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本章
13
しおりを挟むわたしたちは、湖の近くで荷馬車を降りた。
周囲には露店がズラリと並び、行き交う人も多い。
その先の湖には、スケートを楽しむ人たちの姿が見えた。
着いたのね!
空気は冷たいが、それも感じない程に興奮していた。
だが、わたしは忘れていた…
「皆は、スケートをした事はある?」
「私はあります!地元でも冬場はスケートが人気なんです!」
意気揚々と答えるサマーに対し、わたしとエイプリルは小さく答えた。
「わたしは初めてです」
「あたしも初めてです…」
つい、誘いに乗ってしまったが、
わたしは十二歳の年までは牧場で、冬場の外出は雪かき程度だった。
伯爵家に入ってからは、益々冬場外に出る事は無く…
つまり、スケートなど見るのも初めてだった。
エイプリルの方は、単純に、近場にそういう場所が無かった様だ。
それを話すと、「ええ!?本当に!?」と、サマーには酷く驚かれた。
どうやら、冬場に凍った池などで遊ぶ事は、子供たちの定番の遊びの様だ。
「それに、あたしは運動が苦手だから…大丈夫かしら?」
エイプリルは不安がっていたが、わたしも初めてなので、手伝える事は何もない。
途方に暮れかけたが…
「大丈夫だよ、僕とザカリーが教えてあげるから!」
ウイリアムが明るい笑みで言い、わたしは喜び掛けたが、直ぐに警鐘が鳴り、それを止めた。
ウイリアムが教えてくれる?
それって、手取り足取りって事??
エイプリルは顔を輝かせてウイリアムを見ているし…
駄目!駄目!駄目!!
ここで、ウイリアムがエイプリルの面倒を見たら、二人の距離が縮まってしまうわ!
これまで、二人を引き離そうと頑張って来たのに、これでは元の木阿弥だ!
わたしは二人の間の空気を破る様に、大声で主張した。
「でも!スケートは危ないわ!初心者なんだもの、怪我は免れないわ!
エイプリルは一年生の首席だし、怪我で授業を休む事になったら、学院の損失よ!
スケートなんて、とんでもないわ!」
「相変わらず、君はお堅いな!」
ウイリアムに揶揄されたが、わたしは無視した。
「わたしとエイプリルは見るだけにしましょう、どうぞ、お三方で楽しんで下さい」
わたしはエイプリルの腕に自分の腕を回し、しっかりと拘束した。
だが、ウイリアムも頑なだった。
「駄目だよ、折角来たんだから、少しだけでもいいから、楽しもう。
ほら、教えるからおいで___」
ウイリアムが手袋の手を差し出すので、わたしはエイプリルよりも早く、その手を掴んだ。
咄嗟にしてしまったが、エイプリルに変に思われなかっただろうか??
内心で冷や汗を流しつつ、わたしはウイリアムに引き攣った笑みを見せた。
「そんなに自信があるなら、教えて頂くわ!
先にわたしが習うわ、エイプリルに教えてあげられるでしょう?」
「僕では信用出来ないって事かい?」
その通り!
「いいえ、ほら、エイプリルは可愛いから、あなたが変な気を起こしたらいけないでしょう?」
「無用の心配だよ、僕には王が決めた婚約者がいる」
「そうね、ゴージャスな婚約者だわ」
「だったら、ザカリー、エイプリルを頼むよ」
ウイリアムはザカリーにエイプリルを頼んだ。
ザカリーは基本、主人の言い成りなので、直ぐにエイプリルの元に行き、促した。
まぁ、ザカリーなら、安心ね…
エイプリルがザカリーを好きになったとしても、何も害はない。
いや、それ処か、望む処だ!
「急にニヤニヤして、どうしたんだい?悪戯を考えている猫みたいだよ」
ウイリアムの指摘に、わたしはジロリと睨んでやった。
「あの、ウイリアム様、ルーシー様には、私が教えましょうか?」
わたしたちのやり取りを聞いていて、不安になったのか、サマーが申し出てくれたが、
それではサマーに気の毒なので断った。
「いいのよ、サマーは久しぶりなんでしょう?楽しんで来て!」
ウイリアムは自前のスケート靴を持って来ていたが、わたしは持っていなかったので、ウイリアムが買ってくれた。
細長い動物の骨の刃に紐が付けられていて、それを靴に結ぶ様だ。
「ありがとうございます、後で代金はお返しします」
「いいよ、僕が誘ったんだから、君が断ったら、エイプリルも困るだろう?」
エイプリルの家は裕福ではないので、余計な出費は控えたいだろう。
わたしは「それでは、お言葉に甘えさせて頂きます…」と丁重に礼を言った。
だが、ウイリアムは小さく嘆息した。
「君たちは仲が良いね、羨ましいよ」
その言葉は意外で、わたしは思わず目を丸くし、凝視してしまった。
「ウイリアム様とザカリー様も仲が良いでしょう?」
「僕はザカリーを家族と思っているけどね…
ザカリーは、代々王家に仕える要人の家系だからね、僕の事も主人位にしか思っていないよ」
ウイリアムは寂しそうだ。
「でも、愛されている事は間違いないわ」
ザカリーを見れば分かる。
彼の態度は、好きでもない、尊敬出来ない相手に対するものではない___
「どうかな、僕がヘマをやったら、見捨てるんじゃないかな?」
「だったら、ヘマは出来ませんね!わたしは見てみたいけど!」
わたしは軽口を言い、笑った。
ウイリアムも小さく失笑した。
「意地悪だな、だけど、ありがとう、元気が出たよ」
ウイリアムの言葉に、胸がドキリとしてしまった。
「さぁ!ここからは、君がヘマをする番だ!」
ウイリアムに手を引かれ、わたしはよろよろとしながら、凍った湖に入った。
ウイリアムはわたしと向き合い、両手を引き、後ろ向きに滑って行く。
わたしはただ、立っているだけだが、緊張してガチガチに硬直していた。
「待って!もっと、ゆっくり行って!転んじゃうわ!」
「大丈夫だよ、転んでも痛くない」
「あなた、転んだ事なんて無いでしょう!」
「毎年、一、二度は転ぶよ」
「今は止めて!絶対に転ばないでーーー!」
片手を離されたわたしは、悲鳴を上げ、両手でウイリアムの手にしがみついた。
最初の内は、「絶対に無理!」と思っていたが、時間と共に、何とかなるもので、
段々とコツが掴めてきて、よろよろとだが、一人でも滑れる様になった。
「どうだい、楽しいだろう?」
「ええ!楽しいわ!怖いけど!ああ!近寄らないで!バランスを崩しちゃうわ!」
「つい、さっきまで、離さないでと泣いていたのに、残念だ」
「泣いてなんかないわよ!」
わたしはスケートをしている事も忘れ、体を反らしてしまい、足を滑らせた。
「きゃ___!!」
固い氷に頭を直撃するのを想像し、わたしは青くなったが、倒れて行く体を止める事は出来ない。
覚悟を決めて目を閉じたが、氷にぶつかる前に、抱き止められた。
「ふえ…」
目を開けると、直ぐ傍に、ウイリアムの綺麗な顔があった。
「!!」
「はー、間に合って良かった…」
ウイリアムの吐いた息が、ふわりと顔に当たる。
「あ、ありがとう、もう、大丈夫よ」
「氷の上に座りたいのかい?冷たいぞ?」
ウイリアムは呆れつつ、わたしを立ち上がらせてくれた。
「全く、君は目が離せないな!」
「元はあなたの所為でしょう!」
「僕の?」
ウイリアムの所為に違いないが、何だったか思い出せない…
転びそうになった事で、吹き飛んでしまった様だ。
「それじゃ、お詫びをしよう、こっちだ___」
ウイリアムはわたしを連れて、湖から出た。
そして、向かったのは屋台で、揚げパンを買ってくれた。
外側に砂糖をまぶしていて、シナモンの良い香りがする。
それに、揚げたばかりで、温かい___
「あふ、あふ…おいひぃ!」
「そうだろう、ここに来た時には、いつも食べてるんだ」
「わたしは、初めてです!こんなお菓子があったなんて!王都に来て良かったわ!」
「君は、どうして王立貴族学院に?学院を出た後はどうするの?」
これまで、そんな事を聞いて来た人はいなかった。
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「王立貴族学院を受けたのは…
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もう、忘れていたけど…
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だけど、全ては、わたしの所為___
「君は優しいね、それに立派だ。
学年三番の成績は、そうそう取れるものじゃない。
このまま努力し続けていけば、きっと、君の望む未来が手に入るよ…」
深い碧色の目…
真剣な色に、わたしは吸い込まれそうになる。
駄目駄目!
わたしが未来を手に入れる為には、片付けなければならない事がある。
それが終わるまでは、余所見は出来ない___!
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