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豪華で眩いシャンデリアの下、着飾った者たちがダンスに興じている。
彩豊かなドレスは花が咲いたかの様に、広がり、クルクルと回る。
楽器の奏でる美しい旋律と相まって、夢の世界を織り成している___

キラキラとしていて、とってもスイート…

わたしは眺めているだけでいっぱいになる胸を、そっと手で押さえた。
ほんの少しでも動いたら、理想の世界が壊れてしまいそうで、感嘆の息も吐けない。
もし時間が許すなら、いつまでもこの世界に浸っていたい…
だが、そんなわたしの願望は、良く知る声により破られた。

「アンジェリーヌ!あなた、また、そのペンダントを着けているの?
デビュタントでも着けていたし、会う度にそのペンダントを見ている気がするわ!」

長い睫毛の向こうから、冷やかな目を向けているのは、
豪華で華やかなドレスに身を包む、エリザベス=フォンティーヌ伯爵令嬢。
貴族学校が一緒だったが、特別親しい訳ではなく、顔を合わせば挨拶をする程度だった。
彼女は「流行こそ御洒落!」という信条を持っていて、ドレスや宝飾品等、同じ物を着けている所は見た事が無い。
自分だけであれば構わないのだが、他人の装いにまで目を光らせているので、少々厄介だった。

「ええ、その通りよ、ジンクスなの」

わたしは愛想良く返し、首元に掛かる金色のペンダントを弄った。
星の形を模したペンダントトップがキラリと光る。

「そんな安っぽい物じゃ、効果なんて無いわよ」

確かに、然程高価な物ではないが、アンティークで趣があり、何と言っても可愛い。

「わたしは気に入っているから」

わたしがにこりと笑みを返すと、エリザベスは「つまらない人!」と吐き捨て、
豪華なドレスのスカートを翻し、去って行った。
わたしは安堵の息を吐くと、背筋を伸ばし、胸を張った。

『気に入っている』など、生易しい。
わたしにとって、このペンダントは、どんな宝飾品よりも魅力的だった。


わたし、アンジェリーヌ=デラージュ伯爵令嬢は、先月デビュタントを終えたばかりの十八歳。
両親の影響から、幼い頃から《運命の相手》との出会いを夢見てきた。

わたしの両親は互いを《運命の相手》と呼び、傍目にも仲が良く、愛し合っている。

母が父と出会った時に着けていたのが、この星型のペンダントで、
「このペンダントが、私たちを結び付けてくれたのよ!」と母はいつも誇らしげに言っていた。

『とってもすてき!わたしも欲しいなー』
『あなたにはまだ早いわ、アンジェリーヌ』

わたしが幾ら強請っても、母はいつものらりくらりと交わしていた。
だが、デビュタントの日に、わたしの首に掛けてくれたのだ___

『アンジェリーヌ、あなたもきっと素敵な人と出会えるわ』

その日からずっと、わたしはこのペンダントを肌身離さずに着けている。
偶然や奇跡よりも、わたしは早くその人と出会いたかった。

ペンダントが引き寄せてくれる___

きっと、わたしは一目で、その人が《運命の相手》と分かるだろう!
エリザベスの様に、ペンダントを貶す人は絶対に違う。
「素敵だね」と褒めてくれる人だ___

ああ、どうか、早くわたしの目の前に現れて!



「アンジェリーヌ!凄い情報を入手したわよ!」

貴族学校からの友人、カミーユとクララが興奮気味にやって来た。

「凄い情報?」
「あの方の事よ!」

カミーユの視線を辿り、壁際に一人立つ、ダークブロンドの髪の男性に行き着いた。
背が高く、しっかりとした男らしい体格をしていて、身形が良く、堂々としている。
これだけであれば、令嬢たちも彼を放ってはいないだろう。
問題は、彼が顔の右半分を隠す様に、銀色の仮面を着けている事だ。

『酷い傷があるらしい』
『火傷を負ったそうだ』
『顔半分、潰れているらしい』

実際に見た者はいないのか、様々な噂が囁かれていた。
その上、彼はダンスや会話を楽しむでもなく、人を威圧するかの様に腕組みをし、ただ傍観している。
一体、何をしに来ているのか?
それが一層、皆を怯えさせていた。

仮面を着けているので、印象には残る。
わたしが彼を見たのは、二回目だと言い切れた。

「バシュレ辺境伯ですって!」
「年は二十八歳、三年前に父親が亡くなって、爵位を継いだのよ」
「それにぃ、彼ぇ、独身なのよぉ!」
「パーティには、花嫁探しに来ているらしいわよ!」

結婚相手は、ゆくゆくは辺境伯夫人だ。
普通であれば、令嬢たちが血眼になりそうな結婚相手なのだが…

「カミーユもクララも、彼を狙っているの?」

聞くと、二人はあっさりと頭を横に振った。

「まさか!私たちは男爵令嬢だし、そんな高望みはしていないわよ」
「それにぃ、少し怖いもの…」
「まともじゃないかもね、声を掛けた子もいたけど、素気無く断られていたわ」
「彼女、恥を掻かされたって、すっごく怒ってた!」
「あんな風だけど、理想は高いのね…」

選ぶ権利は彼にある様だ。
だが、《辺境伯》ともなれば、それも当然だろう。
《次期辺境伯夫人》に相応しい者を選ばなくてはいけないのだから、誰でも良いという訳にはいかない。

わたしは《伯爵令嬢》で良かった。
生まれた時から、伯爵家を継ぐのは兄のフィリップと決まっていた為、
わたしは気兼ねなく《運命の相手》を探す事が出来た。

「ええ?」
「ちょっと!」
「やだぁ…」

そんな周囲のざわめきに顔を上げると、壁際の仮面の辺境伯が、
堂々とした歩みで、こちらに向かって来ていた。

「誰を誘うのかしら?」

周囲の令嬢たちは『色めき立つ』というよりも、『興味本位』といった感じだ。

彼が動いた事に驚きはしたが、わたしは『自分は関係無い』と思い、傍観していた。
だが、どんどんと近付いて来る…

まさか…

自分ではないか?とチラリと思ったが、直ぐに『絶対に無いわ』と打ち消した。
豪華に着飾った令嬢たちの中で、わたしは目立つ方ではない。
辺境伯が選ぶとすれば、相応の女性に決まっている。

だが、彼が歩みを止めたその場所は、わたしの正面だった___

深い碧色の目が、じっとわたしを見つめていて、反射的に息を飲んだ。
右半分を覆った銀色の仮面は、冷たい光を見せる。
直視するのは礼儀に反する為、視線を少し下げ、視線が合わない様にしたが、
重い空気を感じ、息が詰まった。
「誘いに来た」という雰囲気ではない。
わたし、彼に何かしたかしら?
話し掛けた事は勿論、目を合わせた事も無い筈だが…

「名は?」

威圧するような声に、わたしは慌てて答えた。

「デラージュ伯爵の娘、アンジェリーヌです」

緊張で声が震えた。
何を言われるのかと恐々としたが、彼は少しの沈黙の後、踵を返し、行ってしまった。
遠くなる背中に、わたしは気付かれない様に息を吐いた。

「アンジェリーヌ、大丈夫?」

カミーユとクララが心配してくれ、わたしはぎこちなくも笑みを返した。

「ええ、驚いたけど…」

一体、何だったのだろう?

「アンジェリーヌに話し掛けるとは思わなかったわね…」

「辺境伯に見初められるなんて、アンジェリーヌは凄いわぁ!」

「そんなんじゃないわよ、人違いじゃないかしら?」

名を聞いただけで去って行ったのだから、見初めるも何も無いだろう。

「当然よ!相手は辺境伯よ、アンジェリーヌなんて相手にしないわよ」

エリザベスがわたしたちの会話に割り込んで来た。
途端に、カミーユとクララは顔を顰めた。
エリザベスは格下の者に対して冷たく、傲慢な態度を取るので、二人は嫌っている。
カミーユはわたしの肩を抱き、言い返した。

「アンジェリーヌは伯爵令嬢よ?見初められてもおかしくはないわ」

対して、エリザベスは「フン」と鼻で笑った。

「伯爵令嬢であれば良いというものではなくてよ?
美人じゃないし、それにとっても地味で、大人しいでしょう?
アンジェリーヌが辺境伯に見初められるなんて、万が一にも無いわよ!」

確かに、わたしは目を惹く美人ではないし、派手なドレスよりも上品なドレスが好きだ。
主張の強い令嬢たちの中では、気後れしてしまうので、大人しいと言われるのにも頷ける。

「そういうエリザベスはぁ、辺境伯から声を掛けられたぁ?」

クララの一言に、エリザベスは化粧の濃い顔を歪めた。

「勿論、誘われたわよねぇ、エリザベス?
あなたは美人だし、孔雀の様に派手だし、慎ましくはないものねー」

カミーユが追い打ちを掛けると、エリザベスは恐ろしい顔になり、言い返した。

「私は声を掛けられない様にしているのよ!あんな変人に付き纏われたくないもの!」

叩き付ける様に言うと、ドレスのスカートを翻し、足早に去って行った。
カミーユとクララは、「負け惜しみね!」「いい気味ねぇ!」と自分たちの勝利を喜んだのだった。


その後、バシュレ辺境伯は再び壁際に戻り、静観していた。
何人かの令嬢が声を掛けに行っていたが、直ぐに離れて行った。
全く相手にしていない様だ。

それなのに…

視線を感じる。

見られているような気がする。

「まさか!自意識過剰よね?」

そんな風に考える自分自身が恥ずかしくなり、わたしは熱い頬に手を当てた。

もし、その気があるなら、ダンスに誘うなりするだろう。
壁際でただ見ているだけなら、やはり悪い意味かもしれない。

「恨まれる様な事はしていないと思うけど…」

息が詰まり、その後、パーティを楽しむ事は難しかった。

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