【完結】白馬の王子はお呼びじゃない!

白雨 音

文字の大きさ
上 下
11 / 22

11 /エリザベス

しおりを挟む

フェリクスは貴族学院で、経営と動物学を学び、
地元に戻ってからは伯爵の仕事を手伝う一方、領地の獣医の手伝いをし、学んでいた。
簡単な事であれば十分に対処が出来、獣医を呼ぶ事もあまり無いという。

「獣医と連携を取り合う為に、月に一、二度、訪ねているんだ」
「凄いのねー…」

わたしは動物好きだが、我がデュボワ伯爵家はアレルギー持ちが多く、
触れ合う事は勿論、あまり話にも上がらなかった為、《獣医》なんて、存在もしらなかった程だ。

「わたしにも手伝わせて欲しいわ、難しい事は分からないけど…
それに、器用ではないけど、精一杯気を付けるわ」

興味はあったが、フェリクスが許すとは思えなかった。
わたしは動物学なんて、学んだ事は無いし、手先が器用とも言えない。
だが、フェリクスはわたしに、ふわりと、春の日差しのような、温かく眩しい笑みを見せた。

「ありがとう、君は僕が望んだ以上の人だよ、オリーヴ」

それって、良い事よね?
期待はうれしいけど、ガッカリさせない様に、頑張らなきゃ!

わたしはフェリクスから動物学の本を借り、読む事にした。
それから、フェリクスが牧場の動物たちを診て周る時には一緒に行く事にし、
仕事ぶりを見せて貰い、出来る事は手伝う様になった。
充実していた、フォーレ伯爵家での生活は、更に充実したものとなり、
わたしは増々帰りたくなくなってしまった。

「フェリクス、もし、迷惑でなければ、もっといても良い?」

わたしが訊くと、フェリクスは輝くような笑みで返してくれた。

「僕はこのまま、ずっと、君にいて欲しいよ」

婚約しよう___

そう、言われたなら、わたしは一にも二にもなく、受けていただろう。
だが、フェリクスは何も言わず、ただ、わたしの手を握っただけだった。

フェリクスから了承を得たので、わたしは早速、両親に手紙を書いた。
『もう、一月、二月、フォーレ伯爵家で過ごそうと思う』と。
その返事を待っている中、フェリクスからパーティに誘われた。

聞けば、エリザベスの付き添いだと言う。
エリザベスは十八歳でデビュタントを終え、まだ日が浅い為、フェリクスも心配している様だ。

でも、お目付け役がいたら、窮屈よね…

少々、エリザベスに同情し、一緒に行く事にした。
自分がフェリクスを引き付けておけば、エリザベスも自由に出来るだろうと…


◆◆ エリザベス ◆◆


パーティの日、母ベアトリスはレディースメイドたちに煩く指示を出し、
エリザベスを豪華に飾り立てた。

「ああ!綺麗よ、エリザベス!やっぱり、私の娘ね!
あなた程可愛らしい令嬢はいないわよ、エリザベス!」

ベアトリスの称賛の声と、レディースメイドたちの「ええ、奥様のおっしゃる通りでございます」との声に、
エリザベスは自分がお姫様になった気分がした。

あたし程、綺麗で可愛い令嬢はいない!
絶対に、パトリック様の心を掴んでみせるわ!

期待に胸を膨らませ、待ちきれずに玄関に向かったが、
続いてやって来たオリーヴの姿を見て、唖然とした。
深い緑色の光沢のあるドレスは、フリルなど一つも付いておらず、
レースも控えめで、スカートも膨らんでいない!
その上、宝飾品も目立たないものばかりだ___

なんて、地味なの!

エリザベスの目には、気の毒になる程、貧乏臭く見えた。

「デュボワ伯爵家は没落したの?」

思わず出た言葉に、オリーヴはキョトンとした目を返し、「いいえ、健在です」と答えた。

「それじゃ、ケチなのね!
その装いは何?貧乏臭いったら無いわ!
お兄様に恥を掻かせるおつもり?全く、お兄様の婚約者候補として、なってないわ!」

そこまで言って、エリザベスはそれを思い出した。
ベアトリスから、パーティでオリーヴに恥を掻かせろと言われていた。
これなら、何もせずに、恥を掻く事になるだろう___
エリザベスは急にご機嫌になり、口を閉じた。

直ぐにフェリクスが来て、三人で馬車に乗り込んでからも、エリザベスは上機嫌だった。
その理由は、オリーヴの事などではなく、パトリック=ロシュ男爵子息の事だったが、
それを知る者は誰一人としていなかった。

仲良しの母にさえ、まだ打ち明けていない。

話すのは、仲良くなってからよ!

エリザベスは幸せな妄想に浸る。
そんな風なので、傍でフェリクスとオリーヴが楽しげに話しているのにも、全く気付かなかった。
ベアトリスが知れば、「役立たず!」と罵ったに違いない。
そうだとしても、やはり、エリザベスは幸せな妄想の方を取っただろう。





パーティ会場に着き、エリザベスは早々に、フェリクスに釘を刺した。

「あたしは大丈夫だから、お守は止めて!
あたしだって、パーティを楽しみたいし、お友達だっているんだから!」

「ああ、分かったよ、だけど、男性には気を付けるんだよ?
善良な者ばかりじゃない、危険も多いからね___」

普段、フェリクスは口煩い事は言わないが、事、異性の事には厳しかった。
パーティの時には着かず離れず、自分を見張っていたのも、こういう理由からかもしれない。

ズルイわ!自分はいつも令嬢たちに囲まれているのに!
そう思わなくも無かったが、付き纏われても面倒なので、エリザベスは「分かったわ」と答えた。

「あたしの事は気にせず、お兄様もオリーヴと楽しんでね!」

フェリクスが一瞬、怪訝そうな顔をしたので、エリザベスは自分の失言に気付いた。
フェリクスは、普段、エリザベスがオリーヴを敵視し、意地悪を言っているのを知っていた。
急に良い顔をしたら、何かあると思われても仕方はない___

「まぁ、オリーヴなんかとじゃ、悪目立ちしかしないと思うけど!
それでなくたって大女なのに、そんなに地味なドレスじゃ、男性と間違われるわね!」

「エリザベス!」

フェリクスに鋭い目で睨まれ、エリザベスは兄の気を反らせた事に安堵し、更に大きく言った。

「ああ!まさか、お兄様、オリーヴと踊ったりしないでしょう?
嫌だわ!あたし、絶対に見たくない!!」

「勿論、踊るよ、オリーヴ、僕と踊って貰える?」

フェリクスはオリーヴに手を差し出した。

オリーヴが断る筈はない!
どんな令嬢だって、兄からの誘いを断れる者はいない!
エリザベスには自信があった。
その通り、オリーヴはフェリクスの手に自分の手を置いた。
フェリクスがスマートにオリーヴをエスコートしていくのを見送り、エリザベスは嬉々として踵を返した。

やったわ!待っていて!パトリック様!!


エリザベスはパトリックを探して歩き、遂にその姿を見つけた。
茶色い髪を撫で付け、黒いタキシード姿の彼…
姿を見ただけで、エリザベスの胸は高鳴った。
頭はぼうっとし、顔は熱くて、まるで熱病に掛かったみたいだ。
エリザベスは惹き付けられる様に、彼の元へ向かっていた。

「パトリック様…」

エリザベスは勇気を出し、彼の名を口にした。
掠れた声ではあったが、パトリックは気付き、振り返った。

男らしい意志の強そうな太い眉、茶色の大き目の瞳、立派な鷲鼻、しっかりとした顎…
ああ、何て、魅力的な人なのかしら!

ぼうっと見惚れていると、パトリックも思い出した様だ。

「確か…フォーレ伯爵令嬢?」

パトリックが覚えていてくれた事で、エリザベスの内に自信が沸いた。
元来の明るさが戻り、彼女のヘーゼルグリーンの瞳は輝いた。

「はい!エリザベス=フォーレ伯爵令嬢です!覚えて頂けて、うれしいわ!
パトリック様、あたしと踊って頂けますか?」

「ええ、勿論ですよ」

差し出された大きな太い手に、エリザベスは溢れ出しそうな歓喜を必死で抑え、手を伸ばした。


パトリックとの時間は、夢の様にうっとりとするものだったが、
残念な事に、瞬く間に終わりが来てしまった。
エリザベスは二曲目を誘われる事を願ったが、
パトリックはあっさりと、「ありがとう、連れがいるから」と行ってしまった。

「連れだなんて…令息よね?」

もし、令嬢だったら、どうしよう!
もし、婚約者がいたら…!

「ああ!あたしったら、彼と何も話していないわ!」

彼と仲良くなりたいのに!

エリザベスはじれったく、爪を噛んだ。
彼に声を掛け、仲間に入れて貰うのはどうだろう?
そうして、隙を見て、二人きりになり、話をする___完璧ね!

エリザベスは嬉々としてパトリックを追い駆けた。


パトリックは数人の令息、令嬢たちとグラスを手に会場を出て行った。
向かったのは庭に面したテラスで、他に人気は無く、然程明るくもない。
エリザベスは足音を忍ばせて近付き、程近い柱の陰に隠れた。
柱は立派だが、大きく膨らんだスカートが見えてしまわないとも限らないので、手繰り寄せた。

「ワイン持って来たぜ!」
「おー!飲もう!飲もう!」

彼等の声は大きく、労せず、盗み聞く事が出た。
だが、あまり品が良いとは言えない。

パトリック様だけは違うわ!
ああ、どうして、こんな人たちと付き合っているのかしら??

エリザベスはパトリックが心配になってきた。

「パトリックってば、あんな娘と踊るなんて!笑わせないでよね!」

令嬢の嘲る様な声が響き、エリザベスはドキリとした。

パトリック様は、誰と踊ってたの!?

エリザベスは耳を欹てた。
そこに入って来たのは…

「仕方ないだろー、相手は伯爵家のご令嬢だぜ、断れるもんか!」

伯爵家のご令嬢?
誰かしら??
でも、彼がこんなに嫌がっているのに、気付かないなんて!
何て、鈍感な女なの!

「皆、あなたたちを見てたわよ!」
「最悪だな!」
「彼女、正気じゃないわねー、あんな時代遅れのドレスに、厚塗り化粧!」
「なんか、カーテンみてーなドレスだったな!」
「ああ、豚がカーテン巻いて、パトリックと踊ってた!」
「ぎゃはははは!」

彼等の下品な笑い声が響く。
エリザベスが「誰なの??」と頭を巡らせる中、遂に、彼等の一人が、その名を口にした。

「兄の方はあんなに洗練されてるのにさー、妹がアレじゃ、フェリクス様も浮かばれないよなー」

エリザベスは自分の耳が信じられず、茫然となった。

「まー、フォーレ伯爵家とお近づきになれるなら、我慢するさ」
「ねぇ、パトリック、エリザベスと仲良くなって、フェリクス様を紹介してよー」
「ばーか、おまえなんか相手にされる訳ねーだろ」
「あんたはどうなのよ、エリザベスに結婚を迫られたらどうする?」
「ヤメロよ!んな、恐ろしい事言うのは!」

エリザベスの正気はそこで途切れた。

「うわああああああああああん!!」

エリザベスは声を上げて泣いていた。
その声に、彼等はギョッとして振り返る。
噂の人物が、棒立ちになり、声を上げて号泣する姿に驚くも、
決まりの悪さもあり、更に悪態が口を突いて出た。

「おい!豚が鳴いてるぜ!」
「やだ!みっともない!自慢の化粧が落ちちゃうわよ!」
「全く、見れたもんじゃねーな、行こうぜ!」

彼等はそそくさと逃げ出そうとしたが、ぬっと、現れた者に行く手を阻まれた。

「え?」

彼等のキョトンとした顔は、一瞬にして強張った。
仁王立ちした、大きな黒い人影、ギラリと光る緑色の瞳…
その手に握られているのは…銀色に光る、大剣だった。

◆◆◆
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

思い出してしまったのです

月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。 妹のルルだけが特別なのはどうして? 婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの? でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。 愛されないのは当然です。 だって私は…。

婚約破棄?結構ですわ。でも慰謝料は請求いたします

ゆる
恋愛
公爵令嬢アナスタシア・オルステッドは、第三王子アレンの婚約者だった。 しかし、アレンは没落貴族の令嬢カリーナと密かに関係を持っていたことが発覚し、彼女を愛していると宣言。アナスタシアとの婚約破棄を告げるが── 「わかりました。でも、それには及びません。すでに婚約は破棄されております」 なんとアナスタシアは、事前に国王へ婚約破棄を申し出ており、すでに了承されていたのだ。 さらに、慰謝料もしっかりと請求済み。 「どうぞご自由に、カリーナ様とご婚約なさってください。でも、慰謝料のお支払いはお忘れなく」 驚愕するアレンを後にし、悠々と去るアナスタシア。 ところが数カ月後、生活に困窮したアレンが、再び彼女のもとへ婚約のやり直しを申し出る。 「呆れたお方ですね。そんな都合のいい話、お受けするわけがないでしょう?」 かつての婚約者の末路に興味もなく、アナスタシアは公爵家の跡取りとして堂々と日々を過ごす。 しかし、王国には彼女を取り巻く新たな陰謀の影が忍び寄っていた。 暗躍する謎の勢力、消える手紙、そして不審な襲撃──。 そんな中、王国軍の若きエリート将校ガブリエルと出会い、アナスタシアは自らの運命に立ち向かう決意を固める。 「私はもう、誰かに振り回されるつもりはありません。この王国の未来も、私自身の未来も、私の手で切り拓きます」 婚約破棄を経て、さらに強く、賢くなった公爵令嬢の痛快ざまぁストーリー! 自らの誇りを貫き、王国を揺るがす陰謀を暴く彼女の華麗なる活躍をお楽しみください。

王太子様に婚約破棄されましたので、辺境の地でモフモフな動物達と幸せなスローライフをいたします。

なつめ猫
ファンタジー
公爵令嬢のエリーゼは、婚約者であるレオン王太子に婚約破棄を言い渡されてしまう。 二人は、一年後に、国を挙げての結婚を控えていたが、それが全て無駄に終わってしまう。 失意の内にエリーゼは、公爵家が管理している辺境の地へ引き篭もるようにして王都を去ってしまうのであった。 ――そう、引き篭もるようにして……。 表向きは失意の内に辺境の地へ篭ったエリーゼは、多くの貴族から同情されていたが……。 じつは公爵令嬢のエリーゼは、本当は、貴族には向かない性格だった。 ギスギスしている貴族の社交の場が苦手だったエリーゼは、辺境の地で、モフモフな動物とスローライフを楽しむことにしたのだった。 ただ一つ、エリーゼには稀有な才能があり、それは王国で随一の回復魔法の使い手であり、唯一精霊に愛される存在であった。

義妹が大事だと優先するので私も義兄を優先する事にしました

さこの
恋愛
婚約者のラウロ様は義妹を優先する。 私との約束なんかなかったかのように… それをやんわり注意すると、君は家族を大事にしないのか?冷たい女だな。と言われました。 そうですか…あなたの目にはそのように映るのですね… 分かりました。それでは私も義兄を優先する事にしますね!大事な家族なので!

【完結】【番外編追加】お迎えに来てくれた当日にいなくなったお姉様の代わりに嫁ぎます!

まりぃべる
恋愛
私、アリーシャ。 お姉様は、隣国の大国に輿入れ予定でした。 それは、二年前から決まり、準備を着々としてきた。 和平の象徴として、その意味を理解されていたと思っていたのに。 『私、レナードと生活するわ。あとはお願いね!』 そんな置き手紙だけを残して、姉は消えた。 そんな…! ☆★ 書き終わってますので、随時更新していきます。全35話です。 国の名前など、有名な名前(単語)だったと後から気付いたのですが、素敵な響きですのでそのまま使います。現実世界とは全く関係ありません。いつも思いつきで名前を決めてしまいますので…。 読んでいただけたら嬉しいです。

はじめまして婚約者様  婚約解消はそちらからお願いします

蒼あかり
恋愛
リサには産まれた時からの婚約者タイラーがいる。祖父たちの願いで実現したこの婚約だが、十六になるまで一度も会ったことが無い。出した手紙にも、一度として返事が来たことも無い。それでもリサは手紙を出し続けた。そんな時、タイラーの祖父が亡くなり、この婚約を解消しようと模索するのだが......。 すぐに読める短編です。暇つぶしにどうぞ。 ※恋愛色は強くないですが、カテゴリーがわかりませんでした。ごめんなさい。

悪役令嬢になりそこねた令嬢

ぽよよん
恋愛
レスカの大好きな婚約者は2歳年上の宰相の息子だ。婚約者のマクロンを恋い慕うレスカは、マクロンとずっと一緒にいたかった。 マクロンが幼馴染の第一王子とその婚約者とともに王宮で過ごしていれば側にいたいと思う。 それは我儘でしょうか? ************** 2021.2.25 ショート→短編に変更しました。

酒の席での戯言ですのよ。

ぽんぽこ狸
恋愛
 成人前の令嬢であるリディアは、婚約者であるオーウェンの部屋から聞こえてくる自分の悪口にただ耳を澄ませていた。  何度もやめてほしいと言っていて、両親にも訴えているのに彼らは総じて酒の席での戯言だから流せばいいと口にする。  そんな彼らに、リディアは成人を迎えた日の晩餐会で、仕返しをするのだった。

処理中です...