【完結】伯爵の愛は狂い咲く

白雨 音

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惨めに打ちひしがれ涙を流す。
意識は自分にしか向いておらず、
突然、ガシっと腕を掴まれたわたしは、息が止まる程に驚いた。

エリック!

期待し顔を上げたが、そこには、美しい青年の姿は無く、
代わりに大柄な黒髪の男が立っていた。
それも、怒った様な鋭い目で、わたしを覗き見ている…

「君は何をしているんだ、来なさい!」

腕を掴まれたまま、強靭な力で引っ張って行かれ、わたしは動転した。

「いや…人攫い!誰か、助けてっ!」

「想像力が豊なのは良いが、思ったままに口にしていると、今に恥を掻くぞ」

男はわたしを馬車に押し込んだ。
これが、人攫い以外の何だというのか!
わたしはありったけの力を搔き集め、乗り込んで来た男を叩いた。

「降ろして!人攫い!!」

だが男は簡単に、わたしの手を一纏めにしてしまった。
振り解こうとしても、ビクともしない。
何て馬鹿力なの!
残された手段で、悲鳴を上げようと息を吸った所、男の声が遮った。

「いいから、大人しくしていろ、家まで送ろう」

ふと、既視感を覚え、わたしは改めて男を見た。
男は黒髪で、大柄だ。
それに、この大きな手、瞳は深く濃い青色…

「あなた、仮面の人ね?カーニバルの夜に、わたしを襲った人よ!」

恐怖でガタガタと震え出すと、男は嘆息し、わたしの手を離した。

「襲ったとは、不名誉だが、それに近い事はしたかもしれない」

やっぱり!
恐怖に血の気が引いた。

この人、わたしを付けていたんだわ!
ああ、家なんて教えるのでは無かった!
今までこれ程に、自分の迂闊さを呪った事は無い___

わたしは座席の隅ににじり寄り、身を護る様に縮まった。

「使いなさい、酷い顔だぞ」

男からハンカチを差し出され、わたしは頭を振って断ると、
自分のハンカチを引っ張り出した。
恐怖の所為か、涙は止まっていた。

「わ、わ、わたしをどうするつもりなの!?
わたしはあなたのエリーズではないわ、アリシアよ!」

「言っただろう、君を家に送る。
あんな所で泣いていたら、それこそ人攫いに遭うぞ」

「場所なんて、関係ない、感情ってそういうものだわ…」

わたしは膝を抱き、顔を伏せた。
男は何も言わなかった。
だが、馬車が停まった時、わたしに強引にハンカチを握らせた。


馬車を降りると、正真正銘、我が家の前だった。
男が言葉通りに送ってくれた事に喜ぶべきか、嘆くべきか…
家には当分帰りたく無かったが、他に行く場所も無い。
わたしは項垂れ、玄関に向かった。

ポーチを上がった時、見計らったかの様に玄関が内から開かれ、母が現れた。

「アリシア!ああ、良かったわ、皆で探していたのよ!」

わたしを伯爵に身売りさせなければいけないものね。
わたしは皮肉に思い、俯き唇を噛んだ。

「伯爵が見つけて下さったのね!感謝致します、どうぞ、お入り下さい」

母が言い、わたしは「はっ」と顔を上げ、後ろを振り返った。
大柄の男が何食わぬ顔をし立っていて、わたしはカッとなった。

この人が諸悪の根源、《伯爵》だったのね!
知っていたら、馬車から飛び降りていたのに!

わたしは睨み付けたが、伯爵は気にする事無く、
当然の様にわたしの脇を通り、家に入って行った。


カルヴェ伯爵はパーラーで、両親と兄に持て成されている。
わたしは廊下からこっそりと覗いていた。

伯爵は四十歳位だろうか?
父ドミニクは五十歳、母アザレは四十七歳だから、
自分よりも両親との方が、年が近い事は間違いない。
家族は伯爵の年を言っていなかった、初婚だとか、良い事しか聞いていない。
きっと、わたしが知れば、断ると思い、隠していたのね!
わたしは家族から裏切られた気分になり、益々苛立った。

わたしは踵を返し、自分の部屋に向かった。
衣類や化粧品等を旅行鞄に詰め、貯めていたお金を纏めて袋に詰めた。

「これは、必要だわ…」

わたしはパステルと真っ新な用紙の束を、丁寧に鞄に入れた。
あまり荷物は持って行けないが、これはどうしても必要だった。

「わたしを慰めてくれるものだもの…」

それから窓を開け、鞄を外に放り投げた。
ロープが無いので、シーツを破り、結んで代わりにする。
意外にも丈夫そうで、わたしはその出来栄えに満足した。

「イイ感じ!」

端をベッドの脚に括り付け、残りを外に投げた。
リュックを背負い、シーツのロープ握り、窓枠を超えた。
部屋は二階なので、それ程高さも無い。
わたしは昔から木登りも得意だったので、楽勝!とばかりに壁に足を付け、降りていった。
だが、周囲への警戒をしていなかった。

「中々堂に入っているな」

低い声に、ビクリとしたわたしは、足を滑らせてしまった。

「きゃ!!」
「危ない!」

地面に落ちる手前で、わたしは腰に腕を回され、抱き止められた。

「驚かせないで!」
「花嫁が夜逃げするのを黙って見過ごせと?俺はそれ程愚鈍ではない」
「あなたと結婚なんてしないわ!」
「ならば、やはり攫って行くしかないな」

カルヴェ伯爵はわたしを抱いたまま、馬車に向かい、わたしを押し込んだ。
これで三度目だ!

「人攫いよ!誰か助けて!!」

「誰も助けない、君は家族を捨てて出て行く気だったんだろう?
自分の都合で助けて貰おうというのは調子が良すぎる、考えを改めるべきだな」

わたしは唇を噛む。

「わたしは、お金の為に、家族に売られたのよ…」

そう、先にわたしを捨てたのは、家族の方だ。
家族の為に、愛する人との結婚を諦め、身を売れと___
こんな屈辱があるだろうか?
わたしは誇り高き___
何だったかしら?
頭に浮かんでいた言葉が霧散し、わたしは頭を振った。

「悪く言うものではない、金だけの話であれば、君はとっくに売られていた」

確かに、負債を負ったのは昨年で、その時にはエリックの存在は無かった。
わたしには恋人もおらず、エリックへの憧れを口にした事も無かった。
家族は負債の事を隠し、今まで通りの生活をさせてくれていた…

それなら、言ってくれていたら良かったのに…
わたしだって、働く事は出来た…
それでも、やっぱり、縁談を勧められたかしら?
何といっても、相手は《伯爵様》だものね!
だけど、皆、間違っているのよ!お金や爵位で幸せになんてなれないわ!

必要なのは、愛よ!!



「何処へ向かっているの?何処へ行く気なの?」

馬車はどんどん走って行き、遂には山道に入って行った。
わたしは不安になり聞いていた。

「クインズ、伯爵領地にある俺の館だ。
両親には許可を得ているから人攫いにはならない、君が放り出した荷物も
馬車に積んでおいた、足りない物はクインズで買えばいい」

すっかり段取りは付いている様だ。
その手際の良さにわたしは呆れた。

「クインズ…遠いのでしょう?」
「馬車で5日だ」
「5日!?そんなに旅をした事は無いわ…」
「安心しろ、俺は旅慣れている」
「伯爵って暇なのね」
「必要な時間は自分で作るものだ」

嫌味を言ったのだが、伯爵は全く気にせず、平然としている。
伯爵はきっと優秀なのだろう。
憎らしいが、立場が違えば、これ程頼りになる者もいないと思える。

「時間を作って、花嫁を買いに来たの?」

「違う、君を探していたんだ」

深く濃い青色の目が、真直ぐにわたしを見つめる。
わたしはドキリとしながらも、それに抗った。

「違うわ、探していたのは、わたしではなく、エリーズでしょう?」

「君がエリーズだ、アリシア」

伯爵の大きな手がわたしの頬を撫でる。
わたしは口を挟もうと唇を開いたが、彼の唇により塞がれた。

「ん!??」

ああ、また…!
わたしは、あなたとキスなんてしたくないの___!!

抵抗したが、簡単に封じられる。

「…や…ん!!」

強引に舌を絡められ、吸われ、頭が痺れる。
わたしの思考と力を奪っておいて、
彼は至近距離で目を合わせ、暗示を掛けるかの様に言った。

「君こそ、エリーズの生まれ変わりだ」


生まれ変わり!?

わたしは笑えば良いのか、貶せば良いのか分からず、茫然とし頭を振った。

伯爵は恐らく、正気ではない。
頭を打って変になったか、若しくは、悪魔にでも取り憑かれているか…
関わってはいけない人に目を付けられてしまったわたしは、どうしたら良いのだろう?

「伯爵、落ち着きましょう?」

「俺は落ち着いている、君は気付いていないかもしれないが、
いつも君の方が、落ち着きがない」

要らない指摘をありがとう!
わたしは「むっ」と口を曲げた。
だが、逆に伯爵はうれしそうに笑った。

「何故、笑うの?」

「エリーズもそういう表情をした」

ああ…頭がおかしくなりそうだわ。

「伯爵、エリーズは奥さん?恋人?」

「恋人だ」

そうね、初婚ですものね!
わたしは無視して続けた。

「大切な人に死なれた事は、気の毒に思います。
ですが、生まれ変わりだなんて、安直だと思いませんか?
いつ、何処で、どんな風に生まれ変わるか、誰にも分からないのに、
生まれ変わりが都合良く、その辺に居る筈が無いわ!子供でも分かる事よ」

「俺には分かっている、この髪色も、その瞳の色も、彼女のものだ」

伯爵がわたしの髪を手に取る。
わたしの瞳は明るい緑色、そして髪色は…
赤毛よりもピンクに近い、そして、金色の混じる…ストロベリーブロンドだ。
この髪色は珍しい色だと良く言われる。

「顔も似ている」

頬を撫でられ、わたしはそれを手で避けた。
またキスされるかもしれないもの!

「偶然です、世の中には同じ顔の者が三人居るのですから!」

「俺には分かるんだ、君がエリーズの生まれ変わりだと」

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