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本編

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遅くなった事もあり、わたしたちは公爵家に泊まって行く事になった。
その夜の晩餐は、見事に改善された料理が出された。

豆のスープに、沢山の野菜、脂身の無い肉料理、パンは全粒粉。
デザートにはヨーグルトと果実。

エイミーは悲しい顔をしていたが、一口、口に入れると、
「美味しい!」と喜びの声を上げたのだった。
例え、葉っぱでも、味付けと料理の仕方で、十分に満足出来るものだと、
わたしはディランから教わった。
ディラン様の用意して下さる、葉っぱのサンドイッチはお気に入りです!

わたしは笑みを持ちディランを見上げたが、
彼が微笑みを向けていたのは、向かいの席のエイミーだった。

「…ディラン様は、エイミーを気に入っていらっしゃいますね?」

つい、嫌味ったらしく言ってしまったが、ディランは気付いていない様で、
あっさりと言ってのけた。

「ああ、子供は見ていると和む」

ううう…!子供に戻りたいです!

わたしは頬を膨らませ、唇を尖らせた。
誰にも見られていないと思っていたが、目が合った母にニヤリと笑われ、
わたしは顔を赤くした。



翌日、寮に帰る馬車の中で、わたしはディランにお礼を言った。

「ディラン様、クラーク公爵家の為に尽力して下さり、ありがとうございました」

ディランはいつも通り、「礼など良い」と、面倒そうに言った。
だが、ディランは、両親やエイミーからの礼や感謝には良い顔をする。
何が違うのでしょうか?
わたしは言葉が足りなかったのかと、言葉を継いだ。

「本当に感謝しています。
このまま、《秘伝の薬》の事を知らずにいれば、この先も何も変わらなかったでしょう。
クラーク公爵家もですが、薬師に就くオッド家の者も苦しんだ筈です。
ディラン様が助けて下さったのですわ!」

「俺だけではない、公爵の決断があったからだ。
俺はこうなるとは予測していなかった、《秘伝の薬》の薬から離れる事は
出来ないだろうと見ていた。だから、調合法も探し出し、転写しておいたんだ」

《秘伝の薬》に拘り、アッシュの思い通りにされない様に、だろうか?
困る事になれば、ディランは《秘伝の薬》を、自分で作るつもりでいたのだ___
わたしはディランがそこまで考え、手を打っていてくれた事に驚き、更に感謝を深めた。

「だが、実に潔い決断だった、君の父上は立派な方だ」

ディランが褒めてくれ、わたしはうれしかった。

「ありがとうございます!」

「一々礼を言うな、俺の感じた事だ」

「すみません、でも、うれしかったので…家族を褒められる事はうれしい事ですから」

「そうか…そうかもしれないな、俺も、王への称賛はうれしい」

ディランはそっと、窓の方に目を向けた。
愛妾の子であるディランにとって、家族は父である王だけなのかもしれない。
母親は城には上がらずに姿を消し、兄王子であるアレンとは険悪だった。

寂しくない筈は無いです…

「婚約したのですから、ディラン様は、もう、我がクラーク家の家族です!」

わたしが言うと、ディランは小さく嘆息し、振り返った。
そして、苦笑した。

「同じ事を、おまえの父上からも言われた」

「その事を、うれしく思って頂けますか?」

ディランは「ふっ」と笑った。

「ああ、悪くない」

『悪く無い』と言いながらも、うれしそうに見え、わたしは安堵した。
わたしの家族を気に入って下さっている。
わたしたちは、きっと、本当の家族になれます!

笑顔を向けると、不意にキスをされた。

「!?」

短い、挨拶の様なキスだが、わたしの胸は飛び上がった。
顔が熱くなり、わたしは両手で頬の肉を押さえた。
そんなわたしに、ディランは目を眇めた。

「なんだ、この程度で、動揺し過ぎだ」

この程度…!?

「し、失礼致しました!こ、この様な行為は想像した事がありませんでしたので…」

「何故だ、俺たちは婚約しているんだぞ?形式上の結婚だとでも思っていたのか?」

「いえ、その様事は…ですが、これまで、
わたしにキスをしたいなど、思う者はおりませんでしたので…」

ああ、お恥ずかしいです…
わたしは羞恥心で、頬の肉を指で揉んだ。

「そうか、ならば安心だな、言っておくが、俺は不貞を許さない。
不貞は皆を傷つけるものだ、覚えておけ」

ディランの口調は冷え冷えとしていたが、わたしは自信を持ち、はっきりと答えた。

「はい、その様な事は、誓って、絶対にございませんので!ご安心下さい」

わたしが不貞を働くなど、絶対に無い事だ。
誰にでも分かるというのに、どういう訳か、ディランはそうは見ていない様で、
その深い青色の目は強い光を持ち、わたしに迫った。

「ああ、だが、言葉よりも行動で示せ、いいな、プリムローズ」

獣に睨まれたかの様で、わたしは背を正し、返事をしていた。

「はい、ディラン様!」


この時、既にディランは予測していたのだろうか?
この先、わたしの身に、何が待ち受けているか…


◇◇


週が明け、その翌日、全てが一転した___

その朝、眠りから覚め、ベッドから起き上がったわたしは、自分の体の異変に気付いた。
体が驚く程軽いのだ。
目を擦ると、視界に映ったその手は、自分の手よりも細くて、ぎょっとした。

「ひぇ!?」

両手を見ると、明らかに、細い。
別人の手に見えるが、自分の意思で動くので、わたしの手なのだろう。
それに、腕も、細い!
異様に大きな夜着をたくし上げて見ると、足も細く、そして、弾けんばかりに膨らんでいた
お腹は、今や、ぺったんこだった。

「こ、こ、これは、どういう事でしょうか!?夢??」

ふっくら、タプタプとした、あのお肉は、何処へ行ってしまったのでしょう?

わたしが一人、茫然としていると、
扉が叩かれ、「失礼します」と侍女のヘレナが入って来た。

「ヘレナ!」

わたしが声を上げると、ヘレナは目を見開き、足を止めた。

「お、お嬢様!?一体、どうされたのですか!??」

「分からないの!目が覚めたら、こんな姿で…わたし、どうしちゃったのかしら…」

わたしは自分の顔を両手で触った。
ふっくらとしていた頬も、すっきりとしている。

「魔法学園で、誰かに魔法を掛けられたとか…」

「そんな便利な魔法があれば、これまでに使っているわ!」

「そうですね、それでは、病でしょうか?お薬をお持ちしますね…」

ヘレナが薬箱に向かった事で、わたしはそれを思い出した。

「ああ!きっと、《秘伝の薬》の所為ですわ!」

ヘレナは足を止め、振り返る。

「《秘伝の薬》を止めてから、今日で一週間なの!」

「お嬢様、薬を飲んでいなかったのですか!?それでしたら、やはり病に…」

「違うの、一族が太っていたのは、《秘伝の薬》の所為だったのよ…」

わたしはそれをヘレナに説明した。
勿論、詳しい事情は話さなかった。
ソルト・オッドや、アッシュ自身の事は、軽々しく口にする事は出来ない。
ヘレナには、ただ、「薬に太る効果があると発見した」とだけ話した。
ヘレナは驚いていた。

「それで、急にお痩せになるなんて…強いお薬だったのですね…」

はい…
失恋の重みを感じます…

「ですが、困りましたね」

ヘレナが言い、わたしはキョトンと彼女を見た。

「一気に寸法が三回りは変わってしまわれたので、着る物がありませんわ」

ああ!!

確かに、夜着もずいぶん大きくなっているし、肩から落ちそうだ。
わたしが持っている服は全部、着る事が出来ないだろう。
いや、服だけではない、下着も、靴も、帽子も、何もかも…

「ヘレナ、申し訳ないのだけど…
お店が開いたら、適当な服と靴と帽子と下着を買って来て貰えるかしら?」

「はい、それに、制服もですね」

ああ!そうです!制服が無ければ、学園に行く事も出来ません!!

ヘレナは朝食を運んでくれ、わたしはベッドの中でそれを食べた。
それから、学園を休む旨をヘレナに連絡して貰い、
ヘレナが買い物から帰って来るまでは、ベッドの中で過ごす事にした。

ヘレナに寸法を測って貰ったが、見事なまでに、肉は削ぎ落されていた。
標準的な令嬢の体型よりは肉付きは良いものの、まるで別人の体だ。

「夢としか思えません…」

一夜明け、痩せている___
そんな夢を、これまでに何度見ただろうか?

ヘレナが買い物へ行き、わたしはベッドを下りて姿見の前に立った。
いつもは、滅多な事では、姿見は見ない。
自分の醜い体を見たいなど、とても思えなかったからだ。
だが、今、目の前に映っている体は…

「《普通》です…!」

普通である事が、これ程うれしい事だとは、誰も想像出来ないだろう。
キャスリーンと比べたら、背も低く、肉付きも良いが、
《白豚》と言われる程では無い筈だ。

「少し、胸が大き過ぎますが…」

それに、お尻と太腿の肉付きが良いのが気になった。

「いいえ!贅沢ですわ!それに、これから、もっと、痩せられますもの!」

ディランの言う通りにしていれば、きっと、キャスリーンの様な体型も夢ではないだろう。

「それに、顔も…別人ですわ!」

鏡に映った顔は、目が大きく、鼻筋が真直ぐで、色付きの良い小さな唇…
自分の目から見ても、美しい分類に入る気がした。

「これなら、ディラン様の隣に立っても、笑われませんよね?」

『お似合い』とまでは、図々しいので、思えませんが…
それでも、これまでよりは、格段に良い筈だ。

「ああ!素敵です!!」

わたしは笑いながら、部屋中、両手を広げて、くるくると回った。
大きな夜着は落ちてしまいそうになり、抱えなくてはいけなかったが、良い気分だった。

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