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本章
1
しおりを挟むわたしは、わたしをくだらない私怨に巻き込み、追い詰め、陥れた者たちを、絶対に許さない!
噴き上げる怒り、強固な決心がありながらも、
わたしは十七歳の、ただの伯爵令嬢に過ぎない。
公爵令嬢に対するには、あまりにも無力だ。
自分の無力さに打ちのめされる。
泣いても泣いても、涙は枯れない。
冷たい石床の上で、嗚咽し、悶え苦しんだ。
そして、わたしは光を見た。
「そうよ、方法はあるじゃない!」
自分よりも圧倒的な力を持つ者に、
わたしと同じ絶望や苦しみを味わわせる方法、それは…
わたしが命を絶ち、怨霊となる事___
「ふふふふ…」
彼等が怯え苦しみ、狂気する様が浮かび、わたしは笑っていた。
もう、何日も笑っていない。
あの日、エイプリル・グリーン男爵令嬢が命を落としてから、
もう、笑える日は来ないだろうと思っていたが、
体の奥から笑いが込み上げてきて、止まらない。
「あはははは!」
わたしは隅の小さなベッドに向かい、その質素なシーツを、音を立てて破り始めた。
破ったシーツを繋ぎ合わせ、そして、窓の格子に通す。
「さぁ、始めましょう、呪いの復讐劇を___」
絶望、憤り、狂気の衝動で、わたしは命を絶った。
恐怖よりもそれらが勝ったのだ。
絶対に呪い殺してやる___!
怨霊になれると信じ、強い憎しみを抱いたまま、意識を失ったのだが…
わたしは、再び目を覚ました。
「ここは?」
わたしは状況が分からなかった。
薄暗くはあるが、周囲は十分に見通せた。
広々とした一室に、鏡台、チェスト、ソファとテーブル、勉強机と椅子…
見慣れた部屋…そう、ここは王立貴族学院の女子中流貴族用の寮、わたしの部屋だ。
間違う筈がない、わたしはここで、一年半を過ごしたのだから___
「でも、どうして?」
わたしはエイプリル・グリーン男爵令嬢毒殺犯として、監獄に送られた筈だ。
そして、今朝、母の自害を知り、絶望した…
関わった者たち全員を恨み殺すと決め、自書を残し、自ら命を絶ったのだ。
わたしは自分の喉に手を当てた。
痛みは無い。
わたしは寝具を撥ね退け、鏡台に走り、鏡を覗き込んだ。
だが、首に痣は無い。
着ているものも、監獄で与えられた、質素な白いワンピースではなく、馴染みのある夜着だ。
それに、鏡に映る自分は、肌に張りがあり、髪には艶がある。
目はくぼんでいないし、隈も無く、血色も良い…見るからに健康的な娘だ。
「もう、一週間以上、碌に食べていないし、眠れなかったのに…」
わたしは訳が分からず、頭を振った。
勉強机の壁のカレンダーを見ると、《9月》となっていた。
「9月!?」
創立記念パーティは三月だ、それから一月も経っていないのに…
しかも、そのカレンダーには、《今日から二年生!》と記されている。
「もしかして、時間が戻ったの?」
信じ難い事だが、この不可解な状況では、そうとしか思えない。
壮大な仕掛けで、わたしを騙しているのではない限り…
もし、本当に、そんな奇跡が起こったとしたら…
「お母様は、生きている?」
瞬間、涙が溢れ、わたしはその場に崩れ落ち、泣いていた。
「ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!!」
只管に、母に謝りながら。
◇◇
涙が収まり、一番にした事は、母への手紙を書いた事だった。
どうしても、母の無事を確かめたかった。
全てを放り出して、ウエストン伯爵家に帰りたかったが、
そんな事をすれば、驚かせ、不安にさせるだけなので、手紙で我慢する事にしたのだ。
『お父様、お母様、お元気ですか?
今朝、嫌な夢を見て、心配しています。
どうか、手紙を読んだら、直ぐに返事を頂戴!それまでは、安心して眠れそうにありません___』
大袈裟では無く、本当の気持ちだ。
わたしは封をしてから、急いで学院の制服に着替えた。
そして、急ぎ足で管理室に行き、寮母に手紙を渡した。
「お早うございます、これを急ぎでお願いします」
「おはよう、あら、どうしたの?戻ったばかりなのに…」
戻ったばかり…
わたしはギクリとした。
「わ、わたし、長くいませんでしたか?」
お願い!病院から戻ってきた処だなんて言わないで!
直ぐに監獄から迎えが来るなんて言われたら…!!
緊張に硬直するわたしに、寮母はにこやかに笑った。
「ええ、皆も同じよ、夏休暇は長かったわね…
今日から新学期ね、頑張って___」
一気に気が抜け、わたしはフラフラと食堂へ向かった。
「今日から新学期、わたしの二回目の二年生が始まる…」
鞄を開けると、必要な物は全て揃っていた。
前日に用意して就寝する習慣があって良かった。
わたしは鞄を持ち、寮を出た。
そして、周囲を注意深く伺いつつ、学院に向かった。
まだ、完全に信じられなくて、恐々としている。
もし、夢を見ていて、覚めてしまったら…
あの冷え冷えとした監獄の中だったら___!
「ああ、夢なら、どうか一生、覚めないで…!」
ブツブツと言いながら、わたしは教室に入った。
新学期の席順は、成績順と決まっている。
わたしは三番なので、最前列の左から三番目だ。
席に着き、「ふぅ…」と詰めていた息を吐き出した。
早い時間の所為か、まだ誰も来ていない。
わたしは気を落ち着かせて、記憶を辿った。
新学期…
確か、オリヴィアが声を掛けて来た…
一年生が終わる少し前に、オリヴィアから声を掛けられる様になった事を思い出した。
「もう、遠い昔の事みたいだけど…」
当時は、『あのオリヴィア様から声を掛けて頂けた!』と喜んだものだ。
今となっては、ちゃんちゃらおかしい。
わたしはあの女に、利用され、最後には捨て駒にされたのだ!
「ああ!何て馬鹿だったのかしら!
何とかして、オリヴィアから逃げないと…」
わたしはそれを考えたが、ふと、違う考えが浮かんだ。
「待って、《逃げる》なんてしたら、オリヴィアを許すも同然じゃない?」
簡単に許してしまってもいいの?
時間が戻れば、無かった事にされるの?
彼等は、わたしの愛する母を追い詰め、命を奪った!
わたしを絶望に突き落とし、自害に追い込んだのよ!?
あの時でさえ、彼等は一欠けらの罪の意識も罪悪感も、持っていなかっただろう。
確かに、この時間世界では、彼等はまだ、罪は犯していない。
だけど、きっと、同じ事を繰り返す。
そうして、誰かが犠牲になる___
「呪い殺すまではしないわ、でも、少しは、痛い目を見て貰わなきゃ…」
わたしの口元は弧を描いていた。
教室にちらほらと生徒たちが入って来る。
挨拶を交わす者たちもいるが、わたしは友人もいないので、声を掛けられない限りは無言だ。
不意に、側に誰かの気配を感じた。
「ルーシー、お早いのね」
聞き慣れたオリヴィアの声に、わたしは反射的にゾゾゾとした。
わたしは平静を装い、立ち上がると、彼女に向けて頭を下げた。
「お早うございます、オリヴィア様」
オリヴィア、そして、一歩後ろに立つベリンダとマーベルも同様に、
満足そうな顔でわたしの後頭部を見下ろしている事だろう。
「あら、そんなに畏まらないで頂戴、ルーシー。
私たち、お友達でしょう?」
この言葉で、わたしを舞い上がらせたのよね…
内心で胡乱に思いつつ、わたしは頭を下げたままで言った。
「学院の一生徒に過ぎないわたしが、
あの高名なバーレイ公爵家のご令嬢であられるオリヴィア様のご友人など、
その様な畏れ多い事は許されません!
オリヴィア様、ベリンダ様、マーベル様、どうか、わたしの事は侍女とでもお思い下さい___」
「まぁ、良い心掛けね、益々気に入りましたよ、ルーシー。
そうだわ、私の隣の席に来なさい」
「オリヴィア様のお隣だなんて!とてもわたしなどには務まらないでしょう、
ベリンダ様やマーベル様を差し置く事は出来ません。
わたしは皆様の後ろの席で十分でございます」
「あら、ご自分を良く分かっているのね…
マーベル、私たちの後ろの席をルーシーに用意なさい」
こうして、わたしは彼女たちの後ろの席に代わる事となった。
元々座っていた生徒は、わたしの席に移った。
その指示や教師に許可を貰う役も、マーベルがしていた。
基本、《オリヴィア》の名を出せば、大抵の事は思い通りになる。
一度目の時は、わたしはオリヴィアの隣の席だった。
「あの女の隣なんて、冗談じゃないわ」
生理的に受け付けない、隣にいるなど、苦痛でしかない。
それに、後ろからだと三人の事が良く見える。
わたしは後ろから三人を眺めた。
「さぁ、どう、料理してやろうかしら?ふふふ」
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