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本章
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しおりを挟む「それで、何をしに来られたのですか、殿下。
わたしをからかいに来た訳ではありませんよね?」
「勿論だよ、見て分からないかな、昼食を食べに来た」
ウイリアムはこれ見よがしにサンドイッチを頬張った。
王子様といえ、流石は男子で、一口が大きいわ…
それでいて、流石王子で、食べ方が綺麗だ。
つい、感心して眺めてしまっていた。
「僕が食事をするのが、そんなに珍しい?
王子も君たちと同じ人間だよ?」
わたしはパッと、視線を自分の手元のサンドイッチに変えた。
「そうですね、本の中でしか知りませんでしたから、夢見ていたかもしれません」
ツンと澄まして答えると、ウイリアムは「ぷっ」と吹いた。
本当、失礼な王子様だわ!
前の時は遠目に見るだけだったから気付かなかったけど、かなりの笑い上戸みたい!
ウイリアムはしばし、顔を伏せ、肩を震わせていたが、何とか抑えたのか、顔を上げた。
目はおかしそうだし、口元も緩んでいるけど!
「理想を壊してしまって、悪かったね」
悪いと思うなら、消えてくれればいいのに。
わたしは内心で呟き、サンドイッチに齧り付いた。
「不満そうだけど、僕がいたら邪魔かな?」
「はい」と答えると、ウイリアムではなく、その隣のザカリーが殺気立ち、わたしを睨んで来た。
流石、護衛ね!怖いじゃないの!
ザカリーは黒髪に黒目で、普段はウイリアムの陰の如く、物静かだが、聞く所によると、かなり怖い人らしい。
特に、ウイリアムの事では切れやすいとか…
すっかり忘れていた事を思い出す。
どうせなら、もっと早くに思い出すんだったけど!
「先日忠告…いえ、僭越ながら、ご意見させて頂いたと思いますが、
殿下が特定の女子と仲良くすれば、嫉妬が生まれます。
無益な争いに巻き込まれたくはありません」
「君は弱虫には見えないが?」
弱虫ですって!?
わたしはジロリとウイリアムを睨み見た。
「弱虫ではありませんが、争い事は嫌いです!
それに、わたしの大切なエイプリルを巻き込まないで下さい!」
隣のエイプリルが息を飲んだ。
少し大袈裟だった?
それとも、余計なお世話だと怒らせたかしら?
わたしは内心焦ったが、エイプリルが何か言う事は無かった。
ウイリアムはチラリと目だけで、わたしとエイプリルを見て…
「仲が良いんだね」と笑った。
「そうです、だから、邪魔しないで下さい!」
ザカリーがすっかり殺気を収め、サンドイッチを食べているので、
わたしはキッパリと言ってやった。
「だけど、僕もエイプリルは《友》だと思っている、そうだよね、エイプリル?」
ウイリアムに聞かれ、エイプリルは「えっ、えっ?」と戸惑っていたが、「はい」と頷いた。
ウイリアムは「ほら!」と言う様に、わたしに得意気な顔を見せる。
そんなの、エイプリルがお人好しなだけよ!と言いたいが、
エイプリルは恐らく、ウイリアムが好きなのよね…むむむ、こっちの方が分が悪いわ!
「僕が特定の女子と仲良くすれば、嫉妬が生まれ、無益な争いになるという事だけど、
それなら、不特定多数であれば問題はない、という事だよね?」
「は??酒池肉林でもするおつもりですか??」
あ、つい、口に出してしまった!
わたしは慌てて手で口を覆ったが、ザカリーの眉間には、深い皺があった。
だが、当のウイリアムは笑顔だった。
「そこまではしないよ!一応、僕も王子だから、名を穢す事は出来ない。
僕がエイプリルと親しくしていれば、確かに目を付けられるかもしれない」
『かも』なんかじゃなくて、しっかり、目を付けられているのよ!!
「だから、君とも仲良くする事にするよ、ルーシー」
「は???」
「エイプリルが《特別ではない》と知らしめるには、友を増やせばいい。
だけど、信用出来る女子生徒は、今の所、君だけだ。
ルーシー、僕の友になってくれるかい?」
嫌に決まっているじゃない!と、口から出そうになったが、ザカリーに睨まれたので、何とか耐えた。
「エイプリルの為にも」
ウイリアムがにこりと笑い、付け加えた。
人の良さそうな顔をして、中々強かな人ね!!
チラリとエイプリルを見ると、エイプリルは手の指を組み、緑色の瞳をキラキラとさせ、わたしを拝んでいた。
『お願い!ルーシー!』と幻聴まで聞こえてきた。
わたしは額を押さえ、「はぁ…」と嘆息すると、「いいわよ」と答えた。
「ありがとう、ルーシー」
ウイリアムは満足そうだ。
ザカリーも眉間の皺を消し、紅茶を飲んでいる。
エイプリルは顔を真っ赤にして、両手で口元を隠していた。
そんなに、喜ばれたら…
まぁ、いいかなって、思っちゃうわ…
それに、考えてみれば、ウイリアムの言う事も一理ある。
二人が親しいから、周囲は妬むのであって、そこに数名女性が入れば、
ただの軽い付き合いだと思うだろう。
オリヴィアがそう思ってくれるかは、謎だけど…
「わたしたちがオリヴィア様に恨まれない様に、
今まで以上に、オリヴィア様を大事になさって下さいね?」
「『大事に』というのは、どんな風なのかな?
一応、婚約者の務めは果たしているんだが…」
ウイリアムの言う、《婚約者の務め》とは、行事やパーティへの同伴、誕生日の贈り物の事だった。
「それだけ?」
「王家の仕来りではね、だけど、家同士の結婚なら、その様なものだろう?」
ウイリアムが当然の様に言うので、わたしは呆れてポカンと口を開けてしまった。
「それは、そうかもしれませんが…
本気で結婚を考えるなら、距離を縮めようとお考えになりませんか?
相手と話し、相手がどの様な考えをお持ちか、どの様な人なのか、
知る必要がありますし、知れば、愛情も深まるでしょう?
愛情があれば、自ずと態度に現れるものですわ…」
公の場で同伴し、誕生日に贈り物をするだけなんて、あまりに素っ気ない。
だけど、それは、二人の間に愛情が無い…若しくは、まだ小さいからかもしれない。
相手を好きになれば、自ら、何かをしたいと行動する筈だ___
「君がロマンチストだという事は分かったよ、ルーシー」
「馬鹿にしてる??」
「いや、いいと思うよ、実際、君の言う通りかもしれない。
だが、相手がオリヴィアでは、中々難しい…」
そうね、あのオリヴィアだものね…
ああ、少し、同情しそうになってしまったわ。
「オリヴィア自身、僕には何も求めていない様だし…」
「まさか!」
何も求めていないなら、オリヴィアがエイプリルを目の敵にし、毒を盛る事はなかった筈だ。
それで、思わず声を上げてしまい、ウイリアム、エイプリル、ザカリーの視線を集めてしまった。
「つまり、女性からというのは、慎ましいオリヴィア様はなさらないでしょうから…」
「オリヴィアが慎ましい?」
十中八九、違うわね。
わたしは「コホン」と咳ばらいをした。
「女性から男性の気を惹くのは、ふしだらとも見えますので、
ここは、ウイリアム様の方から、オリヴィア様にアプローチなさるのが一番かと…」
「アプローチね…どんな風に?」
わたしは頭を巡らせた。
とはいえ、わたしは男性と付き合った事は無いし、婚約した事もない…
チラリとエイプリルに助けを求めるも、彼女は『わくわく』と期待してわたしを見ている。
ああ…
忘れていたけど、エイプリルは察しの悪い子だった…唯一の欠点ね。
助けは当てにできないので、わたしはそれを絞り出した。
「積極的にお会いになって、会話を楽しむとか…」
「オリヴィアは碌に相槌を打たないし、興味の無い話は聞き流す習性を持っていてね、会話を楽しめる相手ではない」
流石は婚約者で、良く分かっている。
わたしだって、オリヴィアと会話を楽しむなんて無理だわ…
オリヴィアは言いたい事だけを言い、相手の話は聞かない。
オリヴィアの趣味は、人に命令する事だ。
「それでは、会話の代わりに、愛を囁くとか…
ああ!恋文はいかがですか?」
直接顔を見なくても済む。
「良い案だけど、そういう気持ちになるのが先じゃないかな、
婚約しているとはいえ、騙しているみたいで心苦しい…」
意外と真面目なのね…
「それじゃ、こんな風に、昼食を一緒に取るのはいかがですか?
一緒に食事をするだけで、一緒に過ごしたという《事実》は作れます!
自分の為に、一緒に時間を過ごそうとしてくれているのだと、オリヴィア様も感激しますわ!」
これぞ、名案だ!
「それなら出来そうだ、試してみるよ、ありがとう、ルーシー」
「いいえ、どういたしまして、頑張って下さいね、ウイリアム様!」
わたしは笑顔で言ったが、ウイリアムは何処か浮かない顔だった。
それから、薄く笑い、静かに言った。
「君は友達思いだね、そういう処、いいと思うよ」
ウイリアムは紅茶を飲み干すと、ザカリーに声を掛け、席を立った。
なんだか、もやもやとする…
これは、何かしら?
サンドイッチの食べ過ぎかしら??
「ルーシー様!あたしも、ルーシー様は友達思いで、素敵だと思います!」
エイプリルが天然を発揮したので、わたしの中の靄も消え去った。
「ありがとう!うれしいわ!大好きよ、エイプリル!」
わたしは照れ隠しに、エイプリルを抱擁したのだった。
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