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前日譚 ※本編を先にお読み下さい
最終話
しおりを挟む「エリーズと結婚するつもりなのか?」
俺はジョルジュに聞いてみた。
どういうつもりで、エリーズと付き合っているのか。
ジョルジュは流石に難しい顔になった。
「僕はしたいと思っているよ、だけど…許しては貰えないよ」
異種族との結婚だ。
そんな話は聞いた事が無い、それに、ジョルジュが男爵を継げば、
その血は後世まで引き継がれるという事だ。
「エリーズには妖精の国に来る様に誘われているけどね」
「妖精の国?」
「彼女の夫としてなら、迎えてくれるらしいよ」
「そうか…良かったな」
一緒になれる方法があるのなら、良かったと思ったが、ジョルジュは笑った。
「良かった?まさか、こんなの現実的じゃないよ!
家族や友人、これまでの事を全て捨てて、何処かも分からない場所に行くなんてさ」
全てを捨てろと言われれば、確かに迷うだろう。
だが、代わりに、エリーズを手に入れる事が出来るのだ。
考え様ともしないジョルジュが、俺には憎らしく思えた。
「エリーズを愛しているんだろう?」
「愛しているよ、だけど、難しいよ、
僕は男爵家の跡取りなんだ、自分勝手は出来ないよ…」
なら、どうして、エリーズを恋人にしたんだ!
一体、エリーズをどうしようというんだ?
俺はジョルジュを責めたくなった。
先に聞かされていたなら、ジョルジュは覚悟を決めるべきだったのだ!
気を持たせるだけ持たせ、いざとなったら、手の平を返すのか?
それではエリーズが気の毒だ…
「愛した人を悲しませるなよ、おまえたちには幸せになって貰いたい」
二人が幸せになれる方法を選んで欲しかった。
「助けがいる時は俺に言え、力を貸すよ」
「ありがとう、ユーグ…実は、君もエリーズが好きなんじゃないかと、疑っていたんだ」
ジョルジュが横目で俺を見た。
俺はギクリとしながらも、笑みを作り誤魔化した。
「彼女は魅力的だからな、俺じゃなくても、皆から好かれるだろう」
「ああ、そうなんだ、彼女は男爵夫人としても理想的だよ」
男爵夫人か…
貴族社会では社交性を求められる。
エリーズは明るく気さくで、周囲と打ち解ける事が出来る。
少し訓練をすれば立派な貴婦人になるだろう。
だが…
エリーズの魅力は、貴族社会の外にあるのではないか…
妖精の国でこそ、彼女は幸せになれるのではないか…
俺にはそう思えてならなかった。
花を手折ったと怒ったエリーズ。
蝶が舞う様に踊るエリーズ。
無邪気で屈託が無く、冗談好きなエリーズ…
俺がジョルジュなら、エリーズの手を取り、妖精の国に行くだろう___
◇◇
「あれは…!」
素描をしようと外へ出た所、森林の方へ向かうピエールたちに気付いた。
今度は一体、何を目論んでいるのか…!
俺は嫌な予感がし、後を追った。
「よお、男爵子息様、その女、エルフなんだってな?」
森林へと続く小道の途中、ピエールたちがジョルジュに迫っているのが見えた。
ジョルジュの隣にはエリーズも居た。
「ピエール、何故、それを!?」
「あの後、オロールがおまえらの話を聞いたんだよ、
おまえら、俺が逃げたと思って油断したんだろう?へっ、甘いぜ!
痛い目見たくなければ、エルフ女を渡して貰おうか」
「エリーズは渡せない!帰ってくれ!」
「ふーん、なら、勝手にさせて貰うぜ、男爵子息様、
ここはおまえの所有地じゃねーよな?狩りをするのは自由だろう?
さぁ、今日はエルフ狩りだぜ!」
ピエールが短銃を見せて脅し、女性たちは縄を構えた。
エリーズを生け捕りにする気だ!
「止めろ!!」
俺は後ろからピエールを羽交い絞めにした。
「ユーグ!!」
「くそ!!離せよ!!」
「ジョルジュ!エリーズを連れて逃げろ!森林だ!!」
森林は人を寄せ付けない、エリーズならば逃げ切れるだろう。
「エリーズ、行こう!」
「でも、ユーグが…!」
「いいから、早く行け!!」
俺はピエールの腕を掴み、短銃を捥ぎ取ろうとした。
「離せって言ってるだろー!!」
パーーーン!!
ピエールが引き金を引き、弾は俺の胸を貫通した。
それと気付いた時には遅く、俺は膝を着き、地に倒れていた。
「キャーー!!」
「ど、どうすんのよ!ピエール!!」
「う、煩ぇ!!俺じゃねー!これは事故だ!!」
「事故で済むと思っているのか!?ユーグは伯爵家の跡取りなんだぞ!!」
「は、伯爵だと!?し、知らねーよ!!」
「ユーグ!!ユーグ、死んじゃ駄目よ!!ユーグ!!」
エリーズが俺を呼んでいたが、俺の意識はどんどんと遠退いていった。
俺は自分が死ぬのだと思った。
こうなってしまえば、もう、何もかもどうでも良くなった。
格好悪くはあるが、それでも、エリーズを逃がす事は出来ただろう。
それだけでも、俺の命には価値があった。
死んで良い事は、エリーズとジョルジュを見なくて済む事だ。
悪い事は、エリーズに気持ちを伝えられなかった事だろう。
いや、ジョルジュを裏切る事は出来ない。
俺は友達でいい。
二人の友達として死ねるんだ。
心穏やかに、死ねる…
『ユーグ!目を開けて!』
エリーズの声がした。
目を開け、周囲を見ると、その姿があった。
だが、何故かエリーズの全身が光輝いている。
「エリーズ?」
『良かった!あなたはもう大丈夫よ、ユーグ』
「君が、助けてくれたのか?」
その血で…
エリーズは微笑む。
だが、それは悲しそうな顔に変わった。
『人間の命を助ける事は、禁忌とされているの』
『禁忌を犯した者は、罰を受けなければならないの』
「罰?エリーズ、君はどうなるんだ!?」
『わたしはこれから、生まれ変わる事になる、人間として』
「死ぬのか…そんな!俺を助けたばかりに…!
何故、俺なんかを助けたんだ!!エリーズ!!」
君が死んでは、何もならない___!
『わたしを探して、ユーグ』
『見つけ出してくれたら、その答えを教えてあげる』
エリーズが笑顔を見せる。
それは、悲し気では無く、満足そうな笑顔だった。
「エリーズ、行かないでくれ!!」
エリーズが消えてしまいそうで、俺は必死で手を伸ばした。
だが、もう、彼女には届かなかった。
『待ってるわ、ユーグ』
エリーズは光となり、飛んで行った。
森林を飛び越え、その向こう側へ___
俺が目を覚ました時、ジョルジュもピエールも女性二人も茫然としていた。
「エリーズが消えた…」
「光になって、飛んで行ったのよ!」
「くそ!逃がしたか!!」
俺は起き上がり、胸に手を当てた。
シャツは穴が開き、赤い血で染まっていたが、それ以外に撃たれた形跡は残っていなかった。
痛みも無い。
まるで、何事も無かったかの様に…
「俺の銃が台無しだ!!」
ピエールの銃は見事に砕け、部品が散っていた。
「ジョルジュ…」
俺は放心状態のジョルジュに声を掛けた。
ジョルジュは頭を振った。
「エリーズが消えた…君を助けたんだ。
だけど、何故、消えてしまったんだろう…国に帰ったんだろうか…」
ジョルジュにはエリーズの言葉は聞こえていなかったのだと知った。
ピエールたちが帰って行き、俺とジョルジュも別邸へと戻った。
そして、二人きりになった時、俺はエリーズの言葉を伝えた。
「人間の命を助けてはいけない、禁忌を犯すと、罰を受けなくてはいけない。
その罰は、人間として生まれ変わる事だと言っていた」
ジョルジュの顔が険しくなった。
「それを、どうして、ユーグが知っているんだよ!」
「分からないが、声が聞こえたんだ…」
「きっと、夢でも見ていたのさ!」
ジョルジュは頑なに信じようとしない。
「ジョルジュ、信じないのか?
エリーズは人間として生まれ変わるんだぞ?彼女を探さないつもりなのか?」
「探すなら森林の中さ、彼女は国に帰ったんだよ、危険を感じて、嫌になったのさ…
それを、生まれ変わるなんて!君は夢を見ていたんだよ!」
だが、この後ジョルジュが森林に行く事は無かった。
エリーズの事など忘れたかの様に過ごしていた。
ジョルジュが探さないというのならば、もう、遠慮する必要も無い。
俺はエリーズが飛んで行った方向を地図に書き込み、
生まれ変わるであろう土地を推測した。
そして、多くの時間を費やし、俺は彼女を探した。
その間に、ジョルジュは家同士の話で、男爵令嬢と結婚をした。
子供も出来たが、夫婦仲は良くないと聞く。
エリーズの事はいいのか?
頭に浮かびはしたが、俺は口に出さなかった。
ジョルジュはあれから一度も、エリーズの名を口にした事は無かった。
彼女への想いは昇華している様に見えた。
俺はその事に安堵した。
もう、誰にも遠慮などしない。
今度こそ、誰よりも早く、彼女と出会い、彼女を自分のものにする___!
◇◇◇
時は流れ、気付くと俺は伯爵を継いでいた。
だが、未だに独身でいる。
周囲からは煩く催促されるが、全て流し、退けて来た。
その内に、不名誉な噂が流れ出したが、それも隠れ蓑だと思い、甘んじた。
「19年か…」
彼女が消え、十九年が経つ。
生まれ変わった彼女は、十九歳、いや十八歳だろうか?
「三十八歳の男が、二十歳前の娘を追い掛けるなど…
きっと、正気を疑われるな…」
俺もジョルジュの様に、諦めるべきだったのかもしれない。
俺が相手では、彼女は怯えるのではないか…
彼女だって、自分に釣り合う、若い男が良いだろう…
年を重ねる内に、俺は弱気になっていた。
だが、ストロベリーブロンドの髪に、緑色の瞳。
それを見つけた時、俺は全てを忘れ、十九歳に戻ったかの様に、歓喜していた。
「見つけた!エリーズ!!」
今度こそ、君に告げよう、君を愛していると___
《前日譚:完》
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