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「随分と実の娘に厳しいではないか、デシャン伯爵」
アドルフが言うと、父は吐き捨てた。
「この娘は、出来損ないですからな!
女に騙され結婚させられた上に、こいつは、妻の不貞を私に隠し、
二人で笑っていた、碌でも無い性悪な娘なんだ!
今となっては、実の娘かどうかも分からんわ!」
わたしは驚き、声を上げた。
「そんな事、していません!」
「白々しい嘘を吐くな!カサンドラが見たと言っていたぞ!一度や二度じゃない!
おまえが母親と何処へ行き、何をしていたかなど、こっちはお見通しなんだ!」
父は恐ろしい顔で怒鳴ったが、わたしは全く怯んではいなかった。
恐らく、驚きの方が勝っていたのだ。
「母とは、旅芸人の舞台を観に行っていましたが、それだけです!
母は舞台に憧れていましたから、いつも楽しそうに観ていました…
わたしが覚えているのは、誓ってそれだけです!
母がある日突然いなくなり、旅の一座に着いて行ったのだと噂で聞き…
それを信じましたが…
でも、わたしは母が不貞をしている所など、一切見た事はありません!」
そうだ、母がいなくなり、わたしは周囲の噂話から、それと思い込んでいた。
母が旅の一座の男と懇意になり、家を捨て出て行ったのだと…
だが、実際、わたしは何も見ていないし、それと気付いた事も無かった。
「どういう事だ、カサンドラ?」
父がカサンドラを見る。
カサンドラはツンと顎を上げた。
「小さかったから、忘れているのよ、それに、この娘は嘘吐きですからね!」
「私はおまえに言われたから、ルイーズを問い詰めたんだぞ!」
「止めて下さいよ、あの女が出て行ったのは、私の所為ではないでしょう?」
「いや、おまえの所為だ!何故あんな事を言ったのだ!」
「見た事を言っただけですわ、嘘なら、彼女が出て行く理由など無いじゃありませんか」
父は一瞬固まると、ソファに座り直した。
「ああ、そうだ、この娘は嘘吐きだからな!ルイーズは男と出て行った!
今更、言う事は無い…」
わたしを詰りながらも、父の指は震えている。
酷く動揺しているのは確かだ。
「お父様、お母様の事、何かご存じなのではないですか?」
「煩い!おまえは、いつもいつも、余計な事を言い過ぎるんだ!
黙って言う事を聞いていれば良いものを!
おまえが、毎日毎日、催促の手紙など書いて来るから、私は…!」
「それで、彼女を殺そうとしたのですか?」
ランメルトの問いに答えなくとも、父の目には憎しみが見え、わたしはそれを知った。
やはり、父がわたしを殺そうとしたのだ。
だが、その理由は、わたしが父を負い込んでしまったからだ…
「手紙を書いたのは、少しでもお金を返して欲しかったからです。
アラード卿は、直ぐに全額を返せとは言いませんでした。
父に、アラード卿へ謝罪と誠意を見せて欲しかったのです…」
「嘘を吐くな!金を返さなければ、クリスティナではないと、
正体をバラす気だったんだろう!おまえは、そういう娘だ!!」
「彼女はその様な人ではありません、
それは、あなたの恐れが生んだ、虚像に過ぎない___」
ランメルトが言った時、ふっと、部屋の照明が消えた。
「な、何なの!?」
「早く灯りを点けろ!!」
薄明りの中、ぼんやりと白い物が現れ、ゆらゆらと動く。
幽霊?
わたしの頭にデルフィネが浮かんだが、だが、彼女がここまで来る理由はない…
どういう事だろうか?
周囲を見回すわたしの目に、ランメルトが入った。
彼は隣で、一点を見つめている。
そして、膝に置かれた指が僅かに動いていた…
「うわあああ!!」
父が叫び声を上げ、わたしは「はっ」と目を向けた。
父の前を、白い物が舞い、揺れている。
父はそれを懸命に振り払おうとしていた。
「来るな!来るな!私が悪かった!許してくれ、ルイーズ!!
おまえを殺すつもりなんか無かったんだ!おまえが抵抗したからだ!
足を滑らせるなんて…いや、打ち所が悪かった所為だ、運が悪かったんだ!
それに、あいつだ!あの女に騙されたんだ!カサンドラの所為なのだ!!
おまえが死んだのは、全部、この女の所為だ!!」
死んだ?
白い物が消え、部屋の明かりが戻った。
わたしは息をするのも忘れ、父を見ていた。
「お父様…お母様は、死んでいたのですか?」
父は顔を青くし、隣のカサンドラに襲い掛かり、その首を絞めた。
「おまえの所為だ!おまえの所為で、ルイーズは死んだんだ!!」
「た、助けて…殺される!!」
執事が止めに入り、カサンドラは助け出された。
カサンドラは髪を振り乱し、いきり立った。
「妻に手を掛けるなんて!何て人なの!こんな所には居られませんわ!
出て行かせて貰いますからね!!」
「それは良いが、出て行くなら身一つで行くんだな。
おまえたちのドレスや宝石は、デシャン伯爵の財産だ、
俺に金を戻さぬ内は自由には使えんぞ」
「そんな勝手な事!許しませんわ!」
カサンドラは怒ったが、アドルフは全く相手にしなかった。
「おまえに何の権限がある?追い出されるか、自分で出て行くか、
どちらかしかない身なのだぞ?
ああ、それと、コレットと偽り、婚約した娘がいたな、先方には俺が話を付けてやろう。
名が変わり、伯爵令嬢でもなくなるが、娶ってくれんとも限らん、愛があればな」
カサンドラは茫然とし、聞きつけて来たクリスティナとエリザベスが悲鳴を上げていた。
アドルフが言うと、父は吐き捨てた。
「この娘は、出来損ないですからな!
女に騙され結婚させられた上に、こいつは、妻の不貞を私に隠し、
二人で笑っていた、碌でも無い性悪な娘なんだ!
今となっては、実の娘かどうかも分からんわ!」
わたしは驚き、声を上げた。
「そんな事、していません!」
「白々しい嘘を吐くな!カサンドラが見たと言っていたぞ!一度や二度じゃない!
おまえが母親と何処へ行き、何をしていたかなど、こっちはお見通しなんだ!」
父は恐ろしい顔で怒鳴ったが、わたしは全く怯んではいなかった。
恐らく、驚きの方が勝っていたのだ。
「母とは、旅芸人の舞台を観に行っていましたが、それだけです!
母は舞台に憧れていましたから、いつも楽しそうに観ていました…
わたしが覚えているのは、誓ってそれだけです!
母がある日突然いなくなり、旅の一座に着いて行ったのだと噂で聞き…
それを信じましたが…
でも、わたしは母が不貞をしている所など、一切見た事はありません!」
そうだ、母がいなくなり、わたしは周囲の噂話から、それと思い込んでいた。
母が旅の一座の男と懇意になり、家を捨て出て行ったのだと…
だが、実際、わたしは何も見ていないし、それと気付いた事も無かった。
「どういう事だ、カサンドラ?」
父がカサンドラを見る。
カサンドラはツンと顎を上げた。
「小さかったから、忘れているのよ、それに、この娘は嘘吐きですからね!」
「私はおまえに言われたから、ルイーズを問い詰めたんだぞ!」
「止めて下さいよ、あの女が出て行ったのは、私の所為ではないでしょう?」
「いや、おまえの所為だ!何故あんな事を言ったのだ!」
「見た事を言っただけですわ、嘘なら、彼女が出て行く理由など無いじゃありませんか」
父は一瞬固まると、ソファに座り直した。
「ああ、そうだ、この娘は嘘吐きだからな!ルイーズは男と出て行った!
今更、言う事は無い…」
わたしを詰りながらも、父の指は震えている。
酷く動揺しているのは確かだ。
「お父様、お母様の事、何かご存じなのではないですか?」
「煩い!おまえは、いつもいつも、余計な事を言い過ぎるんだ!
黙って言う事を聞いていれば良いものを!
おまえが、毎日毎日、催促の手紙など書いて来るから、私は…!」
「それで、彼女を殺そうとしたのですか?」
ランメルトの問いに答えなくとも、父の目には憎しみが見え、わたしはそれを知った。
やはり、父がわたしを殺そうとしたのだ。
だが、その理由は、わたしが父を負い込んでしまったからだ…
「手紙を書いたのは、少しでもお金を返して欲しかったからです。
アラード卿は、直ぐに全額を返せとは言いませんでした。
父に、アラード卿へ謝罪と誠意を見せて欲しかったのです…」
「嘘を吐くな!金を返さなければ、クリスティナではないと、
正体をバラす気だったんだろう!おまえは、そういう娘だ!!」
「彼女はその様な人ではありません、
それは、あなたの恐れが生んだ、虚像に過ぎない___」
ランメルトが言った時、ふっと、部屋の照明が消えた。
「な、何なの!?」
「早く灯りを点けろ!!」
薄明りの中、ぼんやりと白い物が現れ、ゆらゆらと動く。
幽霊?
わたしの頭にデルフィネが浮かんだが、だが、彼女がここまで来る理由はない…
どういう事だろうか?
周囲を見回すわたしの目に、ランメルトが入った。
彼は隣で、一点を見つめている。
そして、膝に置かれた指が僅かに動いていた…
「うわあああ!!」
父が叫び声を上げ、わたしは「はっ」と目を向けた。
父の前を、白い物が舞い、揺れている。
父はそれを懸命に振り払おうとしていた。
「来るな!来るな!私が悪かった!許してくれ、ルイーズ!!
おまえを殺すつもりなんか無かったんだ!おまえが抵抗したからだ!
足を滑らせるなんて…いや、打ち所が悪かった所為だ、運が悪かったんだ!
それに、あいつだ!あの女に騙されたんだ!カサンドラの所為なのだ!!
おまえが死んだのは、全部、この女の所為だ!!」
死んだ?
白い物が消え、部屋の明かりが戻った。
わたしは息をするのも忘れ、父を見ていた。
「お父様…お母様は、死んでいたのですか?」
父は顔を青くし、隣のカサンドラに襲い掛かり、その首を絞めた。
「おまえの所為だ!おまえの所為で、ルイーズは死んだんだ!!」
「た、助けて…殺される!!」
執事が止めに入り、カサンドラは助け出された。
カサンドラは髪を振り乱し、いきり立った。
「妻に手を掛けるなんて!何て人なの!こんな所には居られませんわ!
出て行かせて貰いますからね!!」
「それは良いが、出て行くなら身一つで行くんだな。
おまえたちのドレスや宝石は、デシャン伯爵の財産だ、
俺に金を戻さぬ内は自由には使えんぞ」
「そんな勝手な事!許しませんわ!」
カサンドラは怒ったが、アドルフは全く相手にしなかった。
「おまえに何の権限がある?追い出されるか、自分で出て行くか、
どちらかしかない身なのだぞ?
ああ、それと、コレットと偽り、婚約した娘がいたな、先方には俺が話を付けてやろう。
名が変わり、伯爵令嬢でもなくなるが、娶ってくれんとも限らん、愛があればな」
カサンドラは茫然とし、聞きつけて来たクリスティナとエリザベスが悲鳴を上げていた。
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