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本章

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スケートをした後、わたしたちは再び荷馬車に乗り、大広場に向かった。
そこには、氷の彫刻がズラリと並べられていた。
彫刻師に限らず、誰でも飾る事が出来る。
毎年、一番評価の高かった彫刻の作者に、褒賞金が与えられる様だ。

「うわぁ!綺麗ですね~」
「本当!凄い!」
「素敵ね!どうして、こんな風に彫れるのかしら?」

天使、騎士、戦士、動物、建築物…どれも見応えがあり、美しい。

わたし、エイプリル、サマーは、彫刻を見ながら歩き、絶賛した。
ウイリアムとザカリーは、わたしたちの後ろをのんびりと歩いている。
見慣れているのか、然程感動している様子も無かった。

「こちらは、ペガサスですね!」

エイプリルが指し、わたしもそちらに向かった。
前足を上げ、今にも飛び立ちそうな馬、その背には、大きく広げた翼があった。

躍動的で、猛々しさもあるのに、気品がある___

「凄いわ…」

わたしは感嘆し、見惚れていた。

「気に入った?」

ウイリアムが隣に並び、聞いてきた。

「ええ、素晴らしいわ…今にも飛び立ちそう、きっと、自由を表しているのね…」

「中々鋭いね」

「偉そうね、もしかして、この作者を知っているの?」

「まぁ、ね、会いたい?」

「会ってみたいけど、止めておくわ…」

先入観無しに作品を楽しみたい。
そう思っていたのに…

「こちらは、ウイリアム様の作品です」

エイプリルに聞かれたのか、ザカリーが答えているのが耳に入った。

「ウイリアム様は早くから雪の彫刻に興味を持ち、習い始め、
十歳の時から毎年作品を出しています…」

わたしはザカリーの背中を睨み、それから振り返り、ウイリアムを睨んだ。

「わたしを揶揄ってたの?」
「まさか、芸術家は、いつだって、素の反応を見たいものだよ」
「芸術家??」

確かに、彫刻は凄いが、自分で言うのでは、重みが無くなる。

「でも、君に分かって貰えてうれしいよ、ルーシー」

ドキリとする。
黙っていた事も許せてしまうから、どうしようもない…
憎たらしいのに…憎めない。

「ええ、わたしは牧場で育ったから、馬を見る目は確かなの、いい馬だわ___」
「馬じゃない、ペガサスだよ」
「翼の生えた馬でしょう?」

ウイリアムは、やれやれと頭を振った。

帰り際、わたしたちはウイリアムの作品に票を入れてあげた。
楽しい一日を過ごし、これからも、こんな日々が続くのだと、わたしは疑わなかった。


◇◇


週明け、わたしが教室に入ると、待ち構えていたかの様に、ベリンダとマーベルが立ち塞がった。
二人は意地悪そうな笑みを浮かべている。

「やっと来たわね、ルーシー!」

以前の事もあり、ウイリアムと雪まつりに行った事だと察しが付いた。
それにしても、毎回、誰かしら見ているものなのだと、うんざりした。
ウイリアムは有名人だし、仕方が無いとは言え、わざわざオリヴィアに告げ口をしなくても良いものを…

「楽しい週末を過ごしたようじゃない、あれだけ忠告しておいたのに無視するなんて、
オリヴィア様を軽く見ているのではなくて?」

「いいえ、その様な事はございません。
誤解をさせてしまったのでしたら、申し訳ありません」

わたしは深々と頭を下げて丁重に謝った。
勿論、相手は簡単には許してくれなかった。

「オリヴィア様は大変にお怒りよ、このままでは、ウエストン伯爵家はどうなるかしらね?」

わたしはカッとした。
ただの脅しならば良いが、それが出来る権力を、オリヴィアと公爵家は握っている。
わたしは必死で怒りを抑えた。

「申し訳ございませんでした、今後はこの様な事は致しませんので、どうかお許し下さい」

「あら、それが伯爵家流の謝罪なの?床に這い蹲って、頭を下げるべきではなくて?」

わたしは言われるがまま、床に膝を着き、深々と頭を下げた。

「オリヴィア様に不快な思いをさせてしまい、申し訳ございません、どうかお許し下さい」

「ふふ、無様ね、ルーシー!
でも、オリヴィア様の苦しみは、こんなものではなくてよ!」

ベリンダが高らかに言い、恐らく、マーベルだろう、わたしの頭を踏み付けた。
わたしは床に額をぶつけ、痛みに呻いたが、更に踏み躙られ、漸く解放された。
わたしは怒りに震えていたが、無言で席に着いた。
額がヒリヒリと痛み、頭がガンガンと鳴っている。
与えられた痛みによるものか、それとも怒りの所為かは分からないが、酷く気分が悪く、
わたしはふらつきながら、教室の外へと向かった。
教室を出る際、オリヴィア、ベリンダ、マーベルたちだろう、笑い声が聞こえた。

何て人たちなの!
絶対に許さない!

だが、相手は公爵家だ。
わたしなどが太刀打ち出来る相手ではない。
返り討ちに遭い、伯爵家は簡単に潰されるだろう。

「悔しい!!」

前の時もそうだ、良い様に使われ、塵の様に捨てられた。

「復讐出来たらいいのに…」

小さな嫌がらせで満足していたが、三人がこのまま何の痛みも感じずに、のうのうと生きるのだと思うと、復讐の炎が再燃した。

「でも、どうやって…?」

オリヴィアたちに気付かれたら終わりだ___

わたしは悶々と考えながら、保健室へ行き、手当を受けた。
養護教諭は怪我に驚いていたが、わたしは「転んでしまって」と誤魔化した。
薬を塗り、包帯を巻かれたので、酷く目立ったが、文句は言えない。
それから、吐き気止めの薬を貰い、ベッドで休ませて貰った。


午前中はゆっくりと休み、昼休憩になって、わたしは食堂へ向かった。
わたしと擦れ違った生徒たちは、包帯を目にし、驚いた様な顔をしていく。
当然、一緒のテーブルに着くエイプリルとサマーにも驚かれた。

「ルーシー様!どうなさったのですか!?」

オリヴィアたちから暴力を受けた___等と言えば、報復される事は間違いないので、わたしは笑って誤魔化した。

「ぼうっとしていたら、転んだの、呆れちゃうわよね!」
「大丈夫ですか?」
「ええ、掠り傷なんだけど、大袈裟に処置されちゃって…」

エイプリルは尚も心配そうにしていたが、わたしは気付かない振りをした。
それよりも、エイプリルが何かされないかと心配だった。
一緒にいて、守ってあげたいけど…
わたしでは、逆効果だろうか?

それにしても、わたしまで目を付けられるなんて…

前の時、わたしはオリヴィアの下僕だったので、彼女たちから目を付けられる事はなかった。
それが、どうして、今回は…

ウイリアムと一緒にいた事は確かだが、特別親しくした覚えはない。
ウイリアムだって、わたしに興味などないというのに…

「完全な、逆恨みだわ…!」

少々、ムカついてきた。

「今日は、ウイリアム様は来ませんね…」

エイプリルが心配そうに周囲を見ていた。

「きっと、婚約者とカフェで食事をしているのよ」

わたしは簡単に返した。
エイプリルは暗い顔で、「そう、ですよね…」と呟いた。


だが、以降、ウイリアムが食堂に現れる事は無くなった。
エイプリルには悪いが、オリヴィアから忠告を受けているわたしには、丁度良かった。

「これで、オリヴィアの溜飲も下がるわよね…」

何処か、もやもやとはしていたが、わたしは目を反らした。


◇◇


その後も、エイプリルがオリヴィアたちから嫌がらせを受けた様子は無かった。
喜ばしい事ではあるが、
どうして、オリヴィアは、エイプリルではなく、わたしを標的にしたのか…
エイプリルも、わたしと同じ様にウイリアムの側にいたのに…

わたしは、ふっと、スケートの時、エイプリルがザカリーに教えて貰っていたのを思い出した。
もしかしたら、オリヴィアに告げ口をした者は、あの場面を見たのだろうか…?
それなら、エイプリルではなく、わたしに怒っている事も納得出来る。

わたしは小さく息を吐いた。
エイプリルが目を付けられるよりは良い。

「このまま、勘違いさせておけばいいわ…」


◇◇


あれから、一月が過ぎた。
ウイリアムは食堂には来ていないし、学院内でその姿を見掛ける事も無くなった。
その所為か、オリヴィアたちからの攻撃もすっかり無くなった。
ただ、見せ付けたいのか、彼女たちはウイリアムとの仲を声高に話した。

「ウイリアム様とオリヴィア様は、最高にお似合いだわ!」
「ウイリアム様は、毎日オリヴィア様の元に通われているし!」
「オリヴィア様に心底惚れておいでなのですわ!」
「ウイリアム様は学院を卒業と同時に、結婚すると申されておいでとか!」

二人の付き合いは、順調の様だ。
願ったり叶ったりだというのに、どうしてだか、胸のもやもやは晴れない。

「二人が上手くいっているなら、あの惨劇は起きないって事だもの!
エイプリルもわたしも、生き残れるのよ!
これ以上、望む事なんて、何もないじゃない!」

わたしは自分に言い聞かせる様に言った。

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