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「何だって?」
「最初から偽物だと?」
「そんな事がありますの?」

疑われているわたしが言うのと、館の子息であるフェリクスが言うのとでは、
信頼の度合いが違うのだろう、周囲から戸惑いの声が漏れた。
ベアトリスは顔を顰め、強く反発した。

「フェリクス!いい加減に目を覚ましなさい!この女を庇うなんて!
この女の本性がまだ分からないの?」

「僕は庇ってなどいません、道理に基づき、事実を申し上げているんです。
パーティの前、僕はオリーヴと会っています。
その時、彼女は母から首飾りを渡されたと言っていたので、見せて貰いましたが、既に偽物でした。
僕は母に恥を掻かせてはいけないと黙っていました。
中央の宝石は大きく目立ちます、それ故、目を惹くものなので、
間近でご覧になられた方の中には、お気付になられた方もいるのではありませんか?」

フェリクスが訊ねる様に周囲を見る。
すると、二、三人の手が挙がった。

「はい、はーーい!あたしも気付いてたわよー!!」

エリザベスが前列に出て来て、高く手を上げ、ピョンピョンと跳ねた。
『本当かしら?』と怪しむも、味方をしてくれているのだから、流しておいた。
尤も、母親であるベアトリスは違い、「あなたに宝石の目利きはありませんよ!」と厳しく言い放った。
エリザベスは悪びれる事なく、「急に目覚めたんだもん!」と返した。
「おまえは、ややこしくすんな」と、エリザベスの隣に立ったのは、レイモンだった。
彼は実にあけすけだった。

「俺は彼女と話したからな、直ぐに気付いたよ、偽物だって。
無礼かと思って黙ってたんだけど、言った方が良かったかー?」

ベアトリスは屈辱だったのだろう、顔を真っ赤にして、歯軋りをしている。
その目は恐ろしい程に、ギラギラとしていた。

「そ、そう!でも、この娘が盗んだ事には変わりありませんよ!
借りた後で直ぐにすり替えたんでしょう!
どちらにしても、この娘の部屋を調べれば直ぐに分かる事よ!!」

ベアトリスはいきり立ったが、フェリクスは彼女の前に立ち、行く手を阻んだ。

「そこを退きなさい!フェリクス!この娘が盗人だと証明してやるわ!」

「冷静になって下さい、母上、オリーヴの部屋から宝石が出て来る事はありません。
もし、出て来たならば、それは何者かによる、陰謀に間違いありません!」

「な、なんですって!?」

ベアトリスの声が裏返った。

「フェリクス!いい加減な事を言うものではありませんよ!
この娘の性悪さをあなたは知らないのよ!」

「それでは、時間を戻して説明しましょう。
パーティの直前、母上はオリーヴに首飾りを貸す事を思い付いたのでしたね?」

「ええ、そうよ!いつもみすぼらしい恰好でしょう、
私のパーティで恥を掻かせる訳にはいきませんからね」

「僕はオリーヴの装いは上品で好ましいと思いますが、今は置いておきましょう。
母上は使用人に首飾りを持たせ、オリーヴの部屋を訪れ、彼女に直接首飾りを渡した…」

ベアトリスは「ええ!」と自信満々に頷いた。

「オリーヴが首飾りを身に着け、階段を降り、僕と会うまでの間に、宝石がすり替わった___
これが、母上のお考えですね?」

「そうよ!オリーヴが宝石をすり替え、自分の物にしたのよ!
あなたと会った時に偽物だったなら、きっと、部屋を出る前にすり替えたのね!
本物の宝石は、オリーヴの部屋で間違い無いわ!」

ベアトリスは得意気に言っているが、
わたしはこの時になり、漸く、フェリクスの言わんとする事が分かった。

そうよ…
わたしにすり替えられる筈は無いわ!
《それ》に気付かなかったなんて、間抜けも良い所ね!

わたしは内心でニヤリとし、顔を上げた。

見てなさい!恥を掻くのは、あなたよ!ベアトリス!!


「先にも言いましたが、それは不可能です」

「なんですって!?」

「少し考えれば分かる事です。
《宝石をすり替える》なんて事は、貴族令嬢でなくとも、片手間に出来る事ではありません。
綿密に計算し、準備が必要になるでしょう。
宝石を付け替える為の道具も必要ですし、何より大変なのは、同じ色形、大きさの石を用意する事ではないですか?」

「オリーヴは館に三月近くもいますからね、その位、準備出来ますでしょう!」

「オリーヴが母上の宝飾品を把握していて、オリーヴがその首飾りを貸して欲しいと言い出していたならね。
ですが、母上もご存じの通り、オリーヴは宝飾品に興味がありません。
母上がどの様な宝飾品を持っているかなど、覚えてはいないでしょう。
母上は宝飾品を沢山お持ちだし、その上、パーティの度に増えていく…
母上自身、自分の持つ宝飾品全ては、把握出来ていないのではありませんか?」

「それが、何だと言うの!」

ベアトリスはギリギリと歯噛みし、フェリクスを睨み付けた。
だが、フェリクスは涼しい顔で淡々と続けた。

「母上がオリーヴに宝飾品をお貸しになったのは、今日が初めてです。
それも、母上自らが選んだ宝飾品です。
急に宝飾品を渡された彼女に、何の細工が出来るでしょう?
たった、半刻の間に、偽物を用意し、すり替えるなど、
どれ程手慣れた盗人であっても、不可能ではありませんか?」

周囲に、「成程…」「確かに…」と同調が広がって行く。

やったわ!!

わたしは両手に拳を握り、感謝を持って、その綺麗な横顔を見つめた。

なんて、頼もしい方なのかしら!
彼の前では、白馬の王子も、黒騎士も、お呼びじゃないわ!!


ベアトリスは進退窮まり、ブルブルと震えていた。
彼女は今、揺れている筈だ、正直に打ち明けるか、それとも…

「騙されて、偽物を買わされたのでは?」
「だが、今の今まで、本物だと思っていたのだろう?」
「一体、どういう事だ?」

周囲はベアトリスが懇意にしている者たちが多く、彼女に対しても好意的だった。
それで、ベアトリスは着地点を決めた様だ。

「あら!私ったら!
今思い出しましたけど、賊の目を欺く為に、偽物を付けていたんだったわ…
本物と思い込んで渡してしまったみたい…
ええ、勿論、見れば分かりますよ、ただ、パーティの直前で気が急いていましたの!
皆さん、お騒がせしてごめんなさいね!」

ベアトリスは魅力的に笑って見せた。
だが、フェリクスはそれでは許さなかった。

「母上、謝るのなら、まずはオリーヴに謝って下さい。
自身の不注意から、これだけの者たちの前で、彼女の名誉を傷つけたのですから。
オリーヴがどれ程心を痛めたか、母上にはお分かりになりませんか?」

「ええ!勿論よ!
オリーヴには、後で改めて謝罪をしようと思っていましたの…」

「母上の謝罪が無ければ、オリーヴは眠れないでしょう」

フェリクスは断固とした口調で迫る。
ベアトリスは部が悪いのを承知していた為、渋々、わたしの方に体を向けた。

「オリーヴ、私の勘違いで、あなたを盗人だなんて言って…
どうかしていたわ、許して下さる?」

一応、自分の非を認めていたので、わたしは不問にする事にした。
何と言っても、彼女はフェリクスの母なのだから…
この先が思いやられるけど!

「ええ、勿論ですわ、ベアトリス夫人」

話はこれで終わり…の筈だった。
この場にいる全員が、そう思っていただろう。
フェリクスを除いて…

「オリーヴ、母の勘違いで、あなたに酷い仕打ちをしてしまい、申し訳ありませんでした」

ベアトリスに代わり、フェリクスが深々と謝罪をした。
フェリクスに謝らせたい訳ではないし、彼は関係無い、ただ、母子というだけだ___
わたしは止めようとしたが、彼は続けた。

「実は、最近、母にはおかしな言動が見られ、僕も心配していた所です。
一度、医師に診て貰った方が良いかと、相談していた所で…」

フェリクスの話は、寝耳に水で、わたしもだが、周囲の皆が茫然とした。
逸早く、我に返ったベアトリスが、憤怒の表情で抗議した。

「何ですって!?私は正常よ!狂ってなんかいないわ!!」

相当に屈辱だったのか、皆がいる場だという事も忘れ、捲し立ててくる。

「ほら、急に激高するでしょう?
それに、とても乱暴になると、使用人たちから毎日の様に聞いています…」

ベアトリスはいつも使用人たちに酷く当たるので、間違ってはいない。
ベアトリスの様な貴族は珍しくないが、ただ、体裁の為に、ベアトリスを擁護する事は出来なかった。
数人は引き攣りながら、「何て酷い事を!」「それは、正気ではない」「確かに、何かの病では?」と皆に調子を合わせていた。
故に、ベアトリスに味方はおらず、彼女は恨めしげに周囲を睨み付けていた。

「あたしも気付いていたわ!」と、エリザベスが嬉々として声を上げた。
隣からレイモンが胡乱に見るのにも気づかず、エリザベスは堂々と話した。

「お母様は妄想を、現実だと思い込んでしまう所があるの!
お兄様にはオリーヴ様という、とっても素敵なお相手がいらっしゃるというのに、
そんな事も忘れて、他の令嬢を無理矢理館に連れて来て、お兄様と結婚させようとしたの!」

クリスティナの事ね…

「他にも、オリーヴ様がお兄様を脅迫しているとか、
館に居座って出て行こうとしないだとか言って、周囲の気を惹いているのよ!
これって、何かの病だって、本に書いてあったわ!」

エリザベスの話から、数人が声を上げた。

「私も聞きましたわ!あれは、妄想でしたの?」
「私もよ!嫌だわ、信じてしまいましたわ…」
「まぁ、息子の良い人をそんな風に悪く言い周るだなんて…」
「あまりに酷い、言葉も出ん…」
「軽蔑する!」

周囲から責められ、ベアトリスは混乱したらしい…

「止めなさい!煩いったら!!私は何もおかしくない!正常よ!!
妄想なんかじゃないわ!全部、本当よ!
あの女に嵌められたのよ!!オリーヴよ!!あいつが出て行かないから___!!」

ベアトリスは大暴れし、皆に押さえられ、睡眠薬を無理矢理に飲まされ、部屋に入れられた。

「驚いたな…まだ、若いのに…」
「近頃は、若くても掛かるらしいぞ…」
「まるで、獣でしたわね、本当に、お気の毒…」
「それで、どうするんだね?フェリクス」

周囲の者たちは、すっかり信じた様だ。
フェリクスも沈痛な表情で、重々しく返した。

「はい、父と主治医に相談し、療養所に入れたいと思っています」

フェリクスも意外と、面の皮が厚いのね…
まぁ、ベアトリスの息子だものね…
それでも、良い方に発揮されれば、長所だ!

「ああ、そうした方がいい」「君も苦労するな…」と皆が労わりの声を掛けていく中、

「あんな事を言われても、逃げずに居てくれるとは、良い人を見つけたな、フェリクス」

突然、褒められ、わたしは硬直した。
フェリクスはこの時ばかりは、笑みを見せ、「はい、僕もそう思っています」と返した。


「エリザベス!ありがとう」

エリザベスは駆けつけてくれ、嘘まで吐いて、わたしを庇ってくれた。
彼女は最初から、わたしを信じてくれていた。
その存在が、どれだけ心強かったか分からない…
わたしがお礼を言うと、エリザベスは大きな笑みを見せた。

「当然です!あたしは、いつだって、お姉様の味方ですから!」
「調子に乗んな、ややこしくしてたぞ!」
「そんな事ありませーん!」
「それじゃ、俺はこのじゃじゃ馬を厩舎に戻してくるわ」
「あたしは馬じゃなーーーい!!」

二人は言い合いながら、去って行った。
うーん、やっぱり、お似合いだわ。

皆が部屋に戻り、わたしも引き上げ様としたが、フェリクスが引き止めた。

「君の部屋を確認しに行ってもいいかな?
誰かが本物の宝石を隠しているかもしれないから___」

ベアトリスは自信満々だったし、わたしもその可能性を考えていたので、異論は無かった。
だが、フェリクスは「先に行っていて」と言い、階段を下りて行った。

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