上 下
18 / 20
本章

16

しおりを挟む

「ルーシーの言う通りだな、証拠が無ければ、幾らでも言い逃れが出来る」

ウイリアムの言葉に、わたしは「え?」と振り返った。
ウイリアムはオリヴィアが犯人でも、おかしくないと思っているのだろうか?
まさか…
二人は上手くいっているのだもの…
きっと、オリヴィア犯人説は、最初から頭には無いのよ…

「何だか怖い話…ウイリアム様、踊って頂けますか?」

サマーが場の空気を変える様に言い、ウイリアムもそれに習った。
ウイリアムがサマーの手を引き、ダンスフロアに向かうのを、わたしは横目で見ていた。

「あたし、自分が恥ずかしいわ…」

エイプリルはまだ落ち込んでいる様だ。
わたしはエイプリルにそっと囁いた。

「わたしも考えは同じよ、でも、ウイリアム様が言った通り…
言い逃れられたら、あなたの身が危なくなる…」

「ルーシー様…」

エイプリルが目を潤ませる。
わたしはエイプリルの肩を擦り、近くのザカリーを呼んだ。

「ザカリー様、エイプリルをダンスに誘って!」

その方がウイリアムの側に行けると思ったのか、ザカリーはあっさりと、エイプリルを連れて行った。
わたしは四人が踊るのを遠目に眺め、静かに呼吸を繰り返した。

わたしはそれとなく、オリヴィアたちを探した。
オリヴィア、ベリンダ、マーベルは三人一緒にいる。
そして、こちらをチラチラと伺っている___

来るなら、今にして!
わたしが独りでいる時に…

わたしは願っていたが、結局、マーベルは近付いて来なかった。
マーベルも、前の時のわたしと同様に、毒を盛る事に躊躇しているのだろうか?

あんなに意地悪なのに?
わたしの頭を踏み付けた事は、今でも鮮明に思い出せる。
とても信じられないが、《命を奪う》という事は、それ程のものかもしれない…

そう言えば…

わたしは今更ながらに、《それ》を思い出した。

前の時、わたしは毒を使う事が出来なかった。
だが、エイプリルは死んでしまった。
当然だが、《誰か》が毒を盛ったのだ。

わたしはこれまで、実行犯は、マーベルかベリンダだと思っていた。

だけど、それでは、少し変だ…


「あー!楽しかったー!ルーシー様も踊れば良かったのに!」

明るいサマーの声で、わたしは我に返った。
いつの間にか、曲は終わり、違う曲が始まっていた。
サマーとエイプリルが、顔を紅潮させて戻って来た。
ウイリアムとザカリーの姿は見えない。
どうせ、女子生徒たちに囲まれているのだろう…
戻って来なかった事に落胆したが、それを隠して、二人に笑顔を向けた。

「二人共、楽しかった?」

「はい!ウイリアム様と踊れるなんて!夢みたいです!」

サマーの目は活き活きとしている。
相手は王子様だものね…
普通であれば、声も掛けられない存在だ。

「あたしも楽しかったです!
ザカリー様が、あんなにダンスがお上手なんて…驚きました」

エイプリルは心底驚いている様だが、若干、ザカリーに失礼な気がし、
わたしは笑って流しておいた。

「ルーシー様!エイプリル!飲み物はどう?喉乾いたでしょう!」

サマーが銀のトレイに飲み物を取って来た。
三つのグラスには、同じピンク色の果実水が注がれている。
綺麗で、つい、手が伸びそうになる。

「どうしたの、二人共?」

サマーがグラスの一つを手に取り、一気に飲み干した。
彼女の白い喉の動きを見つめつつ、わたしの頭にはある疑惑が浮かんだ。

わたしは、実行犯はマーベル、若しくはベリンダだと思っていた。
だが、エイプリルは、彼女たちがオリヴィアの取り巻きだと知っている。
知っていて、飲み物を受け取るだろうか?

仲直りとか、体の良い言葉を使うか、脅すか、したかもしれないけど…
それなら、飲むにしても少量ではないか?

もし、サマーからなら、エイプリルは疑わずにそれを飲むのではないか…

「あたしは大丈夫、ありがとうサマー」

わたしから言われていたからか、エイプリルは断っていた。
サマーはわたしにトレイを向けた。

「ルーシー様、どうぞ!美味しいですよ!この果実水、きっと他所では飲めない物ですよ!」

笑顔で勧めて来るサマーに、わたしは微笑み返した。

「サマー、喉が渇いているんでしょう?わたしの分も飲んでいいわよ」

「いやだ!幾ら私でも、流石に二杯は無理です!」

サマーは大きく笑う。
わたしは、「それじゃ…」と手を伸ばし、グラスを態と倒してやった。
液体は飛び散り、サマーの腕を濡らした。
その瞬間、サマーは金切り声を上げ、トレイを床に落とした。

「_________!!!」

ガシャン!ガシャン!!バシャ!!

グラスは割れ、液体が床を汚した。
周囲は何事かと集まって来る…
わたしは鋭く、「皆!近付いては駄目!!」と皆を制した。

「いやああああ!!死にたくないいいい!!」

サマーは絶叫し、必死で濡れた腕をドレスで拭いている。
わたしはそれを悠然と眺め、言った。

「サマー、毒を盛ったのは、あなただったの?どうして!?」

「わ、私じゃない!あの、マーベルよ!
マーベル・ベラミー侯爵令嬢よ!あの人が毒を持っていたのを見たわ!」


『ルーシーよ!ルーシー・ウエストン伯爵令嬢が、毒を持っていたわ!』


サマーの声が、あの時の声と重なった。

あの時の声…
わたしを罪人に仕立て上げた、あの声は…サマーだったのね!!


「あなただったのね!!」

サマーの所為で、わたしの愛する母は、死に追いやられたのだ___!

わたしは頭に血が上り、サマーに掴み掛かろうとした。
だが、後ろから腕を掴まれ、止められた。

「止めるんだ!ルーシー!」

凛とした声に破られ、わたしは我に返った。

周囲が騒々しい。
警備の者たちが入って来たのだ。

「ありました!毒です!!」

マーベルが拘束され、警備の者が高らかにそれを掲げた。
マーベルは真っ青な顔で叫んでいた。

「私じゃないわよ!違う!!何もしてないったら!!
オリヴィア様___!!」

マーベルはオリヴィアに助けを求めたが、あの時の様に、彼女は他人事の様な顔をし、無視をした。
マーベルは問答無用で縄を掛けられている。

「待って!捕まえるならサマーもよ!
毒を盛った実行犯は、サマー・スコット伯爵令嬢よ!!」

わたしは騒々しさに負けない様、声を張った。
人混みを掻き分けやって来た警備の者たちは、逃げ出そうとしたサマーを拘束し、
そのスカートのポケットから小瓶を見つけたのだった___

「サマー!どうしてなの!?」

聞いたのはエイプリルだった。
彼女は縋る様にサマーを見る。

「あたしとルーシー様の飲み物に、毒を盛るなんて…信じられないわ!
あたしたち、友達でしょう?」

だが、サマーは鼻で笑った。

「友達?馬鹿言わないで、利用していただけよ!
あなたたちの側にいれば、ウイリアム様と親しくなれると思っただけ。
それなのに、あなたたちってば、全然気が利かないんだもの!
私に内緒で、ウイリアム様と町で食事をするし、
スケートの時も、初めてだって嘘吐いて、ウイリアム様を独り占めして!」

わたしとエイプリルは茫然としていただろう…
まさか、サマーがそんな事を考えていたとは、思いもしなかったのだから。

「私の事なんて、あんたたちは考えもしない!
あんたたちこそ、私の事、友達だなんて思ってない癖に!!
あんたたちが全部奪っていくからよ!
あなたたちなんて、いなくなればいい!そうしたら、ウイリアム様は私を見てくれる…」

サマーがうっとりとウイリアムを見る。
わたしは冷静に遮った。

「あなたが、オリヴィアに密告して、嫌がらせをする様に仕向けていたのね?」

「ええ、あいつ単純だから、直ぐに動いてくれたわ、私の思うままよ!」

「何ですって!?私を騙したと言うの!?」

叫んだのは、オリヴィアだった。
今の今まで、他人事の顔をしていたが、自分が馬鹿にされた途端、保身も忘れてしまった様だ。

「ドレスを破ったのも、サマーだったのね…」

オリヴィアはそこまでわたしたちに興味は無い。
ドレスを作っていた事など、知りもしなかっただろう。

「ええ、簡単だったわ!」

サマーは悪びれずに肯定した。

わたしは怒りでどうにかなりそうだった。

そんなくだらない事の為に、前の時のわたしは陥れられたの?
母は自害しなければならなかったの?

「落ち着け、あの者たちには、罪を償わせる___」

怒りにぶるぶると震えるわたしを支えてくれたのは、ウイリアムだった。
わたしは何とか頷いた。

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

ちっちゃな王妃様に最も愛されている男

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:92pt お気に入り:2,130

婚約破棄って…私まだ12歳なんですけど…

恋愛 / 完結 24h.ポイント:276pt お気に入り:141

封印されし魔王、自称モブ生徒に転生す!

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:643

親が決めた婚約者ですから

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:454pt お気に入り:1,311

どうかこの偽りがいつまでも続きますように…

恋愛 / 完結 24h.ポイント:305pt お気に入り:3,560

嫌われた令嬢、ヒルダ・フィールズは終止符を打つ

恋愛 / 完結 24h.ポイント:56pt お気に入り:719

処理中です...