笑いながらも、頭の中はパニック状態だった。

ええ!?
オースティンは僕の事を知っていてくれたの?
どうして?どこまで知ってるのかな?
もしかして、僕に好意があったりする??

…って、それは流石に、図々しいよね。
いけない、いけない、また舞い上がりそうになってしまった。

「けど、都合が良過ぎて、夢かと思ってた…」

僕もだよ!

奇妙な顔のオースティンに、心の中で同意し、「詳しく状況を聞かせてくれる?」と促した。


こじんまりとしたパーラーらしき部屋で、詳しい状況やオースティンの希望を聞いた。
大体、想定内だった為、驚く事もなかった。
僕はカーライル伯爵家の借金を立て替え、完済し、治療費と生活費などの援助をする事にした。
それから、妹リリアンの事も…

「数日中に医師が訪ねて来るから、診て貰うといいよ、腕は確かだから大丈夫」

「ありがとう…」

オースティンが力無く零す。
感謝をされるのは良いが、元気が無いのが気になった。

「他にも何か、心配事があるの?」

「いや、話がうま過ぎて怖い…」

そういえば、オースティンの叔父は、伯爵家の財産を使い込み、挙句、金品まで根こそぎ持ち、行方をくらませている。
その所為で、オースティンは学院を辞めなくてはいけなくなったのだから、警戒心を抱くのも当然だろう。

それに、この話に《裏》があるのも真実だ。

オースティンと一緒にいたい…

一生添い遂げたいなど、大層な事は望んでいない。
一瞬だけでいい、彼を自分のものにしたい。
それが金で手に入るなら、僕は幾らだって払うだろう___

これはそんな下心で成り立っている。

「確かに、うまい話には裏があるよね、僕は君に嫌な仕事をさせるかもしれない。
君は後悔するかもしれないね…」

僕が同性愛者だと知ったら、僕の気持ちを知ったら、オースティンは逃げ出すだろう。
前世の彼の様に、顔を顰め、僕を罵倒するかもしれない。
そうなれば、また、辛い記憶を重ねてしまうだろう…
前世よりも、ずっと辛い気がする…
僕は耐えられるだろうか?

「いや、金の為なら何だってするよ、その覚悟は当に出来ているんだ」

オースティンは強く目を光らせた。
潔く、そして断固とした意志を感じる。
だけど、それは《金》の為ではなく、《家族》の為だ。

そういう所も好きだな…

だけど、そんな風に言われたら、自分を抑えられなくなりそうだよ…

僕がオースティンにして欲しい事は、幾らだってある。
金の為でいいから、して欲しい…

「分かったよ、それじゃ、契約しよう___」

僕は用意して来た契約書にサインを求めた。


話が纏まり、契約書を交わしてから、オースティンの両親を呼んで貰った。
先に両親を呼ばなかったのは、この契約に水を注されたく無かったからだ。
これに関して、僕とオースティンの意見は合った様で、互いに指摘はしなかった。

オースティンの家族を心配させない為、表向きは、「同級生のよしみで援助する」という事にした。
そして、代わりに、自分の護衛と仕事を手伝って欲しいと言った。

カーライル伯爵、伯爵夫人は共に痩せていて、顔色が悪く、疲れも見えたが、話を聞く内に、目に輝きが戻ってきた。

「お申し出に感謝します、ダウェル伯爵子息!」
「ああ!有難うございます、ダウェル伯爵子息!」
「これで娘にも十分な治療を受けさせてやれます…」
「オースティンも傭兵なんて危ない仕事をしなくても済むのね…」

伯爵夫人は息子が戦地に行くのを嫌がっていた様だ。
僕も同じで、オースティンが傭兵になったと聞いた時から、彼の身を案じない時は無かった。

「僕は足が少し不自由なので、手助けが必要になる時もあり、誰か信頼出来る人を雇いたいと思っていました。
オースティンとは学院が一緒でしたので、彼の人となりは分かっているつもりです。
勿論、十分な給金はお支払いしますし、十分な睡眠と休息、衣食住も保証します。
オースティンの名誉を傷つける様な事は、決して致しません。
お許し頂けるのでしたら、オースティンを連れて帰りたいのですが、いかがでしょうか」

僕は思いつく限りの好条件を提示し、神妙な面持ちでカーライル伯爵の返事を待った。
伯爵は微笑み、頷いた。

「オースティンには苦労を掛けたので、好きにさせる様にしています。
おまえに任せるよ、オースティン」

伯爵の言葉を継ぎ、オースティンは頷いた。

「一緒に行くよ、ダウェル伯爵子息、給金分は働くと約束する」

その口元には、僅かに笑みが見えた。
僕はオースティンが受けてくれた事がうれしく、飛び上がりそうになったが、何とか抑えて、頷き返した。

「お願いするよ、オースティン」


オースティンが荷造りをしている間に、僕はリリアンを見舞わせて貰った。
彼女は簡素な部屋で、一人、ベッドに寝ていた。
痩せていて、顔色も悪い。
眠っている様なので、起こさない様にしようと思っていたが、その前に彼女が瞼を上げた。
彼女の方が薄いが、兄と同じく緑色の瞳だった。

「誰?」

掠れた小さな声だった。
警戒されている事に気付き、僕は慌てた。

「ああ、ごめんね、寝ていたから声を掛けなかったんだけど…
僕はオースティンの友人で、ウイル・ダウェル伯爵子息です。
ウイルから話を聞いて、見舞いに来させて頂きました」

つい、《友人》なんて言ってしまった。
オースティンが知ったら、気を悪くするかもしれないな…
少し後悔したが、リリアンは喜んだ様だ。

「お兄様の、お友達が来て下さるなんて、初めてです…
兄はあまり話さないから…ううん、あたしがこんな風になって、話さなくなったから…
以前の兄は、とても明るくて、友達も沢山いたんです…」

「うん、オースティンは明るいし、気さくで話し易いからね、学院でも人気者だったよ」

リリアンは声を出さずに笑った。
だけど、次の瞬間、ふっと、顔が曇った。

「お兄様…学院を辞める事になって…可哀想…」

「そうだね、僕もあの時は酷く残念だったよ。
だけど、最近再会してね、立派になっていて、流石だなって思ったんだ。
オースティンなら、何処ででも生きて行ける気がするんだよね、逞しいから」

リリアンがまた笑う。

「そう、です、お兄様は、逞しくて…!
金が無いなら、俺が稼いできてやる!って、傭兵になったんです…
それで、あたしたちは暮らせていたんですけど…今度は、あたしが、こんな風になってしまったから…」

リリアンは自分を責めているみたいだ。

「大丈夫だよ、これからは良くなるばかりだからね。
オースティンには僕の所で働いて貰う事になったんだ、ステインヘイグだよ、少し遠いかな?
でも、誓って危ない仕事はさせないからね。
それに、月に一度は見舞いに帰らせるね、楽しみにしていてね」

「うん、ありがとう、ウイル様」

リリアンに手を振って部屋を出ると、オースティンが立っていて、危うく声を上げそうになった。

「お、オースティン、いたの?」

「ああ、妹に挨拶しとこうと思って…
おまえ、妹を口説いてないだろうな?」

オースティンが目を眇めるので、僕は両手を上げた。

「神に誓って、口説いたりしないよ!」

「なら、いい、何か楽しそうに話してたから…」

拗ねた様に漏らす。
楽しそう?
それは、やっぱり、『大好きなお兄ちゃん』の事だから…

「妹に挨拶したら、直ぐ行くから」

オースティンは僕の脇を通り、部屋に入っていった。

オースティンは、シスコンなのかな??

何にしても、兄妹仲が良いのは、羨ましい。
僕の弟、妹は僕の事など、心配していないだろう。

「そういえば、二年以上会ってないなー」

思い出しても、一向に寂しくならないので、僕も彼等の事は言えないかもしれない。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

騎士団で一目惚れをした話

菫野
BL
ずっと側にいてくれた美形の幼馴染×主人公 憧れの騎士団に見習いとして入団した主人公は、ある日出会った年上の騎士に一目惚れをしてしまうが妻子がいたようで爆速で失恋する。

漆黒の瞳は何を見る

灯璃
BL
記憶を無くした青年が目覚めた世界は、妖、と呼ばれる異形の存在がいる和風の異世界だった 青年は目覚めた時、角を生やした浅黒い肌の端正な顔立ちの男性にイスミ アマネと呼びかけられたが、記憶が無く何も思い出せなかった……自分の名前すらも 男性は慌てたようにすぐに飛び去ってしまい、青年は何も聞けずに困惑する そんな戸惑っていた青年は役人に捕えられ、都に搬送される事になった。そこで人々を統べるおひい様と呼ばれる女性に会い、あなたはこの世界を救う為に御柱様が遣わされた方だ、と言われても青年は何も思い出せなかった。経緯も、動機も。 ただチート級の能力はちゃんと貰っていたので、青年は仕方なく状況に流されるまま旅立ったのだが、自分を受け入れてくれたのは同じ姿形をしている人ではなく、妖の方だった……。 この世界では不吉だと人に忌み嫌われる漆黒の髪、漆黒の瞳をもった、自己肯定感の低い(容姿は可愛い)主人公が、人や妖と出会い、やがてこの世界を救うお話(になっていけば良いな) ※攻めとの絡みはだいぶ遅いです ※4/9 番外編 朱雀(妖たちの王の前)と終幕(最後)を更新しました。これにて本当に完結です。お読み頂き、ありがとうございました!

【旧作】美貌の冒険者は、憧れの騎士の側にいたい

市川パナ
BL
優美な憧れの騎士のようになりたい。けれどいつも魔法が暴走してしまう。 魔法を制御する銀のペンダントを着けてもらったけれど、それでもコントロールできない。 そんな日々の中、勇者と名乗る少年が現れて――。 不器用な美貌の冒険者と、麗しい騎士から始まるお話。 旧タイトル「銀色ペンダントを離さない」です。 第3話から急展開していきます。

モラトリアムは物書きライフを満喫します。

星坂 蓮夜
BL
本来のゲームでは冒頭で死亡する予定の大賢者✕元39歳コンビニアルバイトの美少年悪役令息 就職に失敗。 アルバイトしながら文字書きしていたら、気づいたら39歳だった。 自他共に認めるデブのキモオタ男の俺が目を覚ますと、鏡には美少年が映っていた。 あ、そういやトラックに跳ねられた気がする。 30年前のドット絵ゲームの固有グラなしのモブ敵、悪役貴族の息子ヴァニタス・アッシュフィールドに転生した俺。 しかし……待てよ。 悪役令息ということは、倒されるまでのモラトリアムの間は貧困とか経済的な問題とか考えずに思う存分文字書きライフを送れるのでは!? ☆ ※この作品は一度中断・削除した作品ですが、再投稿して再び連載を開始します。 ※この作品は小説家になろう、エブリスタ、Fujossyでも公開しています。

ヒロインの兄は悪役令嬢推し

西楓
BL
異世界転生し、ここは前世でやっていたゲームの世界だと知る。ヒロインの兄の俺は悪役令嬢推し。妹も可愛いが悪役令嬢と王子が幸せになるようにそっと見守ろうと思っていたのに…どうして?

【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。

桜月夜
BL
 前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。  思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。

信じて送り出した養い子が、魔王の首を手柄に俺へ迫ってくるんだが……

鳥羽ミワ
BL
ミルはとある貴族の家で使用人として働いていた。そこの末息子・レオンは、不吉な赤目や強い黒魔力を持つことで忌み嫌われている。それを見かねたミルは、レオンを離れへ隔離するという名目で、彼の面倒を見ていた。 そんなある日、魔王復活の知らせが届く。レオンは勇者候補として戦地へ向かうこととなった。心配でたまらないミルだが、レオンはあっさり魔王を討ち取った。 これでレオンの将来は安泰だ! と喜んだのも束の間、レオンはミルに求婚する。 「俺はずっと、ミルのことが好きだった」 そんなこと聞いてないが!? だけどうるうるの瞳(※ミル視点)で迫るレオンを、ミルは拒み切れなくて……。 お人よしでほだされやすい鈍感使用人と、彼をずっと恋い慕い続けた令息。長年の執着の粘り勝ちを見届けろ! ※エブリスタ様、カクヨム様、pixiv様にも掲載しています

魔王様の瘴気を払った俺、何だかんだ愛されてます。

柴傘
BL
ごく普通の高校生東雲 叶太(しののめ かなた)は、ある日突然異世界に召喚されてしまった。 そこで初めて出会った大型の狼の獣に助けられ、その獣の瘴気を無意識に払ってしまう。 すると突然獣は大柄な男性へと姿を変え、この世界の魔王オリオンだと名乗る。そしてそのまま、叶太は魔王城へと連れて行かれてしまった。 「カナタ、君を私の伴侶として迎えたい」 そう真摯に告白する魔王の姿に、不覚にもときめいてしまい…。 魔王×高校生、ド天然攻め×絆され受け。 甘々ハピエン。

処理中です...