4 / 6
4★
しおりを挟むラザールからガエルに渡して貰う為の手紙を書いた。
【本当は、お会いしてお話すべきだと思いますが、勇気が出ず…】
【この様な形になり、申し訳ございません】
【あなたに、愛する女性がいるというのは、真実でしょうか?】
【真実であるなら、このまま、あなたを縛っておく事は出来ません】
【真実の愛を見つけられたなら、それは、喜ぶべき事ですもの…】
「わたしでない事が、残念だけど…」
【わたしと婚約して下さって、感謝しています】
【あなたが下さった幾万の親切に対し、わたしは婚約破棄を申し出る事しか出来ませんが…】
【あなたの名誉はお守りすると、お約束致します】
【愛する人と、どうか、お幸せに】
きっとガエルは、わたしの事など直ぐに忘れるだろう。
だけど、わたしは、きっと、忘れない…
白い便箋が濡れ、わたしは自分が泣いている事に気付いた。
胸が締め付けられ、いつまでも涙は止まらなかった。
◇◇
ラザールの手配した馬車がグリエ伯爵家に着いたのは、二日後の昼前だった。
わたしはラザールと示し合わせていた通り、馴染みのミュラー男爵夫人の名を出し、
「急ですが、招かれましたので、二週間程出掛けます」と執事に伝え、
「近くだから」と、侍女を連れて行く事も断った。
「ですが…お嬢様、何処かお悪いのではありませんか?」
「元気がありませんし…」
急に出掛ける事を変に思われない様、なるべく自然に振る舞ったつもりでいたが、
執事や侍女たちがわたしを見る目は、心配そうだった。
化粧で誤魔化しているが、泣き腫らした目に気付かれたのかもしれない。
それに、この二日、独りの時には、ガエルの事を考えてしまっていた。
わたしは込み上げて来るものを抑え、無理に笑みを作った。
「わたしは元気よ、調子も良いから、心配しないで。
それに、ミュラー男爵夫人は、親切な方だから___」
使用人が馬車に荷物を運び、わたしは「行ってきます」と微笑んで見せ、馬車に乗った。
馬車は景色を変え、走って行く。
だが、わたしの心は、ここには無く、ガエルの所に飛んでいた。
思い出されるのは、シュクルに見せる、優しい表情。
わたしは、シュクルを可愛がるガエルを見ているのが好きだった。
自分に向けられる愛情では無かったが、本当の彼を知る事が出来た気がしたのだ。
そして、いつか、自分もシュクルの様に…
そう、夢見ていた。
ガエルを失う___
突如、夢は破られた。
その空虚感に、わたしは何も考えられず、茫然となった。
無意識に、沈んだ胸を押さえ、カーテンの隙間から、外に目を向けた。
何か慰めがあれば良かったが、どれ程美しい景色を見たとしても、
わたしを救い出す事は難しかった。
御者は何度か休憩をし、わたしにも馬車を降りる様に勧めたが、
わたしは断り、馬車内に留まった。
陽はすっかり落ち、月明かりの中を走っていた馬車は、程なく目的の場所に辿り着いた。
ル・ブラン男爵が所有するという別邸は、森を抜けた丘の上にあり、
周囲からは完全に孤立していた。
敷地は然程広くはない、芝生は刈られているが、花壇や庭園などは無かった。
古い煉瓦造りの円塔が聳え、その半分は濃い緑色の蔦で覆われていた。
塔の一段目の窓からは、明かりが見えた。
敷地の脇には、使用人の住居だろう、小さな小屋と馬小屋があったが、
静かで灯りも見えなかった。
わたしが馬車から降りるよりも早く、御者は荷物を塔へ運び入れた。
そして、「これで失礼します」と、夜も遅いというのに、再び馬を走らせ去って行った。
「ラザール?」
わたしは開いていた扉から、中を覗いた。
幾つか置かれたランプの灯りで分かったが、ここは玄関兼、居間の様だ。
窓際にはベンチが置かれ、奥には大きな調理台や暖炉、窯が見えた。
だが、ラザールの姿は無い。
「もう、寝てしまったのかしら?」
夜も遅いので、仕方が無いと言える。
ラザールを起こしてはいけないと思い、今夜はここでやり過ごす事に決めた。
尤も、冬が近く、森の奥という事もあり、夜となれば空気は刺す様に冷たい。
わたしは自分の体を手で擦りながら、暖炉へ向かった。
だが、その時、上から何やら物音がした。
「___」
耳を澄ませる。
人が動く気配があった。
「ラザールが起きたのかしら?」
起きているなら、無事に着いた事を知らせなければいけない。
わたしはランプを持ち、隅にある階段に向かった。
冷たい石造りの螺旋階段を上がって行くと、扉が現れた。
それは、わたしを招くかの様に、半分開いている。
ラザールがわたしに用意してくれた部屋だろうか?
それとも、ラザールの部屋なのか?
「ラザール?」
わたしはランプを掲げ、扉の隙間から中を覗いた。
窓際に置かれたランプの灯りが、側の大きなベッドを浮かび上がらせていた。
外から見た時には灯りは見えなかったので、ラザールが起きたのだろうか?
だが、ベッドにも部屋にも、人の気配は無かった。
「ラザール、いないの?」
わたしはランプを置き、戸惑いつつ、中に入った。
すると、まるで見計らったかの様に、大きな音と共に扉が閉められた。
「!?」
驚きに、ビクリとし、息を飲んだ。
咄嗟に振り向こうとしたが、出来なかった。
後ろから強い力で羽交い絞めにされ、動けなかったのだ___
「ら、ラザール!?何をするの?離して___」
わたしは驚愕し、抵抗しようとした。
だが、わたしを拘束している腕は固く、ビクともしない。
それ所か、簡単に引き上げられ、抗う間も無く、ベッドに投げられた。
「キャ!!」
黒い影が覆い被さってきたかと思うと、それはわたしの唇を塞いだ。
「んん!」
乱暴な、戒めの様なキス___
わたしは悍ましさに身を震わせ、その唇から逃れようと、顔を振った。
だが、逃がさないとばかりに、強く顎を掴まれた。
「!!」
彼の舌が、わたしの口の中を乱暴に蹂躙していく。
わたしは苦しさと嫌悪感で、『早く終わって』と、ただそれだけを願っていた。
気が済んだのか、漸く唇が離された。
わたしは息苦しさに喘いだ。
「ラザールでなければ、反応しないという訳か?」
冷たい声に、ゾクリとした。
わたしは虚ろにその顔を見上げた。
「!?」
そこにあったのは、ガエルの冷やかな顔で、わたしはもう一度息を飲んだ。
そんなわたしを、ガエルは嘲る様に鼻で笑った。
「残念だが、君とラザールの計画は阻止させて貰った。
正直に話してくれていたら、寛大になったものを…君は、私を裏切る方を選んだ。
私は裏切り者を許さない、絶対にだ、これから身を持って知るといい___」
ガエルは再び乱暴に、わたしの口を塞いだ。
ガエルのキスは、いつも、頬に触れるだけのものだった。
唇にする時も、羽の様に柔らかで、夢の様なキスだった。
だが、今、しているキスからは、優しさなど、欠片も感じられなかった。
ガエルは、わたしが彼を裏切ったと言った。
ラザールの計画に乗った事で、ガエルを怒らせてしまったのだろうか?
やはり、会って話すべきだったのだ___
わたしは申し訳なさから、彼に身を委ねた。
反応せずにいると、ガエルは唇を離し、わたしの首に噛みついた。
「っ!!」
わたしの反応に満足したのか、首筋を強く吸い、わたしの胸を鷲掴んだ。
乱暴に胸を揉みしだいたかと思えば、襟元を大きく開き、胸元に噛みついた。
痛みと恐怖に、わたしは震えていた。
「彼は優しく抱いてくれたか?
だが、私は違う、君の様な女には、優しくなどなれない___」
ガエルの目には、怒りがあった。
それは恐ろしく、わたしは声も出なかった。
ガエルはわたしのドレスを引き裂き、露わになった胸に吸い付いた。
スカートの中に入って来た手は、わたしの足を撫で、這い上がってくると、
ドロワーズを引き下げ、秘部に触れた。
「ひっ!!」
わたしは反射的に、体を仰け反らせていた。
「いやぁ!止めて!触らないでぇ…」
わたしは恥ずかしさもあり、身を捩り、逃げようとしたが、
その指は容赦なく、ズプリと突き入れられた。
「っ!!」
痛みに体は硬直し、ボロボロと涙が零れる。
「それ程、遊んでいた訳ではないか…」
指が抜かれ、安堵したのも束の間で、わたしは足を掴まれ、大きく広げられた。
スカートは捲れ上がり、身を護るものは、最早何も無かった。
12
お気に入りに追加
462
あなたにおすすめの小説
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
【完結】初夜の晩からすれ違う夫婦は、ある雨の晩に心を交わす
春風由実
恋愛
公爵令嬢のリーナは、半年前に侯爵であるアーネストの元に嫁いできた。
所謂、政略結婚で、結婚式の後の義務的な初夜を終えてからは、二人は同じ邸内にありながらも顔も合わせない日々を過ごしていたのだが──
ある雨の晩に、それが一変する。
※六話で完結します。一万字に足りない短いお話。ざまぁとかありません。ただただ愛し合う夫婦の話となります。
※「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載中です。
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
頑張らない政略結婚
ひろか
恋愛
「これは政略結婚だ。私は君を愛することはないし、触れる気もない」
結婚式の直前、夫となるセルシオ様からの言葉です。
好きにしろと、君も愛人をつくれと。君も、もって言いましたわ。
ええ、好きにしますわ、私も愛する人を想い続けますわ!
五話完結、毎日更新
白い結婚は無理でした(涙)
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。
明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。
白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。
小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。
どうぞよろしくお願いいたします。
妻のち愛人。
ひろか
恋愛
五つ下のエンリは、幼馴染から夫になった。
「ねーねー、ロナぁー」
甘えん坊なエンリは子供の頃から私の後をついてまわり、結婚してからも後をついてまわり、無いはずの尻尾をブンブン振るワンコのような夫。
そんな結婚生活が四ヶ月たった私の誕生日、目の前に突きつけられたのは離縁書だった。
変装して本を読んでいたら、婚約者さまにナンパされました。髪を染めただけなのに気がつかない浮気男からは、がっつり慰謝料をせしめてやりますわ!
石河 翠
恋愛
完璧な婚約者となかなか仲良くなれないパメラ。機嫌が悪い、怒っていると誤解されがちだが、それもすべて慣れない淑女教育のせい。
ストレス解消のために下町に出かけた彼女は、そこでなぜかいないはずの婚約者に出会い、あまつさえナンパされてしまう。まさか、相手が自分の婚約者だと気づいていない?
それならばと、パメラは定期的に婚約者と下町でデートをしてやろうと企む。相手の浮気による有責で婚約を破棄し、がっぽり違約金をもらって独身生活を謳歌するために。
パメラの婚約者はパメラのことを疑うどころか、会うたびに愛をささやいてきて……。
堅苦しいことは苦手な元気いっぱいのヒロインと、ヒロインのことが大好きなちょっと腹黒なヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(作品ID261939)をお借りしています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる