【完結】婚約破棄を待つ頃

白雨 音

文字の大きさ
上 下
1 / 6

しおりを挟む

わたしは、シュゼット=グリエ。
由緒ある、グリエ伯爵家に生まれた。

幼い頃は体が弱く、よく熱を出し、寝込む事も珍しくはなかった。
主治医からも、「十歳まで生きられたら良い方でしょう」と言われていた為、
両親は何とかしてわたしを生かそうと尽力した。

滋養に良いと聞いたものは、何でも取り寄せた。
それは、果実や豆類等、見た目に分かる物なら良い方で、
多くの物は、《何か》は聞かされず、擦り潰されたのか…
奇妙な風味と色味のスープとなり、出されるのだった。
生理的に受け付けず、幼い頃は泣いて嫌がっていたが、
成長する内に状況も分かってくるもので、両親に対し申し訳ない気持ちもあり、
出された物は黙って食べる様になっていた。

薬も、その時々で変わり、苦く飲み難い薬だったものが、
ある時から、怪しい匂いを放つ様になり、毒々しい色のもの、粘り気を帯びたもの…
恐ろしく、口に入れる事さえ難しい時もあった。

五歳年上の兄は、《滋養に良い物》の正体を知っていたらしく、
わたしを気の毒に思っていた様だ。
それでか、兄は両親が幾らわたしに構おうとも、妬いたりはしなかった。

両親のお陰もあり、わたしは無事に十歳を超える事が出来た。
それから、徐々に体は丈夫になっていった。
十六歳になる頃には、熱が出る事も少なくなり、ベッドで過ごす事も無くなっていた。
庭園を散歩する事が日課となり、お気に入りの場所にベンチを置いた。
ピアノも、これまでは疲れるので長時間弾く事は出来なかったが、
一時間は弾けるまでになった。
美術館や資料館、図書館等へ連れて行って貰えるようにもなった。
わたしはすっかり、他の子たちと同じになれたつもりでいたが、
両親にとってはまだまだ心配の様で、わたしが何をしていても、良い顔はしなかった。

そんな両親が変わったのは、わたしが十八歳を迎えた時だ。

「シュゼット、おまえにパーティの誘いが来ている。
おまえも十八歳だ、行ってみなさい___」

貴族のパーティは、名家の者たちが交流する場だが、
未婚の男女にとっては、結婚相手を探す場でもある。
これまで、両親がわたしに結婚の話をした事は無かったので、驚いた。
「もう大人だ」と言われている様で、うれしい気持ちと突然手を離される寂しさとで、
綯い交ぜになったが、両親をガッカリさせてはいけないと、わたしはなるべく自然に
「はい」と頷いた。
思った通り、父は安堵の表情を見せ、母は嬉々として自分の計画を話した。

わたしはこれまで、親族が集まるささやかなパーティにしか、出た事が無い。
それも、年に一度、出席出来れば良い方だ。
わたしが恥を掻かない様、母は教育係を付けてくれた。
それから、母の好みをふんだんに盛り込んだ、華やかなドレスが作られた。


二月後、わたしは真新しいドレスに身を包み、エスコート役の兄に連れられ、
初めてのパーティに赴いた。

侯爵家のパーティともあり、会場となった館の大ホールは、豪華絢爛で、
人が大勢集まり、賑やかで華やいでいた。
まるで別世界だわ___
不安と緊張で喉元が締め付けられ、お呼び腰になったが、
兄のジェイドは平然と足を進め、わたしを中に連れて行った。

侯爵に挨拶に行き、兄がわたしを紹介していた時も、わたしは圧倒され、
ぼんやりしていた。
足元がフワフワしている。
そんな様子に、兄も気付いた様だ。

「シュゼット、大丈夫か?挨拶もしたし、向こうで少し休もう…」

兄はわたしを壁際の椅子へ促すと、「水を取って来るよ」と行ってしまった。
わたしは椅子に座り、漸く一息吐く。

慣れていないだけ、慣れれば大丈夫…

自分に言い聞かせていた時だ、一人のふくよかな初老の婦人が
おぼつかない足取りで歩いて来たかと思うと、隣の椅子に倒れ込む様に、ドスンと座った。
息が荒く、酷く疲れた様子だ。

「どこかお悪いのではありませんか?人をお呼びしましょうか?」
「少し、動いたら、動悸が酷くてね…休めば大丈夫よ」

赤い顔で汗を流している様子から、とても平気とは思えなかった。
人を呼ぼうと周囲を見ていると、兄がグラスを手に戻って来た。

「ああ、お兄様!良かった…」

わたしは立ち上がり、グラスを受け取ると、婦人の口に近付けた。

「お水です、飲めば気分が良くなるかもしれません」
「ありがとう…」

婦人は少し口を付けた。
わたしはハンカチを取り出し、婦人の額に当てた。
それから、目で兄に合図する。
兄は直ぐに人を呼び、婦人を別室に運ぶのにも手を貸していた。
直ぐに医師も駆けつけ、お付きの人も来た為、わたしと兄は会場に戻った。

わたしは婦人の事が気になり、パーティに集中出来ずにいたが、
代わりに、緊張や不安からは解き放たれた。
最初は兄が踊ってくれ、その後は何人か知らない男性と踊ったが、記憶はぼんやりとしている。
兄嫁ダイアナの弟、ラザールに誘われ、踊った事は覚えている。

「シュゼット、僕を覚えているかい?」

明るい茶色の目が、からかう様にわたしを見る。
ラザールとは、前年の結婚式の際に会っていて、その時も良く話し掛けてくれた。
わたしとは年も近く、明るく社交的で感じも良かった。

「はい、ラザールでしょう、この様な所でお会いするなんて、驚きました」

「僕もだよ!覚えてくれていて、うれしいな!
義兄と来たの?今度からは僕がエスコートしてあげるよ」

ラザールが調子良く言うのを、わたしは社交辞令だろうと流していた。
誰が好き好んで、お荷物を引き受けたがるだろう?
ジェイドも兄だから、エスコート役をしてくれたのだ___


◇◇


初めてのパーティから一月後、あの初老の婦人が、グリエ伯爵家を訪ねて来た。

彼女は、ライサ=フォンテーヌ卿夫人。
立派な馬車に乗って来た事、お付きの人や、その上等な装いからも、
名のある人だという事が分かった。

ライサはパーティの時とは違い、肌は血色が良く、張りと艶があり、
その灰色の目には光があった。

「あなた方のお陰で、命拾いをしましたよ、シュゼット、ジェイド、感謝します」

ライサはふくよかな顔に、優しい笑みを浮かべた。
人を安心させる笑みだ。
わたしもすっかり心を許し、お喋りとお茶を楽しんだ。

「あなたはとても良い娘ね、シュゼット。
あなたに紹介したい人がいるのだけど、会って貰えるかしら?」

天気の話をするかの様に、自然だった為、
わたしは何も考えずに、「はい、喜んで」と答えていた。
ライサはにこやかな笑みを残し、帰って行った。


それから二週間後、ライサからわたし宛に、招待状が送られてきた。
それは、ライサの別邸に、一週間招くというものだった。

ライサを助けたのは兄も同じなのに、わたしだけが招かれて良いものかと気が引けたが、
両親は乗り気だった。
どうやら、両親宛には別の手紙が届いていた様だ。

「ジェイドは忙しいから、遊んではいられないさ、気にせずに行って来なさい」
「良かったわね!きっと、良い出会いがあるわよ、シュゼット!」

両親の後押しもあり、程なく、わたしは気心の知れた侍女マノンを連れ、
ライサの別邸へと旅立った。
マノンはわたしと年も近く、「旅行が出来る!」と無邪気に喜んでいた。


馬車で三日旅をし、湖畔に建つ別邸に辿り着いた。
湖は美しく、光を受けて水面がキラキラと輝いていた。
遠くにはうっすらと青み掛かった山脈が続き、緑の濃い森林も見える。
長閑な景観に、わたしは深く息を吸った。
ひんやりとした空気が肺に入り、浄化していく。

「素敵な所ね、まるで絵画みたい…」
「ええ!町とは全然、違いますね!」

別邸は然程大きくはない、暗色の石造りで、窓辺に置かれた彩豊な花たちが映える。
前庭も花が多く、咲き乱れていた。

「夢の家だわ…」

うっとりとしていると、執事が迎えに現れた。

「どうぞ、こちらです」

通されたパーラーには、ライサの姿があった。
ソファの椅子に、体を埋める様に座っていた彼女は、
わたしに気付くと立ち上がり、にこやかに迎えてくれた。

「良く来てくれましたね、シュゼット」
「お招き下さり、ありがとうございます、ライサ夫人」
「自分の家と思って、寛いでね、後で案内しますけど、まずは、お茶にしましょう___」


わたしは広い敷地を散策し、花の世話や果実の収穫を手伝い過ごした。
別邸にはピアノもあり、弾かせて貰った。
ライサは手放しで褒めてくれた。
それから、一緒に編み物をした。

「シュゼットは編み物も上手なのね、感心だわ」

「わたしは幼い頃、体が弱く、ベッドで過ごす事が多かったので、
本を読んだり、編み物をする事しか出来なくて…」

「本を読む事も、編み物も大事な事よ、本当に手慣れているわ」

ライサは穏やかで、わたしを肯定してくれる。
何処か祖母を思い出させ、わたしは居心地の良さを感じていた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄される令嬢は最後に情けを求め

かべうち右近
恋愛
「婚約を解消しよう」 いつも通りのお茶会で、婚約者のディルク・マイスナーに婚約破棄を申し出られたユーディット。 彼に嫌われていることがわかっていたから、仕方ないと受け入れながらも、ユーディットは最後のお願いをディルクにする。 「私を、抱いてください」 だめでもともとのその申し出を、何とディルクは受け入れてくれて……。 婚約破棄から始まるハピエンの短編です。 この小説はムーンライトノベルズ、アルファポリス同時投稿です。

声を取り戻した金糸雀は空の青を知る

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
「大切なご令嬢なので、心して接するように」 7年ぶりに王宮へ呼ばれ、近衛隊長からそう耳打ちされた私、エスファニア。 国王陛下が自ら王宮に招いたご令嬢リュエンシーナ様との日々が始まりました。 ですが、それは私に思ってもみなかった変化を起こすのです。 こちらのお話には同じ主人公の作品 「恋だの愛だのそんなものは幻だよ〜やさぐれ女騎士の結婚※一話追加」があります。 (本作より数年前のお話になります) もちろん両方お読みいただければ嬉しいですが、話はそれぞれ完結しておりますので、 本作のみでもお読みいただけます。 ※この小説は小説家になろうさんでも公開中です。 初投稿です。拙い作品ですが、空よりも広い心でお読みいただけると幸いです。

【完結】夢見たものは…

伽羅
恋愛
公爵令嬢であるリリアーナは王太子アロイスが好きだったが、彼は恋愛関係にあった伯爵令嬢ルイーズを選んだ。 アロイスを諦めきれないまま、家の為に何処かに嫁がされるのを覚悟していたが、何故か父親はそれをしなかった。 そんな父親を訝しく思っていたが、アロイスの結婚から三年後、父親がある行動に出た。 「みそっかす銀狐(シルバーフォックス)、家族を探す旅に出る」で出てきたガヴェニャック王国の国王の側妃リリアーナの話を掘り下げてみました。 ハッピーエンドではありません。

国王陛下は愛する幼馴染との距離をつめられない

迷い人
恋愛
20歳になっても未だ婚約者どころか恋人すらいない国王ダリオ。 「陛下は、同性しか愛せないのでは?」 そんな噂が世間に広がるが、王宮にいる全ての人間、貴族と呼ばれる人間達は真実を知っていた。 ダリオが、幼馴染で、学友で、秘書で、護衛どころか暗殺までしちゃう、自称お姉ちゃんな公爵令嬢ヨナのことが幼い頃から好きだと言うことを。

愛されていないはずの婚約者に「貴方に愛されることなど望んでいませんわ」と申し上げたら溺愛されました

海咲雪
恋愛
「セレア、もう一度言う。私はセレアを愛している」 「どうやら、私の愛は伝わっていなかったらしい。これからは思う存分セレアを愛でることにしよう」 「他の男を愛することは婚約者の私が一切認めない。君が愛を注いでいいのも愛を注がれていいのも私だけだ」 貴方が愛しているのはあの男爵令嬢でしょう・・・? 何故、私を愛するふりをするのですか? [登場人物] セレア・シャルロット・・・伯爵令嬢。ノア・ヴィアーズの婚約者。ノアのことを建前ではなく本当に愛している。  × ノア・ヴィアーズ・・・王族。セレア・シャルロットの婚約者。 リア・セルナード・・・男爵令嬢。ノア・ヴィアーズと恋仲であると噂が立っている。 アレン・シールベルト・・・伯爵家の一人息子。セレアとは幼い頃から仲が良い友達。実はセレアのことを・・・?

愛する旦那様が妻(わたし)の嫁ぎ先を探しています。でも、離縁なんてしてあげません。

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
【清い関係のまま結婚して十年……彼は私を別の男へと引き渡す】 幼い頃、大国の国王へ献上品として連れて来られリゼット。だが余りに幼く扱いに困った国王は末の弟のクロヴィスに下賜した。その為、王弟クロヴィスと結婚をする事になったリゼット。歳の差が9歳とあり、旦那のクロヴィスとは夫婦と言うよりは歳の離れた仲の良い兄妹の様に過ごして来た。 そんな中、結婚から10年が経ちリゼットが15歳という結婚適齢期に差し掛かると、クロヴィスはリゼットの嫁ぎ先を探し始めた。すると社交界は、その噂で持ちきりとなり必然的にリゼットの耳にも入る事となった。噂を聞いたリゼットはショックを受ける。 クロヴィスはリゼットの幸せの為だと話すが、リゼットは大好きなクロヴィスと離れたくなくて……。

でもそれは、ネズミじゃなくてクマなんだけどな。

夏八木アオ
恋愛
手紙でしかやり取りしていなかった婚約者に「他に好きな人ができた」と言って婚約破棄を伝えたら、片想い相手の騎士に夜這いされそうになった伯爵令嬢のお話です。 ※ムーンライトノベルズ掲載済み

王宮勤めにも色々ありまして

あとさん♪
恋愛
スカーレット・フォン・ファルケは王太子の婚約者の専属護衛の近衛騎士だ。 そんな彼女の元婚約者が、園遊会で見知らぬ女性に絡んでる·····? おいおい、と思っていたら彼女の護衛対象である公爵令嬢が自らあの馬鹿野郎に近づいて····· 危険です!私の後ろに! ·····あ、あれぇ? ※シャティエル王国シリーズ2作目! ※拙作『相互理解は難しい(略)』の2人が出ます。 ※小説家になろうにも投稿しております。

処理中です...