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本章
12
しおりを挟む「偉そうにしてっけど、あいつ、王宮でも立場は低いんだろ?」
「ああ、オリヴィア様と結婚して、公爵家を味方に付けないとヤバイらしいな」
「あいつ、一生、オリヴィア様と公爵家に頭が上がらないな!」
「あーあ、誰か、王の子じゃないって、証明してくれねーかな」
「あいつ、どんな顔するかなー?」
「そうなったら、もう、表には出られないだろ___」
男子生徒たちは笑いながら、男子部棟に入って行った。
「今の話…本当?」
サマーがわたしたちを見たが、当然、わたしもエイプリルも知らない事だ。
「聞いた事ないわ、ただの噂でしょう、気にする事無いわよ。
ウイリアム様を妬んでいるのよ、貶めたいんでしょう」
わたしは軽く言い、肩を竦めた。
証明出来ていない様だし、触れない方がいい。
変な噂が立てば、ウイリアムが困る事になる。
二人には「忘れましょう」と言って別れたが、実際、頭から追い出すのは難しかった。
「忘れるのよ!」
所詮、噂じゃないの!
だけど、真実を知らなければ、対処も出来ないわ…
「対処?馬鹿ね、彼はそんな事、わたしに期待なんてしていないわよ…」
自分でも笑ってしまう。
だが、どれだけ卑屈に考えても、やはり気になってしまい、
わたしは放課後、エイプリルに断りを入れ、図書室に行き、調べる事にした。
クリスソール王国、国王アレキサンダーには、前王妃ガブリエラとの間に、王子が三人、王女が一人いる。
王太子である、第一王子リチャード、第二王子ニコラスは、既に結婚し、
第一王女アリアンナは異国に嫁いでいる。
第三王子ウイリアムは、兄姉とは年が離れていて、前王妃はウイリアムを出産し、僅か二週間後に亡くなっている。
記録には事故死とある。
王はその一年後に、公爵令嬢だったサブリーナと結婚した。二人の間に子はいない。
同時期の宰相の記録だが、エルヴィス・バルフォアという名と、在任期間のみで、罷免の印が押されていた。
エルヴィスの在任期間は、前王妃が亡くなった年だ。
罷免という事もあるし、何か問題があった事は確かだ。
本当に、心中だったのかしら?
それとも、誰かが面白おかしく話を作ったの?
ウイリアムに聞くのが一番確かではあるが、そんな事はとても聞けない。
それに、そんな権利は、わたしには無い___
「ウイリアムは、オリヴィアと結婚しなくてはいけないのね…」
暗い噂のあるウイリアムが王子である為には、強固な後ろ盾が必要だという事は分かる。
だが、それがバーレイ公爵家となれば、どうしても受け付けられない。
血も涙も無い、冷酷無比な、あのバーレイ公爵家…
わたしは苛立ちを拳にし、机を叩いた。
◇◇
食堂の一件以来、オリヴィアたちは大人しくなった。
小声で陰口を言う位で、あまり害はない。
それもあり、『あの男子たちを嗾けたのはオリヴィアだろう』と、わたしは推測していた。
「大事になって困るのは、オリヴィアだものね」
わたしは、オリヴィアの事も、ウイリアムの事も、一旦忘れる事にして、ドレスの縫製に勤しんだ。
何かに没頭していると、余計な事を考えなくて済む。
放課後は毎日、エイプリルと共に縫製室に通い、
週末も教師の許可を取り、作業をさせて貰った。
少しづつ、形になっていく…
目に見える成果は、わたしに満足感を与えてくれた。
◇◇◇
毎日の様に雪の降る日が続いている。
教室を出ると凍える様に寒く、マントは欠かせなくなった。
縫製室には小さなストーブがあったが、それでも、寒く、手が震え、ドレス作りは困難になった。
「うう…寒いわね…暖炉が欲しいわ…」
「はい、寒いです…でも、頑張りましょう!」
創立記念パーティまでは、後二月程だ。
何とか、パーティには間に合わせたい___
最初は、ただ、エイプリルの意識をウイリアムから離したかっただけだが、
今となっては、別の意味も出て来た。
前の時、エイプリルのドレスは、彼女が唯一持っている淡い桃色のドレスだった。
それを着て倒れている姿を、わたしは今でも思い出せる。
それに、わたしもだ…
もし、違うドレスを着ていたら…
運命は変えられるのではないか?
そんな風に思えるのだ。
あのドレスは縁起が悪いもの、絶対に、完成させなきゃ!
◇◇
漸く雪が収まった頃、昼休憩の食堂で、
「この週末は空いている?《雪まつり》を見に行かないか」
ウイリアムが皆に声を掛けた。
皆、それは、ザカリー、エイプリル、サマー、わたしだ。
ウイリアムの中で、わたしたちは《友》、《仲間》として、認識されている様だ。
《雪まつり》は、王都で毎年開催される、大々的な祭りで、
中央の大広場には、雪の彫刻がズラリと並び、夜には蝋燭の灯りで飾られる。
郊外の湖ではスケートが楽しめ、出店も出される。
祭りの期間は一月程で、その間、観光客が多くあつまって来る。
興味が無い訳ではないが…
でも、雪まつりになんか行ったら…
オリヴィアが激怒する姿が浮かんだ。
わたしは断ろうと口を開いたが…
「週末は…」
「勿論、行きます!」
サマーの声が大きく、わたしの声は搔き消された。
「王都の雪まつりですよね?行ってみたかったんです!」
「大きな祭りで、毎年賑やかだよ」
「ルーシー様もエイプリルも、勿論、行くでしょう?行きましょうよ!」
「え、わたしたちは…」
チラリとエイプリルを見ると、エイプリルは『お願い!』という目でわたしを見ていた。
うう…この表情には、弱いのよね…
「絶対に行くべきよ!」
サマーが強く主張した事もあり、わたしとエイプリルも行く事を決めた。
◇◇
週末、わたしたちは他の学院生の目を避ける為、寮から少し離れた、教会区の広場で待ち合わせる事にした。
教会区は、教会、修道院等があり、信仰の篤い生徒以外、あまり立ち寄る事もなかった。
それでも、一応、目立たない様に、ワンピースの上にフード付きのコートを着ている。
わたしたちが広場に着くと、フードを被ったローブ姿の男性二人が近付いて来た。
「やぁ!来たね!」
明るい声に、エイプリルとサマーが笑顔になった。
「ウイリアム様!」
「お待たせしました」
「いや、僕たちも少し前に着いた処だよ」
ローブの色は町人が良く使う、色味の薄いカーキー色なので、
一見、旅人の様にも見えるが、中身は王子様とその護衛だ。
二人にも、「目立たない恰好で来て」と注文しておいたのだ。
尤も、黒いブーツはピカピカだけど!
「ルーシーも来てくれてありがとう。
この格好はどうかな?及第点?」
ウイリアムがフードの奥でニヤリと笑う。
「ええ、とってもお似合いです、殿下」
「折角、変装したんだから、殿下は止めて欲しいな」
ウイリアムは楽しそうに、白い歯を見せて笑った。
「さぁ、行こう、馬車に乗って!」
ウイリアムに急かされ、わたしたちは荷馬車の荷台に乗り込んだ。
馬車は郊外の湖に向かう。
小さな湖で、冬になると凍り、スケートを楽しめるらしい。
わたしも話に聞いただけで、実際に来るのは初めてだった。
一年生の時は、誘ってくれる友などいなかったし、独りで行く程には興味も無かった。
それが、こうして、五人で湖に向かっているなんて…
前の時とは違い過ぎていて、自分でも信じられなかった。
未だに、夢の中だなんて事はないわよね?
ああ、どうか、夢ではありません様に!
あまりに楽しくて、幸せで、そう思わずにはいられなかった。
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