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最終話

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『兄さん、本気でヴァイオレットと結婚する気はあるの?それとも、デイジーと結婚したいの?』

『ヴァイオレットと結婚する気は無い。
おまえも、あいつを知っているだろう?あんな大女が、俺に釣り合うと思うか?
それに、髪は黒色だぞ!辛気臭い!あいつの顔を見ているだけで、苛々する!
結婚なんてしてみろ、毎日が地獄に決まっている!
その点、デイジーは小柄で可愛いが、あいつは伯爵令嬢だからな、
それに、尻軽過ぎる、あいつは精々、妾だ』

『それじゃ、ヴァイオレットはどうするの?
そんな理由じゃ、父さんは許さないだろうなー』

『フン!それ位、分かっている、ヴァイオレットには、時期を見て消えて貰うさ』

『消える?どうやって?そんな事、兄さんにだって、無理だよ!』

『フン!俺は第二王子だぞ!俺に不可能は無い!
手は幾つか考えているが…何か罪を着せ、僻地に追いやるのが一番平和だろう。
公爵家は気の毒だから、降爵で許してやるつもりだ』

『成程!それなら、兄さんはヴァイオレットと結婚しなくて済むね!
流石兄さん!天才!』

『フン、漸く、俺の才が分かったか、俺は何れ、この国の王になる男だ!
俺に相応しいのは、美しく可憐な姫だ、大蛇の様な女でも、
チンケな伯爵令嬢でもない!』

『でもー、王太子の兄さんは、どうするのぉ?』

『ああ、ローレンスの事か、死んで貰うさ___』


わたしの言葉を遮る様に、カルロスが「嘘だ!」と大きく吠えた。

「その様な世迷言!ルイスが嘘を言ったに決まっているだろう!
あいつは、生まれた時から、俺を妬んでいるんだ!いつも、俺に取って代わろうとしている!
そうか!ヴァイオレットと組んで、俺を陥れる気だな!!」

「そんな事、僕はするつもりないよー、それに、兄さんを妬んだ覚えも無いなー」

のんびりと言いながら、人混みからルイスが現れた。
ルイスはわたしの隣に立つと、いつも通り、無邪気に言った。

「だけど、兄さんはきっと、後で僕を嘘吐きにするだろうなーとは思ってたから、
手は打っておいたよ」

「手…?」

カルロスから、先程まであった勢いが消えた。
視線が落ち着かず、動揺が伺えた。

「カルロス様、ルイス様とお茶をなさったのは、一階のテラスでしたね?
そこに、大きな壺が置かれていた事に、気付かれませんでしたか?」

「壺…いや…」

全く記憶に無いらしい…わたしは内心で頷いた。
カルロスに美術品を鑑賞する趣味が無い事は、前から知っていたので、
この方法を考えたといって良い。

壺はその日に置いたものだ。
勿論、中に身を潜め、話を聞く為に___

カルロスは弟と二人きりという事もあり、調子良く、声高にべらべらと喋っていた。

「壺の中で、全て聞かせて頂きました」

これで、カルロスは観念するだろうと思っていたが…

「ルイスと二人で嘘を吐き、俺を嵌める気だな!
そんな事はさせんぞ!警備兵!直ぐにこの二人を捕らえよ!!」

カルロスが叫ぶと、人混みを掻き分け、数人の警備兵が現れた。
命令されたものの、警備兵たちには、迷いが見えた。
それも仕方無いだろう、捕らえる相手は、一人は煌びやかな令嬢で、
もう一人は王子なのだから。

勿論、わたしたちには、捕まる気なんてサラサラ無い。

「そうそう、カルロス様、良い事を教えて差し上げますわ。
あの日、テラスには、壺が幾つ置かれていたか、ご存じですか?」

勿論、覚えてなんていないだろう。
わたしは勿体ぶって、それを教えてあげた。

「壺は二つです。
一つには、わたくしが忍んでおりました。
それでは、もう一つには、一体、誰が忍んでいたのでしょうか?」

カルロスは青くなりながらも、叫んだ。

「だ、誰が居たというのだ!」

「その方は、今日、このパーティにも来られています。
そして、全てを見聞きされていました。
わたくしは、その方に全幅の信頼を寄せており、この件の判断も委ねております。
それでは、最後にお言葉を頂きましょう___」

わたしが近くに置かれていた大きな壺に視線を向けると、何処からともなく、
衛兵たちがやって来て、慎重に壺からその人を出したのだった。
その人に気付いたカルロスは、顔色を失くし、茫然としていた。
周囲もざわめいた。
だが、それも当然だ___

「話は全て聞かせて貰った」

そう言って、カルロスの前に超然と立ったのは、見事な金色の髪を撫で付け、
王の装束に身を包んだ、我が、ルーセント王国、国王、ガブリエルだった。

流石のカルロスでも敵わない、否、足元にも及ばない相手だ。

「カルロスよ、おまえには失望した。
学院での傲慢な態度、婚約者に対しての非道の数々…
おまえは一体、これまで何を学んで来たのだ!」

「こ、これは、違うんです…ヴァイオレットとルイスが仕組んだ事で…」

カルロスは縋る様に見て、同情を買おうとしていたが、王は一喝した。

「黙らぬか!人の所為にするなど、見苦しいぞ!
おまえには人を敬う心が欠けておる、それは、王族として必要不可欠なものだ。
これでは、王子として表にも出せぬ。
おまえには、即刻学院を休学し、バザールへ行って貰う事にしよう」

カルロスは「ひっ」と悲鳴を上げた。
バザールは、国の北端にあり、未開の土地だ。

「その間、王子の特権は全て剥奪する、期間は、おまえの更生次第だ。
存分に鍛え直して貰うがよい!
ああ、勿論、アルバーン公爵令嬢ヴァイオレットとの婚約は破棄とする!」

周囲から、『わぁ!』と歓声が上がった。
王の指示で、カルロスは衛兵たちに取り押さえられ、連れて行かれた。

「話を聞いた時には、信じられなかったが、まさか、ここまでとは…
ヴァイオレット、あの様な愚息と婚約させた事、許せよ。
全てはカルロスに非がある故、ヴァイオレット、アルバーン公爵家には、
相応の埋め合わせをするつもりだ、心配はせぬ様___」

王は普段、人前では感情を露わさないが、
わたしを見つめる、王の碧色の目には、謝罪の色が見えた。

「お心遣い、感謝致します」

わたしは深々と礼をした。

「父さん、カルロス兄さんがした事の埋め合わせなら、僕に良い考えがあるよ!」

明るい声で言い出したのは、ルイスだった。
ルイスは無邪気な笑顔を王に向けていた。
ルイスは相手が誰であれ、お構いなしなのだ。

「カルロス兄さんに代わって、僕がヴァイオレットと婚約するの!
僕なら、同じ王子だし、アルバーン公爵家も文句は無いよね?」

ルイスが自分を売り込む。
だが、王は渋い顔をした。

「ルイス、結婚は冗談ではないのだぞ?
カルロスが駄目だったから、次はおまえと婚約させるなど、
ヴァイオレットにも、アルバーン公爵家にも、失礼だろう」

「えー、失礼かなぁ?」

ルイスが頬を膨らませ、唇を尖らせた。

仕方ないわね…

わたしは内心で嘆息し、口を開いた。

「王様、ルイス王子の提案ですが、わたくしは喜んでお受けしたいと思います」

これは、意外だったらしく、王は「なんだと?」と目を丸くした。
少しルイスに似ていて、わたしは失笑しそうになってしまった。
勿論、笑わない様、口元を引き締め、言葉を継いだ。

「ルイス様は、いつもわたしを気に掛けて下さいます。
独りでいるわたしに声を掛けてくれ、話し相手になって下さいます。
カルロス様に捨てられたクッキーも、『美味しい』と言って、召し上がって下さいました。
カルロス様に刺繍を燃やされた時には、その手で火を払って下さいました。
わたしは、何度も、ルイス様に心を救われてきたのです___」

わたしは目を上げ、王を見た。

「ルイス様は優しく、思い遣りがあり、信頼の置ける方です。
わたくしが望むのは、正にルイス様の様なお方です。
どうか、わたくしとルイス様の結婚を、お許し下さい」

王は「ふむ…」と思案する様に唸った。

「ルイスを良く見ている様だな。
だが、カルロスの事で、私も学んだのだ、結婚には必要なものがあると…
ルイス、おまえはヴァイオレットを愛せるのか?」

《愛》と聞き、ドキリとした。
だが、ルイスはわたしの不安を直ぐに吹き飛ばしてくれた。

「僕は、ヴァイオレットを、めちゃくちゃ愛してるよ!
カルロス兄さんがいたから、これまでは我慢してたけど、
本当は、出会った時から、『僕の運命の人はヴァイオレットだ』って、思ってたよ」

ルイスの言葉に、わたしは頬が熱くなった。
そんなわたしに、王は聞く。

「ヴァイオレットはどうだ、ルイスを愛せるか?」

「わたくしも、カルロス様との事で、結婚には《愛》が必要だと悟りました。
わたくしはこれまで、『誰かを愛したい』と願ってきましたが、カルロス様では叶いませんでした。
ルイス様ならば、わたしがどれだけ愛を注いでも、全て受け止めて下さると思っています」

「ふむ、ならば、問題は無い。
アルバーン公爵家に伝え、早急に婚約の運びとしよう___」

王が決断を下すと、ルイスは「やったね!ヴァイオレット!」とわたしに抱き着いてきた。
人目を憚らず、子犬の様にじゃれつくルイスが、くすぐったく、頬が緩んでしまった。

『カルロス様に代わって、ルイス様がヴァイオレット様と婚約!?』
『いいじゃないの、お似合いだわ!』
『今度は、幸せになって欲しいな』
『ルイス様なら、大丈夫さ!』
『そうそう、ルイス様はずっと、ヴァイオレット様を好きだったんだ』
『二人の幸せの為に、自分の気持ちを抑えていたんだよ…』
『おめでとう!ルイス様!ヴァイオレット様!』

カルロスに抑圧されていた生徒たちは、今や自由に歓声を上げ、
わたしたちを祝福してくれていた。
そんな中、「あのぅ、王様…」と、デイジーが、おずおずと申し出てきた。
彼女はキンキンと高い声で、王に切実に訴えた。

「あたし、カルロス様に騙されました!
カルロス様はあたしと結婚すると言って下さっていたんです!
その気も無いのに、言葉巧みに信じ込ませて、あたしの事、弄んでいたんです!」

デイジーが暗に求めているのは、賠償だ。
デイジーは信じていたかもしれないが、カルロスにその気は無かった。
カルロスが『尻軽』『伯爵令嬢は、精々妾』と嘲笑っていた事を知り、
怒りが収まらないのだろう。

王がそれに気付かない筈はない…

「そなたは、カルロスの《友》であろう?《友》とは結婚の話などしないものだ。
それとも、そなたは、婚約者が居ると知りながら、平気でその様な話をしておったのか?
そういう者を何と言うか、知らぬ訳ではあるまい?」

王にギロリと睨まれ、デイジーは飛び上がった。

「も、勿論、カルロス様とは《友》です!
今言った事は、カルロス様の軽口です!あたしは、そんな気なんて、全くありません!」

デイジーが強く否定すると、王は「ならば問題はない」と怖い顔で頷いた。
王は去り際、わたしに言ってくれた。

「ヴァイオレット、そなたの焼いたクッキーは、大変に美味であったぞ」

その為か、わたしが焼いたクッキーは、秒で無くなったのだった。


「ヴァイオレット、僕と踊って頂けますか?」

ルイスが珍しく礼儀正しくして、わたしに手を差し出した。
流石《王子》で、所作は美しく、決まっている。

「よろしくてよ」

わたしは内心見惚れつつ、澄まして手を乗せた。
ルイスがうれしそうな笑みを零す。
ルイスの緑色の瞳は、優しく、愛に満ち、輝いている。

わたしは、ふと、あの《本》を思い出した。

本の最後、邪魔者が退散した後、カルロスはデイジーと踊る。
その時のカルロスと、今のルイスが、重なって思えた。

嘗ては、本の中のカルロスに、胸をときめかせた事もあったけど…
いつの間にか、忘れ去っていた。
今、わたしが堪らなく、胸をときめかせるのは、目の前の彼だ___

「ルイス、わたしと《ラブロマンス》をしてくれる?」

踊りながら、わたしが聞くと、ルイスからはウインクが返ってきた。

「もう、始まってるよ☆」



《完》
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