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しおりを挟む平穏な日々を満喫していたのだが、
一月もしない内に、男子たちは疑いを持つようになっていた。
「本当に、セオドラ様の事が好きなのか?」
「エドウィン様の時とは随分違うしー」
「食堂にいても、全く見向きもしないだろう?」
「白状しろよ!セオドラ様を好きだって事は、嘘なんだろう?」
放課後、校舎の廊下で数人の男子生徒たちから詰め寄られ、
わたしは内心冷や汗だった。
「本当よ、エドウィン様の時に迷惑を掛けて、嫌がられてしまったから、
慎重になっているだけよ」
皆も、エドウィンがうんざりしていた事を知っていたので、おかしな事では無かった。
だが、皆は不満そうな顔をしている。
「けどさー、何処か嘘っぽいんだよなー」
「相手は、あのセオドラ様だぜ?」
「第三王子だけど、妾の子だし…」
「それに、呪われてるんだぜ?」
「あの目だぜ、気味悪いし…」
「普通に考えて、好きになるヤツなんかいないだろう」
好き勝手な事を言う___!
わたしは苛々とし、言い返していた。
「わたしが誰を好きでもいいでしょう!
妾だろうと、呪われていようと、好きになってしまえば、そんなの大きな問題じゃないわ!
それに、わたしはあの目が好きなの!アクアマリンとトパーズを同時に楽しめるのよ?
お得じゃないの!」
男子たちは「ぐう」と唸った。
気まずそうな顔でお互い見ている。
「分かったなら、わたしはもう行くわね___」
『道を開けろ』と男子たちを威圧したが、彼等は察しが悪かった。
「えー、けどさー」と、まだ何やらぶつぶつと言っている。
わたしが痺れを切らし掛けた頃だ、わたしに助け舟を出した者がいた。
「アンジェリーナ・ロバーツ、こっちだ」
見ると、男子たちの向こう、一人の男子生徒が足を止め、こちらを見ていた。
しかも、当人である、セオドラ・オースワイバーンだ!
何で!?どうして、セオドラがわたしを呼んでるの??
わたしたちは知り合いでもない___
わたしは正直、嫌な予感しかしなかったが、
この場を切り抜けられるのなら…と、仕方なくそれに乗る事にした。
「セオドラ様~!ほら、あんたたち、通しなさいよ!」
だが、わたしが言うまでもなく、彼等はセオドラに気付くと、我先にと逃げ出していた。
逃げ足の速い事!
わたしは安堵の息を吐き、セオドラに笑い掛けた。
「セオドラ様、わたしに何か御用でしょうか?」
「分かっているんだろう?こっちだ___」
セオドラは無表情で言うと、さっと踵を返し、歩き出した。
『分かっているんだろう?』と聞かれ、わたしの頭に浮かぶのは、《あの件》しかない。
アレで、もしかして…怒ってる??
わたしも、先程の男子たちと同様に逃げ出したくなったが、
名を知られているのだから、逃げ切るのは難しい…
わたしは逡巡した後、仕方なく彼の後を追った。
セオドラが向かった先は、空き教室だった。
放課後に誰もいない教室で二人きり…
ベタなシチュエーションに、胸が高鳴る___訳もなく、
寧ろ、わたしは死刑執行を待つ罪人の面持ちでいた。
セオドラは窓際まで行き、外を眺めてから、こちらを振り返った。
反射的に、わたしはゴクリと唾を飲んだ。
彼の左目は長い前髪で隠されている。
右の薄い青色の目は、冷たく見えた。
アクアマリンは良く言い過ぎたわ…
心の中で訂正していると、セオドラが口を開いた。
「アンジェリーナ・ロバーツ、俺を好きだと言って周っているらしいな」
やっぱり、件の苦情ですよね!
予想はしていたので、驚きは無かったが、だからと言って、窮地から助かった訳ではない。
穏便に済ませるには、どうしたらいいの?
前世では三十路まで生きたが、正直、こんな状況は初めてだ。
いつだって、わたしは人を欺かず、清く正しく生きていたもの…
それは言い過ぎかしら?
ああ、でも、どうしたら良いのかしら…!
「皆が聞いてくるだけで、言って周ったつもりはありません」
「面倒だから、これまでは大目に見てきたが、この際、はっきりと言っておく。
俺は誰であれ、利用されるのは好きじゃない」
《男よけ》にしていると、バレていたのね!
それなら、確かに、気を悪くするわよね…
でも、先に釘を刺されたら、利用させて欲しいなんて、頼めないじゃない…
ああ、どうしたらいいの??
追い詰められたわたしは…
「利用なんてしていません!本当に、セオドラ様が好きなんです!」
わたしは善人だ、『人を欺かず、清く正しく生きたい』と思っている。
だが、困った時は『噓も方便』だ!
わたしは開き直る事にした。
瞬間、セオドラの口元が不機嫌そうに曲がった。
うう…いつも無表情なのに、こんな表情も出来たのね…
なんて、感心している場合ではなかった。
「そうか、好きになってくれてありがとう___」
セオドラの大きな手が、わたしの腕を掴んだかと思うと、
わたしは唇を塞がれていた。
「!??」
突然、キスをされるなんて思ってもみず、わたしは硬直し、棒立ちになっていた。
セオドラは構わずに、わたしの後頭部を掴み、キスを深めた…
「んん…!?」
彼の舌がわたしの口内を蹂躙する…
舌を絡められ、キツク吸われ…
漸く離された時、わたしの足は力を失い、情けなくもその場に崩れ落ちてしまった。
「な、何するのよ!」
「礼だ、好きな相手からキスされたんだ、うれしいだろう?」
セオドラは超然と、わたしを見下ろしていた。
キスで心を乱された様には見えない。
わたしなんて、息が乱れて、喋るのもキツクて、顔なんて真っ赤だというのに…
途端に、目の前の男が憎々しく見えてきた。
年下の癖に!!(前世のわたしからしたら)
たかが、十七歳の少年にキスをされて、骨抜きにされるなんてーーー!!!
「例え、相手が自分を好きでも、了承は得るべきよ!
それに、断りもなく舌を入れるなんて、酷いわ!」
あんなキス、前世でもしたこと無かったのに…
こんな、良く知りもしない男と…!!!
わたしが吠えると、セオドラは膝を折り、わたしと視線を合わせた。
青色の目が冷たく光り、わたしはギクリとした。
「面倒だな、俺が好きなら、俺の好きにさせろ、それが嫌なら、軽々しく好きだなんて言うな」
これって、つまり、わたしの気持ちを疑っているって事よね?
わたしを試したの?
それとも、罰かしら?
だけど、ここで、『すみませんでした!』なんて、言える筈無いでしょう!
「そ、それはあなたのルールでしょう!わたしはわたしの好きにするわ!」
「それなら、俺も俺の好きにする___」
再び唇を塞がれた。
わたしは思い切り抵抗したが、その体は固く、ビクともしない。
気付くと、わたしは床に押し倒されていた。
抵抗したいのに、熱いキスに、体が麻痺してしまう。
首に噛みつかれ、思わず声が漏れた。
「あぁ!」
わたしの理性は崩壊寸前だったが、急に体を離された。
驚いて目を向けると、セオドラは立ち上がり、制服の誇りをさっと手で払っていた。
「週末、俺の部屋に来い、続きをしてやる」
「はぁ!?行くわけないでしょう!!」
「ここで抱かれたいのか?埃っぽいぞ?」
「続きなんてしないって意味よ!馬鹿!!」
セオドラが教室を出て行き、わたしは床から立ち上がった。
「あんな奴だったなんて!」
あれでは、強姦魔だ!
つくづく、自分の男運の悪さに泣けてくる。
これでは、セオドラを《男よけ》には出来ない。
このままでは、貞操を失うのも時間の問題だ。
前世であればまだしも、この世界では、貞操観念が強い。
「結婚出来なくなっちゃうわ!」
そりゃ、結婚する気はないけど…
「でも、行為には、《愛》がなくちゃ!」
わたしは自分の結論に満足し、教室を出たのだった。
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