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本章
15
しおりを挟むこの週末には、創立記念パーティが開かれる。
ドレスも完成し、わたしたちはその日を楽しみにするばかりだった。
だが、この日、わたしは不意にそれを思い出した。
「今日よね…」
前の時、オリヴィアに呼び出され、毒の小瓶を受け取った日___
「まさかね…」
ウイリアムとオリヴィアは上手くいっている。
もう、誰も殺す必要など無い。
オリヴィアがエイプリルの毒殺を企む理由などない___
そう思いながらも、胸騒ぎが止まず、わたしはその時間、その場所に向かっていた。
向かった先は、旧校舎。
使われていない教室が多く、ほとんどの場合、閑散としていた。
わたしは裏に回り、窓からそっと中を覗いた。
「!?」
空き教室の中には、オリヴィアの姿があった。
オリヴィアは退屈そうに、爪を弄っている。
その姿を見て、わたしは絶望に落とされた。
少しして、教室の扉が開いた。
入って来たのは、マーベルだ。
わたしはそっと、窓を開け、耳を澄ました。
「週末、創立記念パーティがあるでしょう、ルーシーとエイプリルの飲み物に、これを入れて欲しいの」
わたしとエイプリル?
エイプリルだけならばまだ分かるが、どうして、わたしまで?
わたしは全く理解が追い付かなかった。
「オリヴィア様、これは、《何》ですか?」
マーベルに聞かれたオリヴィアは、真っ赤な口の端を上げ、あの恐ろしげな笑みを見せた。
「ふふ、特別に取り寄せた《薬》よ、頭に良いのですって。
でも、気付かれない様にして頂戴ね、あの二人を驚かせたいから___」
そんな…
計画は覆ったと思っていたのに…
覆る所か、悪くなっている___
何処で何を失敗したのだろう?
だが、今はそんな事を考えている場合ではない。
この状況を、何としても打開しなくてはいけない___!
◇◇
パーティの前日、わたしとエイプリルは完成したドレスを寮に持ち帰る為、縫製室を訪れた。
だが、ロッカーの扉がこじ開けられているのに気付き、嫌な予感に襲われた。
「これ…どうしたんでしょう?」
「分からないけど…」
扉を開けてみると、中に掛けていたドレスは、無残に引き裂かれていて、
わたしは真っ青になり、エイプリルは悲鳴を上げた。
「酷い!!一体、どうしてこんな事に…!!」
わたしのドレスも、エイプリルのドレスも、
胸元が大きく裂かれ、スカートも何カ所かナイフで切られ、フリルは破り取られている…
強い恨みを感じた。
これでは、ドレスは使えない。
前の時と同じドレスを着るしかない___
「エイプリル!まだ間に合うわ!直しましょう!」
「でも、これでは…」
エイプリルはすっかり気落ちしている。
わたしは彼女の細い肩を両手で掴み、声を張った。
「諦めないで!絶対に間に合うから!このドレスを見せたい人がいるでしょう?」
エイプリルは決心したのか、口を噤み、大きく頷いた。
わたしたちはロッカーからドレスを出し、状態を見分した。
正直、酷い状態で、とても直せる気がしなかったが、それでも、何とかしなくてはいけない。
「エイプリル!わたしが繕うから、なるべく沢山、コサージュを作って!」
「コサージュで隠すんですね!分かりました!」
作業は放課後では終わらず、互いに寮の部屋に持ち帰り、作業をする事にした。
絶対に、このドレスを着て、運命を変えるのよ!
その強い思いで、夜中作業をし、朝方、完成を見たのだった。
「出来た…」
安堵の息が漏れる。
「エイプリルは大丈夫かしら…」
エイプリルとは寮が違うので、部屋に押し掛ける事も出来ない。
それに、時間が時間だ。
「昼まで待つしかないわね…」
わたしは少しでも休む事にし、ベッドに入った。
数時間後、わたしは目を覚まし、「はっ」として、ベッドから飛び起きた。
クローゼットの扉の前に掛けておいたドレスを目にし、深く息を吐いた。
「良かった、夢じゃない…」
光沢のある暗い紺色生地の上品なドレス。
破られた箇所は繕い、それを隠す為にコサージュを付けた。
金糸の刺繍は目立たなくなってしまっているが、これはこれで、素敵に見えた。
「大丈夫…」
ドレスは何とか着られる物になった。
このドレスを着れば、助かる___
根拠は無いが、それでも、心強かった。
◇
午前中は身支度をし、正午頃、パーティは開始される。
わたしは寮の前でエイプリルとサマーと待ち合わせ、一緒にパーティ会場へ行く事にしていた。
エイプリルのドレスが直っている事を願い、わたしは寮を出た。
「ルーシー様!」
わたしを見つけたエイプリルは、笑顔だった。
そのドレスは、ふわりとした、淡い緑色の生地で、沢山のコサージュを散らしている。
間に合ったのだ!
「エイプリル!ああ、良かった!間に合ったのね!」
「はい!何とかですが…ルーシー様も素敵です!刺繍は残念でしたけど…」
わたしもコサージュで直しているので、元々の金糸での刺繍は目立たない。
エイプリルのドレスも、予定していたより、フリルが少なくなっていた。
だけど、そんな事は、わたしには些細な問題だった。
「いいのよ、間に合ったんだもの!」
「ルーシー様もエイプリルも、凄いわ!本当に、ドレスを作ってしまうんだもの!」
感心するサマーに、わたしとエイプリルは顔を合わせて笑った。
「さぁ!行きましょう!パーティよ!」
◇
パーティ会場には、沢山の学院生の姿があった。
人混みの中を進みながら、わたしはそれを思い出し、エイプリルの手を引き、耳元で囁いた。
「エイプリル、お願いがあるの…」
「はい?」
「今日、パーティが終わるまで、何も口にしないで欲しいの…」
流石のエイプリルも目を丸くした。
問う様にわたしを見たが、わたしが真剣だと分かったからか、「はい、承知致しました」と頷いてくれた。
わたしは安堵し、胸を撫で下ろした。
「あ!ウイリアム様よ!」
サマーの声で、わたしは反射的に振り返った。
サマーが進む先に、金色の髪の男性がいた。
端正で綺麗な顔…
久しぶりに目にするその姿に、わたしは息をするのも忘れて見入っていた。
不意に、こちらを振り返り、碧色の目がわたしを見た。
「!!」
わたしは咄嗟に顔を伏せていた。
胸がドキドキとして、止まらない___!
「ルーシー様、行きましょう!」
エイプリルの手がわたしの手を掴み、進んで行く。
わたしはドキドキとしながら、流されていた。
「ウイリアム様!お久しぶりです!
食堂に来て下さらなくなって、私たち寂しかったんですよ!
どうされていたんですか?」
サマーがいつもの調子で話し掛けている。
それは、わたしも聞きたかった事なので、耳を澄ませていた。
「ああ、すまないね、手が離せなくて、暫くは行けなかったんだ」
ウイリアムは答えを濁した。
本当は、オリヴィアと食事をしていたのに…
エイプリルの前だから、言いたく無かったのかしら…
気持ちが沈み、いつの間にか、ドキドキも収まっていた。
「それじゃ、これからは来て下さいますか?」
「ああ、多分ね」
「多分じゃ、駄目ですよ!約束して下さい!」
サマーは中々の怖い者知らずだ。
ウイリアムは苦笑し、「ああ」と頷いていた。
「素敵なドレスだね、ルーシー、エイプリル」
ウイリアムがわたしたちを見て微笑んだ。
まるで、知っているかの様に…
「わたしたちがドレスを作っていたのを、知っていたの?」
「君には秘密だと言われたけど、小耳に挟んだんだ」
ウイリアムが素早くウインクをした。
途端に、またドキドキが戻ってきて、顔が熱くなった。
「どうせ、ザカリーに調べさせたんでしょう!」
「違うよ、君たちの会話から推測したんだ、名探偵だろう?」
確かに、エイプリルといると、ドレスの話をする事が多かった。
「いいわ、その通りよ!いかが?」
わたしはスカートを広げて見せた。
ウイリアムは碧色の目を細めた。
「素敵だよ、素晴らしい…君らしさが出ている」
褒めてくれるのはうれしいが、最初の形とは違ってしまったので、微妙だった。
エイプリルも同じだったのか、それを訴えた。
「本当は違うんです!昨日の放課後、何者かにドレスを破られて…
あたしたち徹夜でドレスを直したんです!」
瞬間、ウイリアムが険しい表情を見せた。
「それは本当なのか!?」
「本当です!絶対に、オリヴィア様です!あの人、本当に意地悪だから…」
エイプリルが言うのを、わたしは慌てて止めた。
「待って!エイプリル!
証拠が無い内は、決めつけては駄目よ、公平ではないわ」
エイプリルは顔を真っ青にし、項垂れた。
「も、申し訳ありません、ルーシー様…
あたし、悔しくて…つい…ごめんなさい…」
「いいのよ、気持ちは分かるわ、だけど、慎重にね…」
相手は、あのオリヴィアなのだから___
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