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本編
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しおりを挟む『話し掛けて来る者は断れ、「本を読んでいる」、「集中したい」と言っておけば良い』
『教えて欲しいという輩に対しては、「他の方にお聞き下さい」と拒否しろ』
『隣の席に座るのは仕方が無いな、だが、前列の中央に座れ、そこなら教師の目が行き届く』
『教室の外で話し掛けられた場合は、俺の名を出せ、俺が待っていると言えば、
追っても来ないだろう___』
わたしはディランのアドバイスを胸に刻み、その通りに対処していた。
そのお陰で、困らされる事は減ってきたが、
わたしが距離を置く事で、不満を言ってくる者たちが現れた。
「同じクラスメイトだってのに、冷たいよな」
「流石、冷徹王子の婚約者だ」
「優しさってものが足りないんだよなー」
「痩せたからって、性格が悪けりゃ、ガッカリだよ」
「所詮、《白豚》って事だろ」
「少しはキャスリーン様を見習えっての!」
キャスリーンは男子生徒たちの扱いが上手かった。
彼等の中心に居ても、堂々とし、魅力を振り撒いている。
余程、心臓が強いのだろう。
はぁ…感心致します。
わたしにはとても出来そうにない。
考えただけでも、恐ろしくて足が竦んでしまう。
男子生徒たちは、これ見よがしに、キャスリーンを持ち上げた。
「キャスリーン様、この問題なんですけどー」
「こちらでしたら、教えて差し上げられますわ」
「流石、キャスリーン様!」
「やっぱ、キャスリーン様はいいよなぁ…」
この状況に、キャスリーンも満足しているらしい。
彼女たちから、『男に取り入るのが上手ね!』と言われる事は無くなった。
だが、今度は社交が苦手な事を突いてきた。
「公爵令嬢は、社交も大事ですのよ」
「彼女、王子の婚約者としては、大人し過ぎですわね」
「だって、元は《白豚》ですもの!碌に会話が成り立ちませんわよ!」
指摘は尤もだが、そこに悪意が含まれている事が問題だ。
以前、わたしは痩せさえすれば、彼女たちからも受け入れて貰えると思っていた。
Aクラスに女子生徒は三名だ、わたしも仲間に入れて貰えると思っていた。
だが、痩せた所で、それは変わっていない。
彼女たちは、何かしらの悪い部分…劣った部分や弱点を探し出し、
手を変え品を変え、攻めて来る。決して受け入れ様とはしないのだ。
その事に、わたしも漸く気付いてきた。
「余程、わたしがお嫌いなのでしょうか…」
悲しくはあったが、わたしは気にしない様に努めた。
ディランに言われていたからだ。
『色々と言われるだろうが、気にするな』
『そんなもので怯んでいたら、俺の妻にはなれないぞ』
『真実は俺が知っている、俺とおまえの間にだけ存在する、頑張れるな?プリムローズ』
はい、頑張ります!
ディラン様の妻として、相応しい者になれるよう、頑張ります!
それが、わたしの心を強く燃え上がらせた。
見た目で軽視されたり、陰口を言われる事が無くなったお陰で、
わたしは以前よりも胸を張り、堂々と過ごすせる様になった。
キャスリーンやべサニーに、「おはようございます」と挨拶する様にもした。
彼女たちは聞こえない振りをしているが、それでも、わたしは気にならなかった。
全ては、ディランとわたしの為なのだから。
今では、わたしに挨拶をして来る男子生徒は多い。
「プリムローズ様、おはようございます!」
「プリムローズ様!おはようございます!」
「プリムローズ様!!」
わたしはそれに、儀礼的な微笑みをもち、「おはようございます」と返す。
「うおお!挨拶しちゃった!プリムローズ様、今日も可愛いなー」
「俺、最近早起きしてる、プリムローズ様に挨拶出来るから」
「分かる!ああ、やっぱ、可愛いー」
気まずいので、聞こえない振りをしているが…
少し、理解出来ます…
わたしも同じですから…
「おはようございます、ディラン様!」
「ああ、おはよう、プリムローズ」
ディラン様と交わす挨拶。
これが、一日を素敵に始められる、わたしの魔法ですから!
◇◇◇
頼んでいたドレスが仕上がり、寮に届けられたのは、学園パーティの三日前だった。
《ハニーブルーム》には一度足を運び、ドレスの試着をしていたが、
出来た物を目にし、手の取ると、感動は大きく膨れ上がった。
落ち着いた深い緑色のドレスで、フリルやレースなどは無い。
上半身の落ち着いた深い緑色の生地には、遠目にはそれと気付かないが、
細い金色の糸で、繊細な花柄の刺繍が施されている。
腰には落ち着いた金色のリボン。
ドレスのスカートは淡い色の柔らかい生地で、歩くとふわりと優雅に揺れる…
「ああ!素敵です!」
いつもは、お腹の膨らみもあり、それを隠す為のデザインに特化していた。
横に引っ張った様なドレスになる。
目の前にある、このドレスは…
「何て、スマートなのでしょう!」
夢に見ても叶わなかったドレスで、
わたしは感嘆し、いつまでも眺めていた。
◇◇
学園パーティの日の朝、わたしは侍女のヘレナに手伝って貰い、ドレスに着替えた。
白金色の髪はハーフアップで、後ろに流し、少し編込みにして貰った。
化粧はいつも控えめだったが、今日は少し濃くして貰った。
「どうかしら、何処かおかしくはない?ヘレナ」
慣れない事で、わたしは不安になり、聞かずにいられなかった。
「おかしいだなんて!とても素敵ですし、良くお似合いですよ!
お嬢様以上に美しい方は、きっと他にはおられませんよ!」
大仰な賛辞ではあるが、
ヘレナはうれしそうだし、その声は弾んでいる。
わたしは今一度、姿見に映る自分を見た。
そして、願う___
ああ、どうか、ディラン様に気に入って頂けますように!
寮を出た所では、男子生徒たちがそれぞれのパートナーを待っていた。
わたしは一瞬で、ディランを見つけた。
黒髪に、深い青色の目、その整った精悍な顔立ち。
襟元や胸元に、金色の糸で上品な刺繍が施された黒い礼服を身に纏った彼は、
人の目を惹き付けずにはおれないだろう。
溜息が出る程に、格好良い。
だが、それだけではない。
わたしには、ディランだけが、光を放って見えたのだ___
わたしはすっかり見惚れ、息をするのも忘れていた。
だからか、わたしが足を向けるよりも早く、ディランがわたしの前に立っていた。
「行こう」
王子らしい美しい所作で腕を差し出され、わたしは夢見心地のまま、
その腕に手を掛け、「はい」と微笑んだ。
学園のパーティ会場に向かう道で、多くのカップルとすれ違った。
「綺麗だよ!」
「そのドレス、君に似合ってるよ!」
「今日の君は特別に美しい!」
そういった賛辞が聞こえてきて、わたしはディランがドレスや容姿について、
何も口にしていない事に気付いた。
思えば、ディランはこれまでも、容姿について口にした事は無かった。
だが、これまでとは違う___
これまでわたしは《白豚》だったが、今の自分は違う。
それに、このドレスは、ディランの好みを想像し、作ったものだ。
気に入って頂けているでしょうか…
ディランがどう思っているか知りたかったが、中々聞く勇気が持てなかった。
ディラン様は、関係には前向きですが、元々、政略結婚ですし…
そういった、甘い言葉やロマンスは、含まれていないのかもしれない。
元よりディランは、そういった甘い言葉を囁くタイプでは無い。
それに、「軽薄な女は嫌い」と言っていた事もある。
わたしは、軽薄な女…では、ありませんよね?
わたしはチラリとディランを盗み見た。
綺麗で精悍な顔立ちに見惚れてしまうが、鋭さがある事も確かだ。
今は慣れたが、最初の頃など、強面で近寄り難かった。
「何をじろじろと見ている」
案の定、顔を顰められ、わたしは「すみません!」と、背を正し、視線を戻した。
すると、嘆息された。
「諫めたのではない、理由を聞いているんだ」
「それは、その…今日のディラン様は、いつも以上に…素敵だと…」
ああ、逆に、わたしの方が言ってしまいました!
「こんな格好をしているからか、着飾れば大抵少しはマシになるものだ」
素っ気ない口調では、謙遜なのか、本気で思っているのか、分からない。
ご自分の容姿に、興味が無いのでしょうか?
皆が憧れる容姿を持ちながら、それは勿体なく、そして贅沢に思えた。
だが、この話の流れならば…と、わたしは一旦、それを流し、口を開いた。
「そ、それでは、わたしは、いかがでしょうか…?」
少し、沈黙があった後…
「女性が着飾った姿は、俺は好きではない」
!?
ああ!全否定されました!!
わたしは青くなり震えた。
あわあわするわたしに、ディランは声を潜め、続けた。
「俺の母は、毎日の様に着飾り、男に媚び、男を弄んでいた。
それを思い出す…」
わたしは息を飲んだ。
ディランが母親を嫌っているらしい事は、これまでにも何度か感じた事がある。
王に見初められた愛妾で、美貌の持ち主だった様だ。
派手好きで、男好き…幼いディランを王に押し付け、男と逃げたという噂もある。
女性に対して、礼儀正しくも、何処か淡泊なディランの背景には、
母親への嫌悪があったのだろうか…
ああ!わたしは、ディラン様のお気持ちを、考えていませんでした___!
わたしは口にしてしまった事を、激しく後悔した。
「も、申し訳ございません!ディラン様のお気持ちも考えずに…」
わたしは、婚約者失格です!!
「いや、いいんだ。
おまえは、少しはマシだからな、ドレスもだが…品が良い。
だが、それ以上、化粧を濃くし、淫らな恰好をするようになれば、
仕置きするから、覚悟しておけ、プリムローズ」
深い青色の目が鋭く光り、わたしは何故か、ぞくぞくと喜びの様なものを感じた。
これは、褒めて頂けた…のですよね?
「ありがとうございます!」
思わず笑顔で返すと、ディランは呆れた顔をした。
「おまえは、変な女だな…」
「変でしょうか?」
「ああ、俺が出会った中で、一番変な女だ。
だが、一番、好ましい女でもある___」
ディランが小さく笑みを零し、わたしの胸は大きく跳ねた。
好ましいだなんて!!
ああ!うれし過ぎます!!
わたしは緩んでしまう口元を隠す様に、こっそり手を当てた。
パーティ会場の大ホールに入ると、既に大勢の生徒が集っていたが、
わたしたちに気付くと、さっと道が開けられた。
流石、王子様です!
周囲の注目を集め、わたしは怯みそうになったが、
『こんな事では、ディラン様の妻は務まりません!!』と、
気力を搔き集め、自分を奮起させた。
背を正し、堂々と進む…
「はぁ…素敵ね…」
「気品があるよな…」
「やっぱ、王族は違う…」
「彼女が白豚だったとは思えないな…」
「お似合いよねぇ…」
そんな感嘆の声を耳にし、わたしは幾らか安堵した。
思えば、昨年のパーティでは、わたしはずっと壁際に居て、絶えず何かを食していた。
今のわたしは、誰もが羨む婚約者と同伴していて、しかも、痩せている。
お腹が空腹を訴えて鳴く事も無くなった。
食欲よりも、そう…
「踊ろう」
差し出される手を待っていた___
何故、ディラン様には、わたしが求めて止まないものが
分かるのでしょうか!
口元が緩んでしまう。
頬が熱く、胸のどきどきも隠せていないだろう…
その大きな手に、自分のほっそりとした手を乗せた。
「はい…」
ディランに誘われ、夢心地のまま、ダンスフロアに向かう。
広く開けられた空間で、わたしたちは向い合い、踊り始める。
父の誕生祝いのパーティの時とは違い、もっと軽やかな曲だ。
ディランは軽やかにステップを踏み、わたしも軽やかに踊った。
驚く程、体が軽い___
「楽しそうだな」
「はい!とても楽しいです!ディラン様は楽しくありませんか?」
「楽しい、おまえの家で踊った時も、もっと踊りたかった」
ディランが言い、わたしは息を飲んだ。
あの時は、わたしはまだ《白豚》だった。
異性から『踊りたい』など言われた事は、これまで一度も無かった。
ただ、一人…
ディラン様だけ…
涙が溢れそうになり、わたしはそれを何とか抑え込んだ。
そうでなければ、踊りを中断されてしまう___
「わ、わたしもです!もっと踊りたかったです…」
「そうか、だが、倒れそうだっただろう?」
「そ、それは、はい、確かに…ですが、今日は、大丈夫です!」
「ああ、おまえの気が済むまで、踊ってやる___」
ディランがニヤリと笑い、わたしの背に手を当て、くるくると回った。
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