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本編

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「まぁ、あんなに太って…」
「何を食べたら、あれだけ太れるのかしら?」
「何て醜いのかしらね!」

貴婦人たちの目が蔑みの色を浮かべてわたしを見ている。
わたしはそれに怯えつつも、手に持っていたカップケーキにむしゃぶり付いた。
恐怖や悲しみが、甘い刺激に掻き消えていく。
どんな悲しい時も、癒してくれるのは、《食べ物》だけだ。

だが、相手も追撃の手を緩めない。

「よるな!みにくい豚娘!」
「あんたなんて、服を着た豚よ!」
「ここは人間様の住む世界だぞ!さっさと出て行け、この白豚!」

突き飛ばされ、わたしは芝生にお尻を打ち付けた。
お尻に付いた肉の厚みで、然程痛さは無かったが、
手に持っていたカップケーキは、手を離れ、コロコロと芝生を転がって行った…

ああ!わたしのお菓子が!

わたしは芝生に這い蹲り、必死でカップケーキに手を伸ばす。
だが、恐ろしく意地悪な顔をした子供たちに阻まれ、それは叶わない…
その時だ、何者かの手により、芝生の上のカップケーキが拾われた。

『このカップケーキは、君のかい?』

目の前には、輝かんばかりの甘い笑みを浮かべた、王子様。
彼はわたしの前に片膝を付き、それをすっと差し出した。

『さぁ、もう大丈夫だよ、安心して食べなさい、プリムローズ』

わたしはうっとりとし、カップケーキを受け取った___


「ああ…やっぱり、夢ですよね…」

目を覚ましたわたしは、残念な気持ちになり、嘆息と共に、上掛けを噛んだ。

わたしの願望が生み出す、この甘い夢を、わたしは幼い頃より見続けている。


プリムローズ・クラーク。
わたしの家、クラーク公爵家は国でも有名だった。
その理由は、古より続く名家で、建国の際にも尽力し、王家からも一目置かれている事。
巨額の富を持つ、大富豪である事。
そして、肥満一族である事___

わたしは、そんなクラーク公爵家の長女だ。

一族の例に漏れず、わたしは食を愛し、大食漢で、幼い頃より標準体重を軽く超えていた。
そういう者たちを、周囲は《罪人》の様に見る。
例え子供であっても、容赦無しで、酷い言葉をぶつけられてきた。

『みにくい』
『ぶたおんな』
『よるな、けがらわしい!ぶたがうつる!』

単純にして確実に胸を抉る言葉だ。
十四歳を超えてからは、次第に知性も見えてきて、陰湿に不安を掻き立てる言葉も増えた。

『幾らお金があっても、そんな醜い体型では、結婚出来ないわよ!』

だが、実際言葉通りで、クラーク公爵家の子供たちは、揃いも揃って、晩婚だ。
結婚をせず、一生独身を貫く者も何人か居る。


「結婚…出来るでしょうか…」

結婚はしたい。
恋愛結婚であれば一番良い。

わたしはそっと、お腹の肉を掴む。

ああ、絶望的です…
この厚みのあるお肉…ステーキならば、どれ程良いか…

「分不相応」と言われるのが分かっているので、口にはしないが…
心の中で憧れるだけ、夢見る事は、許して欲しい。

夢の中の様に、自分を馬鹿にする者たちから庇ってくれる、
優しい王子様が、いつかきっと現れると…


◇◇


クラーク公爵家は肥満一族ではあるが、強い魔力を持って生まれる者も多い。
わたしも魔力を認められ、十五歳の時から、王立魔法学園に学んでいる。
一年の終わりの成績はAクラス7番で、女子では一番の成績だった。
真面目で優秀な生徒と教師たちからは評価を得ている。

「生徒たちの間での評価は、《白豚》ですけど…」

幾ら良い成績を取ろうとも、決して認められる事はなかった。
悲しい事に、友達もいない。
ただ、わたしが太っているから…

「それだけですよね?他にも理由があるのでしたら、絶望的ですわ…」

王立魔法学園は王都にあるので、公爵家からでも通える距離だったが、
全寮制の為、家に帰る事は月に一度程度だった。
無事一年を終え、今は夏休暇で家に帰って来ている。

寮での雑用は、寮の使用人たちが請け負ってくれ、わたし付きの侍女も一人いる。
だが、やはり、至れり尽くせりの実家での生活は、格別だった。
のんびり出来、心も落ち着ける。
ここ一週間の贅沢な暮らしで、一年間の疲れも、すっかり洗われていた。

「家で食するものは、どうしてこんなにも美味しく感じるのでしょう!」

忘れていた感動が呼び戻される。
十時の紅茶とカップケーキを楽しんでいた所、メイドが呼びに来た。

「プリムローズ様、旦那様が書斎でお呼びです」

「直ぐに参ります」

わたしは持っていたカップケーキを最後まで食べると、手を払い、布で拭き、
椅子を立った。

父から書斎に呼ばれる事は少ない。
そして、それは、内密の話を意味している。

「悪い知らせでなければ、良いのですが…」

長い廊下を歩き、階段を降り、また少し歩く…
公爵家の問題は、館が広過ぎる事だ。

「ああ、また、お腹が空いてしまいます…」

わたしはお腹を擦り、書斎の前に立った。

「お父様、プリムローズです」
「入りなさい」

返事があり、わたしは書斎の扉を開け、中に入った。
父はわたしよりも更に二回り大きな巨体で、大きな机に向かっていたが、
顔を上げ、肉付きの良い丸い顔に、にこやかな表情を浮かべた。

「おお、待っていたよ、プリムローズ!」

これはきっと、良い知らせだろう。
わたしは安堵しつつ、父の言葉を待った。

「プリムローズ、喜びなさい、おまえに結婚の打診が来ている!」

「まぁ!」

驚きに、つい、声が漏れてしまった。

つい、朝方、『自分は結婚出来るのだろうか…』と、
不安に思っていた所なのだから、仕方も無いだろう。
何という偶然の一致でしょう!
運命の予感がし、わたしの胸は期待に膨らんだ。
だが…

「お相手は、第三王子ディラン様だ!」

その名を聞いた瞬間、わたしの膨らんだ期待は、一気に萎んだ。

「第三王子ディラン、様…」

ディラン・ルーセント。
彼とは同年で、魔法学園では同じAクラスに学ぶ。
魔力が強く、そして賢く、どの教科でも首席を取る程に、優秀な生徒だ。
自分に厳しく、他人にも厳しく、完璧主義者と名高い。
黒髪に深い青色の目をしていて、常に仏頂面で、強面だ。

話し掛けると「結論を先に言え」と言われ、
軽口など言おうものなら、「時間の無駄だ」と切り上げられ、
相手がしつこい場合には、追及の手を緩めず、理詰めで畳み掛け、
名を呼ぶだけで睨まれる…
故に、入学から三月後には、用も無く、彼に近付く者はいなくなった。
密かに付いた通り名は、《暗黒の冷徹王子》だ。

わたしたちの共通点は、友が居ない事でしょうか…

軽口を言い、現実逃避したくなっても、仕方は無いだろう。
わたしは、ふっと、遠くを見た。
そんなわたしとは違い、父は上機嫌だった。

「王子に公爵家を継いで貰えるなんて、願っても無い事だよ!
クラーク公爵家には強運が憑いていると言われてきたが、本当だったね!
いや、全てはおまえだ、プリムローズ!おまえは神に愛された娘だよ!」

父の喜び様に、わたしは反論の機会を失ってしまった。
それに、幾ら反論したからと言って、相手が《王子》であれば断る事は出来ない。
公爵家の娘に生まれ育ったわたしだ、それ位は分かった。
結婚しなければならないのなら、せめて、周囲には喜んで貰いたい___

「どうした、プリムローズ、おまえは乗り気では無いのかね?」

無言でいるわたしに、父が気付いてしまった。
わたしはニコリと笑みを浮かべた。

「突然の事で驚いてしまったのですわ、お父様。
お相手が王子様だなんて…信じられませんもの!」

「ああ、そうだね、ディラン殿下はおまえと同じクラスらしいね、
それで、おまえを見初めたと聞いたよ。
善い行いをしていると、誰かは気付いてくれるものだよ、良かったねプリムローズ」

父が喜んでいるので、とても言えないが…

ディランがわたしを見初めたという話は、とても信じられなかった。
何故ならば、わたしたちは、一度も言葉を交わした事が無い。
それ所か、顔を合わせた事すらも無いのだ。
それに、学園中の生徒たちが、わたしを《白豚》と呼んでいるというのに…

結婚したいなどと思うでしょうか?

思ったとすれば、それは、正に、夢に見た王子様だ___

少しだけ、夢を見てしまった。
だが、一瞬後、あの強面を思い出し、笑みが引き攣った。

「絶対に無いですわ…」

ディランが結婚し、夫となる姿が想像出来ない。
あの強面の冷徹王子が、愛を囁くなんて…

「わたしを見初めただなんて、わたしを好きになるなんて…」

そんな事、あり得ないですよ…ね?

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