【完結】白馬の王子はお呼びじゃない!

白雨 音

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9 /エリザベス

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晩餐の後、パーラーに移る事になったが、ベアトリスが「気分が優れない」と言い出し、ドミニクと二人で引き上げた。
エリザベスはニヤニヤしながら付いて来た。

「あたしは残るわよ!お兄様の婚約者候補を見定めなきゃ!」
「おまえにその権利は無いよ、エリザベス」
「あら、自信が無いの?あたしの眼にかなわない様じゃ、伯爵に認められっこないわよ!」

エリザベスがキャッキャと笑う。
フェリクスは何も言わなかったが、静かに怒っている様だ。
当然よね…
フェリクスと兄妹と思えない程、エリザベスは下品だ。
きっと、母親の悪影響だろう。
フェリクスはその聡明さで、母親の魔の手から逃れたのね___
他人事の様に考えていると、エリザベスの攻撃の刃がわたしに向けられた。

「オリーヴ、あなたのピアノの腕前を知りたいわ!弾いて頂戴!」

母親そっくりに傲慢に言い放つ。

「エリザベス、オリーヴはお客様だ、僕が頼んで来て貰っているんだよ、
命令するのは止めなさい」

「あら!ピアノを弾くくらい、良いじゃない!
それに、オリーヴだって、ピアノの腕を披露したくて、うずうずしてるんじゃない?
今の所、この人の特技って、ただ大きいだけだもの!」

「エリザベス!」とフェリクスが窘めるのを、わたしは「構いません」と遮った。
空気が悪くなればなる程、縁談は危うくなるもの!
それに、ピアノは良い機会だ___

「それでは、一曲、弾かせて頂きます」

わたしは恭しく言い、ピアノに向かった。
椅子に座り、鍵盤に手を乗せ…

「~♪~@:>!~♪♪~@*<#~」

存分に腕を発揮した。
それはまるで壊れたピアノの出す音だっただろう。
エリザベスは耳を塞ぎ、堪らずに「もう止めてー!」と叫んでいた。
わたしはわざと大きな音を立て、軽快に曲を弾き切ったのだった。

エリザベスは部屋から消えていたが、フェリクスはにこやかな笑みを湛え、拍手を送ってくれた。

「素敵な演奏をありがとう、オリーヴ」
「気を遣わなくても良いわよ、自分でも下手だと分かっているから」
「それでも、弾いてくれてありがとう、それに、ピアノを弾いている時の君は楽しそうだったよ」

エリザベスへ嫌がらせをして楽しんでいたのよ…とは言えない。
わたしは笑って誤魔化しておいた。

「ありがとう、でも、人前で弾くのは止めておくわ!」


フェリクスはわたしを部屋まで送ってくれた。

「後継ぎの事だけど、驚いたよね?
父も言っていた通り、跡継ぎになれなくても結婚の許しは貰えるし、
慎ましく暮らせる程度には財産も貰えるから、
君は何も心配しないで、君らしくいて欲しい」

「でも、あなたは伯爵の跡を継ぎたいのでしょう?
だったら、お相手はもっと慎重に選んだ方が良いと思うわ」

「今の僕の望みは、君が少しでも僕を好きになってくれる事だよ」

フェリクスは魅力的な笑みを浮かべ、わたしを見た。
そして、いつも通り、頬にキスをし、去って行った。

後継ぎを諦めているとは言わなかった。
フェリクスは本気で、わたしが伯爵に認められると考えているの?

光栄に思うべきかもしれないが…
わたしは自分を知り過ぎているので、喜ぶよりも心配が大きかった。

フェリクスの頭は大丈夫なのかしら??

わたしの頭には、広々としたお花畑に、蝶々が遊んでいる光景が浮かんだ。


◇◇


「あら、柱かと思ったら、あなただったの、オリーヴ」
「あなたって、もっと気の利いた話は出来ないの?つまんないし、陰気な人ね!」
「図体ばかり大きくて、何も出来ないのね」
「まだ居たんだ!ねぇ、いつまで居る気なの?あなたがいると、館が辛気臭くなるんだけど!」

ベアトリス、エリザベスからは、顔を合わせば嫌味を言われているが、
そんな事など霞む位、フォーレ伯爵家での滞在は、楽しく、充実していた。

早起きをして、庭に出て番犬たちに挨拶をし、
厩舎に行き、馬たちに挨拶をしてから、フェリクスと一緒に軽く乗馬に出掛ける。
戻り、馬にブラシを掛けた後、餌をやる。
それから、鳥の巣を周り、餌と水をやる。
猫たちは時々擦り寄ってくるので、その時には撫でてやる。

館に戻って、フェリクスと一緒に朝食を食べ、彼が仕事部屋に行くのを見送った後は、わたしの自由時間だ。
午前中は、庭を散策しがてら、人目の無い場所を見つけ、剣の稽古をする。
昼前には館に戻り、着替えをし、体を拭いてから、昼食に行く。
昼食は食堂で、大抵、フェリクス、エリザベスと一緒だった。
フェリクスがいれば、まだエリザベスも大人しいが、彼女と二人きりの時は、散々意地悪を言われる。

「あなた、そんなに大きいんだから、昼食は食べない方がいいわよ!」
「あたしが食べてあげる!」

無理矢理取り上げられた時には、頭にきたので、
わたしは調理場へ行き、エリザベスの食事の量を増やす様、言ってやった。
以降、エリザベスはわたしの食事を取り上げるまで手が回らなくなった。
それ処か、「もう!こんなに要らないわよ!」と暴れている。

フン!欲張るからよ!いい気味だわ!

昼食が終わると、わたしは老犬ダイアンとテラスで日向ぼっこをする。
ダイアンを撫でてやったり、ブラシを掛けたり、遊んでやったり…
ダイアンを傍らに、読書をしたり、歌を歌ったり…
猫たちも寄って来て、一緒に日向ぼっこをする時もある。

ゆったり過ごして、お茶の時間になると、フェリクスが来る事もある。
それから、部屋に戻り、晩餐の支度をして、晩餐___

大体、こんな日々を過ごしている。

正に、夢に見た様な生活だ!

わたしは大いに満足し、この生活を楽しんでいた。
ここに何をしに来ているかも忘れて…


◆◆ エリザベス ◆◆

「ああ!嫌だ!あれを見なさいよ!みっともないったらないわ!!
フェリクスは一体、どうして、あんな娘を選んだの!?
ああ!酷い悪夢だわ!!」

母ベアトリスは、跡継ぎ候補である愛息、フェリクスが選んだ《婚約者候補》を気に入らなかった。
その為、毎日の様に娘、エリザベスの部屋に来ては喚いている。

フェリクスが選んだのは、オリーヴ=デュボワ伯爵令嬢。
家柄は我がフォーレ伯爵家と同等で申し分無いが、問題は、彼女の見た目だ。

顔は良い。
整っているし、彫りが深い。
可愛さは無いが、誰もが美人と認めるだろう。
その鮮やかな緑色の目は化粧が薄くとも、人の目を惹き付けた。

「ただ、少しばかり、眼光が強いのよね…」

『妙に迫力がある』と、エリザベスは付け加えた。

髪も良い。
その豊かで長い黒髪は、艶やかで思わず触れたくなる程だった。

問題は、体格だ。

身長は男子と同じ位で、フェリクスともほとんど変わらない。
しかも、手足が長く、棒切れの様に、凹凸が無い。
エリザベスも初めて見た時には、「男なんじゃないの?」と言ってしまった位だ。

「あれでは、お母様が反対するのも、無理は無いわね!」

ベアトリスは美意識が強く、醜い者を嫌う。
その為、館でも、醜男、醜女の使用人は厳しく当たられる。

着飾る事が好きで、人から注目される事を好む為、ドレスや宝飾品も山の様に持っている。
エリザベスは幼い頃から母に着飾って貰っていたが、十八歳になった今では、自分で選ぶようになった。
尤も、母に助言は貰っている。

『お母様、このドレスはどう?』
『あら、良いんじゃない、でも、少し色が地味ね…』
『それなら、違う色で同じ物を作らせるわ!』
『ええ、そうなさい、宝飾品はどれにするの?』

ベアトリスはあれこれ助言する事が好きで、
以前から、フェリクスの妻となる令嬢を自分好みに着飾ろうと、楽しみにしていた。
その夢が、彼女を見た瞬間、打ち砕かれたのだ。

「お母様の好みは、お人形のような令嬢だもの」

目が大きく、童顔で、身体つきが細く、手足が小さな令嬢___

エリザベスはその理想に、近いものがあり、幼い頃から溺愛されてきた。
フェリクスはエリザベス以上に美形で美少年だったが、
「男の子は着飾っても面白くない」と、興味の対象から逸れていた。
それで、フォーレ伯爵家の男は皆、地味なのだ。
エリザベスは密かに、「頭が良いだけでつまらない人たち」と、祖父、父、兄を軽視していた。

「あんな女が次期伯爵夫人になるだなんて!虫唾が走るわ!!」

ベアトリスが更に声高く喚き、エリザベスは我に返った。
だが、エリザベスは母とは違い、余裕があった。

「大丈夫よ、どうせお祖父様は、彼女を認めたりしないもの!」

フォーレ伯爵家には慣わしがあり、伯爵が後継ぎを指名するのだが、
その条件が、「結婚相手にどの様な女性を選ぶか」だった。
伯爵を継ぐ者は、人を見る目が無ければいけない、騙される様では伯爵の器ではないという事だ。
過去に女性を見誤り、破滅しかけた事もあり、厳しく審査される。

「お母様でも認められなかったんだもの!」

エリザベスは声に出してから、「はっ」と気付き、手で口を覆った。
禁句である事を忘れていた。
みるみるベアトリスの顔が険しくなった。

「お母様は悪くないわ!
お祖父様は、お母様が男爵家の娘で、美意識の高い事を嫌ったんだもの!
そんなの、正当な理由じゃないわ!お祖父様は意地悪よ!
だから、きっと、あの女だって、認めたりしないわ!」

エリザベスが大きな声でフォローを入れると、ベアトリスの表情は幾らか和らいだ。
格上である、フォーレ伯爵家の跡継ぎと結婚出来たものの、早々に、その夢を摘み取られたのだから、仕方は無い。
それ以来、ベアトリスは表面上、伯爵を敬いながらも、陰では酷く憎んでいた。

『伯爵は冷酷で意地悪な爺』と、幼い頃から息子、娘に吹き込んできた。
エリザベスは母を気の毒に思ったが、フェリクスの方は全く何も感じていない様だった。
それ処か、フェリクスは祖父の大のお気に入りだ___

「ええ、普通はね、だけど、私への意地悪から、お認めになるかもしれないわ!
伯爵は私を認めなかった事を、間違いだったとは絶対に認めないの!
フェリクスが私と正反対の娘を選んだとなれば、大喜びして迎えるでしょうよ!
その後の、伯爵家の事なんて、考えもせずにね!」

「お祖父様はなんて愚かなのかしら!」

「男性というのは、自尊心の塊なのよ!
伯爵家の命運よりも、自分の名誉を護りたがるものなのよ」

エリザベスは「うんうん」と頷いた。
ベアトリスはヘーゼルグリーンの目をギラリとさせ、エリザベスに詰め寄った。

「エリザベス!協力して頂戴!二人であの大女を追い出すのよ!
そうでもしないと、フェリクスもこのフォーレ伯爵家も、終わりよ!」

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