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しおりを挟むクリスティナは、あれから直ぐに、使用人たちに荷物を纏めさせ、館を出て行った。
当然、ベアトリスは驚き、引き止めようとした。
「待って!急に帰るなんて、無責任じゃない!
折角上手く行っていたというのに…ここで帰ってしまっては、元も子もないわ!
ああ!お願いですから、ここに留まり、二人の仲を裂いて下さい!クリスティナ様!」
幾らベアトリスが責め立て、同情的に訴えても、クリスティナは少しも惑わされなかった。
「力不足だと思い知ったのです、ですが、ベアトリス夫人、ご安心下さい。
結婚は神の導きで決まるもの、それが例え、苦難の道であっても、
神の与え給う、試練なのです、抗わず、喜んで迎えるのです。
私はこれより自分の道に戻り、修道院に入る事を決めました。
それでは、皆様、ごきげんよう___」
「待って!帰らないで!修道院なんて止めて!!
侯爵夫人に何て言えば良いのよーーー!」
ベアトリスの叫びなど、風としか感じないのか、
クリスティナは豪華な馬車の窓から、爽やかな笑顔で手を振り、去って行った。
後日、エリザベスが情報を仕入れて来て、わたしに教えてくれた。
「クリスティナは、元々、修道女になりたかったんですって、けど、侯爵夫人は大反対!
侯爵夫人はクリスティナを結婚させようとしていたけど、当の彼女は、その気が無くて、いつも駄目にしてしまうの。
困っていた所に、お母様が話を持ち掛けたのよ。
息子と婚約者候補の仲を引き裂いて欲しい、出来れば、そのまま結婚して貰いたいってね。
侯爵夫人はクリスティナを修道女にしない為に、嬉々として話に乗ったワケだけど…」
クリスティナは修道院に入ると言っていた。
「きっと、お母様と侯爵夫人の関係は、オワリね!
お兄様とお姉様の仲を引き裂こうとした罰よ!」
エリザベスは他人事の様に言って、笑っている。
侯爵家と良い関係でいた方が、何かと都合も良いと思うんだけど…
まぁ、わたしが心配しても、仕方ないわよね?
「出来たわ!」
わたしは刺繍糸を切り、ハンカチを掲げた。
「完成ですね!おめでとうございます!お姉様!」
エリザベスが大仰に拍手をしてくれた。
わたしはクリスティナにあげてしまったので、新しくハンカチに刺繍をしていた。
前の刺繍にモデルはいなかったが、今は沢山いる。
取り敢えず、今出来上がったのは…
「これは…ブラシ?ですか?」
「ダイアン、だよね?」
エリザベスの隣から、ぬっと、フェリクスが顔を出してきて、わたしはドキリとした。
ハンカチを前にし、顔を隠す。
「当たり!ダイアンよ!」
「ふふ、当たった」
「えー!お兄様、どうして分かったのー??」
「何処からどう見ても、ダイアンでしょう??」
「だって、さ」
「んん~~~難しいですぅ!!!」
エリザベスがじたばたし、わたしたちは笑った。
モヤモヤは晴れ、わたしは心から楽しく、そして、幸せを感じていた。
◇◇
クリスティナが去った翌週、
フォーレ伯爵の館でパーティが開かれる事になり、連日、館の中は準備で大忙しだった。
このパーティの主催はベアトリスで、彼女が急に「パーティを開きたい」と言い出したらしい。
ベアトリスは、クリスティナが出て行ってからというもの、恐ろしく機嫌が悪く、
毎日の様に使用人たちに暴言を吐き、酷く当たり、そして、買い物に出かけていた。
そんな風なので、パーティは「気晴らし」に見えるが…
果たして、それだけだろうか?
また、何か企んでいるんじゃないかしら?と、疑ってしまうのは、ベアトリスの日頃の行いの所為なので、許して欲しい。
わたしは、「気を引き締めていかなければ!」と、自分に喝を入れた。
パーティの日、部屋でレディースメイドたちに手伝って貰い、支度をしていると、
ベアトリスが訪ねて来た。
「オリーヴ、良いかしら?」
こんな事は初めてなので、当然、わたしは驚いたし、疑いもした。
だが、立場上、訪問を断る訳にはいかず、招き入れるしか無かった。
ベアトリスは既に着替えを済ませており、いつも通り、目を見張る豪華さだった。
頭の先からスカートの裾まで、豪華な宝飾品や散りばめた宝石で、キラキラと輝いている。
さぞ重いでしょうに…
これを着て涼しい顔をしているベアトリスは、化け物並みの体力の持ち主と言えるだろう。
「オリーヴ、ああ、やっぱり!
そんな地味は宝飾品を着けて…それでは、息子の婚約者候補とは紹介出来ませんよ!」
ベアトリスが大仰に嘆くのを、わたしは『あなたよりはマシよ!』と胸の中で返しながら、聞き流した。
わざわざ、わたしを貶しに来たのかと思っていたが、違っていた。
ベアトリスは連れて来た侍女に持たせていた首飾りを手に取り、わたしに向けた。
「これをお付けなさい、オリーヴ」
それは、沢山の小さな宝石が組み合わされた、首飾りで、
中央には一つ、大きな赤色の宝石が嵌められていた。
豪華過ぎるし、わたしの好みではない。
わたしは断りたかったが、当然、断れるものではなく、わたしは笑みを返した。
「ベアトリス夫人のご厚意に感謝します」
ベアトリスは満足そうに頷き、部屋を出て行った。
これが、罠?
わたしは豪華な首飾りに目を落とした。
豪華だが、良く見ると、中央の大きな赤色の宝石は、偽物だった。
『安物を着けている』と、笑い者にしたいのかしら?
わたしが、ベアトリスから借りたと言えば、逆に自分が笑い者になるのに…
全く、浅はかな人ね!
わたしは声には出さず、「そういう訳だから、お願いね」と、レディースメイドに首飾りを付けて貰った。
着替え終わり、階段を下りて行くと、下ではフェリクスが待っていてくれた。
長めの金色の髪は、今日は後ろで一纏めにされ、美しい顔が前面に出ている。
紺色に金糸の入った貴族服は、仕立てが良く、上品で、細身の体に良く似合っている。
「オリーヴ!」
わたしを見つけ、微笑む彼は、輝きに満ち、わたしはうっとりと見惚れてしまった。
こんなに、素敵な人だったかしら?
彼の前では、《白馬の王子》なんて、足元にも及ばないわ…
「そのドレス、君に凄く良く似合うね…」
フェリクスの碧色の目が、何処か熱っぽく、わたしはポッと頬を染めた。
今日、無意識に、深い青色のドレスを選んだのだが、
よくよく考えてみれば、フェリクスの瞳の色だった!
「あ、ありがとう、あなたも凄く似合っているわ、素敵よ」
わたしは慌てて返した。
フェリクスは「ありがとう」と、にこりと笑い、隣に並んで腕を出した。
「僕たち、まるで示し合わせたみたいだね?」
色合いが似ているし、並ぶと調和して見える。
「ええ、偶然ね!驚いたわ!」
恥ずかしくて、つい、強く言ってしまった!
わたしは唇を噛み、彼の腕に手を掛けた。
「オリーヴ、その首飾りは?」
フェリクスの目が、わたしの首元を指していた。
わたしはいつも、派手な宝飾品は付けないので、フェリクスが変に思っても仕方が無い。
「さっき、突然、ベアトリス夫人が部屋を訪ねて来て、押し付け…貸してくれたの。
わたしの装いは、地味…お気に召さないみたい」
どう、良く言おうとしても無理だった。
良い感情なんて、少しも無いもの!
「そう…君に嫌な思いをさせてしまって、ごめんね。
僕が間に入れれば良いんだけど…」
フェリクスが辛そうに言う。
ベアトリスはフェリクスの目を盗んで、わたしに接触して来るのだから、フェリクスが気に病む必要は無い。
彼女は狡猾な女狐だもの!
「気にしないで、そこまで迷惑は掛けられていないから!
それに、彼女を止められる人なんて、この世にはいないわよ!」
わたしは軽口の様に言い、笑った。
だが、フェリクスは笑っていなかった。
彼の意識は何処か遠くにあった。
「そうかもしれない、だけど、このままにしておく気は無いから…」
フェリクスが静かに呟いた。
それは、何処か、暗いものを感じた。
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