【完結】灰かぶりの花嫁は、塔の中

白雨 音

文字の大きさ
上 下
31 / 32

31

しおりを挟む
「随分と実の娘に厳しいではないか、デシャン伯爵」

アドルフが言うと、父は吐き捨てた。

「この娘は、出来損ないですからな!
女に騙され結婚させられた上に、こいつは、妻の不貞を私に隠し、
二人で笑っていた、碌でも無い性悪な娘なんだ!
今となっては、実の娘かどうかも分からんわ!」

わたしは驚き、声を上げた。

「そんな事、していません!」

「白々しい嘘を吐くな!カサンドラが見たと言っていたぞ!一度や二度じゃない!
おまえが母親と何処へ行き、何をしていたかなど、こっちはお見通しなんだ!」

父は恐ろしい顔で怒鳴ったが、わたしは全く怯んではいなかった。
恐らく、驚きの方が勝っていたのだ。

「母とは、旅芸人の舞台を観に行っていましたが、それだけです!
母は舞台に憧れていましたから、いつも楽しそうに観ていました…
わたしが覚えているのは、誓ってそれだけです!
母がある日突然いなくなり、旅の一座に着いて行ったのだと噂で聞き…
それを信じましたが…
でも、わたしは母が不貞をしている所など、一切見た事はありません!」

そうだ、母がいなくなり、わたしは周囲の噂話から、それと思い込んでいた。
母が旅の一座の男と懇意になり、家を捨て出て行ったのだと…
だが、実際、わたしは何も見ていないし、それと気付いた事も無かった。

「どういう事だ、カサンドラ?」

父がカサンドラを見る。
カサンドラはツンと顎を上げた。

「小さかったから、忘れているのよ、それに、この娘は嘘吐きですからね!」
「私はおまえに言われたから、ルイーズを問い詰めたんだぞ!」
「止めて下さいよ、あの女が出て行ったのは、私の所為ではないでしょう?」
「いや、おまえの所為だ!何故あんな事を言ったのだ!」
「見た事を言っただけですわ、嘘なら、彼女が出て行く理由など無いじゃありませんか」

父は一瞬固まると、ソファに座り直した。

「ああ、そうだ、この娘は嘘吐きだからな!ルイーズは男と出て行った!
今更、言う事は無い…」

わたしを詰りながらも、父の指は震えている。
酷く動揺しているのは確かだ。

「お父様、お母様の事、何かご存じなのではないですか?」

「煩い!おまえは、いつもいつも、余計な事を言い過ぎるんだ!
黙って言う事を聞いていれば良いものを!
おまえが、毎日毎日、催促の手紙など書いて来るから、私は…!」

「それで、彼女を殺そうとしたのですか?」

ランメルトの問いに答えなくとも、父の目には憎しみが見え、わたしはそれを知った。
やはり、父がわたしを殺そうとしたのだ。
だが、その理由は、わたしが父を負い込んでしまったからだ…

「手紙を書いたのは、少しでもお金を返して欲しかったからです。
アラード卿は、直ぐに全額を返せとは言いませんでした。
父に、アラード卿へ謝罪と誠意を見せて欲しかったのです…」

「嘘を吐くな!金を返さなければ、クリスティナではないと、
正体をバラす気だったんだろう!おまえは、そういう娘だ!!」

「彼女はその様な人ではありません、
それは、あなたの恐れが生んだ、虚像に過ぎない___」

ランメルトが言った時、ふっと、部屋の照明が消えた。

「な、何なの!?」
「早く灯りを点けろ!!」

薄明りの中、ぼんやりと白い物が現れ、ゆらゆらと動く。
幽霊?
わたしの頭にデルフィネが浮かんだが、だが、彼女がここまで来る理由はない…
どういう事だろうか?
周囲を見回すわたしの目に、ランメルトが入った。
彼は隣で、一点を見つめている。
そして、膝に置かれた指が僅かに動いていた…

「うわあああ!!」

父が叫び声を上げ、わたしは「はっ」と目を向けた。
父の前を、白い物が舞い、揺れている。
父はそれを懸命に振り払おうとしていた。

「来るな!来るな!私が悪かった!許してくれ、ルイーズ!!
おまえを殺すつもりなんか無かったんだ!おまえが抵抗したからだ!
足を滑らせるなんて…いや、打ち所が悪かった所為だ、運が悪かったんだ!
それに、あいつだ!あの女に騙されたんだ!カサンドラの所為なのだ!!
おまえが死んだのは、全部、この女の所為だ!!」

死んだ?

白い物が消え、部屋の明かりが戻った。
わたしは息をするのも忘れ、父を見ていた。

「お父様…お母様は、死んでいたのですか?」

父は顔を青くし、隣のカサンドラに襲い掛かり、その首を絞めた。

「おまえの所為だ!おまえの所為で、ルイーズは死んだんだ!!」
「た、助けて…殺される!!」

執事が止めに入り、カサンドラは助け出された。
カサンドラは髪を振り乱し、いきり立った。

「妻に手を掛けるなんて!何て人なの!こんな所には居られませんわ!
出て行かせて貰いますからね!!」

「それは良いが、出て行くなら身一つで行くんだな。
おまえたちのドレスや宝石は、デシャン伯爵の財産だ、
俺に金を戻さぬ内は自由には使えんぞ」

「そんな勝手な事!許しませんわ!」

カサンドラは怒ったが、アドルフは全く相手にしなかった。

「おまえに何の権限がある?追い出されるか、自分で出て行くか、
どちらかしかない身なのだぞ?
ああ、それと、コレットと偽り、婚約した娘がいたな、先方には俺が話を付けてやろう。
名が変わり、伯爵令嬢でもなくなるが、娶ってくれんとも限らん、愛があればな」

カサンドラは茫然とし、聞きつけて来たクリスティナとエリザベスが悲鳴を上げていた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

月読の塔の姫君

舘野寧依
恋愛
『イルーシャはわたし、わたしはイルーシャ』 今まで惰性で生きてきた少女、由希。ある日目覚めたらなぜか絶世の美女になっていた彼女は、古の王妃として第二の人生を歩むこととなって── これは伝説の姫君と呼ばれた少女とその周囲の人々と国の変化の物語。

私が、良いと言ってくれるので結婚します

あべ鈴峰
恋愛
幼馴染のクリスと比較されて悲しい思いをしていたロアンヌだったが、突然現れたレグール様のプロポーズに 初対面なのに結婚を決意する。 しかし、その事を良く思わないクリスが・・。

【完結】おしどり夫婦と呼ばれる二人

通木遼平
恋愛
 アルディモア王国国王の孫娘、隣国の王女でもあるアルティナはアルディモアの騎士で公爵子息であるギディオンと結婚した。政略結婚の多いアルディモアで、二人は仲睦まじく、おしどり夫婦と呼ばれている。  が、二人の心の内はそうでもなく……。 ※他サイトでも掲載しています

オッドアイの伯爵令嬢、姉の代わりに嫁ぐことになる~私の結婚相手は、青血閣下と言われている恐ろしい公爵様。でも実は、とっても優しいお方でした~

夏芽空
恋愛
両親から虐げられている伯爵令嬢のアリシア。 ある日、父から契約結婚をしろと言い渡される。 嫁ぎ先は、病死してしまった姉が嫁ぐ予定の公爵家だった。 早い話が、姉の代わりに嫁いでこい、とそういうことだ。 結婚相手のルシルは、人格に難があるともっぱらの噂。 他人に対してどこまでも厳しく、これまでに心を壊された人間が大勢いるとか。 赤い血が通っているとは思えない冷酷非道なその所業から、青血閣下、という悪名がついている。 そんな恐ろしい相手と契約結婚することになってしまったアリシア。 でも実際の彼は、聞いていた噂とは全然違う優しい人物だった。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!

古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。 そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は? *カクヨム様で先行掲載しております

芋女の私になぜか完璧貴公子の伯爵令息が声をかけてきます。

ありま氷炎
恋愛
貧乏男爵令嬢のマギーは、学園を好成績で卒業し文官になることを夢見ている。 そんな彼女は学園では浮いた存在。野暮ったい容姿からも芋女と陰で呼ばれていた。 しかしある日、女子に人気の伯爵令息が声をかけてきて。そこから始まる彼女の物語。

「結婚しよう」

まひる
恋愛
私はメルシャ。16歳。黒茶髪、赤茶の瞳。153㎝。マヌサワの貧乏農村出身。朝から夜まで食事処で働いていた特別特徴も特長もない女の子です。でもある日、無駄に見目の良い男性に求婚されました。何でしょうか、これ。 一人の男性との出会いを切っ掛けに、彼女を取り巻く世界が動き出します。様々な体験を経て、彼女達は何処へ辿り着くのでしょうか。

処理中です...