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本章

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一週間が経ち、母から手紙の返事が届いた。
封筒の宛先、母の筆跡を目にし、わたしは安堵した。

「ああ、無事だったのね!良かった…」

急いで封を破り、手紙を読んだ。

『怖い夢を見たのね、今はもう大丈夫?』
『あまり考え込んでは駄目よ?』
『何かあれば、手紙を書いてね、必要なら、いつでも助けに行くわ』

『大丈夫よ、あなたは独りじゃない、私たちがいるわ。
それに、オリヴィア様もいるでしょう?』

「オリヴィアなんて…」

今となっては、皮肉だ。
わたしは苦笑し、頭を振った。

『勉強も大事だけど、学院生活を楽しんでね、今しか出来ない事よ。
今を大切にして、ルーシー』

母の言葉が胸に沁みる。
母はわたしを心配してくれていたし、幸せを願ってくれていた。

「お母様、ごめんなさい…」

今は楽しめない。
楽しむ事は出来ない。

わたしには、大きな課題があるから___

「もう、二度と、同じ過ちは繰り返さない…」

母を悲しませる様な事はしない。
母を死なせる事も、絶対にしないわ!


◇◇


わたしはあれから少しづつ、オリヴィアたちに仕掛け始めた。

朝、わたしは高位貴族用の寮の前で待ち、オリヴィアに挨拶をし、鞄を持ち事になっている。
わざと寝坊してやると、彼女たちは先に校舎に行っていた。
わたしは悠々と校舎に行き、鐘が鳴り終わる直前に、教室に駆け込んだ。

「ああ!良かった!間に合ったわ!」

わたしが能天気な声を上げて席に着くと、ベリンダとマーベルが恐ろしい顔で振り返った。
オリヴィアは不機嫌なのか、こっちを見向きもしない。

「オリヴィア様、ベリンダ様、マーベル様、お早うございます」

「お早うじゃないでしょう!オリヴィア様を待たせておいて、謝罪はないの!?」

「ああ!そうだわ!遅刻しそうで動転していたんです!
オリヴィア様の荷物を運ぶ事が出来ず、申し訳ありませんでした。
昨夜は課題に手古摺ってしまって…でも、ご安心下さい、何とか二人分書けましたので…」

「ルーシー!いいから、お黙りなさい!」

ベリンダが怒鳴った処で、教師が入って来た。
そして、顔を顰めてこちらを見た。

「騒がしいですね、ベリンダ、何かあったのですか?」

「い、いえ、何もありません、失礼致しました」

ベリンダの威光は、教師たちには通じず、ベリンダはすごすごと前を向き直った。
わたしはニヤリと笑い、授業の準備をした。

大体、三日に一度は寝坊をする事にし、移動教室にもかなりの頻度でギリギリに行く事にした。
『時間にルーズで信頼出来ない』『案外、いい加減』『天然』と思わせたかったのだ。
『そういう人間』と思って貰えれば、わたしが何をやらかした処で、疑われる事は無いからだ。


「しっかりしなさいよ、ルーシー!遅刻するなんてしていたら、卒業出来ないわよ!」

叱り役は多くの場合、ベリンダだ。
オリヴィアはいざという時に出て来る大ボス。
マーベルは三人の中で一番下っ端の様で、発言権はなく、二人にヘコヘコし、盛り上げたり煽ったりする。

「申し訳ありません…最近、疲れているのか、眠れなくて…
課題も思う様に進まなくて…」

「今度遅れたら…」と、ベリンダはオリヴィアを見る。
オリヴィアはツイと顎を上げただけだった。
仕方ないので、わたしは聞き返してあげた。

「今度遅れたら?」

「今度遅れる事があれば…昼食抜きの罰よ!」

「ええ!?そんな!それだけは、ご勘弁下さい!
わたし、食べないと頭が働かないんです!他の事なら、何でもしますので!お願いします!!」

「それじゃ…オリヴィア様の椅子磨きをして頂くわ」

「そんな!オリヴィア様の椅子磨きが罰則なんて!
それでは、オリヴィア様に失礼ではありませんか?
だって、オリヴィア様の椅子なら、いつでも磨きたいですもの!」

オリヴィアは満足そうに頷き、それからベリンダをギロリと睨んだ。
ベリンダは青くなり、それを撤回した。

「ええ、そうでしょうとも!今のは、あなたの忠誠心を試しただけよ!
罰則はその時に決める事にします、あなたが遅れなければ済む話ですもの!」

「はい!わたし、決して遅れたりしませんわ!」

わたしは大見栄を切り、そして、遅刻を続けたのだった。
オリヴィアもベリンダもマーベルも、要はわたしに課題をやらせたい為、それを侵害する罰則は言い渡せないのだ。
その為、効果的な罰則が思い浮かばず、今の所、なあなあになっている。


その他にも、肩を揉めと言われれば、思いきり力を込めて揉んでやった。

「ひ!!強過ぎよ!もっと、優しくなさい!ひっ!」

「ええ?そうですか?でも、力を入れないと、解れませんよ?」

「ひっ!お止めなさいと言っているで…ひぃ!」

「ですが、オリヴィア様の体の為を思えば…えい!えい!」

「ひいいいい!!」

オリヴィアに悲鳴を上げさせた者は、わたし位だろう。
勿論、力を入れた方が良いなどという事は、真っ赤な嘘だ。

「もう!こうだって言っているでしょう!」
「マーベルを見習いなさい!」

ベリンダとマーベルが、実演で教えるのを、「成程!分かりました!」と言いつつも、無視してやっていたら、
等々、向こうが根を上げた。

「オリヴィア様、ルーシーには無理です…」
「あの人、勉強しか出来ないんですよ…」
「全く、何て役立たずなのかしら!」
「やっぱり、メイドの血が入っていると、出来が悪いのね…」

わたしは冷水を浴びせられた気がした。

前の時、三人がわたしの出生を口に出した事は無かった。
皆が知っている事なので、当然知っているとは思っていたが、
口に出さないのは、友達、仲間だと思っているからだと、都合良く解釈していた。

だけど、今なら分かる。

口にしなかったのは、わたしがただ、彼女たちにとって、都合の良い小間使いだったからで、
内心では、皆と同じく、蔑んでいたのだ___

「ふふふ…」

本心が知れて良かった。
これで、手加減なんてせずに、思い切り、復讐出来るもの___!


◇◇


昼食は、わたしはオリヴィアたちと一緒に、食堂ではなく、隣接する《カフェ》を使っている。
カフェは主に高位貴族の生徒たち用で、料金は食堂の十倍はするので、
オリヴィアたちと過ごす様になるまでは、近寄りもしない場所だった。

別に、ウエストン伯爵家は貧乏ではない。
だが、わたしが散財などしようものなら、アンドリューやジェニファーが、母を責めるに決まっている。
館にいた時から、あの二人は、わたしたちが一年に一度ドレスを新調しただけで、大声で嫌味を言って周っていた。
それで、母もわたしも、慎ましい生活が身に付いたのだ。

オリヴィアと一緒であれば、間違いなく奢って貰えたので、わたしも付き合っていた。
勿論、わたしの役割は、給仕だ。

オリヴィアの椅子を引き、紅茶を淹れる。
ただ、流石は高位貴族の令息令嬢向けともあり、席に着けばウエイトレスが注文を取りに来てくれるし、
食後に皿を片付ける必要も無かった。
食堂であれば、どうなっていたか…考えたくないわね。

いかにも高級で、手間暇掛かった料理を堪能した後、丁度良いタイミングで、デザートが運ばれて来た。
小さなケーキが数種類並んでいて、その中から、一つ選ぶのだが、全てオリヴィアが決めていた。

「そちらを頂戴」

オリヴィアが選んだケーキと同じ物が、わたしたちに配られる。
支払いがオリヴィアなので不満もないが、何故皆一緒の物にしたがるのか…それは謎だった。

わたしは立ち上がり、紅茶のポットを取った。
そして、カップに紅茶を注いで周るのだが…

ガチャン!

ポットをカップにぶつけてしまい、カップを倒してしまった。
中に入っていた紅茶は当然、テーブルに広がり、側にいたオリヴィアの制服を濡らした。
これには流石のオリヴィアも憤った。

「キャー!何するのよ、この間抜け!!」

勢い良く立ち上がると同時に、わたしの頬を平手打ちした。
バシ!!

「!!」

紅茶を零したのはわざとだが、平手打ちをされるとは思っていなかったので、驚いた。
まぁ、オリヴィアなら不思議はないわね…
わたしは直ぐに紅茶のポットを置き、その場に平伏した。

「オリヴィア様!申し訳ございません!!」

「謝って済む事ではなくてよ!ルーシー!
これまでは大目に見て来ましたけど、もう、我慢出来ないわ!」

恐ろしいまでの殺気を感じ、わたしは床に頭を付けたまま、身を強張らせた。

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