【完結】伯爵の愛は狂い咲く

白雨 音

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本編

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「懐かしいな!暫く来ていなかったからね!」

ジョルジュは既に荷物も持って来ており、勝手に部屋も決めていた。

「ここは僕の部屋だったんだよ、空けておいて貰えてうれしいな、ユーグ」

ジョルジュは調子が良い。
それとは逆に、ユーグの機嫌は悪く、ジョルジュの為に空けていた訳では無いと分かった。
恐らく、使いたく無かっただけだろう。

ジョルジュがエリーズと恋仲だったのであれば、ユーグは片恋をしていた事になる。
恋敵を館に入れるなんて、嫌に決まっている。
だが、元々、ここが男爵家の別邸で、頼み込んで譲って貰ったのだとしたら、
断れない、というのも分かった。
それに、ジョルジュの言葉から推測すると…
ユーグは何らかの形で、エリーズの死に関わっている事になる…

わたしが、万が一、エリーズの生まれ変わりだとしたら…

わたしは自分の死に関わった者に騙され、結婚した事になる___

違うわ!

ユーグのエリーズへの愛は本物よ!

それに、わたしは騙されたのではない。
結婚する事を決めたのは、わたし自身だ。
そして、ユーグに抱かれたいと思ったのも、わたしの意思だ___!

わたしはエリーズなどでは無い!
わたしは、ユーグを愛しているもの___!


夜、寝室に入ったわたしは、ユーグの胸に縋った。

「ユーグ…」

わたしからキスを強請り、彼の胸や首に口付けた。
ここへ来て以来、わたしは体調が悪い事を理由に、行為を避けていた。
だけど、今日は、ユーグに抱かれたかった。

だが、ユーグはわたしを止めた。

「すまない、今夜は無理だ…」

「どうして?」

ユーグは深く息を吐いた。

「分かっただろう?俺はエリーズの恋人ではなかった、恋人だったのはジョルジュなんだ。
ジョルジュに会い、君は不安になったんだろう?
俺に抱かれて確かめたいのか?愛しているのは、本当はジョルジュだと___」

「違うわ!わたしはエリーズなんかじゃない!わたしはあなたを愛しているもの!
あなたがわたしをエリーズとしてでは無く、アリシアとして愛してくれているのなら、
わたしを抱いて」

わたしは真剣だった。
だが、ユーグは頭を振った。

「君は、エリーズだ、俺には君が自棄になっている様にしか見えない…」

「酷いわ!!」

わたしはカッと頭に血が上り、ベッドを下りると、内扉から自分の部屋へ駆け込んだ。
勢い良く音を立て、扉を閉める。
それでも、まだ怒りは収まらなかったが、
寝室からアミが「バウバウ!」と哭く声が聞こえ、少しだけ冷静さが戻って来た。

「ユーグはわたしを、エリーズとしてしか見られないのね…」

アリシアは愛して貰えない。
それが辛い事だと、ユーグには理解出来ないのだろうか___

わたしは長ソファに丸まり、涙を零した。


一夜明けると、わたしはベッドで寝ていた。
ユーグが運んでくれたのだろう。
だが、そこにユーグの姿は無く、わたしは不安になった。

わたしはベッドを出ると、手早く着替えて階下へ向かった。
使用人たちは、別に小さな調理場があり、そこで好きに朝食を作って食べている。
わたしとユーグの朝食は、わたしが用意していた。
当分はジョルジュも居るし、三人分用意しなければいけない。

調理場に入ると、ユーグの姿があり、驚いた。
ユーグの足元にはアミも居て、わたしを見つけ、うれしそうに尻尾を振り、駆けて来た。

「バウバウ!」

「お早う、アミ、ユーグも…」

「お早う、アリシア、昨夜はすまなかった、
朝食を用意したから、仲直りをしてくれないか?」

ユーグがわたしに紅茶のカップを差し出した。
彼はわたしの苦しみを理解していない。
だが、この優しい空気を壊したくは無かった。
わたしはカップを受け取り、ユーグに笑って見せた。

「ええ、仲直りしましょう」


朝食のパンは、先日買っていたクロワッサン。
ユーグが作ったのは、野菜のスープと目玉焼き、ベーコンを焼いたものだった。
わたしたちは調理場のテーブルで、それを食べた。
行儀は悪いが、その方が親密に思えたのだ。

「美味しいわ!あなたは料理も出来たの!?」
「簡単なものだけだ。独りになりたい時、料理が出来なければ飢えるだろう?」
「独りになりたいの?」
「結婚する前の話だ、今は君に居て貰いたい」

だけど、それは、わたしがエリーズだからね…
そんな風に思ってしまう自分が嫌だ。


ユーグと一緒に片付けをした頃、モニクが調理場に入って来た。

「ジョルジュ様の朝食をご用意致します」
「あなたは仕事があるでしょう?わたしが代わりに用意するわ」
「ありがとうございます、お願いします、奥様」

わたしは気軽に請け負ったが、後から考えると、あまり良い案とは言えなかった。
ユーグが胡乱な目でわたしを見ていたからだ。

「朝食を用意するだけよ、他の方でも同じ事よ!」
「ああ、分かっている、君は親切だし優しい、俺も手伝おう」

ユーグは手早くコーヒーを淹れ、食堂のジョルジュに持って行った。

わたしはスープを温め直し、手早くオムレツを作る。
籠にクロワッサンを入れ、オムレツの皿に新鮮な野菜を乗せた。
出来上がった頃、ユーグが戻って来て、ワゴンに乗せて運んで行った。
わたしとジョルジュを近付けたくないのだろう。
うれしくもあり、そして、虚しくもあった。

「馬鹿な人…」

わたしは頭を振り、片付けに専念した。



ジョルジュの相手はユーグがしていたが、彼は何かとわたしに近付いて来た。

「エリーズ、ピクニックに行こうよ」
「わたしはエリーズでは無く、アリシアです」
「ああ、ごめんよ、言い慣れているんだよ」

幾ら訂正しても、ジョルジュは「エリーズ」と呼び続ける。
失礼な人だわ…
わたしのジョルジュに対する印象は正直、悪かった。
ジョルジュに惹かれないというだけでも、わたしがエリーズでは無い事は確かだ。
わたしは二人の男性から『エリーズの生まれ変わり』と思われ、うんざりしていた。

「ピクニックに行けば、きっと思い出すよ!僕たちの思い出の場所だからね」

ジョルジュは自信がある様だ。
ユーグは何も言わずに、成り行きを見守っている。
もう!こんな人に、好きに言わせておくなんて!
幾ら、相手がエリーズの恋人だからと言って、今、あなたはわたしの夫よ!
わたしはユーグに苛立った。

「思い出さなかったら、諦めて貰えますか?」

「きっと思い出すよ、何度も行ったんだ、手を繋いでね」

ジョルジュがわたしの手を取ろうとしたので、わたしは咄嗟に避けた。

「止めて下さい!わたしは結婚しているのよ!」

それも、夫の前だというのに!
わたしが睨み付けると、ジョルジュはつまらなそうな顔をした。

「前世の恋人よりも、今の夫かい?
その程度の気持ちだったなんて、残念だよ、エリーズ」

ジョルジュの言葉に苛立った。

「わたしがエリーズだったとして…いえ、勿論、違いますけど。
わたしだけを責めるのは間違いよ!
恋人だと言うのなら、何故、わたしを探し出せ無かったの?
あなたはユーグの様に、結婚もせず、忙しい中時間を作り出し、
エリーズの生まれ変わりを探していたと言うの?
それに、思い出の館を売り払い、思い出の地で夏を過ごさなかった理由は何?」

ジョルジュは顔を顰めた。

「探さなかったのは、辛かったからだよ…
ユーグが僕からエリーズを奪ったんだ!ユーグが探して当然じゃないか!
なのに、こいつは、見つけた途端に、エリーズを自分のものにした!僕を裏切ったんだ!」

「何があったかは知らないけど、もし、愛していたなら、自分で探すわ。
だって、誰でも、愛する人に見つけて貰いたいに決まっているじゃない」

わたしが言った時、ジョルジュは恐ろしい顔をした。

「おまえはエリーズなんかじゃない!!エリーズの名を騙りやがって!!
僕のエリーズを汚すな!!」

掴み掛からんばかりのジョルジュから、わたしを守ったのはユーグだった。

「エリーズじゃないと思うなら、彼女に近付かないでくれ。
彼女を傷つける事は俺が許さない!」

ユーグがはっきりと言ってくれ、わたしは安堵した。

「偉そうじゃないか、ユーグ。
エリーズの命を奪ったんだ、結婚せず彼女を探すのは、贖罪だろう?
そう思ったからこそ、僕はおまえに任せていた、それなのに、おまえは彼女と結婚だと!?
ふざけるなよ!おまえは僕にエリーズを返すべきなんだ!」

「俺は贖罪のつもりで、結婚せずに彼女を探していた訳じゃない。
おまえに任されたとも思っていなかった、考えもしなかった。
俺はただ、彼女を愛していたから、探した。
もし、彼女が全てを思い出し、おまえを選ぶと言わない限り、
俺は彼女を手放す気は無い。
決闘しろと言うなら、いつでも受けてやる、ジョルジュ」

ユーグがここまではっきり言うとは思っていなかった。
少し前まで、自信無さげにし、ジョルジュに遠慮している様にも見えたのに…

ジョルジュは出て行くかと思ったが、まだ滞在する様だった。



「本当に、彼がエリーズの恋人だったの?信じられないわ!」

あんな、自分勝手で我儘で、傲慢な人!
少なくとも、わたしの好みとは全く違うわ!
ユーグと二人になり、わたしは零した。

「本当だ、二人は仲が良かった、俺はずっと嫉妬していた…
ジョルジュはエリーズを失い、変わってしまったんだ…」

ユーグは同情を見せる。
だが、ユーグが言うのならば、そうなのだろう。
二人の男性を狂わせるなんて、エリーズは魔性の女かしら?

「ジョルジュも結婚しなかったの?」
「いや、十七年前に結婚した」
「奥さんが居たの!?それなのに、まだエリーズを忘れないでいるなんて!」

奥さんが可哀想だわ!
わたしは自分と似た境遇に、同情してしまっていた。
だが、次にユーグの言葉に、それも吹き飛んだ。

「結婚当初から上手くいっていなかったらしい、お互い、外に愛人を作っている」

最悪だわ!
わたしは頭を振った。

「どうして離縁しないの?」
「理由は幾つかあるだろう、体裁もある、家同士の事、それに子供の事もある」

子供まで居たなんて!
ユーグがわたしをジョルジュに近付けたがらないのも無理はない。
それで、ユーグは強くジョルジュに言ったのね…
わたしを愛してくれているからだと思ったのに…
本当に、わたしって馬鹿だわ…

「エリーズはどうして亡くなったの?ユーグ、あなたが関わっているのは本当なの?」

「悪いが、詳しくは話せないんだ。
だが、俺を助ける為に、彼女が命を落とす事になったのは事実だ」

「悲しいわね…
それで、あなたは彼女を忘れられないのね」

そうあって欲しいと願った。
だが、ユーグは頭を振った。

「いや、ただ、俺が彼女を愛しているからだ」

ユーグはジョルジュとは違い、わたしを『エリーズ』とは呼ばない。
無理に思い出させようともしない。
だけど、一番、わたしの胸を抉るのは、彼の一言だ___

「ユーグ、正直に答えて。
あなたは、わたしがエリーズだから、結婚したの?
わたしがエリーズだから、あなたはわたしを抱くの?」

「君はエリーズだ」

「わたしはエリーズじゃない!
髪の色が似ているとか、顔が似ているだけで、中身は違う人間よ!
ユーグ、あなたが《わたし》を見てくれないのなら、わたし…あなたとは一緒に居られないわ!」

わたしは部屋を飛び出していた。

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