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しおりを挟むパーティ客の多くは、ベアトリスが招待した者たちで、
ベアトリスの友人、知人夫妻、その子息令嬢で、老若男女様々だ。
若い子息、令嬢たちを呼ぶとなれば、やはり、フェリクスの目が違う令嬢に向けられる事を狙っているのだろう。
子息はエリザベスの為かしら?
わたしはパーティ会場に一歩踏み入れた時から、嫌な予感に悶々となっていた。
それでも、わたしが彼を独占している訳にはいかない。
パーティは社交の場であり、多くの者と知り合う為のものだ___
「フェリクス、パーティだし、先の約束は小休にしましょう」
互いに、異性と親しくしないという約束だった。
わたしの方から、それを口にしたのは、多分、フェリクスから言われるのを恐れたからだ。
フェリクスは「うーん」と小さく唸り、
「嫌だけど、パーティでは仕方が無いね。
だけど、出来るだけ、一緒にいてくれるよね?オリーヴ」
甘い微笑みを向けられ、わたしはつい、うっとりとし、口は勝手に「ええ、勿論」と答えていた。
「それじゃ、オリーヴ、踊ろうか」
「ええ!」
わたしたちは、声を掛けようと狙っている令嬢たちを跳ね退ける様に、
一直線にダンスフロアに向かった。
わたしたちは三曲踊り、飲み物を貰いに行った。
フェリクス狙いの令嬢たちが、ぞろぞろと付いて来るので、わたしは気になったが、フェリクスは全く気付いていない風だった。
「フェリクス様!私と踊って頂けますか?」
一人の令嬢が、意を決し、声を掛けた。
フェリクスは足を止め、振り返ると、
「すみません、踊ったばかりなので、少し休ませて下さい」
微笑みを持ち、涼やかに断った。
令嬢たちは皆、顔を赤らめ、操り人形の様に「ええ、そうでしたわ」「ええ、勿論ですわ」と頷いていた。
「オリーヴ、飲み物は何にする?」
振り返ったフェリクスは、いつも通りだった。
「果実水…」
わたしが答えると、フェリクスはグラスをさっと取り、「どうぞ」と渡してくれた。
実にスマートで、こういう時のフェリクスは、忘れていた《白馬の王子様》を思い出させた。
それでも、以前の様に毛嫌いする事は無く、寧ろ、
《白馬の王子様》にも、良い所は沢山あるもの…と、擁護したくなっていた。
全く、自分でも、調子の良さに笑ってしまうわ…
フェリクスがわたしの苦笑に気付いたらしく、「どうしたの?」と聞いて来た。
「ううん、それより、エリザベスはどうしたのかしら?」
姿が見えない。
幾ら何でも、遅過ぎると思うのだが…
厚化粧を止め、時代遅れのドレスを止め、運動で体も引き締まってきたエリザベスは、
正真正銘、美少女に変身した…
というより、本来の美しさを取り戻した為、ある意味、心配だった。
令息たちに囲まれて、困っていないだろうか?
それとも、不届きな令息に連れて行かれたのでは??
「わたし、探して来るわ!」
わたしはグラスを戻そうとしたが、フェリクスがやんわりと止めた。
「待って、オリーヴ、来たみたいだよ」
フェリクスの視線を辿って見ると、人混みを掻き分け、進んで来た者がいた。
だが、それは、背の低い、深い緑色のタキシードを着た、赤髪の少年だった。
少年は真直ぐにわたしたちの元にやって来た。
そして、わたしの前まで来ると、恭しく手を差し出し、顔を上げた。
ヘーゼルグリーンの大きな瞳の美少年だ___
「僕と踊って頂けますか、オリーヴ様」
その手は、白く、小さい。
「エリザベス!?」
わたしは驚きに、つい、声を上げた。
途端、赤髪の少年は、表情を明るくした。
「はい!エリザベスです!お姉様、凄いわ!良くお分かりになりましたね!」
正直、フェリクスが言っていなければ、気付かなかったかもしれない。
きっと、フェリクスとエリザベスの従弟か何かと思っただろう。
フェリクスは流石ね…一目で見抜いたのかしら?
そっと伺ったが、彼は涼しい顔をしていた。
むむ…侮れない観察眼ね!
「それにしても、上手く変装したわね…」
わたしはつい、まじまじとエリザベスを見てしまった。
エリザベスはどちらかと言えば、ふくよかで、女性らしい体型をしているので、男装には向かないだろう。
だが、目の前の彼女は、完全に、《胸板の立派な美少年》だった。
「えへへ☆レディースメイドにお願いしたんです!
皆、ノリノリでやってくれました~!」
口を開けば、完全にエリザベスだ。
美少年は黙っていた方が良いとは、この事ね…
「でも、折角可愛いのに…」
今のエリザベスならば、彼女を嘲笑った令息たちを、逆に嘲笑してやれるだろう。
だが、エリザベスは両手に拳を握り、じたばたと動かしながら声高に言った。
「だって!あたしもオリーヴ様と踊りたかったんだもん!」
「わたしと??」
わたしは目を丸くした。
たったそれだけの為に、男装をしたというの?
自慢ではないが、これまでわたしは、フェリクス以外、誘われた事は無い。
こんなわたしと踊りたいなんて…
じわじわと喜びが広がってくる。
「オリーヴ、エリザベスの努力に免じて、踊ってやってくれるかい?」
妹思いのフェリクスの後押しもあり、わたしは「ええ、勿論」と、気取ってエリザベスに手を差し出した。
わたしたちが踊っている間、フェリクスは他の令嬢たちと踊るだろう…
そう思うと、後ろ髪が引かれたが、『パーティだもの、当然の事よ』と自分を納得させ、エリザベスとダンスフロアに向かった。
エリザベスは優雅に礼をし、曲に合わせて踊り出した。
彼女は見事に男性パートを覚えていて、卒なくリードしている。
「凄いわ、上手なのね、エリザベス」
「えへへ☆この日の為に、お兄様に教えて貰って、訓練したんです!
どうしても、お姉様と踊りたかったから!」
フェリクスが!だから、彼は驚いていなかったのね!
観察眼なんかじゃなかったんだわ…
わたしはカラクリを知り、笑い出しそうになったが、何とか抑えた。
意外にも、わたしたちは息が合い、ダンスを楽しんでいた。
だが、周囲は違う。
身長差が十五センチあり、しかも、女性の方が、背が高いとなれば、悪目立ちするものだ。
『大女に、小男とは、不細工だな!』
『ある意味、似合いじゃないか』
『あら、顔は綺麗よ、とっても小さいけど』
『男女逆ならよろしいのにね』
『あの方、フェリクス様の婚約者候補らしいじゃない…』
『恥を掻かせてあげましょうよ…』
気持ち良く踊っていたが、ふと、周囲のペアが踊りながらこちらに近付いて来るのに気付いた。
どうやら、こちらに気付いていないらしい。
わたしは「ぐっ」と、エリザベスの腰を抱き、半回転した。
ぶつかる寸前で交わす事が出来、突進して来ていたペアはそのまま、他のペアにぶつかって行った。
「きゃーーー!!」
ドカ!!バタン!!バタン!!
「キャー!」
「わー!!」
「いやーーー!」
なんだか、凄い事になってしまったけど…
仕方ないわよね?
わたしは避けただけだもん。
「流石、お姉様!何て素晴らしい身のこなしなの!
あたしなんて、全く気付きもしなかったわ…」
「まだまだ、修行が足りないわね、エリザベス!」
「はい、頑張ります!!」
エリザベスは気合を入れ、強引なリードでわたしを回転させる。
元居た場所を、一組のペアが凄い勢いで過ぎて行った。
「上出来よ、エリザベス!花丸をあげるわ!」
「本当ですかぁ!?うれしいです~~~!」
それにしても、今日のパーティは、やけに殺気立っているわね?
皆、ダンスに熱中し過ぎているんじゃないかしら?
わたしたちはその後も、突進して来るペアを、踊りながら悉く回避したのだった。
エリザベスが強請るので、彼女と三曲踊り、ダンスフロアを出た。
エリザベスに気付かれない様、忙しく目を動かし、フェリクスを探していた所、
令息たち数名と談笑している姿が目に入り、わたしは安堵の息を吐いた。
「お兄様の所へ行きましょう!」
エリザベスはわたしの手を引き、そちらに向かった。
フェリクスがわたしたちに気付き、こちらを見るのと同時に、令息の一人がエリザベスに声を掛けて来た。
「エリザベスか!おまえ、厚化粧と趣味の悪いドレスを止めたと思ったら、
また面白い事してるなー、男装の麗人か?仮装パーティなら、先に言ってくれよ!」
エリザベスは頬を膨らませ、彼を睨んだ。
「どんな格好したって、あたしの勝手でしょ!レイモンには関係ないわ!」
「ツレナイなー、折角可愛いのに、台無しだぜ」
二人はどうやら、親しいらしい。
エリザベスは本気で噛みついているが、レイモンの方はそれを楽しんでいる様で、余裕が見えた。
「レイモンは特別よ!あなたってば、全令嬢の敵だもの!
お姉様!くれぐれも、彼に近付かないで下さいね!
彼に目を付けられた令嬢は、皆、破滅させられるんですから!」
確かに、見目の良い男だ。男らしい体付で、身形も良い。
銀髪に薄い青灰色の瞳で、整った彫りの深い顔立ちをしている。
少し冷たく見えるが、その大きな口元は、弧を描くと何とも言えない愛嬌があった。
「おいおい、嘘はいけないなー、俺は博愛主義者なの、皆を大事にするぜ」
見た目とは裏腹に、随分軽い男の様だ。
エリザベスが警戒するのも分かるというものだ。
そんな事を思っていると、フェリクスがわたしの傍に立ち、紹介してくれた。
「オリーヴ、彼は僕の貴族学院時代の同級生で、レイモン=スタッカー侯爵子息。
何度か館に来ているから、エリザベスとも親しいんだ。
レイモン、彼女はオリーヴ=デュボワ伯爵令嬢、僕の婚約者候補だよ」
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