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11 /エリザベス
しおりを挟むフェリクスは貴族学院で、経営と動物学を学び、
地元に戻ってからは伯爵の仕事を手伝う一方、領地の獣医の手伝いをし、学んでいた。
簡単な事であれば十分に対処が出来、獣医を呼ぶ事もあまり無いという。
「獣医と連携を取り合う為に、月に一、二度、訪ねているんだ」
「凄いのねー…」
わたしは動物好きだが、我がデュボワ伯爵家はアレルギー持ちが多く、
触れ合う事は勿論、あまり話にも上がらなかった為、《獣医》なんて、存在もしらなかった程だ。
「わたしにも手伝わせて欲しいわ、難しい事は分からないけど…
それに、器用ではないけど、精一杯気を付けるわ」
興味はあったが、フェリクスが許すとは思えなかった。
わたしは動物学なんて、学んだ事は無いし、手先が器用とも言えない。
だが、フェリクスはわたしに、ふわりと、春の日差しのような、温かく眩しい笑みを見せた。
「ありがとう、君は僕が望んだ以上の人だよ、オリーヴ」
それって、良い事よね?
期待はうれしいけど、ガッカリさせない様に、頑張らなきゃ!
わたしはフェリクスから動物学の本を借り、読む事にした。
それから、フェリクスが牧場の動物たちを診て周る時には一緒に行く事にし、
仕事ぶりを見せて貰い、出来る事は手伝う様になった。
充実していた、フォーレ伯爵家での生活は、更に充実したものとなり、
わたしは増々帰りたくなくなってしまった。
「フェリクス、もし、迷惑でなければ、もっといても良い?」
わたしが訊くと、フェリクスは輝くような笑みで返してくれた。
「僕はこのまま、ずっと、君にいて欲しいよ」
婚約しよう___
そう、言われたなら、わたしは一にも二にもなく、受けていただろう。
だが、フェリクスは何も言わず、ただ、わたしの手を握っただけだった。
フェリクスから了承を得たので、わたしは早速、両親に手紙を書いた。
『もう、一月、二月、フォーレ伯爵家で過ごそうと思う』と。
その返事を待っている中、フェリクスからパーティに誘われた。
聞けば、エリザベスの付き添いだと言う。
エリザベスは十八歳でデビュタントを終え、まだ日が浅い為、フェリクスも心配している様だ。
でも、お目付け役がいたら、窮屈よね…
少々、エリザベスに同情し、一緒に行く事にした。
自分がフェリクスを引き付けておけば、エリザベスも自由に出来るだろうと…
◆◆ エリザベス ◆◆
パーティの日、母ベアトリスはレディースメイドたちに煩く指示を出し、
エリザベスを豪華に飾り立てた。
「ああ!綺麗よ、エリザベス!やっぱり、私の娘ね!
あなた程可愛らしい令嬢はいないわよ、エリザベス!」
ベアトリスの称賛の声と、レディースメイドたちの「ええ、奥様のおっしゃる通りでございます」との声に、
エリザベスは自分がお姫様になった気分がした。
あたし程、綺麗で可愛い令嬢はいない!
絶対に、パトリック様の心を掴んでみせるわ!
期待に胸を膨らませ、待ちきれずに玄関に向かったが、
続いてやって来たオリーヴの姿を見て、唖然とした。
深い緑色の光沢のあるドレスは、フリルなど一つも付いておらず、
レースも控えめで、スカートも膨らんでいない!
その上、宝飾品も目立たないものばかりだ___
なんて、地味なの!
エリザベスの目には、気の毒になる程、貧乏臭く見えた。
「デュボワ伯爵家は没落したの?」
思わず出た言葉に、オリーヴはキョトンとした目を返し、「いいえ、健在です」と答えた。
「それじゃ、ケチなのね!
その装いは何?貧乏臭いったら無いわ!
お兄様に恥を掻かせるおつもり?全く、お兄様の婚約者候補として、なってないわ!」
そこまで言って、エリザベスはそれを思い出した。
ベアトリスから、パーティでオリーヴに恥を掻かせろと言われていた。
これなら、何もせずに、恥を掻く事になるだろう___
エリザベスは急にご機嫌になり、口を閉じた。
直ぐにフェリクスが来て、三人で馬車に乗り込んでからも、エリザベスは上機嫌だった。
その理由は、オリーヴの事などではなく、パトリック=ロシュ男爵子息の事だったが、
それを知る者は誰一人としていなかった。
仲良しの母にさえ、まだ打ち明けていない。
話すのは、仲良くなってからよ!
エリザベスは幸せな妄想に浸る。
そんな風なので、傍でフェリクスとオリーヴが楽しげに話しているのにも、全く気付かなかった。
ベアトリスが知れば、「役立たず!」と罵ったに違いない。
そうだとしても、やはり、エリザベスは幸せな妄想の方を取っただろう。
◆
パーティ会場に着き、エリザベスは早々に、フェリクスに釘を刺した。
「あたしは大丈夫だから、お守は止めて!
あたしだって、パーティを楽しみたいし、お友達だっているんだから!」
「ああ、分かったよ、だけど、男性には気を付けるんだよ?
善良な者ばかりじゃない、危険も多いからね___」
普段、フェリクスは口煩い事は言わないが、事、異性の事には厳しかった。
パーティの時には着かず離れず、自分を見張っていたのも、こういう理由からかもしれない。
ズルイわ!自分はいつも令嬢たちに囲まれているのに!
そう思わなくも無かったが、付き纏われても面倒なので、エリザベスは「分かったわ」と答えた。
「あたしの事は気にせず、お兄様もオリーヴと楽しんでね!」
フェリクスが一瞬、怪訝そうな顔をしたので、エリザベスは自分の失言に気付いた。
フェリクスは、普段、エリザベスがオリーヴを敵視し、意地悪を言っているのを知っていた。
急に良い顔をしたら、何かあると思われても仕方はない___
「まぁ、オリーヴなんかとじゃ、悪目立ちしかしないと思うけど!
それでなくたって大女なのに、そんなに地味なドレスじゃ、男性と間違われるわね!」
「エリザベス!」
フェリクスに鋭い目で睨まれ、エリザベスは兄の気を反らせた事に安堵し、更に大きく言った。
「ああ!まさか、お兄様、オリーヴと踊ったりしないでしょう?
嫌だわ!あたし、絶対に見たくない!!」
「勿論、踊るよ、オリーヴ、僕と踊って貰える?」
フェリクスはオリーヴに手を差し出した。
オリーヴが断る筈はない!
どんな令嬢だって、兄からの誘いを断れる者はいない!
エリザベスには自信があった。
その通り、オリーヴはフェリクスの手に自分の手を置いた。
フェリクスがスマートにオリーヴをエスコートしていくのを見送り、エリザベスは嬉々として踵を返した。
やったわ!待っていて!パトリック様!!
エリザベスはパトリックを探して歩き、遂にその姿を見つけた。
茶色い髪を撫で付け、黒いタキシード姿の彼…
姿を見ただけで、エリザベスの胸は高鳴った。
頭はぼうっとし、顔は熱くて、まるで熱病に掛かったみたいだ。
エリザベスは惹き付けられる様に、彼の元へ向かっていた。
「パトリック様…」
エリザベスは勇気を出し、彼の名を口にした。
掠れた声ではあったが、パトリックは気付き、振り返った。
男らしい意志の強そうな太い眉、茶色の大き目の瞳、立派な鷲鼻、しっかりとした顎…
ああ、何て、魅力的な人なのかしら!
ぼうっと見惚れていると、パトリックも思い出した様だ。
「確か…フォーレ伯爵令嬢?」
パトリックが覚えていてくれた事で、エリザベスの内に自信が沸いた。
元来の明るさが戻り、彼女のヘーゼルグリーンの瞳は輝いた。
「はい!エリザベス=フォーレ伯爵令嬢です!覚えて頂けて、うれしいわ!
パトリック様、あたしと踊って頂けますか?」
「ええ、勿論ですよ」
差し出された大きな太い手に、エリザベスは溢れ出しそうな歓喜を必死で抑え、手を伸ばした。
パトリックとの時間は、夢の様にうっとりとするものだったが、
残念な事に、瞬く間に終わりが来てしまった。
エリザベスは二曲目を誘われる事を願ったが、
パトリックはあっさりと、「ありがとう、連れがいるから」と行ってしまった。
「連れだなんて…令息よね?」
もし、令嬢だったら、どうしよう!
もし、婚約者がいたら…!
「ああ!あたしったら、彼と何も話していないわ!」
彼と仲良くなりたいのに!
エリザベスはじれったく、爪を噛んだ。
彼に声を掛け、仲間に入れて貰うのはどうだろう?
そうして、隙を見て、二人きりになり、話をする___完璧ね!
エリザベスは嬉々としてパトリックを追い駆けた。
パトリックは数人の令息、令嬢たちとグラスを手に会場を出て行った。
向かったのは庭に面したテラスで、他に人気は無く、然程明るくもない。
エリザベスは足音を忍ばせて近付き、程近い柱の陰に隠れた。
柱は立派だが、大きく膨らんだスカートが見えてしまわないとも限らないので、手繰り寄せた。
「ワイン持って来たぜ!」
「おー!飲もう!飲もう!」
彼等の声は大きく、労せず、盗み聞く事が出た。
だが、あまり品が良いとは言えない。
パトリック様だけは違うわ!
ああ、どうして、こんな人たちと付き合っているのかしら??
エリザベスはパトリックが心配になってきた。
「パトリックってば、あんな娘と踊るなんて!笑わせないでよね!」
令嬢の嘲る様な声が響き、エリザベスはドキリとした。
パトリック様は、誰と踊ってたの!?
エリザベスは耳を欹てた。
そこに入って来たのは…
「仕方ないだろー、相手は伯爵家のご令嬢だぜ、断れるもんか!」
伯爵家のご令嬢?
誰かしら??
でも、彼がこんなに嫌がっているのに、気付かないなんて!
何て、鈍感な女なの!
「皆、あなたたちを見てたわよ!」
「最悪だな!」
「彼女、正気じゃないわねー、あんな時代遅れのドレスに、厚塗り化粧!」
「なんか、カーテンみてーなドレスだったな!」
「ああ、豚がカーテン巻いて、パトリックと踊ってた!」
「ぎゃはははは!」
彼等の下品な笑い声が響く。
エリザベスが「誰なの??」と頭を巡らせる中、遂に、彼等の一人が、その名を口にした。
「兄の方はあんなに洗練されてるのにさー、妹がアレじゃ、フェリクス様も浮かばれないよなー」
エリザベスは自分の耳が信じられず、茫然となった。
「まー、フォーレ伯爵家とお近づきになれるなら、我慢するさ」
「ねぇ、パトリック、エリザベスと仲良くなって、フェリクス様を紹介してよー」
「ばーか、おまえなんか相手にされる訳ねーだろ」
「あんたはどうなのよ、エリザベスに結婚を迫られたらどうする?」
「ヤメロよ!んな、恐ろしい事言うのは!」
エリザベスの正気はそこで途切れた。
「うわああああああああああん!!」
エリザベスは声を上げて泣いていた。
その声に、彼等はギョッとして振り返る。
噂の人物が、棒立ちになり、声を上げて号泣する姿に驚くも、
決まりの悪さもあり、更に悪態が口を突いて出た。
「おい!豚が鳴いてるぜ!」
「やだ!みっともない!自慢の化粧が落ちちゃうわよ!」
「全く、見れたもんじゃねーな、行こうぜ!」
彼等はそそくさと逃げ出そうとしたが、ぬっと、現れた者に行く手を阻まれた。
「え?」
彼等のキョトンとした顔は、一瞬にして強張った。
仁王立ちした、大きな黒い人影、ギラリと光る緑色の瞳…
その手に握られているのは…銀色に光る、大剣だった。
◆◆◆
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