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ラザールからガエルに渡して貰う為の手紙を書いた。

【本当は、お会いしてお話すべきだと思いますが、勇気が出ず…】
【この様な形になり、申し訳ございません】

【あなたに、愛する女性がいるというのは、真実でしょうか?】

【真実であるなら、このまま、あなたを縛っておく事は出来ません】
【真実の愛を見つけられたなら、それは、喜ぶべき事ですもの…】

「わたしでない事が、残念だけど…」

【わたしと婚約して下さって、感謝しています】
【あなたが下さった幾万の親切に対し、わたしは婚約破棄を申し出る事しか出来ませんが…】
【あなたの名誉はお守りすると、お約束致します】

【愛する人と、どうか、お幸せに】

きっとガエルは、わたしの事など直ぐに忘れるだろう。

だけど、わたしは、きっと、忘れない…

白い便箋が濡れ、わたしは自分が泣いている事に気付いた。
胸が締め付けられ、いつまでも涙は止まらなかった。


◇◇


ラザールの手配した馬車がグリエ伯爵家に着いたのは、二日後の昼前だった。

わたしはラザールと示し合わせていた通り、馴染みのミュラー男爵夫人の名を出し、
「急ですが、招かれましたので、二週間程出掛けます」と執事に伝え、
「近くだから」と、侍女を連れて行く事も断った。

「ですが…お嬢様、何処かお悪いのではありませんか?」
「元気がありませんし…」

急に出掛ける事を変に思われない様、なるべく自然に振る舞ったつもりでいたが、
執事や侍女たちがわたしを見る目は、心配そうだった。
化粧で誤魔化しているが、泣き腫らした目に気付かれたのかもしれない。
それに、この二日、独りの時には、ガエルの事を考えてしまっていた。
わたしは込み上げて来るものを抑え、無理に笑みを作った。

「わたしは元気よ、調子も良いから、心配しないで。
それに、ミュラー男爵夫人は、親切な方だから___」

使用人が馬車に荷物を運び、わたしは「行ってきます」と微笑んで見せ、馬車に乗った。


馬車は景色を変え、走って行く。
だが、わたしの心は、ここには無く、ガエルの所に飛んでいた。
思い出されるのは、シュクルに見せる、優しい表情。
わたしは、シュクルを可愛がるガエルを見ているのが好きだった。
自分に向けられる愛情では無かったが、本当の彼を知る事が出来た気がしたのだ。
そして、いつか、自分もシュクルの様に…
そう、夢見ていた。

ガエルを失う___

突如、夢は破られた。
その空虚感に、わたしは何も考えられず、茫然となった。

無意識に、沈んだ胸を押さえ、カーテンの隙間から、外に目を向けた。
何か慰めがあれば良かったが、どれ程美しい景色を見たとしても、
わたしを救い出す事は難しかった。


御者は何度か休憩をし、わたしにも馬車を降りる様に勧めたが、
わたしは断り、馬車内に留まった。

陽はすっかり落ち、月明かりの中を走っていた馬車は、程なく目的の場所に辿り着いた。

ル・ブラン男爵が所有するという別邸は、森を抜けた丘の上にあり、
周囲からは完全に孤立していた。
敷地は然程広くはない、芝生は刈られているが、花壇や庭園などは無かった。
古い煉瓦造りの円塔が聳え、その半分は濃い緑色の蔦で覆われていた。
塔の一段目の窓からは、明かりが見えた。
敷地の脇には、使用人の住居だろう、小さな小屋と馬小屋があったが、
静かで灯りも見えなかった。

わたしが馬車から降りるよりも早く、御者は荷物を塔へ運び入れた。
そして、「これで失礼します」と、夜も遅いというのに、再び馬を走らせ去って行った。

「ラザール?」

わたしは開いていた扉から、中を覗いた。
幾つか置かれたランプの灯りで分かったが、ここは玄関兼、居間の様だ。
窓際にはベンチが置かれ、奥には大きな調理台や暖炉、窯が見えた。
だが、ラザールの姿は無い。

「もう、寝てしまったのかしら?」

夜も遅いので、仕方が無いと言える。
ラザールを起こしてはいけないと思い、今夜はここでやり過ごす事に決めた。
尤も、冬が近く、森の奥という事もあり、夜となれば空気は刺す様に冷たい。
わたしは自分の体を手で擦りながら、暖炉へ向かった。
だが、その時、上から何やら物音がした。

「___」

耳を澄ませる。
人が動く気配があった。

「ラザールが起きたのかしら?」

起きているなら、無事に着いた事を知らせなければいけない。
わたしはランプを持ち、隅にある階段に向かった。
冷たい石造りの螺旋階段を上がって行くと、扉が現れた。
それは、わたしを招くかの様に、半分開いている。

ラザールがわたしに用意してくれた部屋だろうか?
それとも、ラザールの部屋なのか?

「ラザール?」

わたしはランプを掲げ、扉の隙間から中を覗いた。
窓際に置かれたランプの灯りが、側の大きなベッドを浮かび上がらせていた。
外から見た時には灯りは見えなかったので、ラザールが起きたのだろうか?
だが、ベッドにも部屋にも、人の気配は無かった。

「ラザール、いないの?」

わたしはランプを置き、戸惑いつつ、中に入った。
すると、まるで見計らったかの様に、大きな音と共に扉が閉められた。

「!?」

驚きに、ビクリとし、息を飲んだ。
咄嗟に振り向こうとしたが、出来なかった。
後ろから強い力で羽交い絞めにされ、動けなかったのだ___

「ら、ラザール!?何をするの?離して___」

わたしは驚愕し、抵抗しようとした。
だが、わたしを拘束している腕は固く、ビクともしない。
それ所か、簡単に引き上げられ、抗う間も無く、ベッドに投げられた。

「キャ!!」

黒い影が覆い被さってきたかと思うと、それはわたしの唇を塞いだ。

「んん!」

乱暴な、戒めの様なキス___

わたしは悍ましさに身を震わせ、その唇から逃れようと、顔を振った。
だが、逃がさないとばかりに、強く顎を掴まれた。

「!!」

彼の舌が、わたしの口の中を乱暴に蹂躙していく。
わたしは苦しさと嫌悪感で、『早く終わって』と、ただそれだけを願っていた。

気が済んだのか、漸く唇が離された。
わたしは息苦しさに喘いだ。

「ラザールでなければ、反応しないという訳か?」

冷たい声に、ゾクリとした。
わたしは虚ろにその顔を見上げた。

「!?」

そこにあったのは、ガエルの冷やかな顔で、わたしはもう一度息を飲んだ。
そんなわたしを、ガエルは嘲る様に鼻で笑った。

「残念だが、君とラザールの計画は阻止させて貰った。
正直に話してくれていたら、寛大になったものを…君は、私を裏切る方を選んだ。
私は裏切り者を許さない、絶対にだ、これから身を持って知るといい___」

ガエルは再び乱暴に、わたしの口を塞いだ。

ガエルのキスは、いつも、頬に触れるだけのものだった。
唇にする時も、羽の様に柔らかで、夢の様なキスだった。

だが、今、しているキスからは、優しさなど、欠片も感じられなかった。

ガエルは、わたしが彼を裏切ったと言った。
ラザールの計画に乗った事で、ガエルを怒らせてしまったのだろうか?
やはり、会って話すべきだったのだ___

わたしは申し訳なさから、彼に身を委ねた。
反応せずにいると、ガエルは唇を離し、わたしの首に噛みついた。

「っ!!」

わたしの反応に満足したのか、首筋を強く吸い、わたしの胸を鷲掴んだ。
乱暴に胸を揉みしだいたかと思えば、襟元を大きく開き、胸元に噛みついた。
痛みと恐怖に、わたしは震えていた。

「彼は優しく抱いてくれたか?
だが、私は違う、君の様な女には、優しくなどなれない___」

ガエルの目には、怒りがあった。
それは恐ろしく、わたしは声も出なかった。

ガエルはわたしのドレスを引き裂き、露わになった胸に吸い付いた。
スカートの中に入って来た手は、わたしの足を撫で、這い上がってくると、
ドロワーズを引き下げ、秘部に触れた。

「ひっ!!」

わたしは反射的に、体を仰け反らせていた。

「いやぁ!止めて!触らないでぇ…」

わたしは恥ずかしさもあり、身を捩り、逃げようとしたが、
その指は容赦なく、ズプリと突き入れられた。

「っ!!」

痛みに体は硬直し、ボロボロと涙が零れる。

「それ程、遊んでいた訳ではないか…」

指が抜かれ、安堵したのも束の間で、わたしは足を掴まれ、大きく広げられた。
スカートは捲れ上がり、身を護るものは、最早何も無かった。

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