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本章

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わたしが復讐したいのは、オリヴィア、バーレイ公爵、ついでにベリンダとマーベル。
そして、エイプリルとウイリアムだ!

オリヴィアは、エイプリルに嫉妬し、意地悪をし、毒殺を企み、あまつさえわたしに罪を着せた。

バーレイ公爵は、わたしの家族を盾に取り、脅し、わたしに罪を被る様に仕向けた。

ベリンダとマーベルは小者だが、わたしを小間使いにした日々の恨みが積もっている。

エイプリルは毒殺されたが、彼女こそ、全ての発端と言える。
婚約者のいるウイリアムに手を出し、オリヴィアを煽ったからだ。
エイプリルさえいなければ、あんな騒ぎにはならなかっただろう。

そして、第三王子ウイリアム!
彼が婚約者を蔑ろにし、エイプリルに入れ込んだお陰で、オリヴィアが強硬手段に出たのだ!

彼等を痛い目に遭わせなければ、わたしの腹の虫はいつまでも収まらないだろう。

「そう…きっと神様は、わたしに復讐の機会を与えて下さったんだわ…」

わたしが復讐出来る様、わたしの時間を巻き戻してくれたのよ!


◇◇


わたしは、オリヴィア、ベリンダ、マーベルの後ろに付き、三人を観察した。
幸い、授業は一度受けているので、その余裕は十分にあった。
一度目の時には、余裕が無かったし、この頃は特に舞い上がっていたので、彼女たちの本性を見抜けなかった。
それに気付いた時には、もう手遅れで、わたしは三人から気に入られ、離れる事が出来なくなっていた。

でも、今回は、そうはいかないわよ?


「ルーシー、私の代筆をお願い出来るかしら?」

言葉こそ丁寧だが、これも最初だけだという事を知っている。
オリヴィアは笑顔だが、それは相手が断れないと分かっているからだ。

「その様な大役、わたしなどでよろしいのでしょうか?
ベリンダ様やマーベル様を差し置いて、わたしなどが恐れ多いですわ…」

わたしが自信無さげに言うと、オリヴィアは「まぁ!」と驚いた様に、
普段は長く濃い着けまつげで隠れている紫色の目を見開いた。

「あなたには感心するわ、ルーシー。
学院では、自分の立場を分からない、無礼な愚か者が多くて、うんざりしていたの。
あなたは正に、私が求めていた…」

小間使い?それとも、僕かしら?

そっと盗み見ると、ベリンダがオリヴィアに何かを囁いていた。

「友よ」

オリヴィアが真っ赤な唇の端を上げて、笑みを見せる。
見るからに怪しい笑みだが、以前のわたしは気付かなかった。
全く、自分が愚か者に思えるわ…

「勿体ない御言葉です、わたしなど、召使と思って下さって結構です」

「そう卑下しなくてよろしいのよ、でも、あなたが望むなら、仕方ありませんわね…」

オリヴィアはチラリとベリンダを見た。
ベリンダは頷き、急に胸を張り、顎をツンと上げた。

「ルーシー、オリヴィア様が出席する全ての授業の記録を取りなさい。
課題が出された時には、それもあなたがやるのよ、いいわね?」

マーベルは抱えていた記録用の用紙を、わたしに突き出した。
わたしは両手で恭しく受け取った。

「この様な大役を頂き、光栄に存じます、微力ながら務めさせて頂きます」

「ふふ、私を満足出来れば、悪い様にはしませんよ、ルーシー」

オリヴィアは満足そうに、ベリンダとマーベルは意地悪そうにニヤニヤと笑っていた。

ふん!笑っていられるのも、今の内よ!

とは言え、暫くの間は、彼女たちに大人しく従っている事にした。
早々に仕掛ければ、わたしを疑うだろう、そうなれば、わたしだけでなく、家族にも火の粉が飛んでしまう。
オリヴィアには、あのバーレイ公爵が付いているんだもの!
わたしを脅し、罪を認めさせた、あの公爵が___!


わたしは同時に、エイプリル・グリーン男爵令嬢の事も観察する事にした。

エイプリルは新入生女子部の首席という事で、本来ならば一目置かれる存在なのだが、
貧しい男爵家の令嬢という事で、逆に蔑まれ、近付く者もいなかった。
幾ら賢くても、貧しい男爵家では、付き合ったとしても利が無いという訳だ。

「エイプリルが出世したら態度を変えるのかしら?」

何と言っても、エイプリルは賢い。
入学試験だけでなく、課題や小試験でも良い成績を取っていた、と記憶している。
ゆくゆくは官僚になるかもしれない、いや、男爵家というだけで、試験には受からないだろうか…

「ああ!もしかして、それで、ウイリアム様に近付いたとか?」

第三王子であるウイリアムと親しくなれば、口添えして貰えるだろう。
王子の後ろ盾なら、完璧だ!

これまで、エイプリルの事をただの『世間知らずの馬鹿娘』と思っていたが、
少し見方を変えた方がいいかもしれない。

もし、彼女が自分の出世の為にウイリアムに近付き、オリヴィアの怒りを買ったのなら…

「自業自得過ぎるわ!!」

それなのに、関係の無いわたしが巻き込まれ、一家共々破滅させられるなんて!!
不条理過ぎる!

エイプリルがどんな女だろうと、何をしようと構わない。
ただ、他人を、わたしを巻き込みさえしなければ!


豊かなストロベリーブロンドは目を惹くものがあり、遠くからでも、エイプリルだと分かった。
彼女は物思いに耽っているのか、誰もいない廊下で一人、窓の外を眺めている。
まるで、『誰かかまって』と言わんばかりに、孤独感を放って…

伯爵家に引き取られた、十二歳の自分を思い出しそう…
ちょっと嫌な気持ちになり、わたしはそれを追い払った。

わたしはわざと足音を立てて歩き、そして、エイプリルの近を通す際に、転倒してみせた。

「きゃ!」

バサバサ!!

抱えていた用紙は床一面に散らばった。

「大変!」

わたしがわざとらしく声を上げて拾い始めると、エイプリルも一緒に拾ってくれた。
彼女は拾い集めた用紙を、「どうぞ」と控えめに差し出した。

意外と、良い子なのね…偽善かもしれないけど。

「ありがとう!助かったわ!」

「いえ、お怪我はありませんか?」

怪我の心配までしてくれるなんて…
やっぱり、良い子なのかもしれない。

一度目の時、わたしはエイプリルと直接話した事は無かった。
いつも遠目に見ていただけだ。
オリヴィアたちが彼女を虐めている時、後ろにいた事もあるが、
同情しながらも、声を掛けた事は一度も無かった。
あの時は、『オリヴィアに逆らえば、わたしまで巻き込まれる!』と、
見て見ぬ振りが当然だと思っていたけど…
忘れていた罪悪感が蘇り、胸がチクリと痛んだ。

「ええ、大した事はなさそう、心配して下さってありがとう。
わたしは二年A組、ルーシー・ウエストン伯爵令嬢です。
あなた、一年生?名前は?」

エイプリルは身を縮め、小さな声で名乗った。

「はい、新入生です…エイプリル・グリーン、男爵令嬢…です」

「エイプリル・グリーン男爵令嬢?
もしかして、入学試験で首席だった?」

「はい…」

「首席だなんて凄いわ!お近づきになれて光栄よ!
今度一緒にお茶でもしましょう」

わたしがにこやかに誘うと、エイプリルは大きな緑色の瞳を更に大きくした。
それから、ポッと頬を染め、「はい、お願いします」と顔をほころばせた。
わたしたちは「ごきげんよう」と、笑顔で別れた。

確かに、可愛らしい…

頼りなく見え、小動物の様な可愛らしさも相まって、保護欲を掻き立てられる。
男子生徒たちに人気があるのも頷けるというものだ。

「彼女、天然かしら?」

演じている様には見えなかった。
いっそ、演じてくれていた方が、こちらもやりやすいのだが…

「困ったわね…」

あんな子相手に、どう復讐したらいいの??


◇◇


取り敢えず、エイプリルとは無事に知り合えたので、暫くは、見掛けたら挨拶をする様にしていた。

「エイプリル、これから移動教室?」
「はい、実験教室に…」
「そう、頑張ってね!」
「はい!」

わたしが声を掛けると、エイプリルの暗かった顔が一変する。
緑色の瞳は輝き、頬は薔薇色だ。
自分に懐いてくれているのが分かり、正直、悪い気はしなかった。

「子羊みたいなのよね…」

因みに、オリヴィアは大蛇で、ベリンダとマーベルは嫌われ虫だ。

「ルーシー!あなた、何処に行ってたのよ、探したでしょう!」

怒りに満ちた声で、わたしは我に返った。
噂をすればなんとやらで、ベリンダが腰に手をやり、仁王立ちになっていた。
マーベルは隣で、教科書等を抱えてニヤニヤと笑っており、
オリヴィアは後ろで面倒そうに、自分の指を見ていた。

「お花摘みですが、いかがなさいましたか?」

わたしが言うと、ベリンダはあんぐりと口を開け、言葉を失った様だ。

「そちらはオリヴィア様のお荷物ですか?わたしがお持ち致します。
ああ!自分の分も用意しなきゃ!申し訳ありませんが、先に行って下さい___」

わたしはマーベルから教科書等を受け取り、再び教室に入った。
ベリンダとマーベルは呆気に取られていたが、「遅れたら承知しないわよ!」と言い放ち、その場を立ち去った。
わたしは用意していた教科書等を一緒に抱え、ゆっくりと教室を出た。


「カラン、カラン…」

移動先の教室の手前で始業の鐘が鳴り出し、わたしは慌てて教室に駆け込んだ。

「きゃ!!」

急いでいたわたしは、教室に入るなり、転倒した。
周囲は驚き、振り返ったが、助ける者はいない。
オリヴィアは当然、振り向きもせず、ベリンダとマーベルもニヤニヤとして見ているだけだ。

わたしが散らばった物を搔き集め、立ち上がった時、丁度教師が入って来た。

「そこ!何をしていますか、授業は始まっていますよ!」

「すみません!転んでしまって…
ああ!どうしよう!オリヴィア様の教科書が!!
オリヴィア様!教科書を汚してしまい、申し訳ありません!
わたしの方は汚れていませんので、こちらをお使い下さい…」

教室は鎮まり返っていたので、わたしの声は良く通った。

「ルーシー!しー!しー!」

ベリンダは必死に『しゃべるな』というジェスチャーをしてきたが、わたしは分からない振りをした。
キョトンとし、ベリンダと同じ様に、人指し指を立てて見せる。

「しー?それは、何ですか?」
「もう、いいから!座りなさいよ!!」
「はい、それでは、オリヴィア様はこちらを、遅れてしまい申し訳ありませんでした…」

わたしはそれを渡し、三人の後ろの席に座った。
これで、わたしがオリヴィアから荷物を持たされていた事は、教師にも伝わっただろう。
勿論、公爵令嬢に意見する事は出来ないので、流してはいたが、確実に心証は悪くなった筈だ。
わたしは内心でニヤリと笑いながら、ペンを取った。

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