【完結】結婚しても片想い

白雨 音

文字の大きさ
上 下
12 / 15

12

しおりを挟む
「お早うございます___」

ランメルトが起き上がり、ベッドから出た所で、わたしは声を掛けた。
彼はわたしが寝ていると思っていたらしく、ビクリとし足を止めた。
顔だけで振り返り、「おはよう」小さく返すと寝室を出て行った。

初めて、挨拶を交わしたわ!

わたしは自分の目論見が成功した事に驚き、そして、飛び上がる程に歓喜した。

実の所、わたしは眠れない夜を過ごす中で、一つの結論に至っていた。

ランメルトは姉を愛しているが、彼の想いが叶う事は、永遠に無い。
その事にランメルトも気付いている。
それならば、わたしが遠慮する必要は無い___

ランメルトを愛そう。

奇しくも、わたしはそれが許される立場にある。
ランメルトにとっては迷惑かもしれないが、彼が少しでもわたしを好きになってくれたら、
傷付いた心も少しは癒されるのではないか?

これまで、ランメルトと顔を合わせるのは、夜、就寝の時だけだった。

もっと、二人の時間を持とう___


◇◇


姉の事がある前、わたしが姉に会いに王宮に上がった際には、
ランメルトはいつも顔を見せてくれたし、一緒にお茶をする事も多かった、
呼ばなかった時には後々文句を言う程だった。
それを考えれば、一緒にお茶をする時間位はある筈だ。

わたしはお茶の時間に、ランメルトが公務を行っている部屋を訪ねた。

「ランメルト様、一緒に、お茶を頂いてもよろしいでしょうか?」

こんな事は初めてだったので、部屋を護っている衛兵、部屋にいた側近たちも、
声には出さないが驚いた顔をした。
尤も、ランメルト自身は、冷ややかにわたしを見て、「いいだろう」と頷いただけだった。

お茶と菓子が運ばれて来ると、側近たちは気を利かせ、部屋を出て行った。
二人きりになると、わたしは急に緊張してきた。
結婚して以来、こんな風に会うのは初めての事で、
意識する程に顔は熱くなり、胸の鼓動は煩い程高鳴った。

ランメルトはあまりわたしの方は見ず、紅茶のカップを手に取ると、
「何かあったのか?」と素っ気なく聞いた。

「いえ、ただ、独りは寂しいので、お茶だけでもご一緒にしたいと思い…」

口実は考えておらず、わたしは浮かんだ事を言った。

「同情しているなら、そんな必要はない」

自尊心を傷つけてしまっただろうか?

「同情ではありません、ただ、わたしたちは夫婦なのですから…
せめて、友の様になれないでしょうか?」

あの頃の様に、兄妹の様に___

「もし、ランメルト様がお嫌でなければ…」

嫌だと言われたら、酷く落ち込むだろう。
余計な一言を付け加えてしまったと後悔していた所、意外な言葉が返ってきた。

「嫌なのは君の方だろう」

「わたしが?どうしてですか?」

思わず目を丸くしていた。

ずっと、恋していた人とこんな形ではあるが、結婚出来た。
一緒に過ごせるなら、それを望みこそすれ、嫌う筈がない。

「私は君から愛おしい人を奪った、嫌われて当然だ」

《愛おしい人》、わたしの頭に浮かんだのは《姉》だった。

奪ったなんて…
どうしてそんな事を?
まさか、お姉様を陵辱したのは、ランメルト様なの___!?

わたしは愕然とし、ランメルトを見つめた。
ランメルトは「ふっ」と笑った。

「無理にこんな事をしなくてもいい、私も分かっている。
君は私に優しくする必要はない、私も君を愛さない、それが、私なりの贖罪だと思っている。
だが、これまでの態度は改めよう、君に対し、あまりに酷い態度だった。
君を避ける為には仕方がなかったんだ…すまない、シャルリーヌ」

わたしは理解が追い付かなかった。
ランメルトは《姉》への贖罪の為に、わたしと距離を置こうとしていた?
どうして、それが贖罪になるのだろう?

姉を陵辱した者は憎いし、許せない。
だけど、ランメルトならば…

「わたしは嫌いになんてなりません!あなたの気持ちは痛い程に分かります!
愛する者を奪われ、裏切られたと知れば、我を忘れる事もあります…
そんなに、ご自分を責めないで下さい…
ランメルト様が本当に後悔しているなら、お姉様も許して下さいますわ!
もし、許されなくても、一生掛かっても、わたしはランメルト様と一緒に、
お姉様に謝罪します___」

ランメルトはわたしを見たが、何処か茫然としている様に見えた。

「私と一緒に謝る?」

「す、すみません!差し出がましい事を申しました!」

わたしは我に返り、深く頭を下げた。

「いや…だが、グレースとクレモンの事は、君には関係無い事だ、君が謝る事は何もない」

「わ、分かっています!ですが、わたしはランメルト様の妃です、罪は共に償うべきかと…」

「君と結婚する前の事だ、それに、謝った所で今となっては…」

「無駄ではありません、姉は正気を失ってはいますが、時々、反応する事があります。
心からの言葉であれば、お姉様にも届くと思います。
ただ、興奮させてはいけませんけど…」

「知らなかった、そんな報告は受けていない」

「クレモンは知りません、部屋に入れて貰えませんし…」

「ならば、クレモンをグレースに会わせてやって欲しい!
グレースを救えるのはクレモンだけだ!」

ランメルトの菫色の目が強い光を見せる。
それは、以前のランメルトを思い起こさせた。

「そうしたいのですが…姉がどんな態度を取るか分からなくて…
クレモンの名を出すと、あの事を思い出し、酷く興奮して…
自傷してしまうのではないかと、怖いんです…」

「あの事?何の事だ?」

ランメルトに聞かれ、わたしは「え?」と彼を見た。

「それは、ランメルト様がお姉様になさった事です…お分かりでしょう?」

「私がグレースにした事は、クレモンと想い合っている事を知っていて、無視した事だ。
婚約を解消し、グレースを自由にする事も出来たのに、私は自分の欲を優先した…
グレースが事故に遭うと分かっていれば…」

ランメルトの顔には苦悶が浮かぶが…

「それだけですか?」

わたしは思わず聞いていた。

「君が考えていた事と違うみたいだが、《あの事》というのは何だ?
物騒な事を言っていたな、それでは、グレースは自害しかけたというのか?」

怖い顔で詰め寄られ、わたしは顔色を失っていた。
余計な事を言ってしまった!

「すみません、わたしの勘違いです!
長くなりましたので、わたしはこれで___」

わたしは慌てて部屋を出ていた。


後で追及を受けるのではないかと、色々と言い訳を考えていたが、
結局、ランメルトから追及される事は無かった。

その夜、ランメルトはわたしを抱く事はなく、ただ…

「手を繋いでもいいか?」

わたしの指に自分の指を絡め、眠りについていた。
彼の纏う空気が柔らかい気がし、わたしは少し安堵したのだった。


◇◇


ランメルトと話し、わたしの中の彼への疑いは完全に晴れた。
姉と会った後、彼が怒っていたという証言の真意は分からなかったが、然程重要でもない気がした。

姉を陵辱した者は誰なのか___

糸口は掴めず、わたしはもう一度、大司教に話を聞いてみる事にした。

丁度、月に一度、王宮で開かれる晩餐会が間近に迫っている。
大司教は毎回招かれていて、晩餐の前に宮殿を周り、皆に声を掛け、悩みを聞くという。
わたしはその時を狙い、大司教に会う事にした。


その日、わたしは大司教に会う為、一階の回廊に潜み、
王宮に入って来る招待客たちを見張っていた。

大司教は二人の修道女を連れ、宮殿に入って来た。
わたしはその場を離れ、大司教の後を追った。
大司教は臣下や使用人たちから挨拶をされ、それに丁寧に応えている。
その姿は正に、聖人に見えた。

大司教様ならば、きっと、助けになって下さるわ___!
そんな気がし、わたしは意を決し、声を掛けていた。

「大司教様___」

わたしの声に、大司教と修道女たちが足を止め、振り返った。
ふと、修道女の一人が、大神殿を訪ねた際に目が合った、若い修道女だという事に気付いた。
彼女の顔に表情はなく、何処か暗く見えた。
わたしは微笑み掛けたが、彼女は直ぐに視線を下げた。

「これはこれは、王子妃様」

「大司教様にご相談したい事があります、わたしにお時間を頂けないでしょうか?」

「構いませんよ、あちらにしましょう…」

大司教は慣れているのか、空いている部屋を知っていた。
わたしは通りすがりのメイドを呼び止め、お茶を運ぶ様に頼んだ。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

届かぬ温もり

HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった····· ◆◇◆◇◆◇◆ 読んでくださり感謝いたします。 すべてフィクションです。不快に思われた方は読むのを止めて下さい。 ゆっくり更新していきます。 誤字脱字も見つけ次第直していきます。 よろしくお願いします。

寡黙な貴方は今も彼女を想う

MOMO-tank
恋愛
婚約者以外の女性に夢中になり、婚約者を蔑ろにしたうえ婚約破棄した。 ーーそんな過去を持つ私の旦那様は、今もなお後悔し続け、元婚約者を想っている。 シドニーは王宮で側妃付きの侍女として働く18歳の子爵令嬢。見た目が色っぽいシドニーは文官にしつこくされているところを眼光鋭い年上の騎士に助けられる。その男性とは辺境で騎士として12年、数々の武勲をあげ一代限りの男爵位を授かったクライブ・ノックスだった。二人はこの時を境に会えば挨拶を交わすようになり、いつしか婚約話が持ち上がり結婚する。 言葉少ないながらも彼の優しさに幸せを感じていたある日、クライブの元婚約者で現在は未亡人となった美しく儚げなステラ・コンウォール前伯爵夫人と夜会で再会する。 ※設定はゆるいです。 ※溺愛タグ追加しました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

大好きなあなたを忘れる方法

山田ランチ
恋愛
あらすじ  王子と婚約関係にある侯爵令嬢のメリベルは、訳あってずっと秘密の婚約者のままにされていた。学園へ入学してすぐ、メリベルの魔廻が(魔術を使う為の魔素を貯めておく器官)が限界を向かえようとしている事に気が付いた大魔術師は、魔廻を小さくする事を提案する。その方法は、魔素が好むという悲しい記憶を失くしていくものだった。悲しい記憶を引っ張り出しては消していくという日々を過ごすうち、徐々に王子との記憶を失くしていくメリベル。そんな中、魔廻を奪う謎の者達に大魔術師とメリベルが襲われてしまう。  魔廻を奪おうとする者達は何者なのか。王子との婚約が隠されている訳と、重大な秘密を抱える大魔術師の正体が、メリベルの記憶に導かれ、やがて世界の始まりへと繋がっていく。 登場人物 ・メリベル・アークトュラス 17歳、アークトゥラス侯爵の一人娘。ジャスパーの婚約者。 ・ジャスパー・オリオン 17歳、第一王子。メリベルの婚約者。 ・イーライ 学園の園芸員。 クレイシー・クレリック 17歳、クレリック侯爵の一人娘。 ・リーヴァイ・ブルーマー 18歳、ブルーマー子爵家の嫡男でジャスパーの側近。 ・アイザック・スチュアート 17歳、スチュアート侯爵の嫡男でジャスパーの側近。 ・ノア・ワード 18歳、ワード騎士団長の息子でジャスパーの従騎士。 ・シア・ガイザー 17歳、ガイザー男爵の娘でメリベルの友人。 ・マイロ 17歳、メリベルの友人。 魔素→世界に漂っている物質。触れれば精神を侵され、生き物は主に凶暴化し魔獣となる。 魔廻→体内にある魔廻(まかい)と呼ばれる器官、魔素を取り込み貯める事が出来る。魔術師はこの器官がある事が必須。 ソル神とルナ神→太陽と月の男女神が魔素で満ちた混沌の大地に現れ、世界を二つに分けて浄化した。ソル神は昼間を、ルナ神は夜を受け持った。

【完結】捨ててください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。 でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。 分かっている。 貴方は私の事を愛していない。 私は貴方の側にいるだけで良かったのに。 貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。 もういいの。 ありがとう貴方。 もう私の事は、、、 捨ててください。 続編投稿しました。 初回完結6月25日 第2回目完結7月18日

【完結】愛しき冷血宰相へ別れの挨拶を

川上桃園
恋愛
「どうかもう私のことはお忘れください。閣下の幸せを、遠くから見守っております」  とある国で、宰相閣下が結婚するという新聞記事が出た。  これを見た地方官吏のコーデリアは突如、王都へ旅立った。亡き兄の友人であり、年上の想い人でもある「彼」に別れを告げるために。  だが目当ての宰相邸では使用人に追い返されて途方に暮れる。そこに出くわしたのは、彼と結婚するという噂の美しき令嬢の姿だった――。  これは、冷血宰相と呼ばれた彼の結婚を巡る、恋のから騒ぎ。最後はハッピーエンドで終わるめでたしめでたしのお話です。 第22回書き出し祭り参加作品 2025.1.26 女性向けホトラン1位ありがとうございます 2025.2.14 後日談を投稿しました

出世のために結婚した夫から「好きな人ができたから別れてほしい」と言われたのですが~その好きな人って変装したわたしでは?

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
古代魔法を専門とする魔法研究者のアンヌッカは、家族と研究所を守るために軍人のライオネルと結婚をする。 ライオネルもまた昇進のために結婚をしなければならず、国王からの命令ということもあり結婚を渋々と引き受ける。 しかし、愛のない結婚をした二人は結婚式当日すら顔を合わせることなく、そのまま離れて暮らすこととなった。 ある日、アンヌッカの父が所長を務める魔法研究所に軍から古代文字で書かれた魔導書の解読依頼が届く。 それは禁帯本で持ち出し不可のため、軍施設に研究者を派遣してほしいという依頼だ。 この依頼に対応できるのは研究所のなかでもアンヌッカしかいない。 しかし軍人の妻が軍に派遣されて働くというのは体裁が悪いし何よりも会ったことのない夫が反対するかもしれない。 そう思ったアンヌッカたちは、アンヌッカを親戚の娘のカタリーナとして軍に送り込んだ――。 素性を隠したまま働く妻に、知らぬ間に惹かれていく(恋愛にはぽんこつ)夫とのラブコメディ。

夫は私を愛してくれない

はくまいキャベツ
恋愛
「今までお世話になりました」 「…ああ。ご苦労様」 彼はまるで長年勤めて退職する部下を労うかのように、妻である私にそう言った。いや、妻で“あった”私に。 二十数年間すれ違い続けた夫婦が別れを決めて、もう一度向き合う話。

処理中です...