9 / 19
本編
9
しおりを挟むユーグのキスにうっとりとする。
わたしは、ユーグの事を愛し始めているのだろうか?
もしかしたら、もう、愛しているのかもしれない___
ユーグはわたしが許すまで、待つと言っていた。
それを考えると、恥ずかしさでいっぱいになるのだが、
『嫌』という感情ではなく、恥ずかしい、それに何処か期待している…
やはり、わたしはもう、ユーグに落ちているのかもしれない。
◇◇
丁度、使用人たちの服が一掃した頃だった。
「アリシア、週末に館に親族を呼んで、簡単な晩餐会を開く事にした。
不愉快な相手かもしれないが、君にも出席して欲しい」
ユーグに言われ、クロエからの忠告を思い出した。
親族はわたしとユーグの結婚に反対なのだ。
それならば、尚更、彼を独りにする訳にはいかない。
「不愉快だなんて、大丈夫よ、あなたの大切な親族でしょう?
それなら、わたしにとっても、大切な人たちだわ」
ユーグは「ありがとう」と笑みを零した。
週末に向けて、執事とメイド長と打ち合わせをし、準備に当たった。
館中を掃除し、客室の準備、食事のメニュー決め…等々、慌ただしく時間は過ぎて行った。
週末の昼過ぎから、親族たちの乗った馬車が続々と館に着いた。
わたしはユーグと共に、挨拶に立った。
「ユーグ、久しぶりだな」
「急に晩餐会だなんて、どうしたの?」
「たまには良いでしょう、妻のアリシアです」
「アリシアです、どうぞよろしくお願い致します」
「フン、話には聞いていたが、感心せんな」
「平民の娘は品が無いわ」
皆、ユーグには良い顔をしたが、わたしには蔑む様な視線を向けた。
「妻を侮辱なさるのであれば、お帰り下さって結構です。
その代わりに、後で何を聞かされても、文句は言わないで下さい」
ユーグが不穏な事を言い、親族たちは顔色を変えた。
「どういう事だ、ユーグ、何かあるのか?」
「晩餐会の前にお話しします」
親族たちは口を閉じ、客室へ案内されて行った。
何かあるのだろうか?
わたしも気になったが、数時間後には分かる事だと待つ事にした。
「ユーグ、アリシア、お招きありがとう」
親しみを込め話し掛けてくれたのはユーグの姉、クロエだけだった。
「お義姉様、ようこそお越し下さいました」
抱擁を交わした後、クロエは息子のアンドリューを紹介してくれた。
二十歳過ぎの貴族の子息らしい、礼儀正しい青年だった。
「息子のアンドリューよ、ユーグの下で働いているの」
「アンドリューです、奥様にはお初にお目に掛かります」
「初めまして、アリシアです、どうぞよろしくお願い致します」
クロエとアンドリューが案内されて行った後、ユーグの両親が現れた。
「ユーグ、親に結婚の報告に来ないとは、どういう事だ!」
「私も聞いていませんよ、聞いていれば、こんな結婚は、認めませんでしたけどね」
やはり、厳しい表情だった。
「手紙で報告したでしょう、忙しくしていたんですよ。
それに、結婚するのは私です、一生を共にする伴侶に、ケチを付けないで頂きたい」
「おまえは伯爵なんだぞ!こんな下賤の小娘に、伯爵夫人が務まると言うのか!」
「父上、汚い言葉は控えて下さい、父上の方が品性を疑われます」
「品性だと!?この、一族の面汚しが!」
あまりの暴言に、わたしは戦々恐々としたが、ユーグは顔色一つ変えない。
暴言を吐かれる事に慣れているのだろうか?
「確かに、私は至らない伯爵でしょう、自分でも承知しています。
どうぞ、部屋に案内します」
「部屋位、分かっておる!」
ユーグの両親が館内に消え、わたしはそれを思い出した。
「挨拶出来なかったわ…」
すっかり、タイミングを見失ってしまった。
だが、ユーグは全く気にしていない様だ。
「構わない、それに、今は何を言っても無理だろう。
嫌な思いをさせてすまない、アリシア」
ユーグがわたしの手を取り、擦った。
温かい手の中に包まれ、わたしは自然、心が凪いでいた。
「わたしは大丈夫よ、あなたが庇ってくれているもの、ユーグ」
視線が絡み、熱を帯びたものの、
新たな親族が現れた事で、わたしたちは無言で対応に戻った。
◇
晩餐が始まる前、皆が書斎に集められた。
親族たちは皆、フォーマルに身を包み、貴族然とし、威厳を放っている様に見えた。
ユーグの両親を始めとし、総勢、十二名だ。
ユーグは皆を眺め、話し始めた。
「本日、私から発表したい事があり、皆さんに集まって頂きました」
「発表だと!?聞いておらんぞ!ユーグ!」
父親が声を荒げたが、ユーグはそれを無視し、続けた。
「私は爵位を譲り、退く事を決めました」
これには、周囲に動揺が走った。
「私が伯爵を継いで、十五年になります。
私が伯爵を継いだ理由は、他に適した者がいなかったからに他ありません。
私はこれまで、次の伯爵への繋ぎの役目を果たすつもりで、
後継者を探し、育てて来ました」
「それは、誰だというのだ!」
「ブーランジェ男爵子息、アンドリュー」
皆がアンドリューの方を振り返った。
アンドリュー自身、驚いた顔をしている。
「し、しかし、アンドリューはまだ二十三歳だ、若すぎる…」
「私が伯爵を継いだ年とそう変わりはありませんよ。
アンドリューには教えています、立派な伯爵になるでしょう」
「ユーグ、おまえはどうする気なんだ?」
「私は隠居するつもりです、これからは、やりたい事をする」
声を上げて反対する者はおらず、話は纏まっていた。
「ユーグ、本当にいいのね?」
クロエがユーグに確かめる。
ユーグは「ふっ」と笑った。
「ああ、アンドリューの補佐は姉さんに頼むよ」
「あなたは昔から解放されたがっていたものね、
いいわ、後の事は私に任せて、何処へでも行くといいわ、アリシアとね」
クロエが横目でわたしを見る。
ユーグはわたしに向かう。
「アリシア、付いて来てくれるか?」
「あなたらしくないわ、あなたはわたしを攫ってくれればいいの!」
ユーグが笑い、わたしの腰を抱いた。
親族たちが食堂へと向かう中、わたしたちは熱いキスを交わした。
わたしのユーグへの気持ちは、大きく膨らんでいた。
彼に抱かれても良いと…
いや、彼に抱かれたいと…
彼と愛し合いたいと___
晩餐会が終わり、皆がそれぞれの客室に引き上げた後、
わたしたちも部屋に戻り、着替え、寝支度をした。
寝室に入ると、ユーグはベッドに座り、ランプの灯りで本を読んでいた。
わたしはドキドキと煩い心臓を手で押さえる。
薄明りで良かった、顔が赤い事だけは、知られずに済むだろう。
わたしはベッドに入り、ユーグの傍へ寄った。
いつもであれば、こんな事はしない…
ユーグが気付き、本を置いた。
「アリシア?」
「ユーグ、わたし、多分、あなたを愛しているわ…」
わたしは一気に言っていた。
ユーグの目に驚きが見え、わたしの勇気は萎んでしまう。
恥ずかしくなり視線を落とすと、ユーグはわたしの手を掴んだ。
「多分?」
「分からないの、だから、教えて欲しいの…ユーグ」
恥ずかしさに、顔は益々赤くなったが、もう、戻る事は出来ない。
わたしはユーグの胸に手を当て、たどたどしく撫でた。
ユーグは鋭く息を吸うと、熱く口付けた___
◇◇
ユーグと本当の意味で、夫婦になれた___
「すまない、辛いだろう?」
ユーグが少しでも癒そうと、わたしの頬を撫でる。
自分の事の様に感じ、辛そうな表情をする彼に、わたしは微笑んで見せた。
「辛いわ、でも、うれしいの…」
愛しているか分からないと思っていたが、
わたしはユーグの腕の中、幸せに満ち足りていた。
わたしはユーグを愛しているわ!
今は自信を持って言えた。
ユーグこそ、わたしの《運命の人》だと___
1
お気に入りに追加
384
あなたにおすすめの小説

最近彼氏の様子がおかしい!私を溺愛し大切にしてくれる幼馴染の彼氏が急に冷たくなった衝撃の理由。
window
恋愛
ソフィア・フランチェスカ男爵令嬢はロナウド・オスバッカス子爵令息に結婚を申し込まれた。
幼馴染で恋人の二人は学園を卒業したら夫婦になる永遠の愛を誓う。超名門校のフォージャー学園に入学し恋愛と楽しい学園生活を送っていたが、学年が上がると愛する彼女の様子がおかしい事に気がつきました。
一緒に下校している時ロナウドにはソフィアが不安そうな顔をしているように見えて、心配そうな視線を向けて話しかけた。
ソフィアは彼を心配させないように無理に笑顔を作って、何でもないと答えますが本当は学園の経営者である理事長の娘アイリーン・クロフォード公爵令嬢に精神的に追い詰められていた。
芋女の私になぜか完璧貴公子の伯爵令息が声をかけてきます。
ありま氷炎
恋愛
貧乏男爵令嬢のマギーは、学園を好成績で卒業し文官になることを夢見ている。
そんな彼女は学園では浮いた存在。野暮ったい容姿からも芋女と陰で呼ばれていた。
しかしある日、女子に人気の伯爵令息が声をかけてきて。そこから始まる彼女の物語。

夫が愛人を離れに囲っているようなので、私も念願の猫様をお迎えいたします
葉柚
恋愛
ユフィリア・マーマレード伯爵令嬢は、婚約者であるルードヴィッヒ・コンフィチュール辺境伯と無事に結婚式を挙げ、コンフィチュール伯爵夫人となったはずであった。
しかし、ユフィリアの夫となったルードヴィッヒはユフィリアと結婚する前から離れの屋敷に愛人を住まわせていたことが使用人たちの口から知らされた。
ルードヴィッヒはユフィリアには目もくれず、離れの屋敷で毎日過ごすばかり。結婚したというのにユフィリアはルードヴィッヒと簡単な挨拶は交わしてもちゃんとした言葉を交わすことはなかった。
ユフィリアは決意するのであった。
ルードヴィッヒが愛人を離れに囲うなら、自分は前々からお迎えしたかった猫様を自室に迎えて愛でると。
だが、ユフィリアの決意をルードヴィッヒに伝えると思いもよらぬ事態に……。

忘れられた薔薇が咲くとき
ゆる
恋愛
貴族として華やかな未来を約束されていた伯爵令嬢アルタリア。しかし、突然の婚約破棄と追放により、その人生は一変する。全てを失い、辺境の町で庶民として生きることを余儀なくされた彼女は、過去の屈辱と向き合いながらも、懸命に新たな生活を築いていく。
だが、平穏は長く続かない。かつて彼女を追放した第二王子や聖女が町を訪れ、過去の因縁が再び彼女を取り巻く。利用されるだけの存在から、自らの意志で運命を切り開こうとするアルタリア。彼女が選ぶ未来とは――。
これは、追放された元伯爵令嬢が自由と幸せを掴むまでの物語。


声を取り戻した金糸雀は空の青を知る
ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
「大切なご令嬢なので、心して接するように」
7年ぶりに王宮へ呼ばれ、近衛隊長からそう耳打ちされた私、エスファニア。
国王陛下が自ら王宮に招いたご令嬢リュエンシーナ様との日々が始まりました。
ですが、それは私に思ってもみなかった変化を起こすのです。
こちらのお話には同じ主人公の作品
「恋だの愛だのそんなものは幻だよ〜やさぐれ女騎士の結婚※一話追加」があります。
(本作より数年前のお話になります)
もちろん両方お読みいただければ嬉しいですが、話はそれぞれ完結しておりますので、
本作のみでもお読みいただけます。
※この小説は小説家になろうさんでも公開中です。
初投稿です。拙い作品ですが、空よりも広い心でお読みいただけると幸いです。

【完】ええ!?わたし当て馬じゃ無いんですか!?
112
恋愛
ショーデ侯爵家の令嬢ルイーズは、王太子殿下の婚約者候補として、王宮に上がった。
目的は王太子の婚約者となること──でなく、父からの命で、リンドゲール侯爵家のシャルロット嬢を婚約者となるように手助けする。
助けが功を奏してか、最終候補にシャルロットが選ばれるが、特に何もしていないルイーズも何故か選ばれる。

王子を助けたのは妹だと勘違いされた令嬢は人魚姫の嘆きを知る
リオール
恋愛
子供の頃に溺れてる子を助けたのは姉のフィリア。
けれど助けたのは妹メリッサだと勘違いされ、妹はその助けた相手の婚約者となるのだった。
助けた相手──第一王子へ生まれかけた恋心に蓋をして、フィリアは二人の幸せを願う。
真実を隠し続けた人魚姫はこんなにも苦しかったの?
知って欲しい、知って欲しくない。
相反する思いを胸に、フィリアはその思いを秘め続ける。
※最初の方は明るいですが、すぐにシリアスとなります。ギャグ無いです。
※全24話+プロローグ,エピローグ(執筆済み。順次UP予定)
※当初の予定と少し違う展開に、ここの紹介文を慌てて修正しました。色々ツッコミどころ満載だと思いますが、海のように広い心でスルーしてください(汗
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる