6 / 19
本編
6
しおりを挟む「ここが君の花壇だ、好きに使ってくれ。
小さいかもしれないが、手始めだと思って欲しい」
そこは、真っ新で、何も植えられていない花壇だった。
エリーズの生まれ変わりの者の為に、ずっと空けられていたのだろう。
ユーグのエリーズへの思い入れには、驚かされる。
「小さいだなんて、十分よ!ユーグ、ありがとう、うれしいわ…」
だが、自分が使わせて貰っていいのだろうか?
わたしは、自分がエリーズの生まれ変わりであるとは思えない。
自覚も無ければ、信じるに値する根拠も無い。
目の色と髪の色、それに顔立ちが同じだなんて…根拠にはならないわ。
そもそも、生まれ変わっても同じ姿をしているなんて、聞いた事が無い。
だが、逆に、『自分こそがエリーズの生まれ変わりよ!』と出て来る者もいないだろう。
もし、居たとしたら、変な病に違いない。
そして、ユーグが、『君では無かった!』と言い出す事も考え難い…
だったら、誰に遠慮する事も無いわよね?
「道具の置いている小屋は向こうだ。
他に欲しい物があれば、俺か執事に言ってくれ、用意しよう」
「ありがとう!どんな花壇になるか、楽しみにしていてね!」
意欲に燃えるわたしの足元で、応援するかの様にアミが「バウバウ!」と哭いた。
◇
「寝室は一緒に使おう、君が許してくれるまでは、何もしないと約束する」
ユーグが誓ってくれ、一緒のベッドに入った。
ベッドは広く、大きくて、二人寝ても十分な広さがあった。
だが、わたしは年頃の娘だ。
緊張しない、意識しないというのは無理で、中々寝付けなかった。
ユーグはというと、直ぐに眠りに落ちて、寝息を立てていた。
あれから、キスをしていないわ…
あんなにキスをしてきていたのに、最近は挨拶のキスだけで、ちゃんとしたキスはしていない。
不意に、そんな事を考え、わたしは上掛けを頭まで被った。
嫌だわ!これじゃ、わたしが望んでいるみたいじゃない!
結局、わたしも直ぐに眠りに着いた様で、朝になり目が覚めるまでの意識は全く無かった。
夢も見ていない、余程深く眠っていたのだろう。
「お早う、アリシア、朝は紅茶だったな」
ユーグが紅茶のカップを渡してくれた。
「ありがとう…あなたって、出来た夫なのね…」
わたしが寝ぼけて言うと、ユーグは笑い、わたしの頬にキスをした。
「君は可愛い奥さんだ。
それでだが、アリシア、これから結婚の手続きをしてもいいだろうか?」
可愛いと言った直ぐ後に、急に事務的になるので、笑いそうになった。
「ええ、いいわよ」
わたしたちは結婚式を挙げずに、書類だけの提出でそれを終えると決めていた。
大々的に結婚式を挙げる気分にはなれなかったのだ。
それに、わたしには呼ぶ者もいない。
家族は十日も商家を空ける訳にはいかないし、
マリエットやクララもこんなに遠くまでは来てくれないだろう。
貴族だらけの息が詰まる結婚式は、わたしも願い下げだった。
ユーグもユーグで、「この年で結婚式など挙げては、見世物にされるだけだ」と否定的だった。
わたしたちは着替えを済ませ、近くの礼拝堂で簡単に式を挙げ、書類を提出した。
これで、わたしはユーグの妻、カルヴェ伯爵夫人となった。
あまりに簡単過ぎて実感が湧かなかった。
二人で街の宝飾店へ行き、指輪を選んだ。
二人だけで交換する。
左手の薬指に嵌る、細い金色の指輪を見た時、
エリックの事は完全に断ち切れ、
わたしはユーグのものになった気がした。
指輪一つだというのに、不思議だ。
ふと、顔を上げると、ユーグの深く濃い青色の瞳が、じっとわたしを見つめていた。
その目には、何故か切ない色が見え、わたしはドキリとした。
ユーグは微笑み、それを隠した。
「これからは、共に生きよう、アリシア」
「はい、あなたと共に、ユーグ」
わたしは不思議にも、自然に答えていた。
わたしたちは誓いのキスを交わした。
◇
館に戻ってからは、ユーグは仕事をすると、書斎に籠った。
わたしは館に来た、仕立て屋の店員に採寸して貰い、服を預けて直して貰う事にした。
店員が帰り際に、メイドと話しているのが聞こえて来た。
「伯爵は随分若い方と結婚なさったのね…」
「ええ、驚いたわ!二十歳は離れているでしょう?」
「財産目当てじゃないの?あの服、酷いもの、早速伯爵に強請ったのかしら…」
財産目当てだなんて、酷いわ!
でも、仕方ないかしら?
わたしは十八歳、ユーグは三十八歳、年が離れ過ぎている。
何か事情があるのでは?と勘繰りたくもなるだろう。
町でもこういう噂は皆、嬉々として話していた。
だが、自分が当事者となれば別だ!全く、面白く無い!
酷い服と言われたのは、わたしが家から持って来た物だ。
何も考えていなかったが、それなりの格好をしておくべきだったと知った。
「伯爵夫人としての所作を習わなきゃ…」
「バウバウ!」
足元でアミが哭き、わたしは腰を下ろし、アミの頭を撫でた。
ペロペロとわたしの手を舐めてくる。
「心配してくれてるのね、アミ、大丈夫よ、落ち込んでなんか無いわ。
そうだわ、気分転換に付き合ってくれる?」
「バウ!!」
アミはふさふさとした立派な尻尾をパタパタと振った。
わたしは用紙の束とパステルを持ち、アミを連れ、館の外に出た。
庭を歩き、向かったのは、わたしの花壇だ。
「アミ、ここがわたしの花壇よ!ここを素敵な花で溢れさせるの!
どう?素敵でしょう?」
「バウ!」
わたしはアミの頭を撫でてやり、適当な場所を探して座った。
花壇をどんな風にするか、イメージを描きたかったのだ。
わたしは花壇と周辺をスケッチした。
わたしは以前より、絵を描くのが好きだった。
それは、あの夢に影響されている。
夢の中で、黒髪の男性は良く絵を描いていて、
長い髪の女性は遠くからその姿を眺めていたり、時には近くで見つめていた。
とても優しく、穏やかな時間で、
目を覚ましても、それは印象深く、わたしの内に残った。
それで、絵に興味を持ったのだが…
わたしの腕前は、残念ながら、とても褒められるものでは無かった。下手の横好きだ。
家族からは、「我が家の家系に画家は居ないからな」と、暗に描くのを止められ、
マリエットとクララからは「アリシアの絵は個性的だわ」と言われた。
「んん~、何故、あんな風に描けないのかしら?」
呟いてから、わたしは笑う。
夢の中の男性の描く絵を、わたしは見た事が無いというのに、
どうしてだか、上手だと思い込んでいたのだ。
「もしかしたら、わたしと良い勝負かもしれないのに!
いいえ、絶対に上手だわ」
わたしは楽しい気分になり、パステルを動かした。
アミは退屈なのか、蝶を追い、周辺を駆けまわっている。
アミが元気なので、それに気付かなかったが…
「アミは何歳なのかしら?」
わたしがエリーズの生まれ変わりだとするなら、エリーズが亡くなったのは、
少なくとも、十八年、十九年前だ。
その時、子犬だとしても、間違いなく今のアミは高齢だ。
「きっと、ユーグが大事に育てているのね」
わたしはそう納得し、再び用紙に向かった。
◇
お茶の時間に館に戻った際、わたしは執事に花の種を頼んだが、口止めをしておいた。
「誰にも話さないで下さいね、花が咲くまで内緒にしたいの!
その方が、わくわくするでしょう?」
「畏まりました、奥様」
なるべく好意的に接しようとしているが、執事も使用人たちも、澄ましていて多くは語らない。
何処か余所余所しさを感じて寂しかったが、使用人とはそういうものなのかもしれない。
アミとお茶の時間を楽しんだ後は、部屋に戻り、両親と幼馴染へ手紙を書いた。
結婚の報告だ。
町を出た時には、手紙など絶対に書かない!縁を切ろうとさえ思っていたが、
時間が経つ内に、そんな考えも薄れていた。
恐らく、わたしがこの結婚に前向きになったからだろう。
最初は惨めさしか無かったが、今は、わたしとユーグは仲の良い友達だし、
もっと時が経てば、きっと、夫婦になれる…そんな予感もしていた。
「マリエットとクララは驚くわね!」
急に結婚相手が変更され、遠い街へ来ているのだから。
驚き、心配もしているだろう。
わたしは二人を安心させる為にも、ユーグは素晴らしい人だと手紙に書いた。
勿論、嘘では無い、真実、ユーグは素晴らしい人だ。
馬車旅で5日も掛かるのであれば、今後、二人や家族と会うのも難しいだろう。
それは少し寂しい気がした。
「その分、手紙を書くわ!良い報告が出来るといいけど…」
もっと、もっと、ユーグを好きにならなくちゃ!
◇
晩餐にはユーグの姿があり、わたしは安堵した。
「暫くは朝と夜にしか会えない、独りにしてすまない、アリシア」
ユーグが申し訳なさそうに言うので、わたしは明るく返した。
「気にしないで!あなたは伯爵だもの、わたしよりも伯爵業を優先しなきゃ!
わたしの実家は商家だし、仕事の厳しさは分かっているつもりよ」
「ありがとう」
「それに、わたしも伯爵夫人として学ぶ事が多そう!
わたしは平民だし、どう振る舞えば良いのか全く分からないの、
恥を掻く前に、誰かに教えて貰えないかしら?」
だが、ユーグはあまり良い顔をしなかった。
「君に窮屈な思いをさせてしまって、すまない」
「謝らないで!当然の事でしょう?」
「だが、君には自由でいて欲しい」
「その時間は自分で作るから、安心して、ユーグ。
あなたもそうしているでしょう?」
わたしはニヤリと笑う。
ユーグは「そう願うよ」と苦笑した。
◇◇
午後には早速、家庭教師が招かれた。
その日から、わたしは毎日3時間、伯爵夫人として身に着けるべき事を学んでいった。
家庭教師は年配の女性で、好意的という程でないにしても、丁寧に義務的に教えてくれた。
問題は、館の使用人たちだ。
「着替えを手伝って欲しいの」
「はい、奥様」
身支度や着替え等、侍女の手を借りなければならない事も多いが、
侍女は不満なのか、碌に口も聞かず、そして仕事も雑だった。
髪を梳かす時には酷く引っ張られた。
「もう少し、優しくして貰える?」
「はい、奥様」
返事はするものの、逆に力を入れられ、酷くなる。
そして、キツク結われる。
わたしが何を言っても、侍女はしたい様にすると決めているらしい。
そして、廊下では、言いたい放題だ。
「あたしに命令してくるのよ!腹立たしいったらないわ!」
「今に禿げさせてやるんだから!」
「何様のつもりかしら?下賤の女でしょう?」
「平民の娘が、すっかり伯爵夫人気取りね」
「旦那様は騙されているんだわ!」
言い返してやりたい気持ちはあったが、そんな事をすれば、関係は悪化する気がし、
わたしはぐっと我慢した。
仕立て屋から服が届き、身形もそれなりに整った頃、カルヴェ伯爵の館に来客があった。
ブーランジェ男爵夫人、クロエ。
彼女はユーグの姉だった。
1
お気に入りに追加
384
あなたにおすすめの小説

最近彼氏の様子がおかしい!私を溺愛し大切にしてくれる幼馴染の彼氏が急に冷たくなった衝撃の理由。
window
恋愛
ソフィア・フランチェスカ男爵令嬢はロナウド・オスバッカス子爵令息に結婚を申し込まれた。
幼馴染で恋人の二人は学園を卒業したら夫婦になる永遠の愛を誓う。超名門校のフォージャー学園に入学し恋愛と楽しい学園生活を送っていたが、学年が上がると愛する彼女の様子がおかしい事に気がつきました。
一緒に下校している時ロナウドにはソフィアが不安そうな顔をしているように見えて、心配そうな視線を向けて話しかけた。
ソフィアは彼を心配させないように無理に笑顔を作って、何でもないと答えますが本当は学園の経営者である理事長の娘アイリーン・クロフォード公爵令嬢に精神的に追い詰められていた。
芋女の私になぜか完璧貴公子の伯爵令息が声をかけてきます。
ありま氷炎
恋愛
貧乏男爵令嬢のマギーは、学園を好成績で卒業し文官になることを夢見ている。
そんな彼女は学園では浮いた存在。野暮ったい容姿からも芋女と陰で呼ばれていた。
しかしある日、女子に人気の伯爵令息が声をかけてきて。そこから始まる彼女の物語。

夫が愛人を離れに囲っているようなので、私も念願の猫様をお迎えいたします
葉柚
恋愛
ユフィリア・マーマレード伯爵令嬢は、婚約者であるルードヴィッヒ・コンフィチュール辺境伯と無事に結婚式を挙げ、コンフィチュール伯爵夫人となったはずであった。
しかし、ユフィリアの夫となったルードヴィッヒはユフィリアと結婚する前から離れの屋敷に愛人を住まわせていたことが使用人たちの口から知らされた。
ルードヴィッヒはユフィリアには目もくれず、離れの屋敷で毎日過ごすばかり。結婚したというのにユフィリアはルードヴィッヒと簡単な挨拶は交わしてもちゃんとした言葉を交わすことはなかった。
ユフィリアは決意するのであった。
ルードヴィッヒが愛人を離れに囲うなら、自分は前々からお迎えしたかった猫様を自室に迎えて愛でると。
だが、ユフィリアの決意をルードヴィッヒに伝えると思いもよらぬ事態に……。

忘れられた薔薇が咲くとき
ゆる
恋愛
貴族として華やかな未来を約束されていた伯爵令嬢アルタリア。しかし、突然の婚約破棄と追放により、その人生は一変する。全てを失い、辺境の町で庶民として生きることを余儀なくされた彼女は、過去の屈辱と向き合いながらも、懸命に新たな生活を築いていく。
だが、平穏は長く続かない。かつて彼女を追放した第二王子や聖女が町を訪れ、過去の因縁が再び彼女を取り巻く。利用されるだけの存在から、自らの意志で運命を切り開こうとするアルタリア。彼女が選ぶ未来とは――。
これは、追放された元伯爵令嬢が自由と幸せを掴むまでの物語。


声を取り戻した金糸雀は空の青を知る
ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
「大切なご令嬢なので、心して接するように」
7年ぶりに王宮へ呼ばれ、近衛隊長からそう耳打ちされた私、エスファニア。
国王陛下が自ら王宮に招いたご令嬢リュエンシーナ様との日々が始まりました。
ですが、それは私に思ってもみなかった変化を起こすのです。
こちらのお話には同じ主人公の作品
「恋だの愛だのそんなものは幻だよ〜やさぐれ女騎士の結婚※一話追加」があります。
(本作より数年前のお話になります)
もちろん両方お読みいただければ嬉しいですが、話はそれぞれ完結しておりますので、
本作のみでもお読みいただけます。
※この小説は小説家になろうさんでも公開中です。
初投稿です。拙い作品ですが、空よりも広い心でお読みいただけると幸いです。

【完】ええ!?わたし当て馬じゃ無いんですか!?
112
恋愛
ショーデ侯爵家の令嬢ルイーズは、王太子殿下の婚約者候補として、王宮に上がった。
目的は王太子の婚約者となること──でなく、父からの命で、リンドゲール侯爵家のシャルロット嬢を婚約者となるように手助けする。
助けが功を奏してか、最終候補にシャルロットが選ばれるが、特に何もしていないルイーズも何故か選ばれる。

王子を助けたのは妹だと勘違いされた令嬢は人魚姫の嘆きを知る
リオール
恋愛
子供の頃に溺れてる子を助けたのは姉のフィリア。
けれど助けたのは妹メリッサだと勘違いされ、妹はその助けた相手の婚約者となるのだった。
助けた相手──第一王子へ生まれかけた恋心に蓋をして、フィリアは二人の幸せを願う。
真実を隠し続けた人魚姫はこんなにも苦しかったの?
知って欲しい、知って欲しくない。
相反する思いを胸に、フィリアはその思いを秘め続ける。
※最初の方は明るいですが、すぐにシリアスとなります。ギャグ無いです。
※全24話+プロローグ,エピローグ(執筆済み。順次UP予定)
※当初の予定と少し違う展開に、ここの紹介文を慌てて修正しました。色々ツッコミどころ満載だと思いますが、海のように広い心でスルーしてください(汗
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる