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しおりを挟む気付くとわたしは、煌びやかな彼、フェリクス=フォーレ伯爵子息と向かい合い、踊っていた。
しかも、彼の優雅なリードに身を任せ、微笑んでいるなんて…!
わたしは我に返り、自分自身に驚愕した。
黒騎士様に対する、酷い裏切りだわ!
だが、急に嫌な態度を取る訳にもいかない。
嫌ならば断われば良かっただけで、誘いを受けようと決めたのは、わたし自身だ。
仕方ないわね…
今だけは、自分を忘れよう…
それに、身長は同じ位だし、細身なのに、意外とひ弱ではないのね…
吹けば飛んでしまうと思っていたが、踊っている彼は、終始、安定している。
体幹が良いのかしら?
鍛えているとは思えないけど…
つい、探る様に見ていたが、彼は全く気付いていない様だった。
鈍感そう…
白馬の王子様っぽい所を見つけ、わたしは安堵していた。
曲が終わり、わたしは安堵と満足の息を吐いた。
パーティで踊ったのは、これが初めてだ。
これまで、誰からも誘われた事が無かったから…
同情だとしても、今は少しだけ感謝していた。
それで、感じ良くしようとしたのだけど…
「これを…」
スッと、手を差し出された。
見ると、そこには刺繍の入った、白いハンカチがあった。
見て分かる程に、下手くそな刺繍…
「わたしのハンカチ!?」
わたしは羞恥心から、捥ぎ取る様にして、それを回収した。
わざわざ、刺繍を表にして渡さなくたっていいでしょう!!
刺繍や編み物が極度に苦手な事は、自覚しているわよ!
わたしは真っ赤になっていただろう。
だが、目の前の彼は涼やかだった。
未だにキラキラとし、甘い笑みを浮かべている…
「やはり、あなたのでしたか。
足元に落ちてはいましたが、他の方の物という事もありますし…」
落ちていた?
もしかして、ヤニクを揶揄っていた時に、落としたのかしら?
「あなたは、猫がお好きなのですか?」
急にそんな事を聞かれ、わたしはポカンとした。
「猫?」
何故、急に《猫》なのか??
頭が混乱したが、彼が視線で手元のハンカチを指したので、《それ》に気付いた。
茶色の刺繍糸が、ガタガタと形作るそれは…
これは、猫じゃなくて、犬です!
否定しようとしたが、恥の上塗りになりそうで「ぐっ」と耐えた。
「え、ええ…猫に限らず、動物はなんでも…」
「名を聞いていませんでしたね?」
会話が唐突過ぎる…
やっぱり、白馬の王子様ね…自己中でお気楽で、天然だわ。
「オリーヴ=デュボワ伯爵令嬢です」
「オリーヴ、踊ってくれてありがとうございました。
次からは落とさない様に気を付けて」
彼は言うだけ言うと、甘い微笑みを残し、優雅に去って行った。
つまり、早い話…
わたしの前で跪いたのは、落とし物を拾う為だったの?
周囲が誤解したから、わたしに恥を掻かせない為に、ダンスに誘ってくれたって訳??
恥ずかしい~~~~!!!
わたしなんかを誘う訳ないって、分かっていたじゃない!
だけど、あんな事されたら、その気になったって仕方ないわよね??
わたしが悪いんじゃないわ!
思わせぶりな事をする、《白馬の王子》が悪いのよ!!
「ああーー!馬鹿馬鹿しい!」
わたしは手にしていたハンカチを、スカートの隠しポケットにねじ込んだ。
それで、この事は終わりにする事にしたのだが、当然、周囲はそれでは収まらなかった。
「ああ!フェリクス様が、お帰りになってしまったわ!」
「そんな~、滅多にパーティに来られない方なのに…」
「ねぇ、フェリクス様はどうして、あの様な方にお声を掛けたのかしら?」
「あの方、美人は美人ですけど、大女でしょう?」
「身長も同じで、踊っている姿なんて、まるで男同士でしたわ!」
「きっと、フェリクス様は憐れに思われて誘われたのよ!」
「ええ、とっても、お優しい方だから!」
「次に会う時には、きっと、お忘れになっていらっしゃるわ」
「あら、もう既にお忘れになっているわよ!」
「あの方、勘違いなさらないといいけど!」
「ええ、身の程を弁えて頂きたいわ!」
令嬢たちがわたしに冷たい視線を投げかける。
わたしは気付かない振りをし、会場から抜け出した。
この場にいても、ただただ、令嬢たちに恨みがましく観察されるだけだ。
「もう、今日はお腹いっぱいよ…」
だが、数人の令嬢たちが追って来た。
「オリーヴ様!お待ちになって!」
「先程、フェリクス様から、何を頂いていましたの?」
好奇心なのか、彼女たちの目は恐ろしい程に見開かれ、ギラギラとしている。
ちょっと、引くんだけど…
「別に、何も貰っていないわよ?」
答えてから、ハンカチの事を思い出した…が、勿論、それを言う訳にはいかない。
刺繍を見られたら、良い笑い者だわ!!
だが、彼女たちは諦めが悪く、散々に捲し立ててきた。
「嘘よ!私たち見てたんだもの!」
「嘘を吐くなんて、酷いわ!」
「正直に話さないと、軽蔑するわよ!フェリクス様にも言い付けてやるんだから!」
それが脅しになるとでも思っているのかしら?
わたしは鼻で笑った。
「ええ、どうぞ、フェリクス様にお尋ねになって」
ついでに、悪く言われても全然構わないわ!
だって、彼の事なんて、どうでも良いもの!
彼女たちにとっては、手に入れたい、憧れの王子様かもしれないけど、
わたしにとって彼は、人生の背景に過ぎない。
老年になり、「そう言えば、あの頃、白馬の王子様のような人がいたわねー」なんて、思い出す位だろう。
素気無く言ったわたしに、彼女たちは毒気を抜かれたのか、目と口をポカンと開けた。
わたしはこの隙に…と、さっさと馬車置き場に向かったのだった。
◇◇
あのパーティでの事は、わたしにとって決して良い思い出では無かったので、
一晩寝て、すっかり忘れたのだった。
だが、パーティから二週間後、期せずして、思い出させられる事になった。
「オリーヴ!さぁ、こちらに来なさい、私の愛嬢!」
父に呼ばれ、書斎に行くと、いつも血色の悪い父と母が顔を紅潮させ、満面の笑みで待ち構えていた。
一目見ただけで、正常ではないと分かったので、わたしは心持、後退りをした。
「どうかなさったのですか?お父様…何か悪い事でもありましたか?」
「馬鹿を申すな、その逆だ!」
「逆??」
「とっても良い事よ、オリーヴ」
母がにこやかな表情で、わたしの両肩を支えた。
細い骨ばった手だが、『離さない!』とばかりに、しっかりと。
どうしてかしら?増々、嫌な予感がするわ…
わたしのこの予感は的中していた。
次に父が放った一声は…
「オリーヴ!喜べ!おまえに縁談の打診が来たぞ!」
そんな事だったからだ___
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