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本章

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移動教室の際に、エイプリルの教室を覗き、彼女を呼んだ。

「エイプリル!」

わたしを見たエイプリルは、パッと顔を輝かせ、直ぐに駆けて来た。

「ルーシー様!どうなさったのですか?」

尻尾を振る子犬みたいで、それを曇らせるのは何だか悪い気がしたが、仕方が無い。
わたしは眉を下げた。

「それがね、良く無い事なの…
週末にウイリアム様といた事が、オリヴィア様たちに知られてしまったの。
それで、何か意地悪をしてくるかもしれないから、気を付けて」

「それでは…ルーシー様は何かされたのですか?」

エイプリルの顔が不安そうに陰った。
わたしは笑って見せた。

「しつこく意地悪を言われたけど、わたしは慣れているから平気よ!」

「慣れている?」

「わたしは愛人の子だったから…」

わたしが一年生の時には、皆に知られていたが、一学年下までは伝わっていなかった様だ。

「前妻が亡くなって、伯爵家に迎えられたんだけど、異母兄姉は、母とわたしを受け入れられなかったの。
それで、顔を合わせる度に、酷い事を言われたわ。
解決方法は、顔を合わせない事ね___」

そして、目立って、視界に入らない事ね…
わたしが褒められる度に、妬みと恨みは増したもの。

わたしは淡々と言い、肩を竦めて見せた。
だが、エイプリルは泣きそうな顔をしていた。

「だから、大丈夫よ、でも、あなたは気を付けて、エイプリル」

オリヴィアたちが本気で狙うのは、エイプリルだ___





ベリンダとマーベルから、ネチネチと意地悪を言われたが、
わたしは俯き、落ち込んだ風を装って、それをやり過ごした。
クラスメイトたちは巻き込まれたくないとばかりに、見て見ぬ振りをしているが、
元々、避けられているので気にする事も無かった。

だが、昼休憩の食堂で、それは起きた___

料理を取り、いつもの隅のテーブルに向かっていた処、男子の野太い声が響いた。

「おい、ルーシー・ウエストン伯爵令嬢だ!あいつ、メイドの子だってさ!」
「嘘だろう!なんで、貴族学院にメイドの子が入れるんだよ!」
「父親が金を積んだんだよ!」
「成績も金で買ってるらしいぜ!」

周囲の視線がこちらに集まった気がした。
わたしはそれらを無視し、席に着いた。
だが、男子たちの揶揄は止まらない所か、益々酷くなる。

「一体、何で入学させたんだろうな、あんな卑しい女がいたら、学院の品位が地に落ちるぜ!」
「ああ、母親に似て、男好きだってさ、勉強より男漁りしてるらしいぜ!」

わたしの事は何を言われても良かったが、母の事に触れられると、怒りは噴き上げた。
わたしはギュっと拳を握る。

「いい加減な事言わないで!」

悲鳴の様な高い声に、わたしは「はっ」と顔を上げた。
エイプリルとサマーが肩を怒らせ、男子たちと対峙していた。

「ルーシー様の事を悪く言ったら、あたしが許しません!」
「そうよ!言って良い事と悪い事があるでしょう!」
「はぁ?おまえ、何か勘違いしてないか?」
「ああ、俺たちは事実を言ってるだけだよなー、別に悪く言ったりしてないぜ」
「そうだそうだ!事実だろう!」

わたしは慌てて立ち上がったが、それよりも早く、ウイリアムとザカリーが、エイプリルとサマーの隣に立った。

「この様な公の場で、一人の女子生徒を名指しで貶めるなど、教養ある我が学院の生徒のする事か!
学院の品位を地に落とすのは、おまえたちの様な者だ!」

ウイリアムに睨まれ、男子生徒たちは小さくなった。

「いえ、これは…」
「申し訳ありません…」
「反省するなら良い、だが、次に見掛けた時には報告させて貰う___」

ウイリアムは辛辣に言い捨て、ザカリーを連れて料理を取りに行った。
わたしがぼうっとしていると、エイプリルとサマーが駆けて来た。

「ルーシー様!大丈夫ですか!?」

エイプリルはそっと、わたしの腕を支えて座らせてくれた。

「ええ、大丈夫よ、ごめんなさい…
二人共、ありがとう、だけど、あまり無茶はしないでね、
あなたたちが目を付けられたら困るから…」

「ルーシー様…
でも、ルーシー様の事を悪く言われては、黙っていられません!」

「そうですよ、本当に酷い連中!ウイリアム様が来て下さって良かったわ!」

その通りで、ウイリアムが言ってくれたから、場がすんなりと収まった。
あのままでは、双方引かずに、泥沼になっていただろうし、
わたしが止めに入った処で、良くなりはしなかっただろう。
ウイリアムに感謝しなくちゃ…

「あたしたち、料理を取って来ます、ルーシー様、お独りで大丈夫ですか?」
「ありがとう、大丈夫よ」

まだ心配そうなエイプリルに笑って見せた。
エイプリルとサマーが去って行くのを確かめ、わたしは「ふぅ…」と息を吐いた。

これまで、こんな風に、誰かに庇われた事は無かった。
だから、酷く驚いて…
今になって、じわじわと実感が広がってきた。
うれしく、何処か気恥ずかしく、それでいて、申し訳なくもなる…

わたしなんかの為に、目を付けられたらどうするのよ…

「ルーシー、紅茶を淹れて貰えるか?」

不意に言われ、目を上げると、ウイリアムが紅茶のカップを差し出していた。
いつの間に来たのだろう?気付かなかったわ…
わたしは誤魔化す様に、「畏まりました」と立ち上がり、紅茶のポットを手に取った。
紅茶の良い香りが鼻をくすぐる。

「どうぞ、殿下」

「殿下は止めろ、ザカリーの様になるぞ」

ウイリアムが顔を顰めて見せ、わたしは小さく笑った。
彼がわざと紅茶を淹れさせた事は分かっている。
ウイリアムのお陰で、わたしはいつもの調子を取り戻せる事が出来た。
意外と気を配れる人なのよね…

「ウイリアム様、先程は助けて頂き、ありがとうございました」

「当然の事だよ」

わたしでなくても同じ事をした、という事だろう。
ウイリアムは王子として、悪事を目にすれば、見過ごせないのだ。

それは立派だけど…
ご自分の事は分からないのよね…

こうして一緒にいる事自体が、わたしやエイプリルに害を招いているなんて、思いもしないのだ。

『わたしたちに近付かないで!』

そう言った方がいいのかもしれない。
オリヴィアの事を教えた方が良いだろうか?
そんな風にも思ったが、直ぐに打ち消した。
ウイリアムがオリヴィアの本性を知れば、状況は増々悪くなる気がしたのだ。
前の時、エイプリルはウイリアムに打ち明けていた筈…
考えは纏まらず、わたしはそれらを紅茶と一緒に飲み込んだ。

「ガッカリさせたかな?」

「え?」

「ここは、『君だから助けた』と言った方が良かったかな?」

ウイリアムが悪戯っぽい笑みを見せるので、わたしの内の殊勝な気持ちは掻き消えた。
代わりに、思い切り睨んでやった。

「婚約者のいる身で、その様な軽弾みな事をおっしゃっていたら、軽蔑していましたわ!」

「ははは!君は本当に、王宮の教育係みたいだね!ザカリーもそう思うだろう?」

同意を求められたザカリーは、「答えは控えさせて頂きます」と、
どちらとも取れる言葉でうやむやにした。
狡賢いわね!

エイプリルとサマーがトレイを手に戻って来た。
エイプリルはまだ心配そうに、チラチラとこちらを伺っていたので、わたしは笑って見せた。

「先の事は、もう忘れましょう。
ウイリアム様があれだけ言って下さったんだもの、怖い者知らずはいないわよ」

「はい…でも、悔しいです」

エイプリルが唇を噛む。
わたしは抱きしめてあげたくなった。
勿論、我慢したけど。

「ありがとう、エイプリル。
でも、わたしは本当に気にしていないから。
わたしは自分の出自を恥ずかしいとは思っていない。
だって、わたしの母は優しくて誠実で、最高に素敵な女性だもの!
母を知らない人たちが何を言った処で、傷つけられたりはしないわ、あんなの、犬の遠吠えよ!」

悔しくはあるが、人の口には戸が立てられない。
母がどんな人かは、わたしや父が知っていれば良い。
わたし自身が胸を張っていればいい___

「はい!あたしも、遠吠えだと思う事にします!
あんな意地悪な人たちの言う事なんて、気にしません!
だって、あの人たちは、ルーシー様の事、何も知らないから!」

エイプリルが緑色の瞳をキラキラとさせて言うので、わたしは堪らず、抱きしめた。
うう~~~!!イイ子!!!
エイプリルは「きゃ!」と驚いたが、抱きしめ返してくれた。

「羨ましい…」

ん??空耳かしら??

抱擁を解き、ウイリアムの方を見ると、彼はもうサンドイッチを平らげていた。
そして、悠然と紅茶を飲みつつ…「君は強いな」と呟いた。



食堂を出て、エイプリル、サマーと一緒に女子部棟へ向かっていた時だ。

「あそこで出て来るのは、卑怯だよなー」
「ああ、ウイリアム様だろう?」

前を歩く男子生徒たちの会話が聞こえてきた。
ウイリアムの名を聞き、意識が耳に集まった。

「王子だからって、学院の事にまで介入すんなっての…」
「王子だろうと、学院では一生徒だってのに、偉そうなんだよ…」

わたしは陰口に驚いていた。
ウイリアムは人気者だし、敵などいないと思っていたのだ。

王子であっても、学院では一介の生徒___
それは正しいが、ウイリアムのお陰で、教師を呼ばずに済んだし、大事にもならなかったというのに…
酷くもやもやとし、わたしは唇を曲げ、前を行く男子生徒たちの背中を睨みつけた。

「ウイリアム様ってさー、本当は王の子じゃないんだろう?」

え?

「噂はあるよな、王妃と宰相がデキてたんだろう?
それで、心中とか、ヤベーよな…」

王妃と宰相が?
心中!?

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