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数日後、塔にアドルフとランメルトが一緒に訪ねて来て、わたしは驚いた。
アドルフはリリーを連れて来ていて、ボヌールが喜び飛び跳ねた。

「どうされたのですか?」
「今から、ここで、作戦会議だ!」

アドルフは言うと、さっさと食事用のテーブルに着いた。
作戦会議?
聞き慣れない言葉にぽかんとするわたしに、ランメルトは同情を示した。

「すみません、父は言い出すと聞かないので…」
「ランメルトもどうぞ、座って下さい、直ぐに紅茶を淹れますわ」

食事用の椅子は三つ。
こんな風に直ぐに役立つとは思っていなかった。
わたしは二人に紅茶を淹れ、常備していたクッキーを出し、席に着いた。

「ランメルト、おまえは我が妻の暗殺未遂事件をどう見ている?」

アドルフがランメルトを名で呼んだ。
それに、しっかりとランメルトの顔を見ているし、演技もしていない…
こんな事は初めてで、わたしは驚いた。

「調べていますが、ベラミー侯爵は存在せず、義母を襲った者たちと
接触して来る者も未だ現れず、暗礁に乗り上げています。
唯一、手掛かりと思えるのは、ベラミー侯爵を名乗る者が、
《ルイーズ》という名を使う様に指示した事です」

アドルフは「ほう」と感心したが、わたしは生きた心地がしなかった。
ランメルトが何かに気付いてしまうのでは…と。

「《ルイーズ》は、義母の義理の妹、デシャン伯爵の実の娘である
コレットの母に当たります」

アドルフがチラリとわたしを見た。
そういえば、自分がクリスティナで無い事がバレてはいけないと、
話していなかった事を思い出し、内心で謝っておいた。

「ルイーズは約十二年前に、デシャン家から忽然と姿を消しています。
それについては色々と噂があり、本人の行方も掴めていないのですが、
十二年前に消えた前デシャン伯爵夫人の名を持ち出すのですから、
首謀者は、デシャン家の内情を知る者…デシャン家の使用人か、
近親者の可能性が大きいでしょう」

「成程」とアドルフは相槌を打つ。
わたしがコレットだと知る彼には、母の名で呼び出した事に不思議は無いだろう。
そして、父への疑いを更に深めたのでは…と思えた。

「現在、デシャン家に密偵を送り、調べさせています…」

「そんな!」

わたしは思わず声を上げていた。
ランメルトは申し訳無さそうな顔をし、「勝手にすみません」と謝罪したが、
凛とした声で続けた。

「ですが、あなたの命に関わる事ですので、はっきりさせなければいけません」

その目には揺るぎない光があった。
だが、わたしは恐れ、俯き頭を振った。

「いいか、これは、始まりに過ぎないんだ、一度ある事は二度ある。
おまえが逃げ出せば、第二のクリスティナが生まれるかもしれんのだ。
そいつは、本当に殺されるかもしれん、
おまえだって、殺されていたかもしれないんだぞ、罪を重ねさせるな」

アドルフの強い言葉に、わたしは頭を振るのを止めた。
だが、顔を上げる事は出来なかった。

「それでは、少し荒療治をするか。
三日後、デシャン伯爵の娘コレットが、婚約披露のパーティを催すらしい。
おまえたち二人で行って祝って来い。俺が行けば、碌な事にならんからな。
おまえの無事な姿を見れば、何か動きを見せるだろう___」

アドルフはさっさと決めてしまい、わたしに逆らう機会を与えなかった。
尤も、わたしの立場では、逆らう事など出来ないのだが。

父とカサンドラは勿論出席するだろう。
わたしを見て、どんな顔をするだろう?
喜んでくれさえすれば、疑いも晴れるだろうが、そんな事は日頃でも望めない。
せめて、何事もなく終わってくれたら…

わたしは落ち着かない気持ちのまま、パーティに臨む用意をしたのだった。


◇◇


パーティは、コレットの相手方、バーナード侯爵の館で行われる。
ボヌールは留守番だが、アドルフとリリーのお陰で、安心して置いて行く事が出来た。

バーナード侯爵領までは、馬車で半日掛かる。
だが、わたしたちが館を立ったのは、早朝だった。
アドルフに、向こうで着飾る様にと言われたのだ。
「驚かせてやれ!」という事だが、幾ら着飾ったとして、自分を見て驚くかは疑問だった。

だが、バーナード侯爵領の貴族御用達の店に入り、念入りに化粧をし、
髪をセットし、宝飾で飾り、指先まで磨いて貰うと、自分では無い様に思えた。
華やかさがあり、輝いて見える。

「これは…派手ではありませんか?」
「ええ、きっと、パーティで一番注目を集めますよ」

ランメルトは笑っている。
大袈裟に脅かしているのだろうが、わたしはぞっとした。わたしは壁の花でいたいのだ。

「困りますわ…ご存じでしょう、わたし、社交は苦手ですもの…」
「大丈夫ですよ、僕が付いています、傍を離れないと約束します」

ランメルトがわたしに手を差し出す。
ランメルトが傍にいてくれる…
それだけで、わたしは安堵する事が出来、その手を取ったのだった。


パーティ会場であるバーナード侯爵の館には、招待客が続々と集って来ていた。
わたしとランメルトもそれに習ったが、周囲は見掛けない顔にざわついていた。

「まぁ、どなたかしら?」
「見掛けませんわね…」
「コレット様のご友人ではありませんか?」
「それか、妹のエリザベス様のご友人かしら?」
「それにしても、素敵ですわね…」

視線を受け、動揺してしまうわたしを、ランメルトが支えてくれた。
「大丈夫、何かあれば僕が対応します、あなたは毅然としていて下さい。
周囲の貴夫人方を真似されると良いですよ…」
小声で囁かれ、わたしは小さく頷き、背を伸ばし顎を上げた。

「アラード卿の子息ランメルト様、アラード卿夫人クリスティナ様、どうぞ」

アドルフの書状を執事に見せると、すんなりと中へ促された。
だが、周囲はこの名を聞き、更にざわめいた。

「あの方が、アラード卿夫人!?」
「コレット様の義姉ですわよね?」
「まぁ!なんてお若いの!コレット様よりも若く見えますわ…」
「全く似てませんわね…」
「当たり前ですわ、血は繋がっていませんもの!」
「あの方、アラード卿の子息ですって…ご立派ですわね…」
「アラード卿はかなりの…ですが、子息は真面目そうな方ですわね…」
「ええ、気品があって…父親とは違い、荒っぽさはありませんわね…」
「あの方のお母様は貴族だったらしいですわ…」

わたしたちの耳にも届く。
「皆、良く知っていますね」とランメルトは苦笑するが、
わたしは笑う処ではなく、ハラハラとしていた。

「あなたの義妹と婚約者に、挨拶に行きましょう」

わたしたちは人が集まる方へと向かった。

「おまえは…クリスティナか!?」

突然、怒鳴る様に言われ、わたしはビクリとした。
ランメルトがわたしを庇う様に前に出る。

「失礼ですが、デシャン伯爵でしょうか?」

そこに立っていたのは、愕然とした父だった。

「ああ、そうだ、おまえは何者だ!」

父は不機嫌を隠さなかったが、ランメルトは冷静に礼義正しく返した。

「申し遅れました、アラード卿の子息、ランメルトです。
今日は父の代わりに祝うよう言われ、義母と共に参りました」

「アラード卿の子息…余計な事を…
いや、それよりも、クリスティナ!どういう事だ!おまえは死んだと聞いたぞ!」

父はわたしが死んだと思っていたのだ。
『生きていて良かった』という風にはとても見えず、わたしは目を落とした。

「デシャン伯爵、声を控えて頂けますか?何事かと周囲が驚かれています」
「あ、ああ、そうだな、クリスティナ、こっちへ来なさい___」

父がわたしの腕を掴もうとしたが、ランメルトが掴み、阻んだ。

「乱暴はお止め下さい、義母が怯えています」
「何をする!そいつは、娘だ!私は父親だぞ!私の好きにする!」
「あなたは義理の父親でしょう、それに、今の彼女はアラード卿夫人です、
好きにはさせません」

父は唸ると諦めたのか、気を静めた。
ランメルトが父の手を放し、わたしはほっとする。

「話があるのでしたら、僕も同席させて頂きます、
父から義母を守る様に言われていますので、ご了承下さい」

「おまえが死んだと聞き、心配していたんだぞ…
一体、どうなっているのか、説明するんだ!」

「人攫いに遭い、一時行方不明になっていたので、死んだと噂が流れたのでしょう。
こうして、無事にみつかりましたので、ご安心下さい」

ランメルトは礼儀正しく答えた後、スッと冷たい目をした。

「こちらに連絡を下さっていたら、直ぐにお話したのですが、
何もありませんでしたので、事件自体ご存じ無いのだと思っていました。
変に心配させるのも良く無いと思い、こちらからは言わなかったのですが」

知っていたなら、何故、連絡をして来なかったのか…
確かに、その通りだ。
わたしは気持ちが沈んだ。

父は動揺し、「いや、気付かなかった」と、もごもごと言っていた。
そこへ、カサンドラと義妹エリザベスが現れた。

「あなた、何をなさっているのですか?」
「い、いや、クリスティナがな…」
「クリスティナなら、何も困った事はありませんわよ、全て順調ですもの…」

カサンドラが口を滑らせ、父が蒼い顔で、声を荒げて遮った。

「クリスティナが生きていたんだよ!ここにいる!」
「一体、何をおっしゃっているの…ああ!何て事!?あなたなの!?」

カサンドラがわたしに気付き、奇声を上げた。
わたしの隣で、ランメルトが全てを観察しているとも知らずに。
わたしの方が動揺し、無意識にランメルトの腕を掴んでいた。

「やだ、嘘でしょう!?てっきり死んだと思ってたのに!何てしぶといのかしら!」

楽し気な笑い声を上げたのは、義妹のエリザベスだった。
わたしは青くなっていただろう。
ガクガクと震える手を、ランメルトがそっと握ってくれた。

「エリザベス!止めないか!クリスティナはおまえの姉だろう!」
「姉だなんて、どうしちゃったの、お父様ってば!」
「そこに居るのは、アラード卿の子息だ!口を慎め!」

父に怒鳴り付けられ、エリザベスは不機嫌に口を尖らせた。

「アラード卿って、騎士爵でしょ?お父様は伯爵よ!」
「それにしても、そんなに着飾って!アラード卿は羽振りが良いのね、
クリスティナ、見違えたわ!」

カサンドラは話を逸らしたが、意地悪く続けた。

「でも、派手過ぎね、ただ飾れば良いというものではないのよ?
そんなんじゃ、皆から悪趣味だと笑われるわよ!」
「本当!悪趣味なだけならまだしも、ふしだらだわ!まるで娼婦よ!」

エリザベスも一緒に肩を揺すって笑う。

「バーナード領の貴族御用達の店で用意したのですが、お気に召しませんか?
後でその様に伝えておきましょう」

ランメルトの言葉に、二人は青くなった。
取り繕う様に、「いえ、きっと、元が悪いのよ!」と言ったが、
「あなたの実の娘では?」とランメルトに不思議そうにされ、閉口していた。
だが、カサンドラは余程悔しかったのか、それでは終わらなかった。

「そういえば、アラード卿は大層な女好きですってね?
いつも綺麗な愛人を連れて歩いているそうだけど、あなたの話は聞かないわ、
私達心配していたのよ、相手にされていないんじゃないかってね!
あなたってば、若さ位しか魅力が無いじゃない?ふふふ」

「それは、かなり古い噂の様ですね、父は再婚し、女遊びを一切止めました。
父にとって、彼女は特別な人です」

ランメルトがわたしの手を取り、優しくポンポンと叩き、親愛の情を見せる。
カサンドラとエリザベスの顔が歪んだ。

「特別ですって!?あなた知らないの?その女は、父の負債の代わりよ!
身売りさせられたの!ただの卑しい売女よ!」

エリザベスが詰る様に言い、わたしは茫然となった。
ランメルトはその事を知らなかったのに!
こんな形でランメルトに知られる事になるなんて…

「それは切っ掛けに過ぎません、父は彼女を気に入り、心から愛している。
彼女を侮辱する者は誰であろうと、僕が許しません、彼女の家族として」

ランメルトは少しも動揺を見せずにそう告げると、わたしを促し、挨拶に向かった。


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