3 / 20
本章
1
しおりを挟むわたしは、わたしをくだらない私怨に巻き込み、追い詰め、陥れた者たちを、絶対に許さない!
噴き上げる怒り、強固な決心がありながらも、
わたしは十七歳の、ただの伯爵令嬢に過ぎない。
公爵令嬢に対するには、あまりにも無力だ。
自分の無力さに打ちのめされる。
泣いても泣いても、涙は枯れない。
冷たい石床の上で、嗚咽し、悶え苦しんだ。
そして、わたしは光を見た。
「そうよ、方法はあるじゃない!」
自分よりも圧倒的な力を持つ者に、
わたしと同じ絶望や苦しみを味わわせる方法、それは…
わたしが命を絶ち、怨霊となる事___
「ふふふふ…」
彼等が怯え苦しみ、狂気する様が浮かび、わたしは笑っていた。
もう、何日も笑っていない。
あの日、エイプリル・グリーン男爵令嬢が命を落としてから、
もう、笑える日は来ないだろうと思っていたが、
体の奥から笑いが込み上げてきて、止まらない。
「あはははは!」
わたしは隅の小さなベッドに向かい、その質素なシーツを、音を立てて破り始めた。
破ったシーツを繋ぎ合わせ、そして、窓の格子に通す。
「さぁ、始めましょう、呪いの復讐劇を___」
絶望、憤り、狂気の衝動で、わたしは命を絶った。
恐怖よりもそれらが勝ったのだ。
絶対に呪い殺してやる___!
怨霊になれると信じ、強い憎しみを抱いたまま、意識を失ったのだが…
わたしは、再び目を覚ました。
「ここは?」
わたしは状況が分からなかった。
薄暗くはあるが、周囲は十分に見通せた。
広々とした一室に、鏡台、チェスト、ソファとテーブル、勉強机と椅子…
見慣れた部屋…そう、ここは王立貴族学院の女子中流貴族用の寮、わたしの部屋だ。
間違う筈がない、わたしはここで、一年半を過ごしたのだから___
「でも、どうして?」
わたしはエイプリル・グリーン男爵令嬢毒殺犯として、監獄に送られた筈だ。
そして、今朝、母の自害を知り、絶望した…
関わった者たち全員を恨み殺すと決め、自書を残し、自ら命を絶ったのだ。
わたしは自分の喉に手を当てた。
痛みは無い。
わたしは寝具を撥ね退け、鏡台に走り、鏡を覗き込んだ。
だが、首に痣は無い。
着ているものも、監獄で与えられた、質素な白いワンピースではなく、馴染みのある夜着だ。
それに、鏡に映る自分は、肌に張りがあり、髪には艶がある。
目はくぼんでいないし、隈も無く、血色も良い…見るからに健康的な娘だ。
「もう、一週間以上、碌に食べていないし、眠れなかったのに…」
わたしは訳が分からず、頭を振った。
勉強机の壁のカレンダーを見ると、《9月》となっていた。
「9月!?」
創立記念パーティは三月だ、それから一月も経っていないのに…
しかも、そのカレンダーには、《今日から二年生!》と記されている。
「もしかして、時間が戻ったの?」
信じ難い事だが、この不可解な状況では、そうとしか思えない。
壮大な仕掛けで、わたしを騙しているのではない限り…
もし、本当に、そんな奇跡が起こったとしたら…
「お母様は、生きている?」
瞬間、涙が溢れ、わたしはその場に崩れ落ち、泣いていた。
「ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!!」
只管に、母に謝りながら。
◇◇
涙が収まり、一番にした事は、母への手紙を書いた事だった。
どうしても、母の無事を確かめたかった。
全てを放り出して、ウエストン伯爵家に帰りたかったが、
そんな事をすれば、驚かせ、不安にさせるだけなので、手紙で我慢する事にしたのだ。
『お父様、お母様、お元気ですか?
今朝、嫌な夢を見て、心配しています。
どうか、手紙を読んだら、直ぐに返事を頂戴!それまでは、安心して眠れそうにありません___』
大袈裟では無く、本当の気持ちだ。
わたしは封をしてから、急いで学院の制服に着替えた。
そして、急ぎ足で管理室に行き、寮母に手紙を渡した。
「お早うございます、これを急ぎでお願いします」
「おはよう、あら、どうしたの?戻ったばかりなのに…」
戻ったばかり…
わたしはギクリとした。
「わ、わたし、長くいませんでしたか?」
お願い!病院から戻ってきた処だなんて言わないで!
直ぐに監獄から迎えが来るなんて言われたら…!!
緊張に硬直するわたしに、寮母はにこやかに笑った。
「ええ、皆も同じよ、夏休暇は長かったわね…
今日から新学期ね、頑張って___」
一気に気が抜け、わたしはフラフラと食堂へ向かった。
「今日から新学期、わたしの二回目の二年生が始まる…」
鞄を開けると、必要な物は全て揃っていた。
前日に用意して就寝する習慣があって良かった。
わたしは鞄を持ち、寮を出た。
そして、周囲を注意深く伺いつつ、学院に向かった。
まだ、完全に信じられなくて、恐々としている。
もし、夢を見ていて、覚めてしまったら…
あの冷え冷えとした監獄の中だったら___!
「ああ、夢なら、どうか一生、覚めないで…!」
ブツブツと言いながら、わたしは教室に入った。
新学期の席順は、成績順と決まっている。
わたしは三番なので、最前列の左から三番目だ。
席に着き、「ふぅ…」と詰めていた息を吐き出した。
早い時間の所為か、まだ誰も来ていない。
わたしは気を落ち着かせて、記憶を辿った。
新学期…
確か、オリヴィアが声を掛けて来た…
一年生が終わる少し前に、オリヴィアから声を掛けられる様になった事を思い出した。
「もう、遠い昔の事みたいだけど…」
当時は、『あのオリヴィア様から声を掛けて頂けた!』と喜んだものだ。
今となっては、ちゃんちゃらおかしい。
わたしはあの女に、利用され、最後には捨て駒にされたのだ!
「ああ!何て馬鹿だったのかしら!
何とかして、オリヴィアから逃げないと…」
わたしはそれを考えたが、ふと、違う考えが浮かんだ。
「待って、《逃げる》なんてしたら、オリヴィアを許すも同然じゃない?」
簡単に許してしまってもいいの?
時間が戻れば、無かった事にされるの?
彼等は、わたしの愛する母を追い詰め、命を奪った!
わたしを絶望に突き落とし、自害に追い込んだのよ!?
あの時でさえ、彼等は一欠けらの罪の意識も罪悪感も、持っていなかっただろう。
確かに、この時間世界では、彼等はまだ、罪は犯していない。
だけど、きっと、同じ事を繰り返す。
そうして、誰かが犠牲になる___
「呪い殺すまではしないわ、でも、少しは、痛い目を見て貰わなきゃ…」
わたしの口元は弧を描いていた。
教室にちらほらと生徒たちが入って来る。
挨拶を交わす者たちもいるが、わたしは友人もいないので、声を掛けられない限りは無言だ。
不意に、側に誰かの気配を感じた。
「ルーシー、お早いのね」
聞き慣れたオリヴィアの声に、わたしは反射的にゾゾゾとした。
わたしは平静を装い、立ち上がると、彼女に向けて頭を下げた。
「お早うございます、オリヴィア様」
オリヴィア、そして、一歩後ろに立つベリンダとマーベルも同様に、
満足そうな顔でわたしの後頭部を見下ろしている事だろう。
「あら、そんなに畏まらないで頂戴、ルーシー。
私たち、お友達でしょう?」
この言葉で、わたしを舞い上がらせたのよね…
内心で胡乱に思いつつ、わたしは頭を下げたままで言った。
「学院の一生徒に過ぎないわたしが、
あの高名なバーレイ公爵家のご令嬢であられるオリヴィア様のご友人など、
その様な畏れ多い事は許されません!
オリヴィア様、ベリンダ様、マーベル様、どうか、わたしの事は侍女とでもお思い下さい___」
「まぁ、良い心掛けね、益々気に入りましたよ、ルーシー。
そうだわ、私の隣の席に来なさい」
「オリヴィア様のお隣だなんて!とてもわたしなどには務まらないでしょう、
ベリンダ様やマーベル様を差し置く事は出来ません。
わたしは皆様の後ろの席で十分でございます」
「あら、ご自分を良く分かっているのね…
マーベル、私たちの後ろの席をルーシーに用意なさい」
こうして、わたしは彼女たちの後ろの席に代わる事となった。
元々座っていた生徒は、わたしの席に移った。
その指示や教師に許可を貰う役も、マーベルがしていた。
基本、《オリヴィア》の名を出せば、大抵の事は思い通りになる。
一度目の時は、わたしはオリヴィアの隣の席だった。
「あの女の隣なんて、冗談じゃないわ」
生理的に受け付けない、隣にいるなど、苦痛でしかない。
それに、後ろからだと三人の事が良く見える。
わたしは後ろから三人を眺めた。
「さぁ、どう、料理してやろうかしら?ふふふ」
94
お気に入りに追加
935
あなたにおすすめの小説
契約結婚の相手が優しすぎて困ります
みみぢあん
恋愛
ペルサル伯爵の婚外子リアンナは、学園に通い淑女の教育を受けているが、帰宅すれば使用人のような生活をおくっていた。 学園の卒業が近くなったある日、リアンナは父親と変わらない年齢の男爵との婚約が決まる。 そんなリアンナにフラッドリー公爵家の後継者アルベールと契約結婚をしないかと持ちかけられた。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結・7話】召喚命令があったので、ちょっと出て失踪しました。妹に命令される人生は終わり。
BBやっこ
恋愛
タブロッセ伯爵家でユイスティーナは、奥様とお嬢様の言いなり。その通り。姉でありながら母は使用人の仕事をしていたために、「言うことを聞くように」と幼い私に約束させました。
しかしそれは、伯爵家が傾く前のこと。格式も高く矜持もあった家が、機能しなくなっていく様をみていた古参組の使用人は嘆いています。そんな使用人達に教育された私は、別の屋敷で過ごし働いていましたが15歳になりました。そろそろ伯爵家を出ますね。
その矢先に、残念な妹が伯爵様の指示で訪れました。どうしたのでしょうねえ。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
悪役令嬢ってこれでよかったかしら?
砂山一座
恋愛
第二王子の婚約者、テレジアは、悪役令嬢役を任されたようだ。
場に合わせるのが得意な令嬢は、婚約者の王子に、場の流れに、ヒロインの要求に、流されまくっていく。
全11部 完結しました。
サクッと読める悪役令嬢(役)。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完】二度、処刑されたマリアンヌ・ブランシェットの三度目の人生は大きく変わりそうです
112
恋愛
マリアンヌ・ブランシェットは死ぬ度に処刑前に時が戻る。
三度目の巻き戻りで、なんとか生き延びようと画策している所に、婚約者の侍従がやって来て、処刑が取りやめとなり釈放される。
婚約者は他ならぬマリアンヌを処刑しようとした人物で、これまでの二度の人生で助けられることは無かった。
何が起こっているのか分からないまま婚約者と再会すると、自分は『魅了』によって操られていたと言い出して──
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
悪役令嬢の私が婚約破棄?いいでしょう。どうなるか見ていなさい!
有賀冬馬
恋愛
マリアンヌは悪役令嬢として名高い侯爵家の娘だった。
そんな彼女が婚約者のシレクサ子爵から婚約破棄を言い渡される。
しかし彼女はまったくショックを受ける様子もなく……
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】消えた姉の婚約者と結婚しました。愛し愛されたかったけどどうやら無理みたいです
金峯蓮華
恋愛
侯爵令嬢のベアトリーチェは消えた姉の代わりに、姉の婚約者だった公爵家の子息ランスロットと結婚した。
夫とは愛し愛されたいと夢みていたベアトリーチェだったが、夫を見ていてやっぱり無理かもと思いはじめている。
ベアトリーチェはランスロットと愛し愛される夫婦になることを諦め、楽しい次期公爵夫人生活を過ごそうと決めた。
一方夫のランスロットは……。
作者の頭の中の異世界が舞台の緩い設定のお話です。
ご都合主義です。
以前公開していた『政略結婚して次期侯爵夫人になりました。愛し愛されたかったのにどうやら無理みたいです』の改訂版です。少し内容を変更して書き直しています。前のを読んだ方にも楽しんでいただけると嬉しいです。
完膚なきまでのざまぁ! を貴方に……わざとじゃございませんことよ?
せりもも
恋愛
学園の卒業パーティーで、モランシー公爵令嬢コルデリアは、大国ロタリンギアの第一王子ジュリアンに、婚約を破棄されてしまう。父の領邦に戻った彼女は、修道院へ入ることになるが……。先祖伝来の魔法を授けられるが、今一歩のところで残念な悪役令嬢コルデリアと、真実の愛を追い求める王子ジュリアンの、行き違いラブ。短編です。
※表紙は、イラストACのムトウデザイン様(イラスト)、十野七様(背景)より頂きました
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
身分違いの恋に燃えていると婚約破棄したではありませんか。没落したから助けて欲しいなんて言わないでください。
木山楽斗
恋愛
侯爵令嬢であるセリティアは、ある日婚約者である侯爵令息のランドラから婚約破棄を告げられた。
なんでも彼は、とある平民の農家の女性に恋をしているそうなのだ。
身分違いの恋に燃えているという彼に呆れながら、それが危険なことであると説明したセリティアだったが、ランドラにはそれを聞き入れてもらえず、結局婚約は破棄されることになった。
セリティアの新しい婚約は、意外な程に早く決まった。
その相手は、公爵令息であるバルギードという男だった。多少気難しい性格ではあるが、真面目で実直な彼との婚約はセリティアにとって幸福なものであり、彼女は穏やかな生活を送っていた。
そんな彼女の前に、ランドラが再び現れた。
侯爵家を継いだ彼だったが、平民と結婚したことによって、多くの敵を作り出してしまい、その結果没落してしまったそうなのだ。
ランドラは、セリティアに助けて欲しいと懇願した。しかし、散々と忠告したというのにそんなことになった彼を助ける義理は彼女にはなかった。こうしてセリティアは、ランドラの頼みを断るのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる