【完結】伯爵の愛は狂い咲く

白雨 音

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前日譚 ※本編を先にお読み下さい

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夜、町の祭りに出掛ける事になった。
通りから広場までを飾り付けし、ランタンに火が灯され、幻想的になる。
町の者たちが通りや広場に集まり、子供たちも今夜ばかりは遅くまでの外出を許される。
酒場はいつも以上に賑わいを見せていた。

「人が多いな…」
「僕も初めてだけど、凄い人だね…」

ジョルジュも驚いていた。

「おい、エリーズは?」

一緒に来ていた彼女の姿が、いつの間にか見えなくなっているのに気付いた。

「大変だ、逸れたのかな?探さなきゃ…」
「ジョルジュは来た道を戻ってくれ、俺は向こうを探す___」

二手に別れて探す事にした。

人混みを掻き分け、周囲を見回していると、あの彼女特有の髪色が目に入った。
それを追って行くと、やはりエリーズだったが、彼女は独りでは無かった。
男一人、女二人と一緒で、身形は良いものの、品は悪そうだった。

「へー、おまえ、美人じゃん、よし、俺と来い!」
「わたしジョルジュと来てるの、彼を探さなきゃ」
「ジョルジュ?あの男爵子息か…チッ!貴族はいいよな!こんなイイ女と付き合えてよぉ!」
「ちょっと!ピエール!そんな娘放っておきなさいよ!」
「煩ぇ!今日の相手はこいつにする!おまえらは引っ込んでろ!」

ピエールと呼ばれた男がエリーズに目を付けたらしい。
俺は足を速めた。

「エリーズ!」

俺が呼ぶと、彼女が振り返り、笑顔になった。

「ユーグ!ああ、良かったわ!わたし、逸れてしまったの…」
「気付くのが遅れて悪かった、ジョルジュが待ってる、行こう」

俺はエリーズに肩に手を回し、促した。
ピエールたちから引き離す為だ。
だが、すっかりエリーズを自分のものと決めつけていたピエールは、黙っていなかった。

「おい!俺の女に手ぇ出すんじゃねー!俺を誰だと思ってるんだ!」

俺は「誰?」とエリーズに訊いたが、エリーズは「さぁ」と頭を振った。

「あなたたち、余所者でしょう!ピエールはこの町一番の資産家の息子なのよ!」
「ピエールに逆らったら、首が飛ぶんだから!」

取り巻きの女性二人の援護に、ピエールは気を良くしたのか、ニタリと笑い踏ん反り返った。

「資産家の息子に逆らうと何故首が飛ぶんだ?
ここの領主はそんな横行を許しているというのか?」

「馬鹿め!領主の目を欺く位、簡単に出来るって事だ、
俺様に目を付けられたら、終わりなんだよ!この町に住めなくしてやるぜ!」

「おまえの親がまともな事を祈ろう」

『話にならん』と行こうとすると、ピエールが「くそ!ふざけた野郎め!」と殴り掛かって来た。
俺はエリーズを脇に押し、ピエールの拳を避けた。
勢い付いていたピエールは態勢を崩したが、何とか踏み止まった。

「こ、こいつ…!絶対に後悔させてやるからな!」
「あなた、覚悟した方がいいわよ、ピエール様はしつこいんだから!」
「そうよ!地獄まで追って行って、必ずあなたを奈落の底に突き落とすんだから!」

この時、俺は彼等の捨て台詞を、まるで相手にはしていなかった。
だが、これは、この先に起こる事を、暗示する出来事だった___


「ここまで来れば大丈夫だろう」

彼等から離れ、俺はエリーズの肩を離した。

「ユーグ、助けてくれて、ありがとう」

エリーズが頬を赤くし、上目使いで俺を見て言った。
エリーズが恥じらうのは珍しく、俺の胸はドキリとした。

「いや、当然の事だ、友として…」
「あなたは頼りになる方ね、聖騎士の様だわ、ユーグ」
「聖騎士なんて柄じゃない」
「いいのよ、わたしにはそう見えたのだから!」

エリーズが両手で口元を隠し、明るく笑った。

「それより、ジョルジュを探さないと、心配しているだろう…」

照れくさくなり、周囲を見回していると、俺の目はジョルジュを見つけた。
だが、ジョルジュは独りでは無かった。
同じ年頃の女性と話している。
当然、友達か知り合いだろう。
だが、俺はエリーズに見せてはいけない気がし、エリーズの背を押した。

「あっちの方じゃないだろうか…」

エリーズの髪に触れてしまい、慌てて手を離した。
柔らかく、絹糸の様だ。

「ユーグ、皆踊っているわ!わたしたちも踊りましょうよ!」

エリーズが俺の手を引き、踊っている者たちの中に入って行く。
彼女は踊りを知らないらしいが、曲のリズムに乗り、それは不思議と嵌って見えた。

「上手いんだな」
「ふふ、当然!わたしを誰だと思っているの?」
「俺は君の事を知らない、だから、ただのエリーズだ」
「ふふ!わたし、あなたのそういう処、好きよ!」

エリーズは楽しそうに笑い、俺を巻き込んで、蝶の様に舞った。
不思議だった。
まるで、二人しか存在していないかの様な錯覚に陥る。
俺はエリーズの煌めく瞳に釘付けとなっていた。
エリーズも真直ぐに俺を見ている。
二人の間で、何かが共鳴した。
お互いに触れ合う程に近付き…

「ユーグ!エリーズ!」

ジョルジュの声で「はっ」と我に返った。
俺はエリーズから手を離し、距離を取る。

「エリーズ、心配したよ!ユーグも見つけたなら教えてくれよ」
「ああ、悪い、中々おまえが見つからなかったんだ」
「ユーグ、ありがとう、代わるよ」
「ああ、俺は適当に見て戻る」

俺はジョルジュにエリーズを渡し、その場を離れた。
適当に見て帰るなんて気は無く、俺はそのまま通りを突き進み、ロベール男爵家の別邸に帰った。

ジョルジュが来てくれて良かった。
もう少し遅ければ、俺はエリーズにキスをしていたかもしれない。

恋人のいる女性に対し、失礼な行為だ。
しかも、相手は従兄のジョルジュなのだ!
ジョルジュを裏切るなんて___!
伯爵子息としても、男としても、恥ずべき行為だ!

自分で自分が信じられなかった。
だが、反面、エリーズを求める気持ちは熱を増した。

「忘れろ!エリーズはジョルジュのものだ___!」


◇◇


ピンクのガーベラを髪に挿したエリーズの肖像画。
部屋に戻り、油絵にしたものだ。
俺はその出来に満足し、布を掛け、絵が乾くのを待った。

庭に出ると、丁度エリーズが訪ねて来た所だった。

「ユーグ!久しぶりね!あなたいつも出掛けているでしょう?」
「ああ、絵を描いていたんだ」
「その顔!絵は出来上がったのね?」

エリーズが目を大きくし、煌めかせた。
何故、彼女には分かるのだろう?

「いや、一枚だけだ、まだまだ描くよ」

それは本当だが、理由は、エリーズに会わない為だった。
祭りの夜の事があり、エリーズへの気持ちが、これ以上膨らむ事が怖かった。
そんな事はお構いなしなエリーズは無邪気な笑顔を見せた。

「あなたって、働き者なのね!」
「これは仕事じゃない、ただの趣味だよ」
「どう違うの?」
「絵は金にならない」

両親からも鼻で笑われた。

『芸術家気取りなど、周囲から嘲笑されるだけだ!』
『絵なんて描いてどうなるの?』
『そろそろ道楽は止めて、伯爵を継ぐ勉強に身を入れろ』

「人間って大変よね、でも、そんなに絵を描く事を卑下しなくてもいいじゃない?
あなたの絵は素敵よ、ユーグ!
あなたの絵には心があるもの、それがわたしに訴え掛けて来るの。
あなたは自分の絵を認めてあげなくちゃ」

エリーズは俺の絵を認めてくれるのか…

「恋人の従弟だから、忖度してる?」
「あなたって、疑り深いのね!」

エリーズが顔を顰めて言ったので、俺は笑っていた。

「エリーズ!来てたのかい!」

ジョルジュの声で、俺は咄嗟に口を押えた。

「ジョルジュ!三人で出掛けましょう!」

エリーズが言い、ジョルジュが俺を見た。
ジョルジュも漸く、俺を邪魔に思い始めたのだろう、それは浮かない顔だった。
気まずそうにしているので、俺は先にそれを言った。

「悪いが、二人で行ってくれ、片付けたい事があるんだ」
「それじゃ、仕方ないね、エリーズ、二人で行こう!」

ジョルジュがエリーズの肩を抱く。
エリーズは俺を見て、少し拗ねた様な顔をした。

「それって、大切な事?わたしたちよりも?」

大切と言えば、大切だろう。
三人の関係を壊さない為に…

「ああ…」

俺が零すと、エリーズは不満気に唇を尖らせた。

「エリーズ、無理を言ってはいけないよ、それじゃ、ユーグ行って来るよ!」

ジョルジュが強引にエリーズを連れて行った。
俺は見ない様に背を向けたが、気になり、顔だけで振り返った。

「!?」

同じように、顔だけで振り返ったエリーズと目が合い、俺は息を飲む。
エリーズは俺に手を振った。
俺はそれ応え、手を上げると、その場から急いで立ち去った。


その日、帰って来たジョルジュの機嫌は、殊更に良かった。

「エリーズに両手一杯、深紅の薔薇を贈ったら、凄く喜んでたよ!」

ジョルジュが得意気に言うのに、俺はコーヒーカップを持つ手を止めた。

「薔薇を?エリーズは喜んだのか?」
「ああ!両手に抱えて、こんな贈り物は初めてだって!
今まで彼女に花束を贈らなかった男は馬鹿だよ!」
「そうか、そうだな…」

俺は適当な相槌を打ち、コーヒーを飲んだ。

俺にはガーベラ一本でも、あれ程非難したエリーズが…
ジョルジュからの薔薇は受け取るんだな…
二人は恋人だし、当然か…

結局、ジョルジュからなら、受け取ったのか。

虚しくなり、コーヒーを飲み終えた俺は、部屋に戻った。
そして、描き上がった絵を紙で包み、細い紐で縛ると鞄の奥に入れた。
素描も全て、鞄の奥だ。

二度と描かない___

そう決めて、俺はベッドにうつ伏せた。

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