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本編
最終話
しおりを挟むつまり、キャロラインは婚約破棄をされ、進退窮まり、ここに来たという訳だ。
彼女も、『これでは、良縁など望めない』と分かっていたのだ。
わたしは嘆息した。
「それならそうと、正直に話せば良かったのに…」
それなら、わたしだって、酷い事を言わずに済んだのだ。
「だってぇ…このあたしが、婚約破棄をされたなんてぇ、言える訳無いじゃないですかぁ!
あたしはぁ、ヴァイオレット様とは違うんですぅ!
ヴァイオレット様は、壁の花でも皆、納得ですけどぉ。
あたしは可愛いしぃ、小さいしぃ、あたしが見初められないなんて、おかしいじゃないですかぁ!」
同情する気が一気に失せてしまったわ。
わたしは紅茶を掛けてやりたくなったが、流石に我慢した。
代わりに、ミゲルがキャロラインを見下ろし、キッパリと言った。
「僕の意見は違います。
美人で優しく思い遣りがあり、常識のある賢い義姉が、壁の花になるのはおかしい。
散々友人に迷惑を掛け、平気で傷つける事が出来る君が見初められないのは、納得です。
分かったら、どうぞ、お引き取り下さい。
この館で、ヴァイオレットを悪く言う事は、僕が許しません___」
それは、紅茶よりも効果があったので、わたしはスッキリした。
ミゲルはいつだって、わたしを褒めてくれる。
わたしの良い面を見てくれている。
ミゲルの前では、わたしは自分が非の打ち所のない令嬢に思えて来る。
流石のキャロラインも、相手がミゲルでは太刀打ち出来ず、
肩を落としすごすごとパーラーを出て行った。
わたしは「はっ」とし、彼女を追い駆けた。
「待って!キャロライン!
あなたさえ良ければ、わたしの友人を紹介するわ」
「え?」
キャロラインが涙に濡れる目を大きくした。
「年は少し上だけど、それ程老けてはいないし、若い娘が好きなの、しかも、伯爵よ!
一度結婚はしているけど、五年前に妻を亡くしたの。
どう?会ってみる気はある?」
「ヴァイオレット様~~~!!
うわあああん!ごめんなさいぃぃぃ!さっきのはぁ、本気じゃなかったんですぅ!
あたしぃ、突然、婚約破棄されてぇ、お父様もお母様もあたしを責めるしぃ…」
「いいのよ、分かってるわ」
「ヴァイオレット様、大好きぃぃぃ!!」
キャロラインがわたしの両手を取り、ピョンピョンと跳ねた。
わたしは橋渡しを約束し、キャロラインを見送ったのだった。
「年上の友人で、若い娘が好きな伯爵って、ターナー伯爵の事?」
思い掛けず、近くで声がして、わたしはビクリとした。
振り向くと、直ぐ後ろにミゲルが立っていた。
「ええ、良く分かったわね」
「分かるよ、だけど、義姉さんはいいの?
伯爵の事、気に入っていたでしょう?彼となら、結婚してもいいかもしれないって…」
碧色の目が、探る様にわたしを見る。
「一時は、結婚を考えはしたけど…
やっぱり、許せなかったから、お断りしたわ」
「許せない?」
「ミゲルに嘘を吐いたでしょう?それに、わたしにも嘘を吐いたわ。
わたしは王子様に憧れていたけど、張りぼての王子様は嫌なの」
ミゲルを避ける為に、「美術館に行く」と嘘を吐いた。
それから、ならず者を雇い、襲わせ、そこを自分が助ける…茶番だ。
わたしは嘘まで吐いて、王子様になって欲しい訳ではない。
それに、わたしの王子様は、特別強くある必要は無い。
ただ、必要な時に、傍にいてくれたらいい。
わたしを見ていてくれたらいい、理解しようとしてくれたら、それでいい…
「なんだ、気付いてたんだ…」と、ミゲルが何処か安心した様に零した。
わたしは胸を張り、腰に手をやった。
「当たり前でしょう!わたしを誰だと思っているの?
剣術も格闘も齧った事あるし、ずぶの素人じゃないのよ?
あんなお粗末な立ち合い、一目で茶番だって分かったわよ___」
ミゲルは「そうだったね」と、おかしそうに肩を揺らして笑った。
「その点、キャロラインとローレンスはお似合いだと思うわ」
どちらも少し常識を逸している。
ローレンスは裕福な伯爵なので、玉の輿を狙うキャロラインにとって、魅力的だ。
キャロラインは若く、子を沢山産んでくれそうなので、ローレンスの希望にピッタリだろう。
「やっぱり、義姉さんは僕なんかより、ずっと賢いね。
僕はただ、キャロラインを批難しただけだった…」
ミゲルの表情が陰る。
落ち込む必要なんかないのに…
ミゲルは、わたしを庇ってくれた。
それがあったからこそ、わたしはキャロラインをすんなり許せたのだ。
「だって、あなたはキャロラインの《友》ではないもの!」
わたしは笑った。
「義姉さん、スチュアートはいいの?」
「スチュアート?」
「婚約破棄をしたから、義姉さんにもまだ機会はあるよ」
ミゲルは真剣にそう思っている様で、わたしは肩を竦めた。
「最初は良いと思ったけど…彼は、わたしの好みじゃなかったわ」
わたしがスチュアートに見ていたのは、幻影だと、今なら分かる。
「でも、これでまた、結婚が遠退いてしまったわ!
良い人がいたら、あなたはわたしなんて気にせずに、結婚して頂戴」
わたしは軽口を言い、笑った。
だが、ミゲルは一欠けらも笑わなかった。
「だったら、今度は僕を見て」
ミゲルの目が真剣な色を見せた。
濃い碧色に吸い込まれそうになる…
「僕以上に、義姉さんを理解出来る男はいないよ。
僕以上に、義姉さんを愛せる男もいない。
義姉さんは僕の全てだから___」
大きな手がわたしの頬に触れようとし、わたしはそっと、顔を反らして避けた。
「でも、あなたは義弟だから…」
「そうだよ、血は繋がってない、結婚だって出来るよ」
真剣な声に、わたしは唇を噛む。
「義姉さんが拒んでも、僕は絶対に、義姉さんを諦めないから!
それに、これからは、もう、我慢したりしないから、覚悟してよね。
義姉さんが降参して、僕と結婚すると言うまで、僕は義姉さんを___」
「あなたと結婚なんて出来ない!」
わたしは叫び、ミゲルの言葉を遮った。
これ以上、聞きたくない!
今だって、わたしはもう…
「わたしたちは《義姉弟》なのよ!
わたしたちが結婚したら、退屈した貴族たちの恰好の餌食よ!
周囲がどんな目でわたしたちを見ると思うの?
ある事ない事、面白おかしく言われて、玩具にされて、穢されるの!!」
わたしだけの事ならいい。
わたしは言われ慣れているから。
だけど、家族やミゲルが悪く言われるのは嫌!!
ミゲルに辛い思いはさせたくない___
「そんなの、絶対に嫌だから!!」
わたしが叫ぶと、ミゲルはわたしを強く抱きしめた。
「ミゲル!やめてよ!」
「やめないよ、やめて欲しかったら、力で僕を押し退けたらいい」
そんなの、無理に決まっているじゃない…
「義姉さんの背が、僕より遥かに高くても、僕は気にしない。
僕たちが義姉弟でも、僕は気にしないよ。
義姉さんが僕を愛してくれるなら、僕は誰に何を言われても平気だし、
義姉さんがそれで辛い思いをするなら、僕が盾になるから___」
お願いだから、僕を愛してよ___
その両腕は、わたしを圧し潰すのでは?という程に、強く抱きしめる。
体をピタリと合わせ、一つになろうとする。
ミゲルがわたしを求めてくれているのが分かる…
わたしは泣いていた。
泣きながら、ミゲルの背中を掴んでいた。
「わたしなんかを選ぶなんて…ミゲルは馬鹿よ」
「義姉さんがいいんだ。
僕はずっと、義姉さんの王子様になりたかったんだよ。
だから、剣術も習ったし、王都にも行った、君に相応しい男になる為に…」
「王都になんて行かなくてもなれたわよ。
それに、ミゲルはいつだって、わたしの王子様だったわ」
嵐の夜に一緒にいてくれた。
ハッピーを直してくれた。
大嫌いな従兄弟をやり込めてくれた。
相手が誰でも、わたしを庇って、言い返してくれた。
いつだって、わたしを見ていてくれた。
いつだって、わたしを愛してくれていた…
わたしの王子様___
だけど、わたしはわざと見ない様にし、考えない様にし、距離を取ってきた。
それは、わたしたちが、《義姉弟》だったから。
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一体、誰が歓迎してくれるだろう?
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だけど…
どうしても、この手を離したくない…
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「嵐の夜には、つい、考えてしまうの。
この嵐が、皆を何処かに連れ去ってしまうかも。
だから、いつも凄く怖い。
だけど、ミゲルがいてくれる時は、不思議と怖くなかった。
例え、世界が闇に飲まれても、ミゲルと二人なら生きて行ける気がするから…」
ミゲルはわたしを強くしてくれる。
わたしは王子様に憧れていたけど、護られるだけは嫌だと気付いた。
そう、手を取り合い、一緒に歩いて行ける人がいい…
「どんなに考えても、答えは同じなの。
結婚するなら、相手はミゲルがいいなって___」
ミゲルはわたしを熱く見つめ、ゆっくりと唇を重ねた。
優しく、甘いキスに、涙が滲む。
ミゲルは唇を離すと、わたしの目尻に口付けた。
「結婚の申し込みは、僕にさせて欲しかったなー」
ミゲルが子供の様に言うので、わたしは笑った。
「それなら、跪いて、王子様!」
ミゲルはスッと、その場に跪いた。
それからポケットを探り、ある物を取り出した。
深い青色の宝石が埋め込まれた、古い金細工の指輪だ___
「指輪なんて、どうしたの!?」
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でも、ずっと前から知っているわ…
ミゲルはいつもわたしたち家族を気遣っていた。
だから、わたしへの気持ちも言えなかったのね…
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その内に、ローレンスが現れて、またもや機会を逃してしまった…
わたしは知っているわ、ミゲルが悪戯でキスなんか出来ないって事も___
「産みの母が亡くなる時に、僕に言ったんだ。
自分が亡くなったら、愛を探し、みつけるように、そこに幸せがあると…
僕は、君と出会い、愛をみつけたよ。
君も同じだとうれしい…
ヴァイオレット、君と幸せになりたい。
僕と結婚して下さい」
わたしは微笑み手を差し出した。
《完》
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