上 下
9 / 20
本章

しおりを挟む

「それで、何をしに来られたのですか、殿下。
わたしをからかいに来た訳ではありませんよね?」

「勿論だよ、見て分からないかな、昼食を食べに来た」

ウイリアムはこれ見よがしにサンドイッチを頬張った。
王子様といえ、流石は男子で、一口が大きいわ…
それでいて、流石王子で、食べ方が綺麗だ。
つい、感心して眺めてしまっていた。

「僕が食事をするのが、そんなに珍しい?
王子も君たちと同じ人間だよ?」

わたしはパッと、視線を自分の手元のサンドイッチに変えた。

「そうですね、本の中でしか知りませんでしたから、夢見ていたかもしれません」

ツンと澄まして答えると、ウイリアムは「ぷっ」と吹いた。
本当、失礼な王子様だわ!
前の時は遠目に見るだけだったから気付かなかったけど、かなりの笑い上戸みたい!
ウイリアムはしばし、顔を伏せ、肩を震わせていたが、何とか抑えたのか、顔を上げた。
目はおかしそうだし、口元も緩んでいるけど!

「理想を壊してしまって、悪かったね」

悪いと思うなら、消えてくれればいいのに。
わたしは内心で呟き、サンドイッチに齧り付いた。

「不満そうだけど、僕がいたら邪魔かな?」

「はい」と答えると、ウイリアムではなく、その隣のザカリーが殺気立ち、わたしを睨んで来た。
流石、護衛ね!怖いじゃないの!
ザカリーは黒髪に黒目で、普段はウイリアムの陰の如く、物静かだが、聞く所によると、かなり怖い人らしい。
特に、ウイリアムの事では切れやすいとか…
すっかり忘れていた事を思い出す。
どうせなら、もっと早くに思い出すんだったけど!

「先日忠告…いえ、僭越ながら、ご意見させて頂いたと思いますが、
殿下が特定の女子と仲良くすれば、嫉妬が生まれます。
無益な争いに巻き込まれたくはありません」

「君は弱虫には見えないが?」

弱虫ですって!?
わたしはジロリとウイリアムを睨み見た。

「弱虫ではありませんが、争い事は嫌いです!
それに、わたしの大切なエイプリルを巻き込まないで下さい!」

隣のエイプリルが息を飲んだ。
少し大袈裟だった?
それとも、余計なお世話だと怒らせたかしら?
わたしは内心焦ったが、エイプリルが何か言う事は無かった。

ウイリアムはチラリと目だけで、わたしとエイプリルを見て…

「仲が良いんだね」と笑った。

「そうです、だから、邪魔しないで下さい!」

ザカリーがすっかり殺気を収め、サンドイッチを食べているので、
わたしはキッパリと言ってやった。

「だけど、僕もエイプリルは《友》だと思っている、そうだよね、エイプリル?」

ウイリアムに聞かれ、エイプリルは「えっ、えっ?」と戸惑っていたが、「はい」と頷いた。
ウイリアムは「ほら!」と言う様に、わたしに得意気な顔を見せる。

そんなの、エイプリルがお人好しなだけよ!と言いたいが、
エイプリルは恐らく、ウイリアムが好きなのよね…むむむ、こっちの方が分が悪いわ!

「僕が特定の女子と仲良くすれば、嫉妬が生まれ、無益な争いになるという事だけど、
それなら、不特定多数であれば問題はない、という事だよね?」

「は??酒池肉林でもするおつもりですか??」

あ、つい、口に出してしまった!
わたしは慌てて手で口を覆ったが、ザカリーの眉間には、深い皺があった。
だが、当のウイリアムは笑顔だった。

「そこまではしないよ!一応、僕も王子だから、名を穢す事は出来ない。
僕がエイプリルと親しくしていれば、確かに目を付けられるかもしれない」

『かも』なんかじゃなくて、しっかり、目を付けられているのよ!!

「だから、君とも仲良くする事にするよ、ルーシー」

「は???」

「エイプリルが《特別ではない》と知らしめるには、友を増やせばいい。
だけど、信用出来る女子生徒は、今の所、君だけだ。
ルーシー、僕の友になってくれるかい?」

嫌に決まっているじゃない!と、口から出そうになったが、ザカリーに睨まれたので、何とか耐えた。

「エイプリルの為にも」

ウイリアムがにこりと笑い、付け加えた。
人の良さそうな顔をして、中々強かな人ね!!

チラリとエイプリルを見ると、エイプリルは手の指を組み、緑色の瞳をキラキラとさせ、わたしを拝んでいた。
『お願い!ルーシー!』と幻聴まで聞こえてきた。
わたしは額を押さえ、「はぁ…」と嘆息すると、「いいわよ」と答えた。

「ありがとう、ルーシー」

ウイリアムは満足そうだ。
ザカリーも眉間の皺を消し、紅茶を飲んでいる。
エイプリルは顔を真っ赤にして、両手で口元を隠していた。

そんなに、喜ばれたら…
まぁ、いいかなって、思っちゃうわ…

それに、考えてみれば、ウイリアムの言う事も一理ある。
二人が親しいから、周囲は妬むのであって、そこに数名女性が入れば、
ただの軽い付き合いだと思うだろう。

オリヴィアがそう思ってくれるかは、謎だけど…

「わたしたちがオリヴィア様に恨まれない様に、
今まで以上に、オリヴィア様を大事になさって下さいね?」

「『大事に』というのは、どんな風なのかな?
一応、婚約者の務めは果たしているんだが…」

ウイリアムの言う、《婚約者の務め》とは、行事やパーティへの同伴、誕生日の贈り物の事だった。

「それだけ?」

「王家の仕来りではね、だけど、家同士の結婚なら、その様なものだろう?」

ウイリアムが当然の様に言うので、わたしは呆れてポカンと口を開けてしまった。

「それは、そうかもしれませんが…
本気で結婚を考えるなら、距離を縮めようとお考えになりませんか?
相手と話し、相手がどの様な考えをお持ちか、どの様な人なのか、
知る必要がありますし、知れば、愛情も深まるでしょう?
愛情があれば、自ずと態度に現れるものですわ…」

公の場で同伴し、誕生日に贈り物をするだけなんて、あまりに素っ気ない。
だけど、それは、二人の間に愛情が無い…若しくは、まだ小さいからかもしれない。
相手を好きになれば、自ら、何かをしたいと行動する筈だ___

「君がロマンチストだという事は分かったよ、ルーシー」

「馬鹿にしてる??」

「いや、いいと思うよ、実際、君の言う通りかもしれない。
だが、相手がオリヴィアでは、中々難しい…」

そうね、あのオリヴィアだものね…
ああ、少し、同情しそうになってしまったわ。

「オリヴィア自身、僕には何も求めていない様だし…」

「まさか!」

何も求めていないなら、オリヴィアがエイプリルを目の敵にし、毒を盛る事はなかった筈だ。
それで、思わず声を上げてしまい、ウイリアム、エイプリル、ザカリーの視線を集めてしまった。

「つまり、女性からというのは、慎ましいオリヴィア様はなさらないでしょうから…」

「オリヴィアが慎ましい?」

十中八九、違うわね。
わたしは「コホン」と咳ばらいをした。

「女性から男性の気を惹くのは、ふしだらとも見えますので、
ここは、ウイリアム様の方から、オリヴィア様にアプローチなさるのが一番かと…」

「アプローチね…どんな風に?」

わたしは頭を巡らせた。
とはいえ、わたしは男性と付き合った事は無いし、婚約した事もない…
チラリとエイプリルに助けを求めるも、彼女は『わくわく』と期待してわたしを見ている。

ああ…
忘れていたけど、エイプリルは察しの悪い子だった…唯一の欠点ね。

助けは当てにできないので、わたしはそれを絞り出した。

「積極的にお会いになって、会話を楽しむとか…」

「オリヴィアは碌に相槌を打たないし、興味の無い話は聞き流す習性を持っていてね、会話を楽しめる相手ではない」

流石は婚約者で、良く分かっている。
わたしだって、オリヴィアと会話を楽しむなんて無理だわ…
オリヴィアは言いたい事だけを言い、相手の話は聞かない。
オリヴィアの趣味は、人に命令する事だ。

「それでは、会話の代わりに、愛を囁くとか…
ああ!恋文はいかがですか?」

直接顔を見なくても済む。

「良い案だけど、そういう気持ちになるのが先じゃないかな、
婚約しているとはいえ、騙しているみたいで心苦しい…」

意外と真面目なのね…

「それじゃ、こんな風に、昼食を一緒に取るのはいかがですか?
一緒に食事をするだけで、一緒に過ごしたという《事実》は作れます!
自分の為に、一緒に時間を過ごそうとしてくれているのだと、オリヴィア様も感激しますわ!」

これぞ、名案だ!

「それなら出来そうだ、試してみるよ、ありがとう、ルーシー」

「いいえ、どういたしまして、頑張って下さいね、ウイリアム様!」

わたしは笑顔で言ったが、ウイリアムは何処か浮かない顔だった。
それから、薄く笑い、静かに言った。

「君は友達思いだね、そういう処、いいと思うよ」

ウイリアムは紅茶を飲み干すと、ザカリーに声を掛け、席を立った。

なんだか、もやもやとする…
これは、何かしら?
サンドイッチの食べ過ぎかしら??

「ルーシー様!あたしも、ルーシー様は友達思いで、素敵だと思います!」

エイプリルが天然を発揮したので、わたしの中の靄も消え去った。

「ありがとう!うれしいわ!大好きよ、エイプリル!」

わたしは照れ隠しに、エイプリルを抱擁したのだった。

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

ちっちゃな王妃様に最も愛されている男

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:106pt お気に入り:2,130

婚約破棄って…私まだ12歳なんですけど…

恋愛 / 完結 24h.ポイント:184pt お気に入り:141

封印されし魔王、自称モブ生徒に転生す!

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:643

親が決めた婚約者ですから

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:497pt お気に入り:1,311

どうかこの偽りがいつまでも続きますように…

恋愛 / 完結 24h.ポイント:319pt お気に入り:3,560

嫌われた令嬢、ヒルダ・フィールズは終止符を打つ

恋愛 / 完結 24h.ポイント:35pt お気に入り:719

処理中です...