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本編
12 ディラン
しおりを挟む◇◇ ディラン ◇◇
「ディラン様、あの、不躾で申し訳ないのですが…」
こうした物言いは、プリムローズには珍しく、
俺は良く無い事を想像し、胡乱に振り返った。
「なんだ?」
「《臭い消しの薬》が、残り少なくなって参りましたので、
よろしければ、また作って頂けないでしょうか…」
「なんだ、そんな事か、作り置きを明日にでも渡してやる」
「ありがとうございます、それで、その、図々しいお願いなのですが…」
本題はこちらか?
全く、さっさと言えば良いものを…
俺は苛立ちつつも、促した。
「なんだ?」
「ディラン様がお作りになられた、《臭い消しの薬》を、もっと頂けないでしょうか?」
「どの位だ、何に使う気だ?」
まさか、風呂に入れて浸かるなどとは言うまい?
俺が怪訝に見ていると、プリムローズは顔を赤くし、その小さな手を擦り合わせた。
「ご存じの通り、わたくしの家族、一族は皆肥満体質です」
ああ…
俺は礼拝堂で見た、彼女の家族を思い浮かべた。
プリムローズ同様、皆、同じ体型だった。
「皆、体臭には悩まされていて、ディラン様の薬があれば、きっと皆も喜ぶと思い…
勿論、十分な対価はお支払い致します!」
途中までは『成程』と聞いていたが、
最後の言葉で、俺は思わず声を上げてしまった。
「馬鹿を言うな!
婚約者から金を取ったとあれば、俺の名に…いや、王家の名に傷が付く!
俺の婚約者ならば、その位考えろ!」
こいつには、王子の婚約者である自覚が足りない!
それでは困る。
例え、王家を出て公爵家に入るとしても、
俺が王の息子である事は、この先も変わらないのだから。
「は、はい、申し訳ありません…」
プリムローズは、叱られた犬の様にしゅんとした。
躾し甲斐のある奴だ。
俺は満足し、頷いた。
「婚約者やその家族への贈り物として、望むだけ用意してやる。
少し日は掛かるが、我慢しろ」
「ああ!ありがとうございます!ディラン様!
きっと、一族全員、ディラン様に感謝致しますわ!」
そのふくよかな顔は、一瞬にして喜びに輝いた。
尻尾を振っている様に見える。
「感謝などしなくていい、この程度の事で恩に着られても困る」
大袈裟だ。
だが、プリムローズはニコニコと笑みを崩さずに、更に言った。
「わたしには、世に出すべき、素晴らしい薬に思います。
売られる気は無いのですか?」
「面倒だからな」
俺は気恥ずかしさを気取られぬ様、さっと踵を返した。
プリムローズが追って来る。
最初は、どたばたと煩い足音を立てて、「ひぃひぃ」と言っていたが、
最近では、足音はするものの、それも安定し、息切れもあまりしなくなった。
体力的にはかなり改善されているのが分かる。
なのに、何故、痩せないのか…
肉が筋肉になっただけなのか?
一体、あいつの体はどうなっているんだ!
俺は内心で頭を抱えた。
◇◇
「しかし、一族皆、肥満とは…」
やはり、体質的な問題なのか?
どうあっても、痩せないかもしれないと思うと、虚しくなったが、
体を鍛える事に置いては、一応効果は出ているので、それで満足する事にした。
それに、不思議だが、プリムローズはやる気になっている。
「俺が弱気になってどうする!」
俺は自分を鼓舞し、《臭い消しの薬》の調合を始めた。
俺は薬用の中瓶に《臭い消しの薬》を注ぎ、蓋をした。
一族がどの程度いるのかは知らないが、十本作った。
必要ならばまた作れば良い。
瓶を木箱に詰めると、かなりの重さになった。
これをプリムローズに渡すのは、愚かだろう。
「落として割られても困る、直接、クラーク公爵家に送るか…」
翌日、プリムローズに手紙を書かせ、それを同封し、クラーク公爵家に送った。
その三日後、プリムローズが礼状を渡してきた。
「ディラン様、無事に家に薬が届きました、ありがとうございます。
家族も皆、喜んでおります。ディラン様宛の礼状です___」
「ああ」
俺が受け取ると、プリムローズは笑顔を残し、後ろの自分の席に行った。
クラーク公爵家に薬を送る段取りを付けた時も、プリムローズはうれしそうにしていた。
『明日中には届くだろう』
『明日中!ああ、楽しみです!』
『おまえがどうして楽しみなんだ?』
薬を作ったのは俺で、それを使うのは家族だ。
何の関係があるんだ?と思ったが、プリムローズは迷いなく言った。
『家族の喜ぶ顔が浮かびました!』
きっと、良い家で育ったのだろう。
大切にされ、愛されて。
プリムローズを見ていると、それが伺えた。
彼女の素直さ、上品さ。
人から悪く言われる事はあっても、決して、言い返さない。
人を悪く言わない。
ただ、黙って耐える。
彼女からは、怒りよりも、悲しみが見える。
俺ならば、怒っているだろう。
言われた以上に言い返す、時には徹底的に潰す___
誰にも何も言われない様にと、力を付け、強くあろうとして来た。
だが、彼女を見ていると、そんな自分が、果たして正しかったのか…
疑問に思えて来た。
何故なら、彼女が優しく、そして幸せそうだからだ。
肥満であっても、馬鹿にされても、悲しんだ後には、幸せそうに笑う。
俺は、どんな時も、あんな風には笑えない。
クラーク公爵家からの礼状は、儀礼的でありながらも、感謝と喜びが溢れていた。
プリムローズの妹、エイミーからの礼状もあった。
【ディランお兄様!】
【お兄様の作られた薬は、最高です!】
【みんな、すごー――く、喜んでいます!】
【沢山の愛を込めて!エイミー】
薬を囲み、喜んでいるエイミーと両親…らしい、簡単な絵が描かれていた。
その周りには、沢山の星やハートが散りばめられている。
こんな手紙を受け取った事は初めてだ。
「良い家族なんだな…」
俺とは違う。
俺はそれを羨ましく思いながらも、何処か…恐れを感じていた。
◇◇
俺は意図して、周囲の情報を集める様にしている。
何か事があっても、直ぐに手を打てるように、だ。
つまり、魔法学園の事も、その範疇の内だった。
尤も、取るに足らない事は無視している。
プリムローズへの侮辱の数々も、学生という事もあり、放置してきた。
それに、俺がしゃしゃり出て庇ったとして、
それで、プリムローズの立場が良くなるのかというと、それは違うだろう。
何度かは見兼ねて庇った事はあるが、それは本位では無かった。
プリムローズ自身が痩せ、見返す、黙らせる___
そうでなくてはいけない。
だが、新たな火種が生まれたらしい。
《金で王子を婚約者にした、公爵令嬢》
そんな噂が流れているのだ。
俺とプリムローズの婚約は、元は王が決めた事で、クラーク公爵家からの申し出では無い。
王の目的は金かもしれないが、それでも、噂の根本は違っている。
「悪意があるな…」
俺や王家に対してではなく、プリムローズとクラーク公爵家に対してだ。
不思議にも、クラーク公爵家は悪意の標的になり易い。
名家で大富豪である故の、妬みかもしれない。
王家や俺に向けられないのは、ただ、《恐れ》があるからだろう。
現に、一学年上、アレンの教室では、俺は笑い者にされ、蔑まれている。
主導しているのが、アレンだからだ。
「ディラン様を手に入れたくて、王家に取り入ったのですって」
「ああ、やっぱり、金で買ったのか!」
「相当大金を積んだらしいな」
「金のある奴はいいよなー」
「あんなのに目を付けられた相手は気の毒だよ!」
「相手が断れないのを承知でさー、情けなくないのかねー」
「同じクラスなものだから、毎日つき纏われて…」
「彼女には、少しの罪悪感も無いのかしら?」
全く、馬鹿馬鹿しい___!
少し言葉を変えただけで、中身はただの政略結婚だ。
結婚を親同士が決める事も、貴族社会では珍しい事ではない。
俺は取るに足らないと相手にもしていなかったが、プリムローズは違っていた。
いつも以上に、白金色の頭しか見ていない気がする。
ぼんやりしているのはまだ良いが、独りの世界に引き籠まれるのは、面白く無い。
もう少し、俺を見ろ。
おまえみたいに単純な奴は、能天気に笑っていればいいんだ。
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