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レーニエが別宅にやって来て、ジュレ家を訪ねて来る日も、わたしは記憶していた。

本当に、レーニエに会えるだろうか?
怪我を負っていない、あの輝きを放つ、いつものレーニエに…

彼が現れる時間が近付く程に、わたしは緊張で張り詰めていった。

「お久しぶりです、ジュレ伯爵、伯爵夫人、今年もこちらで過ごす事になりました」
「まぁ!レーニエ様、立派になられて!」
「魔法学園では成績優秀だと伺っておりますよ」
「さぁ、どうぞ、娘たちもおりますから…」

部屋のドアと窓を少し開けて伺っていると、
玄関でレーニエと両親が話している声が、小さく聞こえてきた。
わたしの心臓は爆発しそうになっていた。
だけど、レーニエの顔を見たい…元気な姿を、そして、あの笑顔が見れるなら…
もう、死んだっていいわ…!

「リリアーヌ様、奥様が身支度をされ、パーラーへ来られるようにと…」

メイドがそれを伝えに来て、わたしは既に準備していたが、
少し時間を置き、部屋を出た。

パーラーへ入ると、ソファに座る彼の姿が見えた。
彼はわたしを見ると立ち上がり、笑顔で迎えてくれた。

「リリアーヌ!僕を覚えてくれている?」

その煌めく青い瞳、そして、やさしい笑顔…
ああ!彼だ!彼が戻って来てくれた!!
わたしは胸がいっぱいになった。

「はい、レーニエ様、ようこそ…ようこそ、おいで下さいました」
「はい、リリアーヌ、お土産だよ、今年も来れてうれしいよ!」

レーニエが小さな包みを、わたしに差し出す。
その中身は、見無くても分かった。
ユリの花の飾りが付いた、髪飾り…

震える両手で受け取り、ゆっくりと包みを開くと、想像通りの物があり、
わたしは息を飲んだ。

「可愛い…ありがとうございます、レーニエ様」
「貸して、着けてあげる」

彼は前の時と同様に、髪飾りをわたしの髪に着けてくれ、
「似合うよ」と微笑んだ。
優しく、柔らかいその笑みに、わたしは泣きそうになった。

ああ…!良かった!!神様、ありがとうございます!!

「リリアーヌ、大丈夫?具合が悪いんじゃない?」

レーニエがわたしの様子に気付き、わたしをソファに座らせてくれた。
これは、前の時とは違う…不審がられてしまっただろうか…

「君、顔色が悪いよ…」

彼の手が、そっと、わたしの額に触れ、わたしはビクリとしてしまった。
「ああ、ごめんね」と、彼の手は離れていったが、わたしは変に緊張していた。

「あの、ええ、少し…暑気で…」

「こっちでもそうなら、王都に来たらもっと大変だ、
リリアーヌも今年から魔法学園に通うだろう?
これからは、もっと会えるね___」

レーニエの言葉に、わたしは胸が詰まり、頷くので精一杯だった。

「何かあれば、いつでも僕を頼って、リリアーヌ」

前の時とは違う、何故だろう?
わたしは不思議に思いながらも、何度も頷いた。

そうしていると、妹のシャーリーがおめかしをし、パーラーに飛び込んで来た。

「レーニエ!いらっしゃい!!」
「シャーリー、大きくなったね、お土産があるよ」

前の時と同様に、彼はそれをシャーリーに渡す。
大きな包みの中は沢山のお菓子で、シャーリーは喜ぶのよね…

レーニエの隣に座り、その包みを開いたシャーリーは、はしゃいだ声を上げた。

「うわあ!!お菓子!レーニエ、ありがとう!!」

レーニエはうれしそうに笑っている。

わたしもシャーリーの様に、可愛く振るまえたら良かったのね…

前の時の事で、レーニエがわたしを友達以上には思っていない事は、
良く分かっていた。きっと、わたしは彼の好のみでは無いのだろう…
わたしは悲しく二人を眺め、徐にソファを立った。

「リリアーヌ?」
「すみません、少し部屋で休ませて貰います…」
「付いて行くよ」

レーニエはわたしが止める前にソファから立ち上がると、わたしの腕を支えてくれた。

「えー!?なんで、レーニエまで行っちゃうのよー!つまんないー!」
「レーニエ様、わたしは一人で大丈夫ですので…」
「駄目だよ。シャーリーは後で遊んであげるよ」

シャーリーはまだ喚いていたが、レーニエは構わずに、部屋まで付き添ってくれた。

「無理させてしまって、ごめんね、ゆっくり休むんだよ」
「はい、ありがとうございます…」

レーニエが部屋を出て行き、わたしはベッドに座った。

「ああ…信じられないわ!」

本当に、レーニエだ。

あの輝くような笑み、優しい口調…
変ってしまう前の彼に、どれ程、会いたかったか…

本当に時が戻るなんて…
何度、願った事だろう…

今度は絶対に、レーニエに怪我を負わせたりしない___!


◇◇


翌日、レーニエは、大きなユリの花束を持って現れた。
これも、勿論、前の時には無かった事だ。
わたしが、体調が悪いと言ったからだろう…
一つ一つの事が、『運命は変えられる』といっているみたいで、勇気付けられた。

「リリアーヌ、お見舞いだよ、具合はどう?」

レーニエは笑顔でそれを渡してくれた。
わたしは普通でいられる自信が無く、「すみません、まだ少し…」と言葉を濁した。

「それは良く無いね、医師に診て貰う?」
「いえ、そこまででは無いので…」
「悲しそうな顔をしているね、何かあったの?」

青色の瞳に覗き込まれ、わたしは思わず涙を零してしまった。

「すみません!少し、情緒不安定なんです…」

わたしは顔を伏せた。
彼は花束を取ると、テーブルに置く。

「何かあったのなら、話して欲しい…僕では助けになれない?」

わたしは両手に顔を伏せた。

「違うんです…ただ、夢見が悪くて…不安なんです」
「夢…そうか、僕には良く分からないけど…夏が終われば学校だし、環境が変るからかな?」
「そうかもしれません…だから、気になさらないで下さい」
「それじゃ、怖い夢を見ないおまじないをしてあげるよ」

レーニエは言うと、わたしの両手を取り、わたしの額に口付けた。

「!??」

「夢魔を吸い取ってあげたからね、これで大丈夫だよ」

悪戯っぽく笑う。
わたしは彼に釣られ、笑っていた。

ああ…彼が好きだ

わたしを好きでなくても、友達でも、彼を失う事は出来無いわ…


◇◇


わたしはそれから、なるべく普通に振る舞うように努めた。
とても気の休まる事は無かったが、レーニエに不審に思われない様にしなければいけない。

そして、運命の日がやって来た。

町のお祭りの日、シャーリーが「お祭りに行きたい!」と騒ぎ出した。

「いつも行ってたでしょう?レーニエ、一緒に行きましょうよ!」
「でも、リリアーヌはどう?行けそう?」

レーニエが心配してくれる。隣のシャーリーはあからさまに嫌な顔をした。
シャーリーはレーニエが好きで、わたしに来て欲しく無いのだ。
わたしが行かなければ、二人きりになれて、シャーリーは見世物を見たいと言い出さないかもしれない…
わたしの頭にそんな考えが過った。

「わたしは、遠慮します、二人で楽しんで来て下さい…」
「それなら、僕も残るよ、シャーリーは従者に連れて行って貰おう…」
「えー!嫌よぉ!あたしは、レーニエと行きたいんだもん!!
お姉様は大丈夫よ!メイドもいるわ!」

シャーリーに睨まれ、わたしは頷いた。

「ええ、わたしの事なら大丈夫ですので、シャーリーを連れて行ってあげて下さい」

わたしは、レーニエとシャーリーを送り出した。
ただ、従者には「見世物は危険なので、近寄らせないで下さい」とお願いしておいた。

二人を送り出したものの、時間が経つにつれ、わたしは不安になった。

もし、二人が見世物を見に行ってしまったら…
もし、シャーリーを庇って、レーニエが魔毒を受ける事になってしまったら…
また、同じ事になってしまう!

そんな事を考えると、じっとしてはおれず、わたしは館を抜け出し、
町へ向かって走った。町へは、わたしの足でも走れば十分程度で着く。

前の時と同じで、町は賑わっていた。
わたしは息を切らしながら、人混みの中を歩く。
見世物をやっていた場所を目指し…

その檻が見えて来て、わたしは足を速めた。

人混みを掻き分ける。

そこに見えたのは、前の時と同じ、奇妙な植物で、
そして、男の子たちが石を投げようとしていた。

「駄目!石を投げては駄目よ!!」

わたしは叫んでいた。
だが、雑踏の中では、その声は届かなかった。
男の子たちはそれを植物に向かって投げた。
そして、前の時と同じく、植物はその太い枝で彼らを薙ぎ払った。
男の子たちは一瞬で、煉瓦造りの壁に叩きつけられた。

「!??」

男の子たちが居た周辺は、騒然となった。

「キャーーー!!」
「いやーーー!!」
「うわあああ!!」
「おい!逃げろーーー!!」

周囲が逃げ惑う。植物は興奮状態で更に激しく暴れ出した。
わたしの目に、レーニエとシャーリーの姿が入る。
二人は暴れる植物から逃げようとしている、これなら大丈夫だと思えた。
だが、誰かが、レーニエにぶつかった。

「!?」

彼は押し出され、そして…

「駄目___!!」

わたしは人混みから抜け出すと、彼の前に走り出た。

「!??」

瞬間、視界を黒い物に塞がれた。
そして、次に、強烈な痛みに襲われた___

「リリアーヌ!!」

わたしは、その痛みに、声も出せず、気を失った。
最後に、レーニエの声を聞いた気がした。


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