【完結】伯爵の愛は狂い咲く

白雨 音

文字の大きさ
上 下
8 / 19
本編

しおりを挟む


わたしは考えをリストにし、簡単な絵も付けた。
晩餐が終わり、パーラーへ行った時を見計らい、わたしはそれをユーグに見せた。

「ああ、良い考えだ、執事に言っておこう」
「買い物には、わたしも行っていいかしら?」
「いや、街は危険だ、店の者に館まで来て貰おう」
「館に!?でも、お金が掛かるでしょう?」
「その位は構わない、所で、アリシア…」

ユーグが再びリストに目を落とした。

「絵が描いてある」
「分かり易いかと思ったの」
「ああ、分かり易いよ、とても上手だ」

ユーグが言ったので、わたしは驚いた。

「わたしの絵を上手だと言ったのは、あなたが初めてよ、ユーグ!」

「君は、絵を描くのか?」

ユーグが不思議そうな顔をする。
わたしは、絵を描く様には見えないかしら?

「ええ、昔から絵を描くのが好きなの」
「そうか、見てみたいな…」
「館へ来てから描いた物が何枚かあるわ、見たい?」
「見せて貰おう」

ユーグが乗り気だったので、わたしは気恥ずかしくはあったがうれしかった。
わたしはユーグを部屋に呼び、それを見せた。
館をスケッチしたものだ。

「家から持って来たのは、パステルだけだから、色は付けていないの」
「水彩?油?」
「水彩よ」

油絵も好きだが、わたしには荷が重い。
それに、水彩は手軽で良かった。

ユーグが「用意させよう」と言ったので驚いた。

「いいの?家では『絵具の無駄使いだ』と言われていたわ」
「無駄な事は無い、絵は描く者も見る者も幸せにする…」

ユーグが薄い笑みを見せる。

「もしかして、エリーズも絵を描いていたの?」

わたしが聞くと、ユーグは笑った。

「いや、エリーズは描かなかった、少なくとも、俺の前では描いた事が無い。
だが、絵は好きだった…」

わたしは、エリーズと違う処を見つけ、うれしくなった。
エリーズとわたしはやはり、別人だ!生まれ変わりなどではない!
それが、どうしてうれしいのか…わたしは気付いていなかった。


◇◇


雑貨店の若い店員が、様々な商品を持ち、館を訪ねて来た。

「水彩絵の具、筆、用紙…こちらは、ご購入頂いております」
「ありがとう!」

ユーグが頼んでくれたのだ!
わたしはそれを受け取った。

使用人たちで手の空いている者たちを集め、
店員から実際に商品を使って、説明をして貰った。

「皆が必要だ、便利だと思った物を試験的に購入して使ってみようと思うの。
皆、説明を聞いて、意見を言ってね」

店員の説明は上手く、皆真剣に聞いていて、時に笑う事もあった。
使用人たちから評判の良かった、幾つかの商品を置いて帰って貰った。

「世の中には便利な物があるのね、知らなかったわ…」
「フン、信用出来ないね!」
「見たじゃない!これは絶対にいいわよ!」

使用人たちは話しながら持ち場に戻って行く。
その時、ふと、変な歩き方をしているメイドに気付いた。
名前は確か…

「マリー、あなた、足をどうかしたの?」

わたしが声を掛けると、彼女は驚いた顔をした。

「奥様、あたしの事でしょうか?」
「ええ、あなたの名はマリーでしょう?足はどうしたの?怪我しているの?」
「いえ、あたし、足が大きくて、靴が合わないんです、仕方ない事なので…」
「そんな事は無いわ、足に合わせた靴を作るべきよ!脱いでみて!」

マリーは戸惑いつつも、靴を脱いだ。
足の横側が赤くなり、皮が剝けている。

「酷いわね、手当をして貰わなきゃ!急いで靴を用意するわ」

メイド長を呼び、手当をして貰う事にした。
それから、執事に靴屋を呼んで貰った。
取り敢えず、足に合う靴を履いて貰い、メイド用の靴を新しく作って貰う事にした。

マリーは若く、成長と共に、最初に貰った靴が合わなくなったという事だった。
周囲の者たちは、余程の事が無い限り、靴を買い替える事も無いので、言い出せなかったのだ。
見てみると、彼女のメイド服も、窮屈そうだった。

「全員、寸法を測りましょう、他にも合っていない人がいるかもしれないし、
折角だから、メイド服を新調するのもいいわよね?」

使用人たちの服は、昔のままのデザインだ。
それでは、喜びも無いだろう。


晩餐の時に話そうと思っていたが、先にユーグの方が話を持ち出して来た。

「アリシア、今日は大活躍だったらしいな」

ユーグがからかう様に、ニヤリと笑った。

「お聞きになったの?でも、大活躍という程の事では無いわ、
メイドが変な歩き方をしていたから、気になったの。
酷い靴擦れだったわ!それで、靴屋を呼んで貰ったのだけど…
あなたに相談せずに、ごめんなさい」

「いや、緊急の時は君に任せるよ、君は良く気付くし、優しい。
メイドの名も覚えているんだな、執事が感心していた」

褒められて、くすぐったくなり、肩を竦めた。

「昔から商家の手伝いをしていたから、お客様の顔と名を覚えるのに慣れているの」

「成程、大した特技だ、アリシア」

「ありがとうございます、それで、また、相談があるの…」

わたしは使用人たちの服の事を話した。

「確かに、服のデザインは先代の頃から一緒だし、新しくするのもいい。
今から作れば、夏には間に合うだろう、メイド長と何人かで考えてみてくれ」

「ありがとう!皆もきっと喜ぶわ!」


◇◇


翌朝、身支度をする際、侍女が手伝ってくれたが、いつもと違い、
服を投げる事は無く、髪も丁寧に梳かし、程良い加減で結ってくれた。
どうしたのかしら?と思いつつも、わたしは礼を言った。

「ありがとう、メリッサ」

相手はギョっとし、「失礼致します」と部屋を出て行った。

「奥様、あたしの名をご存じだったわ!」
「てっきり、男好きの馬鹿娘だと思っていたのに…」
「『何も知りません』みたいな顔して、あたしたちを監視してるのよ!」
「旦那様に言い付ける気だわ!」
「ああ、どうしよう!あたしの態度酷かったわよね?お給金減らされないかしら?」
「あたしだって同じよ!」

扉を少し開けると、廊下から、そんな会話が聞こえてきて驚いた。
どうやら、今度は恐れられているらしい。
でも、以前よりかはまだ良いと、わたしは扉をそっと閉めた。


使用人たちは、わたしを『侮れない』と思ったのか、畏怖を持ち接する様になった。
少々寂しくはあるが、女主人としては良い傾向だ。
わたしが女主人として立派な務めが出来れば、ユーグも安心だろう。

「マリー、新しい靴はどう?」
「はい、とても動き易いです、奥様のお陰です、ありがとうございました」

マリーに声を掛けると、彼女は畏まりながらも礼を言ってくれた。
彼女の目には感謝と喜びが見え、マリーとは仲良くなれる気がした。


使用人たちの服を新調する事で、仕立て屋を呼び、皆の寸法を測って貰った。
そして、デザインを幾つか見せて貰い、使用人たちから意見を聞いた。

「新しい服だなんて!ドキドキするわ!」
「フリルはあるのかしら?」
「邪魔になるから無理よ」
「夏は暑いから、もっと涼しい服が良いわ」

話を纏め、仕立て屋に希望を伝えれば、後は出来上がるのを待つばかりだ。
皆の顔も明るかった。


◇◇


「ユーグ、お茶の時間に少し出られない?いつもお仕事で忙しいでしょう?
あなたは少し運動をするべきだわ!」

わたしが誘うと、ユーグは快諾した。
それで、お茶の時間を使い、ユーグを庭園へ散歩に連れ出したのだった。

「散歩も久しぶりだ、気候もいい…」
「そうでしょう!気分転換にもなるわよね!」

二人で庭園を歩く。
ユーグも楽しんでいる様だった。

「ユーグ、目を閉じて!」

「目を閉じるのか?」

ユーグは驚きながらも、瞼を伏せた。
わたしは「まだ、開けちゃ駄目よ!」と言いながら、ユーグの手を引いて行く。
わたしの花壇の前まで…

「ユーグ、さぁ、目を開けて!」

わたしが合図をすると、ユーグは瞼を上げた。
そして、目の前の花壇を見て、目を丸くし、息を飲んだ。

「ピンクの、ガーベラ…」

花壇の中央には、ピンクのガーベラ。
そして、周囲を囲む様に、濃い青色や白色の小さな花たち。
葉は瑞々しい黄緑色だ。

「素敵でしょう?昨日辺りから咲き始めたのよ、ユーグにどうしても見て貰いたかったの!」

「ああ、とても、綺麗だ…君は、薔薇園にするのかと思っていた」

ユーグが零し、わたしはそれに気付いた。

「エリーズは薔薇が好きだったの?
残念ね、わたしは、ピンクのガーベラが一番好きよ!」

「どうして、ピンクのガーベラを?」

「理由は無いけど、昔から好きなの、変かしら?」

わたしが言うと、ユーグは「いや…」と頭を振り、それからうれしそうに笑った。

「どうして?あなた、凄くうれしそうだわ」

「ああ、ありがとう、アリシア…」

ユーグがわたしを抱擁し、キスをした。
それは、久しぶりにする、甘いキスだった。

エリーズとは違うのに、どうして喜ぶの?

疑問はあったが、そのキスに流されてしまった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

最近彼氏の様子がおかしい!私を溺愛し大切にしてくれる幼馴染の彼氏が急に冷たくなった衝撃の理由。

window
恋愛
ソフィア・フランチェスカ男爵令嬢はロナウド・オスバッカス子爵令息に結婚を申し込まれた。 幼馴染で恋人の二人は学園を卒業したら夫婦になる永遠の愛を誓う。超名門校のフォージャー学園に入学し恋愛と楽しい学園生活を送っていたが、学年が上がると愛する彼女の様子がおかしい事に気がつきました。 一緒に下校している時ロナウドにはソフィアが不安そうな顔をしているように見えて、心配そうな視線を向けて話しかけた。 ソフィアは彼を心配させないように無理に笑顔を作って、何でもないと答えますが本当は学園の経営者である理事長の娘アイリーン・クロフォード公爵令嬢に精神的に追い詰められていた。

芋女の私になぜか完璧貴公子の伯爵令息が声をかけてきます。

ありま氷炎
恋愛
貧乏男爵令嬢のマギーは、学園を好成績で卒業し文官になることを夢見ている。 そんな彼女は学園では浮いた存在。野暮ったい容姿からも芋女と陰で呼ばれていた。 しかしある日、女子に人気の伯爵令息が声をかけてきて。そこから始まる彼女の物語。

夫が愛人を離れに囲っているようなので、私も念願の猫様をお迎えいたします

葉柚
恋愛
ユフィリア・マーマレード伯爵令嬢は、婚約者であるルードヴィッヒ・コンフィチュール辺境伯と無事に結婚式を挙げ、コンフィチュール伯爵夫人となったはずであった。 しかし、ユフィリアの夫となったルードヴィッヒはユフィリアと結婚する前から離れの屋敷に愛人を住まわせていたことが使用人たちの口から知らされた。 ルードヴィッヒはユフィリアには目もくれず、離れの屋敷で毎日過ごすばかり。結婚したというのにユフィリアはルードヴィッヒと簡単な挨拶は交わしてもちゃんとした言葉を交わすことはなかった。 ユフィリアは決意するのであった。 ルードヴィッヒが愛人を離れに囲うなら、自分は前々からお迎えしたかった猫様を自室に迎えて愛でると。 だが、ユフィリアの決意をルードヴィッヒに伝えると思いもよらぬ事態に……。

忘れられた薔薇が咲くとき

ゆる
恋愛
貴族として華やかな未来を約束されていた伯爵令嬢アルタリア。しかし、突然の婚約破棄と追放により、その人生は一変する。全てを失い、辺境の町で庶民として生きることを余儀なくされた彼女は、過去の屈辱と向き合いながらも、懸命に新たな生活を築いていく。 だが、平穏は長く続かない。かつて彼女を追放した第二王子や聖女が町を訪れ、過去の因縁が再び彼女を取り巻く。利用されるだけの存在から、自らの意志で運命を切り開こうとするアルタリア。彼女が選ぶ未来とは――。 これは、追放された元伯爵令嬢が自由と幸せを掴むまでの物語。

側近女性は迷わない

中田カナ
恋愛
第二王子殿下の側近の中でただ1人の女性である私は、思いがけず自分の陰口を耳にしてしまった。 ※ 小説家になろう、カクヨムでも掲載しています

声を取り戻した金糸雀は空の青を知る

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
「大切なご令嬢なので、心して接するように」 7年ぶりに王宮へ呼ばれ、近衛隊長からそう耳打ちされた私、エスファニア。 国王陛下が自ら王宮に招いたご令嬢リュエンシーナ様との日々が始まりました。 ですが、それは私に思ってもみなかった変化を起こすのです。 こちらのお話には同じ主人公の作品 「恋だの愛だのそんなものは幻だよ〜やさぐれ女騎士の結婚※一話追加」があります。 (本作より数年前のお話になります) もちろん両方お読みいただければ嬉しいですが、話はそれぞれ完結しておりますので、 本作のみでもお読みいただけます。 ※この小説は小説家になろうさんでも公開中です。 初投稿です。拙い作品ですが、空よりも広い心でお読みいただけると幸いです。

【完】ええ!?わたし当て馬じゃ無いんですか!?

112
恋愛
ショーデ侯爵家の令嬢ルイーズは、王太子殿下の婚約者候補として、王宮に上がった。 目的は王太子の婚約者となること──でなく、父からの命で、リンドゲール侯爵家のシャルロット嬢を婚約者となるように手助けする。 助けが功を奏してか、最終候補にシャルロットが選ばれるが、特に何もしていないルイーズも何故か選ばれる。

王子を助けたのは妹だと勘違いされた令嬢は人魚姫の嘆きを知る

リオール
恋愛
子供の頃に溺れてる子を助けたのは姉のフィリア。 けれど助けたのは妹メリッサだと勘違いされ、妹はその助けた相手の婚約者となるのだった。 助けた相手──第一王子へ生まれかけた恋心に蓋をして、フィリアは二人の幸せを願う。 真実を隠し続けた人魚姫はこんなにも苦しかったの? 知って欲しい、知って欲しくない。 相反する思いを胸に、フィリアはその思いを秘め続ける。 ※最初の方は明るいですが、すぐにシリアスとなります。ギャグ無いです。 ※全24話+プロローグ,エピローグ(執筆済み。順次UP予定) ※当初の予定と少し違う展開に、ここの紹介文を慌てて修正しました。色々ツッコミどころ満載だと思いますが、海のように広い心でスルーしてください(汗

処理中です...