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本編
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しおりを挟むわたしは考えをリストにし、簡単な絵も付けた。
晩餐が終わり、パーラーへ行った時を見計らい、わたしはそれをユーグに見せた。
「ああ、良い考えだ、執事に言っておこう」
「買い物には、わたしも行っていいかしら?」
「いや、街は危険だ、店の者に館まで来て貰おう」
「館に!?でも、お金が掛かるでしょう?」
「その位は構わない、所で、アリシア…」
ユーグが再びリストに目を落とした。
「絵が描いてある」
「分かり易いかと思ったの」
「ああ、分かり易いよ、とても上手だ」
ユーグが言ったので、わたしは驚いた。
「わたしの絵を上手だと言ったのは、あなたが初めてよ、ユーグ!」
「君は、絵を描くのか?」
ユーグが不思議そうな顔をする。
わたしは、絵を描く様には見えないかしら?
「ええ、昔から絵を描くのが好きなの」
「そうか、見てみたいな…」
「館へ来てから描いた物が何枚かあるわ、見たい?」
「見せて貰おう」
ユーグが乗り気だったので、わたしは気恥ずかしくはあったがうれしかった。
わたしはユーグを部屋に呼び、それを見せた。
館をスケッチしたものだ。
「家から持って来たのは、パステルだけだから、色は付けていないの」
「水彩?油?」
「水彩よ」
油絵も好きだが、わたしには荷が重い。
それに、水彩は手軽で良かった。
ユーグが「用意させよう」と言ったので驚いた。
「いいの?家では『絵具の無駄使いだ』と言われていたわ」
「無駄な事は無い、絵は描く者も見る者も幸せにする…」
ユーグが薄い笑みを見せる。
「もしかして、エリーズも絵を描いていたの?」
わたしが聞くと、ユーグは笑った。
「いや、エリーズは描かなかった、少なくとも、俺の前では描いた事が無い。
だが、絵は好きだった…」
わたしは、エリーズと違う処を見つけ、うれしくなった。
エリーズとわたしはやはり、別人だ!生まれ変わりなどではない!
それが、どうしてうれしいのか…わたしは気付いていなかった。
◇◇
雑貨店の若い店員が、様々な商品を持ち、館を訪ねて来た。
「水彩絵の具、筆、用紙…こちらは、ご購入頂いております」
「ありがとう!」
ユーグが頼んでくれたのだ!
わたしはそれを受け取った。
使用人たちで手の空いている者たちを集め、
店員から実際に商品を使って、説明をして貰った。
「皆が必要だ、便利だと思った物を試験的に購入して使ってみようと思うの。
皆、説明を聞いて、意見を言ってね」
店員の説明は上手く、皆真剣に聞いていて、時に笑う事もあった。
使用人たちから評判の良かった、幾つかの商品を置いて帰って貰った。
「世の中には便利な物があるのね、知らなかったわ…」
「フン、信用出来ないね!」
「見たじゃない!これは絶対にいいわよ!」
使用人たちは話しながら持ち場に戻って行く。
その時、ふと、変な歩き方をしているメイドに気付いた。
名前は確か…
「マリー、あなた、足をどうかしたの?」
わたしが声を掛けると、彼女は驚いた顔をした。
「奥様、あたしの事でしょうか?」
「ええ、あなたの名はマリーでしょう?足はどうしたの?怪我しているの?」
「いえ、あたし、足が大きくて、靴が合わないんです、仕方ない事なので…」
「そんな事は無いわ、足に合わせた靴を作るべきよ!脱いでみて!」
マリーは戸惑いつつも、靴を脱いだ。
足の横側が赤くなり、皮が剝けている。
「酷いわね、手当をして貰わなきゃ!急いで靴を用意するわ」
メイド長を呼び、手当をして貰う事にした。
それから、執事に靴屋を呼んで貰った。
取り敢えず、足に合う靴を履いて貰い、メイド用の靴を新しく作って貰う事にした。
マリーは若く、成長と共に、最初に貰った靴が合わなくなったという事だった。
周囲の者たちは、余程の事が無い限り、靴を買い替える事も無いので、言い出せなかったのだ。
見てみると、彼女のメイド服も、窮屈そうだった。
「全員、寸法を測りましょう、他にも合っていない人がいるかもしれないし、
折角だから、メイド服を新調するのもいいわよね?」
使用人たちの服は、昔のままのデザインだ。
それでは、喜びも無いだろう。
晩餐の時に話そうと思っていたが、先にユーグの方が話を持ち出して来た。
「アリシア、今日は大活躍だったらしいな」
ユーグがからかう様に、ニヤリと笑った。
「お聞きになったの?でも、大活躍という程の事では無いわ、
メイドが変な歩き方をしていたから、気になったの。
酷い靴擦れだったわ!それで、靴屋を呼んで貰ったのだけど…
あなたに相談せずに、ごめんなさい」
「いや、緊急の時は君に任せるよ、君は良く気付くし、優しい。
メイドの名も覚えているんだな、執事が感心していた」
褒められて、くすぐったくなり、肩を竦めた。
「昔から商家の手伝いをしていたから、お客様の顔と名を覚えるのに慣れているの」
「成程、大した特技だ、アリシア」
「ありがとうございます、それで、また、相談があるの…」
わたしは使用人たちの服の事を話した。
「確かに、服のデザインは先代の頃から一緒だし、新しくするのもいい。
今から作れば、夏には間に合うだろう、メイド長と何人かで考えてみてくれ」
「ありがとう!皆もきっと喜ぶわ!」
◇◇
翌朝、身支度をする際、侍女が手伝ってくれたが、いつもと違い、
服を投げる事は無く、髪も丁寧に梳かし、程良い加減で結ってくれた。
どうしたのかしら?と思いつつも、わたしは礼を言った。
「ありがとう、メリッサ」
相手はギョっとし、「失礼致します」と部屋を出て行った。
「奥様、あたしの名をご存じだったわ!」
「てっきり、男好きの馬鹿娘だと思っていたのに…」
「『何も知りません』みたいな顔して、あたしたちを監視してるのよ!」
「旦那様に言い付ける気だわ!」
「ああ、どうしよう!あたしの態度酷かったわよね?お給金減らされないかしら?」
「あたしだって同じよ!」
扉を少し開けると、廊下から、そんな会話が聞こえてきて驚いた。
どうやら、今度は恐れられているらしい。
でも、以前よりかはまだ良いと、わたしは扉をそっと閉めた。
使用人たちは、わたしを『侮れない』と思ったのか、畏怖を持ち接する様になった。
少々寂しくはあるが、女主人としては良い傾向だ。
わたしが女主人として立派な務めが出来れば、ユーグも安心だろう。
「マリー、新しい靴はどう?」
「はい、とても動き易いです、奥様のお陰です、ありがとうございました」
マリーに声を掛けると、彼女は畏まりながらも礼を言ってくれた。
彼女の目には感謝と喜びが見え、マリーとは仲良くなれる気がした。
使用人たちの服を新調する事で、仕立て屋を呼び、皆の寸法を測って貰った。
そして、デザインを幾つか見せて貰い、使用人たちから意見を聞いた。
「新しい服だなんて!ドキドキするわ!」
「フリルはあるのかしら?」
「邪魔になるから無理よ」
「夏は暑いから、もっと涼しい服が良いわ」
話を纏め、仕立て屋に希望を伝えれば、後は出来上がるのを待つばかりだ。
皆の顔も明るかった。
◇◇
「ユーグ、お茶の時間に少し出られない?いつもお仕事で忙しいでしょう?
あなたは少し運動をするべきだわ!」
わたしが誘うと、ユーグは快諾した。
それで、お茶の時間を使い、ユーグを庭園へ散歩に連れ出したのだった。
「散歩も久しぶりだ、気候もいい…」
「そうでしょう!気分転換にもなるわよね!」
二人で庭園を歩く。
ユーグも楽しんでいる様だった。
「ユーグ、目を閉じて!」
「目を閉じるのか?」
ユーグは驚きながらも、瞼を伏せた。
わたしは「まだ、開けちゃ駄目よ!」と言いながら、ユーグの手を引いて行く。
わたしの花壇の前まで…
「ユーグ、さぁ、目を開けて!」
わたしが合図をすると、ユーグは瞼を上げた。
そして、目の前の花壇を見て、目を丸くし、息を飲んだ。
「ピンクの、ガーベラ…」
花壇の中央には、ピンクのガーベラ。
そして、周囲を囲む様に、濃い青色や白色の小さな花たち。
葉は瑞々しい黄緑色だ。
「素敵でしょう?昨日辺りから咲き始めたのよ、ユーグにどうしても見て貰いたかったの!」
「ああ、とても、綺麗だ…君は、薔薇園にするのかと思っていた」
ユーグが零し、わたしはそれに気付いた。
「エリーズは薔薇が好きだったの?
残念ね、わたしは、ピンクのガーベラが一番好きよ!」
「どうして、ピンクのガーベラを?」
「理由は無いけど、昔から好きなの、変かしら?」
わたしが言うと、ユーグは「いや…」と頭を振り、それからうれしそうに笑った。
「どうして?あなた、凄くうれしそうだわ」
「ああ、ありがとう、アリシア…」
ユーグがわたしを抱擁し、キスをした。
それは、久しぶりにする、甘いキスだった。
エリーズとは違うのに、どうして喜ぶの?
疑問はあったが、そのキスに流されてしまった。
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