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リリアーヌ=ジュレ

14歳のわたしは、淡い恋をしていた。


レーニエ=フォレー

彼は、夏になると、この町を訪れた。
この町には、フォレー公爵家の別宅があり、夏の避暑地として使っていたのだ。
ジュレ伯爵家とフォレー公爵家は、遠縁の関係でもあり、家同士古くから付き合いがあった。

この、夏にだけやって来る、気品のある貴族令息を、
わたしはいつの頃からか、想い慕うようになっていた。

町の男の子たちは、元気が良く走り周り、悪戯をしては笑っている。
声も大きく、そして口も悪い。
わたしはそれが苦手で、見掛けるといつもビクビクしていた。

レーニエはとういうと、そんな男の子たちとは全く違っていた。
貴族令息らしく物腰は上品で、穏やかに話す。
それに優しく思いやりもあり、悪態を吐く事も無ければ暴力的な所も無い。

レーニエが来ていた時、庭で一緒にブルーベリーを摘んでいると、
塀の上から男の子たちが覗き、からかってきた。

「おい、あいつ見ろよ!」
「女みてーな事してるぜ!」
「女じゃねーのか!」

下品な事を言い、笑っていて、わたしは恥ずかしく顔が上げられなかった。
だけど、レーニエは男の子たちに向かい、平然と声を掛けた。

「家の者に見られたら叱られるよ!
それに、そんな所から覗いていると、危ないよ」

「そんなの平気さ!」
「おれら、男だもんな!!」

レーニエは無言で、ヒョイと指を動かした。
すると、男の子たちは悲鳴を上げ、塀から消えた。

「煩いから、転ばしてやったよ」

レーニエは悪戯っぽくペロリと舌を出し、肩を竦めた。
わたしは驚きながらも、思わず、くすくすと笑ったのだった。
世の中の男の子がみんな、レーニエみたいなら良いのに…
よくそんな事を思ったものだ。

レーニエとの時間は、とても安らぎ落ち着く、そして楽しいものだった。
わたしは人と話すのが苦手で、お茶会でも食事会でも、話す事が出来ず、
居るのかいないのか、分からないと、両親からも良く言われていた。
だけど、レーニエと居る時は別だった。
彼は、わたしを見て話してくれ、わたしに尋ねてくれる…

「リリアーヌはどう思う?」
「リリアーヌは何色が好き?」
「リリアーヌ、昨日は何をしていたの?」
「リリアーヌは今、どんな本を読んでいるの?」

わたしたちは読書が好きという接点もあり、良く本についても話した。

いつからかレーニエは、町を訪れる度、お土産をくれる様になった。
彼はわたしの好きな物を良く知っていて、それは本だったり、キャンディだったりした。

「はい、リリアーヌ、お土産だよ、今年も来れてうれしいよ!」

14歳のこの年、レーニエがくれたのは、ユリの花の飾りが付いた、髪飾りだった。
大仰ではない、繊細で可愛らしいその髪飾りは、わたしの好のみだった。
わたしは一目で気に入った。

「可愛い…ありがとうございます、レーニエ様」
「貸して、着けてあげる」

彼は髪飾りを、わたしの白金色の髪に着けてくれ、「似合うよ」と微笑んだ。
胸がどきどきし、わたしは赤くなっていただろう。

「リリアーヌも今年から魔法学園に通うだろう?」

一年歳上のレーニエは、魔法学園に通っていた。
わたしも夏が終われば、魔法学園に通う事が決まっていた。

「これからは、もっと会えるね」

レーニエが言ってくれ、わたしの胸に喜びが溢れた。
恥ずかしさもあり、「はい」と返すのが精一杯だった。
彼のその端正な顔を見る事も出来無かった。

金色の髪、鮮やかな青色の瞳、彼は輝きを放っていた。


◇◇


そして、運命の日が訪れた___

この日、町で恒例のお祭りが催され、妹のシャーリーが行きたいと騒ぎ、
わたしたちは見物に出掛ける事にした。
わたしとシャーリー、そしてレーニエと、レーニエ付きの従者。
町までは、そう遠く無く、散歩も兼ねて歩いて出掛けた。
お祭りという事もあり、気持ちは浮き立ち、子供のわたしたちは、はしゃいでいた。


町の通りは、とても賑やかだった。
色鮮やかな飾り付け、音楽が鳴り、パレードや出し物、店も多く並んでいた。
毎年の事だから、どんな催しがあるのかも、店の配置も大体は分かっていて、
見て周る所はお決まりだった。
楽しく見て周っていた時だ、シャーリーが前方を指をさし、弾んだ声を上げた。

「あれを見て!見世物小屋が来てる!見に行っていいでしょう!」

見世物小屋は例年にない催しで、物珍しい事もあり、
シャーリーはもう夢中で、そこしか見えないのか、レーニエの手を引き走り出した。わたしと従者も後に続いた。

そこには、大きな檻に入った、大きな奇妙な植物がいた。
大きく、太い黄緑色の枝が根元から別れ、四方に、うねっている。

「うわー!気持ち悪ーい!」

シャーリーは言いながらも、笑っている。
だが、わたしは、檻に入れられ、見世物にされ、可哀想に思えた。

こんな所まで連れて来られて…
きっと嫌がっているわ…

早く立ち去りたい、そんな思いで目を逸らしたわたしは、それを見付けた。
男の子たちが石を手に持ち、意地悪く笑いながら檻に向かって投げたのだ。

植物にも感情があるのか、若しくは痛覚があるのか、植物が急に暴れ出した。
男の子たちは嘲る様に笑っていたが、植物が勢い良く、その太い枝を振るうと、
男の子たちの姿は一瞬にして消えた。

ゴオン!!ガシャガシャ…!!

煉瓦造りの壁に叩きつけられたのだ___

「!??」

男の子たちが居た周辺は、それに気付き、騒然となった。

「キャーーー!!」
「いやーーー!!」
「うわあああ!!」
「おい!逃げろーーー!!」

周囲が逃げ惑う。植物は興奮状態で更に激しく暴れ出した。

「リリアーヌ!」

鬼気迫る声に名を呼ばれ、わたしは我に返った。
レーニエがわたしの手を引き、そして、わたしをその体で庇った。

「___!!」

一瞬の事で、何が起こったのか、分からなかった。
わたしたちは石畳に倒れていた。
周囲で悲鳴が上がり、従者がわたしを押し退け、レーニエを抱え起こすと、
彼を連れ人混みの中へ消えて行った。

「うわああ!お姉様!レーニエ、どうなっちゃうの!?死んじゃうの!?」

シャーリーが泣き叫ぶ。
わたしは訳が分からず、石畳の上、座り込んでいた。
周囲から「早く、その化け物を殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」と声が上がる中、
奇妙は植物は炎に包まれ、奇妙でそして、恐ろし気な叫び声を上げていた。


泣き続けるシャーリーの手を握り、放心状態で歩き、館に帰り着くと、
両親が酷く狼狽していた。

「リリアーヌ!何て事をしてくれたんだ!」
「フォレー公爵家から抗議が来たのよ!」
「レーニエ様がおまえを庇って、魔毒を受けたそうだな!」

両親からそれを知らされ、わたしの体は震え始めた。
レーニエに何かあった事は分かっていた、だが、恐ろしくて考えない様にしていたのだ。
レーニエ様が、魔毒を受けられたなんて…!

「レーニエ様は、ご無事なのですか?」
「無事なものか!おまえは、何故そんなに呑気なのだ!!」
「レーニエ、死んじゃったの!?」

シャーリーが悲鳴を上げ、父の口調は幾分和らいだが、
その混乱が消える訳は無かった。

「いや、死んではいないが…酷い傷を負ったそうだ…ああ、なんて事だ!
レーニエ様は、フォレー公爵家の長子なんだぞ!
そんな方に傷を負わせるとは…我がジュレ家も終わりだ!!」

「お姉様の所為よ!あたしのレーニエを返して!!」

シャーリーが泣き叫び、わたしを責める。
両親も妹も、わたしを酷く責め立てた。
だけど、わたしは、レーニエの事で頭がまるで働いていなかった。

わたしを庇った所為で、レーニエが魔毒を受けてしまった。
レーニエは無事なのだろうか?
レーニエ…どうか無事でいて!!





二日後、フォレー公爵がジュレ家を訪れた。
幸い、命に別状は無かったが、レーニエは左目周辺と左腕に魔毒に浴び、
皮膚は完全に侵され、治癒師を呼び寄せたが、治癒出来ないという。

「これでは、レーニエは結婚も出来無いであろう…」

フォレー公爵は苦々しく言った。

「家督を継がそうと、大事に育てて来た息子を…
家督は弟に継がせる事にしても、この責任は取って貰うぞ!」

その責任の取り方は、原因になった、わたしとレーニエを結婚させ、
レーニエをジュレ家の当主にさせるというものだった。
それを断れば、フォレー公爵家を完全に敵に回す事となり、貴族社会から爪弾きになるのは目に見えていた。
両親はそれを受け入れ、その場で、わたしとレーニエの婚約が成立した。
当然だったが、わたしに発言権は無かった。

レーニエは、これで良いのだろうか…
原因を作ったわたしなんかと、結婚する事になってしまって…

彼は何一つ悪い事はしていないのに!それ処か、わたしを庇ってくれたのだ!
それなのに、公爵家を継げず、わたしなんかと結婚させられるのだ…
わたしは世の不条理に憤り、そして嘆いていた。

だが、そんな事では収まらない事を、翌日、両親に連れられ、
レーニエに謝罪に行った時に、わたしは思い知った。


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