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「ダウェル伯爵子息、最近はいかがですかな?」
「私も先月、ステインヘイグに寄らせて頂きましたよ」
「いつ行っても良い所ですなー、ダウェル伯爵子息が羨ましい」

パーティに出席すると、誰からともなく寄って来て、声を掛けられる。
いつも僕の周りには人垣が出来ていた。
尤も、こんな風になったのは一年位前からで、
二年前は、僕の方から誰彼構わずに突撃し、話し掛け、ステインヘイグを売り込んでいた。
館に招いて案内した事もある。
僕は懐かしく思い出しながら、愛想良く無難な返事をした。

「ありがとうございます、気に入って頂けて僕もうれしいです。
ステインヘイグのソーセージは試されましたか?ワインに合いますよ___」

前世からの習性か、空気を読んだり、愛想良くする事は苦ではない。
ただ、誰にでも鬼門はあるもので、僕にとっては…

「ダウェル伯爵子息は今年23歳でしょう?縁談も出ているんじゃありませんかな?」

縁談だ。

無理矢理結婚させられない為に家を出たというのに、何処へ行っても、付き纏ってくる。
僕が適齢期という事もあるが、それを乗り越えても、《独り者》というだけで、奇異な目で見られるだろう。

全く、厄介だよね…

同性愛者を公言している者は、パートナーを見つけ、一緒に暮らす事もある。
だが、やはり、周囲は冷やかで、避けられるのは必須だった。
社交界は針の筵になるだろう。

「少しゆっくりしたいですし、今は考えていません。
ああ、少し、席を外しますね」

僕は周囲に断りを入れ、その場を離れた。
ステインヘイグの売り込みをしていた時は、こんな会話も気にならなかったが、
今は落ち着いているからか、耳から入り頭の中を攻撃されている感覚だった。

夜風に当たりたくなり、回廊からテラスに出ると、険のある太い声が聞こえてきた。

「___あれだけあった土地、全部売ったんだってな、オースティン」

その名に、僕の耳は反応した。
暗がりの中、目を凝らし、気配を伺った。
大きな樹の側で話している二人の男が見えた。

オースティン!?

僕はこんな状況にも関わらず、喜んでしまった。
今の彼を一目でも見たくて、無意識にジリジリと近付いていた。

「ああ、妹の治療費が必要なんだ、少しでいい、用立てて貰えないか?」

感情の籠らない声だが、胸が高鳴った。
最後に聞いた時よりも、深みが増している気がした。

「死に掛けの妹の為に、大変だねー、そんなに困ってるなら、爵位を買ってやろうか?
まぁ、然程価値もないだろうから、二束三文だけどな」

「爵位は、売るつもりはない…」

歯切れが悪い、恐らく《今》は、という事だろう。
相手の男は完全にオースティンの足元を見ていた。

「じゃー、貸すのは止めた、どうせ貸したって返って来ないんだろう?
カーライル伯爵家は借金を返す為に借金をしてるって、噂だぜ。
けど、気の毒だし…」

男はズボンのポケットからコインを取り出し、足元にばら撒いた。

「這い蹲って拾えよ、全部拾えたら、1バランやるよ」

1バランは小遣い程度だ。
オースティンがそんな事をするとは思えなかったが、彼はその場に膝を付き、芝生に手を這わせ、拾い始めた。
気高い彼のその姿に、僕はカッとなった。
僕は足を引き摺り、彼の傍まで行くと、同じ様に膝を付き、手を這わせてコインを探した。

「おい、おまえ、なんだよ…」

男が僕の出現に狼狽えていた。
暗がりで頭を下げているので、僕が誰かは分かっていない様だ。
尤も、僕自身、この男が誰なのかは知らない。
知らないが、意地が悪く、失礼なヤツだという事は分かる___

「おい…」

オースティンも驚いた様で、コインを拾う手を止め、僕を責める様に見ていた。
僕は気にせずにコインを集めると、「はい!」と男に突き出した。

「これで、1バランくれるんだよね?丁度、酒でも飲みたい気分だったんだ」

にこやかに言うと、男は「冗談に決まってんだろ!」と背を向け、足早に去って行った。

「おい、邪魔するなよ!」

低い声で言われ、僕は内心ドギマギとしていたが、明るく「ああ、ごめんね」と肩を竦めた。
それから、そっと、彼の方を振り返った。

傭兵をしていると聞いていたので、あの頃より逞しくなっていると思っていたが、
目の前の彼は、あの頃よりも痩せていて、一回り縮んで見えた。
大人になり、輪郭には鋭さがある。
だけど、意思の強そうな太い眉と瞳は変わっていない…

「話が聞こえたんだけど、妹が病気で治療費を必要としてるんだよね?」

オースティンは鼻で笑った。

「おまえが貸してくれるのか?聞いていたなら分かるだろうけど、返す当てはないし、返すつもりもない。
こっちは、借金の返済に借金を重ねてるんでね。
ついでに言うと、借りる当てもあいつで最後だったんだ…」

「彼はどういう知り合いなの?」

「学院時代の友人」

それが、最後の砦?
それなら、僕の所に来てくれたら良かったのに…
僕だって、友達ではなかったが、同じ学院で同学年だ___

「君の友人を悪く言いたくないけど、あんな意地悪な人から借りても、碌な事は無いよ?」

「いいんだよ、取り敢えず、金になりゃー…」

オースティンは不機嫌そうに口の端を下げた。

「そう、だったら、僕が貸してあげるよ」

「は?」

鋭い目で睨まれ、僕はギクリとした。
もしかして、誰でも良いという訳ではないのだろうか?
だけど、僕だって、同じ学院生でしかも同学年だったのだ___

「おまえ、聞いてたか?俺は返す当ても、返すつもりもない!」

オースティンが胸を張り、腕組をし、僕を見下ろす様にして言う。
どうして、こんなに偉そうなんだろう??
滑稽に見え、笑ってしまいそうになった。
何とか耐えたけど…

「それじゃ、僕が君を雇うよ、丁度探していた所なんだ…僕の護衛を」

咄嗟に思い付いた事を言ったが、道理には合っている気がした。
無条件で援助してあげたいが、受け入れてくれそうにないし、変に思われそうだ。
金が返せないというなら、働いて返して貰えば良い。

「悪いが、こっちは大金が必要でね、護衛なんて割りに合わない」

「必要なだけ貸すよ、早く返したいなら、護衛だけじゃなく、何でもやって貰う。
医師の知り合いもいるから、妹さんに良い医者を紹介出来るよ。
金銭的に余裕が出来れば、妹さんも安心出来るんじゃない?」

オースティンは黙り込んだ。

ザワザワ…
葉擦れの音が大きく聞こえ、緊張感に唾を飲む。

少しは良い案だと思ってくれているかな?
それとも、答える気もおきない??
僕は黙っていられず、もう一手を打った。

「君の最後の頼みを、僕が邪魔してしまったし、責任を取るよ。
それとも、僕よりも良い条件を出す相手がいる?」

オースティンは視線を下げ、嘆息した。

「いや…責任を取りたいなら、取らせてやってもいい」

ああ…
つまり、オースティンは自尊心が高いのだ___

頼み事や駆け引きが苦手なのは、先の男とのやり取りでも分かった。
それでも、妹や家の為に頭を下げ、屈辱にも耐えていたのだろう…
そんなオースティンが、なんだか健気で胸がキュっとした。

僕がいくらでも助けてあげるから!!

全財産を差し出したい気分になったが、僕は何とか抑えた。

「決まりだね!三日後、カーライル伯爵家に行くよ、詳しい事はそこで___」


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