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ティムは買い物間、わたしを休ませようとしたが、わたしは厳としてティムから離れなかった。
ティムは日持ちする食料を幾つか買った。
「金を持っていると思われたら、悪人が寄って来る」という理由から、一度に大量に買うのを避けていた。

「アンリ、乗馬は出来る?」

「ええ、人並みには乗れるわ…乗れるぞ!」

碧色の目にギロリと睨まれ、わたしは言い直した。
いけない、いけない、わたしは《男》よ…

「それじゃ、ここからは馬で行こうぜ!」

ティムは打って変わってご機嫌で、厩舎に向かった。
馬を買う金はあっても、八歳の子供では、遠乗りは難しかったのだろう。

「おっちゃん!馬を見せて貰うぜ!」

「そりゃいいが、坊主が選ぶのかい?」

馬主の男は目を丸くし、ティムとわたしを交互に見た。
怪しい客に思われたかしら?
わたしは心持青くなったが、ティムは堂々と胸を張った。

「おれは目利きだぜ!」

ティムはそのまま、厩舎の中を闊歩していく。
わたしは馬主の男に愛想笑いを返し、ティムを追い駆けた。
本当に馬を選ぶ気だろうか?
わたしは半信半疑だったが、ティムは馬たちを真剣に眺め、ある馬の所でピタリと目を留めた。

「あの馬がいい!」

黒い鬣に褐色の体、良く引き締まっていて、中々良い馬だ。
馬主も感心していた。

「大したもんだ、まぁ、少々値が張るがね」

「幾ら?安くしてよ、この辺じゃ、客も少ないだろ?鞍も買うからさー」

ティムは大人顔負けの根切をし、馬を手に入れたのだった。

馬に荷物を積みながら、ふと、男が三人、こちらに向かって歩いて来るのに気付いた。
ボロ布を纏った様な身形で、歩き方も酔っ払いの様にダラダラ、フラフラとし、だらしない。
ならず者だろうか?
目配せをし、ニヤニヤと笑う男たちは、何か嫌な感じがする。
それはティムも同じだった様だ。

「アンリ、急げ!」

急き立てられ、わたしは急いで馬に乗った。
ティムも後ろに飛び乗った。

「しっかり掴まっていてね!」

ティムがわたしの腰をしっかりと掴む。
わたしは馬の腹を蹴り、男たち目掛けて馬を走らせた。

「そこを避けなさい!怪我しても知らないわよ!!」

馬の勢いに気圧されたのか、それともわたしの雄叫びに驚いたのか、
男たちは脇に散り、悪態を吐いた。

「クソ!逃がしちまったぜ!!」


「アンリ、やるじゃん!
てっきり、お嬢様かと思ってたら、ならず者に啖呵切るんだもんなー!」

ティムがはしゃいだ声を上げ、面白そうに笑う。
わたしとしては、全く面白く無い。
男性の格好をし、声を張り上げるなんて…
以前の自分からは考えられない。

「だって!怖かったんだもの!形振り構っていられないわ!」

言い訳をしたが、ティムは聞き流した様で、あっさりと話を変えた。

「馬を買ったから、目を付けられたんだろうなー」
「値切ったのに?」
「大金には違いないし…てか、あんた金の価値、分かってる?」
「ええ、これだけ上等の馬があの値段なんて、あまりに安いから驚いたわ。
その上、値切るなんて、気の毒じゃないかしら?」

わたしが答えると、ティムはわたしの背中で盛大に息を吐いた。
何か間違っていたかしら?





「川だ!アンリ、今日はここまでにしようぜ!」

ティムが言うので、わたしは馬を止めた。
ティムはヒョイと馬から飛び降り、川の方へ走って行った。
ティムの元気には驚かされる。

「子供は元気ね」

だが、見ていて気持ち良いのも確かだ。
こっちまで元気になりそう…
わたしは「ふふふ」と笑い、馬を連れてティムの後を追った。

「お疲れさま、あなたも休んでね」

わたしは馬に声を掛け、川辺で水を飲ませた。
そうしている間にも、ティムは細く長い木を手に、釣りを始めていた。

「なんて逞しいのかしら…」

思わず感嘆の息が漏れる。
ティムならば、何処でも生きて行けそうだ。

「アンリ!薪用の木を拾って来て!乾いた木!」

「分かったわ!」

わたしは叫び返し、馬を岩に繋いだ。

「ええと、乾いた木ね…」

わたしは茂みに入り、使えそうな木を拾い集めて、岩場に運んだ。
かなりの量の木が集まった頃、ティムが棒に刺した魚を手に戻って来た。

「足りるかしら?」
「十分!」
「これから、どうするの?」
「まー、見てなって!」

ティムは小岩を並べ、縁を作り、その中心に木を組んだ。
両手に石を持ち、それを打つと火花が散った。
火口は燃えやすい葉に移り、それを薪に入れると、炎はゆらゆらと動き、燃え広がった。
手際が良く、わたしは目を見張っていた。

「凄いわ!慣れているのね!」

「よく父さんの手伝いしてたからな、それに、アンリに会う前、何回かやってるし」

ティムは焚火の縁に、棒に刺した魚を、斜めに突き立てた。
良い物を得たと炎が上がる。

「ティム、わたしにも教えてくれる?」

わたしが習得すれば、ティムにばかり負担を掛けさせなくて済むと思ったのだが、ティムは胡乱にわたしを見た。

「いいけどさー、アンリ、魚触れる?」

わたしは焼けていく魚に目をやり、肩を竦めた。

「魚以外でお願いしようかしら?」

「使えねーヤツ!!」


焚火で焼いた魚は驚く程美味しかった。
皮はパリパリとし、身はふっくらとし、味も濃い。

「熱っ!でも、美味しいわ!」
「めちゃうまー!」

ティムは四匹魚を釣っていたが、わたしたちはペロリと平らげたのだった。


◇◇


日中は馬を走らせ、陽が落ちる頃に野宿する場所を探し、
魚やオオトカゲ等、その場で手に入る時にはそれを食べ、
無い時には携帯用の干し肉等で済ませる。
川の水に浸した布で体を拭き、寝る時には二人で寄り添い、一緒の布に入る。
これまでの生活とは全く違い、掛け離れていたが、わたしは不思議と順応していた。

きっと、独りじゃないからだわ…

ティムの存在は大きかった。
ティムがいなければ、わたしは何も出来なかっただろう。
ティムが傍にいるだけで、《大丈夫》という気がする。

だが、ティムをアザールに送り届けたら、独りで帰らなくてはいけない。

それを考えると急に不安になった。

「なに?暗い顔して」

オオトカゲの丸焼きに齧り付いていたティムが、不意にわたしを覗き込んできた。
わたしは慌てて笑顔を作り、誤魔化した。

「ううん、何でもないの!」

「何かあるなら言えば?そういうの、感じ悪いぞ」

ティムは子供らしく、歯に衣を着せない。
誤魔化せなければ、感じ悪いわよね…
わたしは小さく嘆息した。

「明後日にはアザールに着くから、少し感慨深くなっていたの。
ここまで来られたのは全て、ティムのお陰よ…」

「まー、おれの功績は大きいけど、全てって訳じゃないだろ。
アンリが地図を見てくれたからだし、アンリがいたから馬が使えた。
おれだけだったら、こんなに早くここまで来られなかったさ」

「わたし、役に立っていた?うれしいな」

わたしは気恥ずかしさとうれしさで、肩を竦めた。

「アンリの家族は亡くなったんだろう?
だったら、一緒にアザールに来ないか?
おれの家、牧場だから、一人位増えても大丈夫だぞ!」

ティムの提案には心惹かれた。
あれから、もう何日も経っている。
叔父家族は分からないが、辺境伯は諦めているのではないか?
いってみれば、これは《神隠し》だ。

わたしが望んだ結婚ではなく、叔父が大金と引き換えに決めた結婚だ。
こうなってしまったのだから、わたしはわたしで好きにしても良いのではないか?
ううん、きっと、わたしがそう思いたいだけね…

「ありがとう、少し考えさせて貰える?」

わたしが慎重に答えると、ティムは頬を膨らませた。

「おれより、そいつがいいの?そんなに、結婚したいの?」

結婚の事はチラリと口にしただけだったが、ティムは覚えていた様だ。

「そういう訳じゃないけど、何も言わずに突然消えたら、心配するでしょう?」

尤も、戻れば結婚させられるのだが…

「別にいいじゃん、自分の事だ、他人は関係無いだろ!」

ティムが凄い剣幕で言い、わたしは驚いた。

「でも、しこりがあれば、心の底から自由とは言えないでしょう?」

気に入らないのか、ティムは口を噤み、片付けを始めた。

わたしは気まずくしてしまった事に落ち込んだ。
余計な事を言ったかもしれない。
ティムはわたしを家に誘ってくれたのに…

「ティム?」

ふと、ティムが茂みの方を見ているのに気付いた。
どうしたのかと近付こうとしたが、ティムの「来るな!」という鋭い声に、足が止まった。
だが、それと同時に、茂みがガサガサと音を立て…

「ガルルル!!ガウゥ!!」

黒い物が飛び出して来た。

「キャーーーーー!!」

わたしは咄嗟に悲鳴を上げていた。
ティムは素早く動き、焚火の木を掴むと、黒い物…獣に向け投げつけた。

「ギャン!!グゥゥ…」

獣は怯んだが、直ぐに体勢を直し、体を低くした。
後ろ足で地面を強く蹴り、木の幹を足場にし、わたしに飛び掛かって来た。

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