【完結】白馬の王子はお呼びじゃない!

白雨 音

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「わたしを見初められたのは、フェリクス様ですか?」

「はい、僕です、慣例に則り、伯爵である祖父から縁談の打診を出させて頂きました」

「でも、どうして、わたしなのですか?
わたしは身長が高く、フェリクス様と然程変わりはありませんので、釣り合いは取れないでしょう。
お美しく華奢なご令嬢はごまんといらっしゃるのに…」

フェリクスは目を伏せ、紅茶を一口飲むと、ゆったりとした笑みを見せた。

「あなたのハンカチを拾った時に、決めました」

「ハンカチ?」

「あの刺繍はあなたがされたのでしょう?」

「はい…」

「そうだと思いました」

どういう意味よ!!
わたしは睨み付けたが、彼は微笑んだままで…

「あの刺繍には、愛が溢れていました。
猫好きで、思いやりのある優しい方だと、感じました」

猫じゃなくて、犬だけど!
あの刺繍で、そんな事が分かるものなの??
家族からは、塵だの毛玉だのとしか言われなかったのに…

いやだ…
ちょっと、うれしい…

ああ、白馬の王子様って、悔しいけど、女心を分かっているわ!!

「あれは、猫じゃなくて、犬なの…」

「犬?ああ、それは大変に失礼を致しました、僕とした事が、お恥ずかしい」

「いいのよ、あれが《生き物》に見えた方は、あなたが初めてだから…」

ああ!うれしくて、つい余計な事を言ってしまったわ!!
わたしは自分の舌を噛みたくなった。

「あなたは、犬がお好きですか?」

「犬に限りません、猫も好きだし、動物は全部、可愛いわ!
フェリクス様もお好きなんですか?」

調子に乗ったわたしは、つい、気軽に聞いてしまった。
だが、フェリクスは咎める処か、うれしそうに笑った。

「はい、僕の家族を紹介しましょう…ダイアン!」

フェリクスが声を掛けると、暖炉の側に置かれていた茶色いファーがムクリと起き上がった。
てっきり、クッションだと思っていたそれは、毛の長い大型犬だった。
のろのろとこちらにやって来る、どうやら、老犬の様だ。
フェリクスは優しく犬の体を撫でた。

「ダイアンは老犬なんです、ダイアン、僕の婚約者候補のオリーヴだよ、挨拶してくれるかい?」

ダイアンがわたしを振り返る。
わたしは緊張しつつ、ニコリと笑みを見せた。
実の処、動物は大好きだが、家族がアレルギー持ちの為、飼った事は無く、あまり触れた事がない。

ダイアンがのろのろとこちらに来きたので、わたしは危うく歓喜の声を上げる処だった。
ダイアンはわたしの膝に鼻を近付け、臭いを嗅いだ。

「可愛い~~~!!」

ああ!声が漏れてしまったけど、仕方ないわよね??

「わたしはオリーヴよ、ダイアン、よろしくね!
触っても良いかしら?」

「大丈夫だよ、ね、ダイアン?」

手がうずうずとし、わたしはそのふさふさとした毛に触れた。

「やわらか~~~~い!!天使の羽根みたい!!
勿論、天使には触った事ないけど、きっと、こんな感じだわぁ!」

求めてきた手触りに、わたしは感激し、悶えたのだった。
ダイアンがわたしの膝に顎を乗せてくれたので、わたしは優しくその頭を撫でた。

「ああ、可愛い子!」
「老犬だけどね」
「そうだったわね!だけど、本当に可愛い!連れて帰りたいわ~~!」

流石に嫌だったのか、ダイアンは顔を上げ、フェリクスの元に帰ってしまった。

ああ、ダイアン~~~!いけず~~~!!

「オリーヴ、君の館では何を飼っているの?」

フェリクスの口調が、随分親しみのあるものに変わっている。
同じ、動物好きの親近感かしら??
わたしも少しだけ、彼に親しみを感じた。

「残念ながら、父が毛アレルギー、母が猫アレルギー、兄が犬アレルギーだから、館では飼えないの。
厩舎に馬がいる位よ、それと馬屋番が犬を飼っているけど、触ると着替えをして、手を洗わなくてはいけないの、
毛を持ち込んだら大変な事になるから!
これまでに飼った事があるのは、トカゲや亀くらいよ、それも、自分の部屋の中でね。
家族が嫌がるの…」

わたしはこれまで誰にも言えなかった愚痴を、吐き出していた。
貴族学校に通っていた時、友達に話した事があったが、
皆、特に動物が好きという訳でも無かった為、共感は得られず流されるだけだった。
それに、トカゲ、亀なんて言葉が出ただけで、引かれたものだ。

だが、この目の前のキラキラ王子は、嬉々としている。

「トカゲや亀を飼っていたの!?凄いなー、僕も飼ってみたいなー。
今まで考えた事もなかったな、トカゲや亀は何処で買うの?」

「別邸が田舎にあるから、小川とか、森を散策すると出会えるわよ」

「そうか、思いつかなかったな、でも、持ち帰ると可哀想かな?
餌付けするのはどうかな?」

「どうかしら?毎日餌やりは出来ないでしょう?翌年には忘れているかも」

「その時だけの友だね、儚いけど、素敵だね」

素敵かどうかは微妙だが、トカゲや亀と聞いて、引かなかった人は初めてだ。

「フェリクス様は、トカゲや亀を触れるの?」

「滅多に見掛ける事が無いから、数える程しかないよ、
でも、友にはなれる気がする」

「分かる気がするわ、わたしも、ダイアンと友になれる気がするもの!」

「僕と結婚したら、家族になれるよ」

フェリクスが甘い笑みを浮かべている。
それは、これまでで一番、魅力的な誘いで、

悪くないかも…

つい、そんな事を思ってしまった。


わたしがぼうっとしていると、扉が開き、五十歳位の男女が入って来た。
フェリクスがスッと立ち上がったので、わたしも習い、立ち上がった。

「オリーヴ、紹介するね、僕の父、フォーレ伯爵子息ドミニク、母のベアトリスです」

ドミニクは品の良い、シンプルな貴族服を着ているが、
ベアトリスの方は、光沢のある紺色の生地を宝石で飾った、見るからに派手なドレスを着ていた。
化粧も濃いし、まるで娼婦みたい…なんて、流石に失礼よね?
唖然とするが、こういった趣向の者は一定数いるので、深くは考えない事にした。
きっと、この部屋の悪趣味な物は、ベアトリスが選んだのね…

「よく来てくれたね、オリーヴ」

ドミニクは柔和な笑みで、太い手を差し出した。
笑顔がフェリクスに似ていて、良い人そうだ。
わたしは「オリーヴです、よろしくお願いします」とその手を握った。

ベアトリスの方は、「よろしく」と薄い笑みを見せただけだった。
気位の高そうな人…
きっと、実家の格が高いのだろう。

そこからは、フェリクスの両親を交え、話をした。
主には、フェリクスの売り込みで、彼がどれ程優秀かという話ばかりだった。

幼い頃から賢くて、十四歳で王都に行き、学び…二十歳で王都貴族学院を卒業。
王宮の官職にも就けたが、伯爵家の跡取り候補の為、戻って来て、
今は伯爵の祖父を父親と共に手伝っている。
人柄も良く、誰に対しても優しく、家族思いである…等々。

「フェリクスは社交界でも人気ですのよ、良い縁談も沢山ありましてね…」

ベアトリスが言い出した時、ふっと、わたしはそれに気付いた。

もしかして、この縁談に反対なんじゃないかしら??

同じ様に感じたのか、ドミニクが遮った。

「我々が口を出すものではないよ、ベアトリス。
自身の結婚相手は、自身に決めさせる、
後継ぎとなる者、人を見る目が必要になる、女性に騙される様では未熟だとね。
それが我がフォーレ伯爵家の慣わしだ。それで、私たちも結婚を許されたじゃないか…」

ドミニクが優しい眼差しで妻を見つめ、その手を握った。
だが、ベアトリスの方はチラリとも笑っていない。

「あなたはしっかりしていますでしょう、でも、フェリクスはまだ若いですからね、
判断を誤ってしまいがちなのよ、そうでなきゃ、何でこんな大柄な人を?」

侮蔑する様にわたしを見る。
慣れているとはいえ、まさか、縁談の打診をしてきた家の者から、
こんな風な扱いをされるとは思ってもみず、油断していた。
強烈な痛みを喰らうも、頭の片隅には、違う声も聞こえていた。

『いいじゃない、こんな縁談、破談になったって…』
『そうよ、これこそ、わたしの望みよ!』

そうよ…
先方から断って貰えたら、丸く収まるもの…
ここは、話に乗り、そう仕向けるのよ!

「家族の方が反対なのでしたら、やはり、考え直した方が良いでしょう…
ベアトリス様の言う通り、わたしは大柄ですし、伯爵家の皆さんに恥ずかしい思いをさせてしまうでしょう…」

泣き崩れるのは流石に大袈裟なので、暗い声で静かに話す程度に止めた。
少しは悲愴感を出せたかしら?

ベアトリスは当然の様に、「ええ、そうしましょう」と言ったが、フェリクスの声が掻き消した。

「この通り、オリーヴは優しく、賢く、謙虚な女性です。
母の失礼を責めず、僕たち家族に亀裂が入らない様に、執り成してくれたんです。
その様な事が出来る、聡明で勇気ある女性が、他にいるでしょうか?
僕はオリーヴが素晴らしい女性であると、皆に証明してみせます」

「フン、どうかしらね、でも、そうね…
証明出来るまで、結婚は許さないというのはどう?
自信があるなら、良いわよね?」

ベアトリスは挑戦的に言い、嘲る様にわたしたちを見た。
フェリクスは感情的になる事無く、

「構いません、それに今の僕は、オリーヴの返事を待つ身ですから」

にこりと微笑み返した。

白馬の王子様らしく、穏やかな人だけど…
どうしてかしら?その笑みは、少し怖く見えるわ…

「まぁ!フェリクスの求婚を断るなんて、随分、《賢い娘》なのね!」

ベアトリスは高らかに笑う。
唯一、人の良いドミニクは困惑している様で、「やめなさい」と窘めていたが、
ベアトリスは無視し、「あなた、戻りますよ!」と席を立ち、さっさと部屋を出て行った。

「妻がすまなかったね、体調が悪いらしくてね、最近ずっと機嫌が悪い…
私たちの事は気にしなくて良い、二人の事だ。
オリーヴ、フェリクスの事を考えてやって下さい」

ドミニクの眼差しは優しく、わたしを歓迎してくれているのが分かった。
良い人そう…
どうして、ベアトリスみたいな人を妻に選んだのかしら?
きっと、良い人過ぎて、押し切られたのね…

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