【完結】伯爵の愛は狂い咲く

白雨 音

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「ここが君の花壇だ、好きに使ってくれ。
小さいかもしれないが、手始めだと思って欲しい」

そこは、真っ新で、何も植えられていない花壇だった。
エリーズの生まれ変わりの者の為に、ずっと空けられていたのだろう。
ユーグのエリーズへの思い入れには、驚かされる。

「小さいだなんて、十分よ!ユーグ、ありがとう、うれしいわ…」

だが、自分が使わせて貰っていいのだろうか?
わたしは、自分がエリーズの生まれ変わりであるとは思えない。
自覚も無ければ、信じるに値する根拠も無い。
目の色と髪の色、それに顔立ちが同じだなんて…根拠にはならないわ。
そもそも、生まれ変わっても同じ姿をしているなんて、聞いた事が無い。
だが、逆に、『自分こそがエリーズの生まれ変わりよ!』と出て来る者もいないだろう。
もし、居たとしたら、変な病に違いない。
そして、ユーグが、『君では無かった!』と言い出す事も考え難い…

だったら、誰に遠慮する事も無いわよね?

「道具の置いている小屋は向こうだ。
他に欲しい物があれば、俺か執事に言ってくれ、用意しよう」

「ありがとう!どんな花壇になるか、楽しみにしていてね!」

意欲に燃えるわたしの足元で、応援するかの様にアミが「バウバウ!」と哭いた。





「寝室は一緒に使おう、君が許してくれるまでは、何もしないと約束する」

ユーグが誓ってくれ、一緒のベッドに入った。
ベッドは広く、大きくて、二人寝ても十分な広さがあった。
だが、わたしは年頃の娘だ。
緊張しない、意識しないというのは無理で、中々寝付けなかった。
ユーグはというと、直ぐに眠りに落ちて、寝息を立てていた。

あれから、キスをしていないわ…

あんなにキスをしてきていたのに、最近は挨拶のキスだけで、ちゃんとしたキスはしていない。
不意に、そんな事を考え、わたしは上掛けを頭まで被った。

嫌だわ!これじゃ、わたしが望んでいるみたいじゃない!


結局、わたしも直ぐに眠りに着いた様で、朝になり目が覚めるまでの意識は全く無かった。
夢も見ていない、余程深く眠っていたのだろう。

「お早う、アリシア、朝は紅茶だったな」

ユーグが紅茶のカップを渡してくれた。

「ありがとう…あなたって、出来た夫なのね…」

わたしが寝ぼけて言うと、ユーグは笑い、わたしの頬にキスをした。

「君は可愛い奥さんだ。
それでだが、アリシア、これから結婚の手続きをしてもいいだろうか?」

可愛いと言った直ぐ後に、急に事務的になるので、笑いそうになった。

「ええ、いいわよ」

わたしたちは結婚式を挙げずに、書類だけの提出でそれを終えると決めていた。
大々的に結婚式を挙げる気分にはなれなかったのだ。
それに、わたしには呼ぶ者もいない。
家族は十日も商家を空ける訳にはいかないし、
マリエットやクララもこんなに遠くまでは来てくれないだろう。
貴族だらけの息が詰まる結婚式は、わたしも願い下げだった。
ユーグもユーグで、「この年で結婚式など挙げては、見世物にされるだけだ」と否定的だった。

わたしたちは着替えを済ませ、近くの礼拝堂で簡単に式を挙げ、書類を提出した。
これで、わたしはユーグの妻、カルヴェ伯爵夫人となった。
あまりに簡単過ぎて実感が湧かなかった。

二人で街の宝飾店へ行き、指輪を選んだ。
二人だけで交換する。

左手の薬指に嵌る、細い金色の指輪を見た時、
エリックの事は完全に断ち切れ、
わたしはユーグのものになった気がした。
指輪一つだというのに、不思議だ。

ふと、顔を上げると、ユーグの深く濃い青色の瞳が、じっとわたしを見つめていた。
その目には、何故か切ない色が見え、わたしはドキリとした。
ユーグは微笑み、それを隠した。

「これからは、共に生きよう、アリシア」

「はい、あなたと共に、ユーグ」

わたしは不思議にも、自然に答えていた。

わたしたちは誓いのキスを交わした。





館に戻ってからは、ユーグは仕事をすると、書斎に籠った。
わたしは館に来た、仕立て屋の店員に採寸して貰い、服を預けて直して貰う事にした。

店員が帰り際に、メイドと話しているのが聞こえて来た。

「伯爵は随分若い方と結婚なさったのね…」
「ええ、驚いたわ!二十歳は離れているでしょう?」
「財産目当てじゃないの?あの服、酷いもの、早速伯爵に強請ったのかしら…」

財産目当てだなんて、酷いわ!
でも、仕方ないかしら?
わたしは十八歳、ユーグは三十八歳、年が離れ過ぎている。
何か事情があるのでは?と勘繰りたくもなるだろう。
町でもこういう噂は皆、嬉々として話していた。
だが、自分が当事者となれば別だ!全く、面白く無い!

酷い服と言われたのは、わたしが家から持って来た物だ。
何も考えていなかったが、それなりの格好をしておくべきだったと知った。

「伯爵夫人としての所作を習わなきゃ…」

「バウバウ!」

足元でアミが哭き、わたしは腰を下ろし、アミの頭を撫でた。
ペロペロとわたしの手を舐めてくる。

「心配してくれてるのね、アミ、大丈夫よ、落ち込んでなんか無いわ。
そうだわ、気分転換に付き合ってくれる?」
「バウ!!」

アミはふさふさとした立派な尻尾をパタパタと振った。

わたしは用紙の束とパステルを持ち、アミを連れ、館の外に出た。
庭を歩き、向かったのは、わたしの花壇だ。

「アミ、ここがわたしの花壇よ!ここを素敵な花で溢れさせるの!
どう?素敵でしょう?」

「バウ!」

わたしはアミの頭を撫でてやり、適当な場所を探して座った。
花壇をどんな風にするか、イメージを描きたかったのだ。
わたしは花壇と周辺をスケッチした。

わたしは以前より、絵を描くのが好きだった。
それは、あの夢に影響されている。

夢の中で、黒髪の男性は良く絵を描いていて、
長い髪の女性は遠くからその姿を眺めていたり、時には近くで見つめていた。

とても優しく、穏やかな時間で、
目を覚ましても、それは印象深く、わたしの内に残った。
それで、絵に興味を持ったのだが…
わたしの腕前は、残念ながら、とても褒められるものでは無かった。下手の横好きだ。
家族からは、「我が家の家系に画家は居ないからな」と、暗に描くのを止められ、
マリエットとクララからは「アリシアの絵は個性的だわ」と言われた。

「んん~、何故、あんな風に描けないのかしら?」

呟いてから、わたしは笑う。
夢の中の男性の描く絵を、わたしは見た事が無いというのに、
どうしてだか、上手だと思い込んでいたのだ。

「もしかしたら、わたしと良い勝負かもしれないのに!
いいえ、絶対に上手だわ」

わたしは楽しい気分になり、パステルを動かした。
アミは退屈なのか、蝶を追い、周辺を駆けまわっている。
アミが元気なので、それに気付かなかったが…

「アミは何歳なのかしら?」

わたしがエリーズの生まれ変わりだとするなら、エリーズが亡くなったのは、
少なくとも、十八年、十九年前だ。
その時、子犬だとしても、間違いなく今のアミは高齢だ。

「きっと、ユーグが大事に育てているのね」

わたしはそう納得し、再び用紙に向かった。



お茶の時間に館に戻った際、わたしは執事に花の種を頼んだが、口止めをしておいた。

「誰にも話さないで下さいね、花が咲くまで内緒にしたいの!
その方が、わくわくするでしょう?」

「畏まりました、奥様」

なるべく好意的に接しようとしているが、執事も使用人たちも、澄ましていて多くは語らない。
何処か余所余所しさを感じて寂しかったが、使用人とはそういうものなのかもしれない。

アミとお茶の時間を楽しんだ後は、部屋に戻り、両親と幼馴染へ手紙を書いた。
結婚の報告だ。
町を出た時には、手紙など絶対に書かない!縁を切ろうとさえ思っていたが、
時間が経つ内に、そんな考えも薄れていた。
恐らく、わたしがこの結婚に前向きになったからだろう。
最初は惨めさしか無かったが、今は、わたしとユーグは仲の良い友達だし、
もっと時が経てば、きっと、夫婦になれる…そんな予感もしていた。

「マリエットとクララは驚くわね!」

急に結婚相手が変更され、遠い街へ来ているのだから。
驚き、心配もしているだろう。
わたしは二人を安心させる為にも、ユーグは素晴らしい人だと手紙に書いた。
勿論、嘘では無い、真実、ユーグは素晴らしい人だ。

馬車旅で5日も掛かるのであれば、今後、二人や家族と会うのも難しいだろう。
それは少し寂しい気がした。

「その分、手紙を書くわ!良い報告が出来るといいけど…」

もっと、もっと、ユーグを好きにならなくちゃ!



晩餐にはユーグの姿があり、わたしは安堵した。

「暫くは朝と夜にしか会えない、独りにしてすまない、アリシア」

ユーグが申し訳なさそうに言うので、わたしは明るく返した。

「気にしないで!あなたは伯爵だもの、わたしよりも伯爵業を優先しなきゃ!
わたしの実家は商家だし、仕事の厳しさは分かっているつもりよ」

「ありがとう」

「それに、わたしも伯爵夫人として学ぶ事が多そう!
わたしは平民だし、どう振る舞えば良いのか全く分からないの、
恥を掻く前に、誰かに教えて貰えないかしら?」

だが、ユーグはあまり良い顔をしなかった。

「君に窮屈な思いをさせてしまって、すまない」

「謝らないで!当然の事でしょう?」

「だが、君には自由でいて欲しい」

「その時間は自分で作るから、安心して、ユーグ。
あなたもそうしているでしょう?」

わたしはニヤリと笑う。
ユーグは「そう願うよ」と苦笑した。


◇◇


午後には早速、家庭教師が招かれた。
その日から、わたしは毎日3時間、伯爵夫人として身に着けるべき事を学んでいった。

家庭教師は年配の女性で、好意的という程でないにしても、丁寧に義務的に教えてくれた。
問題は、館の使用人たちだ。

「着替えを手伝って欲しいの」
「はい、奥様」

身支度や着替え等、侍女の手を借りなければならない事も多いが、
侍女は不満なのか、碌に口も聞かず、そして仕事も雑だった。

髪を梳かす時には酷く引っ張られた。

「もう少し、優しくして貰える?」
「はい、奥様」

返事はするものの、逆に力を入れられ、酷くなる。
そして、キツク結われる。
わたしが何を言っても、侍女はしたい様にすると決めているらしい。

そして、廊下では、言いたい放題だ。

「あたしに命令してくるのよ!腹立たしいったらないわ!」
「今に禿げさせてやるんだから!」
「何様のつもりかしら?下賤の女でしょう?」
「平民の娘が、すっかり伯爵夫人気取りね」
「旦那様は騙されているんだわ!」

言い返してやりたい気持ちはあったが、そんな事をすれば、関係は悪化する気がし、
わたしはぐっと我慢した。



仕立て屋から服が届き、身形もそれなりに整った頃、カルヴェ伯爵の館に来客があった。

ブーランジェ男爵夫人、クロエ。

彼女はユーグの姉だった。


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