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前日譚
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しおりを挟む◇◇ ミゲル ◇◇
「ミゲルは悪くないの!わたしが無理にやらせたんだから!叱らないで!」
ヴァイオレットと一緒に悪さをし、叱られた時には、いつもヴァイオレットが庇ってくれた。
ヴァイオレットは潔く、堂々としている。
「おやつ抜き」にされても、不貞腐れるが、ミゲルの菓子を奪ったりはしない。
勿論、ミゲルは自分の菓子をヴァイオレットにあげた。
「ヴィー、僕のをあげるよ」
「いいの?」
「うん、悪さをしたのは僕もだし…
ヴィー、お菓子、好きでしょ?」
「うん、好き!じゃ、半分こね!」
ヴァイオレットはそれを手に取ると、半分に割り、ミゲルに渡した。
そして、うれしそうに頬張った。
「あのね、ヴィー、僕の事、庇ってくれなくてもいいよ?僕も一緒に叱られるから…」
いつも庇って貰っては、ヴァイオレットに悪い。
いや、庇われる自分が情けない。
僕、男の子なのに…
そんな風にも思うのだが、当のヴァイオレットが聞き入れないのだ。
「わたしは姉だもの!弟を庇うのは当然よ!」
その言葉に、ミゲルの胸はズキリと痛む。
「おまえは兄だろう!」と、父に張り飛ばされた事を思い出すからだ___
ヴァイオレットは「姉だから」と、叱られ役を買い、お節介な程に世話も焼いてくれる。
自分がもし、ヴァイオレットの様だったら、父に叱られなかっただろうか?
ネイトやマックスと仲良く出来たのだろうか?そう考えると、落ち込んだ。
◇◇
夜になると、ヴァイオレットが本を持ち、ミゲルの部屋にやって来る。
ミゲルをベッドに入れ、ミゲルが眠るまで、本を読んでくれるのだ。
本は大抵の場合、王子様とお姫様の物語だった。
ヴァイオレットは活発で、部屋にいるよりも、外を駆け回る事が好きだ。
発言は歯に衣を着せない、大胆でいて、行き当たりばったり。
競争心が高く、努力家なので学力は高く、ピアノも上手だ。
だが、刺繍や編み物、縫物等は苦手…
そんなヴァイオレットと《王子様とお姫様の物語》は、掛け離れている気がする。
ミゲルは不思議に思い、それを訊いてみた。
「ヴィーは、このお話が好きなの?」
ヴァイオレットの顔が、パッと輝いた。
その紫色の目も、ランプの灯りを受けてキラキラとしていた。
「そうよ、王子様が竜を倒すの!カッコイイでしょう!」
「ヴィーは、王子様が好きなんだね…」
やっぱり、ヴィーも女の子なんだ…
「僕、王子様になる!」
ミゲルは衝動的に言っていた。
言った後で、現実には無理だと思い出し、顔が赤くなった。
「あ、あのね、いまのはね…」と、ミゲルは言い訳をしようとしたが、
ヴァイオレットは本を開いて、挿絵を見せた。
「ミゲルは王子様より、お姫様の方が似合うわ!
見て!このお姫様、ミゲルに似てると思わない?金髪だし、可愛いの!」
嬉々としてそんな事を言われ、ミゲルはガッカリした。
◇◇
平穏なオークス伯爵家にも、厄介事はあって…
それは、記念日やパーティに訪ねて来る親戚、従兄弟のチャーリーとマイルズだった。
チャーリーとマイルズは、ヴァイオレットを目の敵にしていて、
大人たちが居ない時には、決まって意地悪を言ってきた。
「おい!クソデカ女!」
「おまえ、身長幾つだよ、ったく、邪魔なヤツ!」
「デカイんだから、菓子なんか食ってんな!」
それに対し、ヴァイオレットは臆する事なく、堂々と言い返していた。
「あんたたちがチビなんでしょう!」
「高い所に手が届かないからって、嫉妬してるんじゃない?」
「菓子を食べてはいけない規則は無いわ、それに、ここはわたしの家よ、好きにさせて貰う!」
互いに嫌い合っている様で、殺伐とした空気があった。
だが、幸い、言い合いだけに留まっていた。
その均衡が、崩れた時があった___
それは、ミゲルが十二歳になった年だ。
ヴァイオレットは十三歳で、少し落ち着いてきて、挑発には乗らず、無視する事を覚えた。
だが、チャーリーとマイルズは面白くない様で、彼等は標的をミゲルに変えた。
「おまえ、捨て子なんだろう?」
「貴族の振りしても直ぐに分かるぜ!」
「臭いが違うよなー!」
これに対し、ミゲルは沈黙したが、ヴァイオレットは烈火の如く怒った。
「いい加減な事言わないでよね!ミゲルに意地悪を言ったら、許さないから!」
「へー、許さないってさー、どうすんの?」
チャーリーとマイルズは、余裕の顔で悪態を吐く。
ヴァイオレットは、箒を手に取り、二人を追い回した。
ヴァイオレットが二人を箒でボコボコにしている所に、大人たちが駆け付け、引き離した。
「まぁ!何て狂暴なのかしら!これで、伯爵令嬢だというの?
ロバート!あなた、どういう教育をなさっているの!
ああ、可哀想なチャーリー、マイルズ…傷が残ったら責任を取って貰いますからね!」
「ヴァイオレット、暴力はいけない」
ヴァイオレットは両親から無理矢理謝罪をさせられ、不貞腐れていた。
「ヴィー、ごめんね、僕の所為で…」
「悪いのはミゲルじゃない、あいつ等よ!もっと、ボコボコにしてやるんだったわ!」
ヴァイオレットは後悔していない様で、ミゲルは救われた。
チャーリーとマイルズは叱られていないので、その後もしつこく絡んで来た。
「あいつ、女じゃねー?」
「おーい!スカート穿いてみろよ!」
「おまえら、女と男、逆だろう!」
「おまえも男だったら良かったのになー」
「おまえみたいな、デカくて狂暴な女、絶対、結婚なんか出来ないぜ!」
ヴァイオレットは恐ろしい目で睨んでいたが、叱られた手前、我慢している様だった。
ミゲルはヴァイオレットの手を引き、「行こうよ!」とその場を離れた。
ヴァイオレットは不機嫌な顔をしていたが、いつもより元気が無かった。
「あんなの、気にする事ないよ!ヴィーは狂暴なんかじゃないよ、優しいし、綺麗だよ…
結婚だって、絶対に出来るから!」
ヴァイオレットは「うん」と頷いたが、やはり元気は無かった。
ミゲルは気の利いた事を言えない自分がもどかしかった。
最悪な事は続くもので…
部屋に戻ったヴァイオレットは茫然と立ち尽くした。
ヴァイオレットが大切にしていたうさぎの人形が、切り刻まれ、床に散らばっていたのだ。
「!!」
ヴァイオレットは直ぐに部屋を飛び出し、チャーリーとマイルズを探し出し、殴り掛かった。
チャーリーは十四歳、マイルズは十二歳、ヴァイオレットの方が背は高かったが、
それでも、男子の方が力はある。
掴み合いの喧嘩になり、ヴァイオレットは床に倒され、髪を掴まれ、引き摺られた。
ミゲルは急いで助けを呼びに走った。
メイドや使用人たちが駆け付け、三人を引き離した。
「ヴィー!大丈夫!?」
ヴァイオレットの艶のある綺麗な黒髪はボサボサになり、
顔は汚れ、痣も有り、唇は切れて血が出ていた。
ドレスも皺くしゃになり、汚れ、フリルが取れている。控えめに言っても、酷い姿だった。
だが、ヴァイオレットは泣いていなかった。
鋭い目で二人を睨んでいる。
「こいつが殴りかかってきたんだ!」
「そうだ!ヴァイオレットが悪いんだ!」
チャーリーとマイルズは、当然の様にヴァイオレットを責め立てた。
「ハッピーに手を出すからよ!絶対に許さない!!」
「勝手に決めつけんなよ!俺たちがやったんじゃねーし!」
チャーリーとマイルズは白を切り通すだろう。
それはミゲルにも分かった。
「どうした、今度は何があったんだ?」
ロバートやアイリス、チャーリーとマイルズの両親が駆け付けて来たのを見て、
ミゲルはヴァイオレットの手を握り、「ヴィーは黙ってて!」と小声で言った。
「ヴァイオレット!どうしたんだ、その恰好は…」
ヴァイオレットの姿にロバートは唖然とし、アイリスは悲鳴を上げた。
「チャーリーとマイルズに聞いて下さい!」
ミゲルが言うと、皆はチャーリーとマイルズを注目した。
チャーリーとマイルズは意気揚々、それを話した。
「ヴァイオレットが言い掛かりを付けて来たんだ!」
「俺たちが、うさぎの人形をナイフで切り裂いたって!」
「それで、急に殴りかかってきたんだよ!」
「俺たち、自己防衛しただけだから!悪くないでしょ!」
大人たちが今度はヴァイオレットの方を見た。
その悲惨な状態に、周囲の者たちは彼女を責める気にはなれなかったが、
チャーリーとマイルズの両親は別で、構わずに怒りを口に出した。
「何て乱暴なの!私たちの子がそんな事をする筈が無いじゃない!」
「そうだ、先ずは事実を確かめるべきだろう、それを暴力で解決しようとは…」
「これが伯爵令嬢なの!」
「私たちは黙っていないからな!」
社交界で、この事を言って周るというのだ。
ヴァイオレットは怒りに唇を震わせている。
ミゲルはヴァイオレットの手を強く握り、キッと顔を上げた。
「待って下さい!証拠ならあります!」
「証拠?へん!ある筈ないさ!」
チャーリーとマイルズは高を括っていた。
「チャーリーとマイルズは、さっき、自白をしました。
『うさぎの人形をナイフで切り裂いたと言い掛かりを付けられた』、そう言ったよね?」
「それが、何で自白になるんだよ!そんなの、見れば分かるって!」
「ヴァイオレットは『人形をナイフで引き裂かれた』なんて、一言も言ってないよ。
『ハッピーに手を出すからよ』としか言っていないよね?」
ヴァイオレットは頷く。
「ハッピーが、あの薄汚いうさぎの人形だってくらい、皆、知ってるよ!」
ヴァイオレットは小さい頃はよく、ハッピーを連れていたらしい。
ミゲルは頷いた。
「ふぅん、でも、ハッピーはヴァイオレットの部屋にあったんだよ?
君たちは、ナイフで引き裂かれたハッピーを、どうやって見たの?
僕たちが君たちの所に来る前に、こっそり部屋に入って見たのかな?
勝手に部屋に入るのは、マナーに反しているよね?
しかも、女の子の部屋に入るなんて…怖いよ」
ミゲルが軽蔑の目を向けると、チャーリーとマイルズは青くなり、「ええ…それは…」と口籠った。
チャーリーとマイルズの両親も、立場が悪くなった事を悟り、顔を引きつらせた。
「な、なんて生意気な子なの!捨て子の癖に偉そうに!チャーリーとマイルズに謝りなさい!」
「こいつを引き取る時、私たちは反対したんだ、性悪だと分かっていたからな!」
ミゲルを責め始めたが、ロバートがすっと前に出た。
「ミゲルは捨て子ではない、それに、ミゲルが謝る必要は無いでしょう。
ヴァイオレットは女子ですよ、勝手に部屋に入るなど、許せる事ではない!
暫くの間、チャーリーとマイルズを館に招くのは止める事にしよう」
「そんな!部屋に入ったとしても、人形を破ったのはこの子たちじゃないわ!
罪を着せるなんて、酷いじゃないの!」
「館にいる全員に話を聞いてもいいが、他に怪しむべき者がいなければ、
チャーリーとマイルズの疑いは濃くなるだろうね。
二人がヴァイオレットの部屋に入ったのは確かなのだから。
使用人の誰かはチャーリーとマイルズの事を見たか、話を耳にしているだろう。
それに、疑われたからと言って、女性に手を上げる者は、この館には居て欲しくない!
極めて野蛮で恥ずべき行為だ!これを許せば、伯爵家の品位が落ちる、どうぞ、お帰り下さい___」
ロバートが厳として告げ、
チャーリーとマイルズ、二人の両親は早々に伯爵家から追い出された。
「ありがとう」
ヴァイオレットが小さく呟き、ミゲルは振り返った。
ミゲルはヴァイオレットの助けになれた事がうれしかったが、ミゲルの想像とは違い、
彼女は暗い面持ちだった。
「ヴァイオレット!直ぐに手当てをしましょう!」
アイリスがヴァイオレットを連れて行くのを、ミゲルはぼんやりと見ていた。
「ミゲル、よくやったな」
ロバートがミゲルの肩に手を置き、誇らしそうに言った。
こんな風に褒められたのは初めてで、息子として認められた気がし、ミゲルはうれしかった。
「お義父様、僕に、剣術か武術を習わせて下さい。
ヴァイオレットが酷い目に遭っているのに、僕、何も出来なかったから…」
「おまえは良くやったよ、助けを呼び、チャーリーとマイルズの悪事を暴いた。
それこそ、誰にでも出来る事じゃない、胸を張りなさい。
だが、男子だ、一通りは習っていた方がいいな、考えておくよ」
ロバートはミゲルの細い肩をポンポンと叩き、戻って行った。
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