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本編
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しおりを挟むパーティの招待があり、わたしはまたもやエスコート役のミゲルを連れ、出席する事になった。
ミゲルはモテるので、正直、一緒に行きたくないのだが、
両親は「ミゲルが一緒の方が安心だ」と言って聞かない。
「ミゲルが変な女性に捕まるかもしれないわよ?」
わたしは忠告したが、両親は呑気だった。
「それなら、おまえが見張っておいてあげなさい」
「そうよ、変な女は近付けないでね、ヴァイオレット」
こんなに心労があるなら、パーティになんて出ない方が良い。
わたしは後悔していたが、今回ばかりは、意見を変えなくてはいけない。
このパーティで、わたしに素敵な出会いがあったのだ___
ミゲルはわたしと三曲踊った後、令嬢たちに声を掛けられ、あっという間に囲まれていた。
その中には、キャロラインの姿もあり、わたしは顔を顰めた。
ミゲルには、「キャロラインと付き合ったら絶交!」と言ってあるので、大丈夫だとは思うが…
「キャロラインはスチュアート様と婚約したと聞きましたけど…」
「スチュアート様はパーティにはあまり出席されないから…」
「婚約者の目のない所で、他の男性を追い回すなんて呆れますわね…」
令嬢たちの間から、キャロラインを批難する声が聞こえてきた。
だが、自業自得だ。
スチュアートと婚約したのだから、スチュアートを大事にするべきなのに、
よりにもよって、ミゲルを狙うなんて!
「スチュアート様は、ヴァイオレット様を選ぶべきだったのよ」
「幾ら見目が良くても、キャロラインは気が多すぎるわ」
「その点、ヴァイオレット様は不貞の相手もいませんものね!」
つい、自分の名に反応し、顔を向けてしまった所、令嬢たちは「あ!」と間抜けな顔をし、
そそくさと散って行った。
どうせ、不貞する相手なんかいないわよ!モテなくて悪かったわね!!
憤慨したわたしは、気晴らしに自棄食いをする事にし、料理の置かれたテーブルの方へ向かった。
小さな皿に、料理を盛り、バクバクと食べていた所、目の前に陰が落ちた。
目を上げると、そこには四十歳位の男性が立っていた。
「ローレンス・ターナー伯爵です、踊って頂けますか?」
突然の事に、わたしは驚いて皿を落とす所だった。
知り合い以外で、初めてダンスに誘われた___
わたしは茫然としていたが、慌てて皿を置き、「はい」と手を預けた。
わたしは直ぐに、伯爵の背が高い事に気付いた。
わたしよりも少し高い。
ヒールを脱げば、もう少し身長差があるだろうから、ミゲルよりも少し高い筈だ。
整った顔立ちだが、皺が深く、人生の苦労を思わせる。
きちんと撫で付けられた焦げ茶色の髪、灰色の瞳…
ああ、不思議ね、見れば見る程、素敵に見えるわ…
わたしは踊りながらも、目が離せなかった。
伯爵は二曲踊ってくれ、わたしを飲み物の置かれたテーブルの方へ誘ってくれた。
「まだ、名前を聞いていませんでしたね」
伯爵に言われ、わたしは「あ!」と、我に返った。
「オークス伯爵の娘、ヴァイオレットです」
「ヴァイオレット、素敵な名ですね」
「ありがとうございます…」
社交辞令かもしれないが、褒めて貰えてうれしかった。
「お若い様ですが、結婚はされていないのですか?」
「はい…」
「婚約者は?」
「いえ…」
気まずい会話だ。
わたしは気を取り直し、逆に質問をした。
「伯爵はご結婚されていらっしゃるのですか?」
この年なので、結婚していると思っていた。
だが、伯爵は苦笑した。
「ええ、結婚はしましたが、五年前に妻を亡くしました。
私たちの間には子供もいませんでしたので、寂しいものですよ。
友人に誘われて、久しぶりにパーティに来てみたんですが…
君の様な素敵な女性に会えるとは、思ってもみない幸運でした」
わたしは息が止まるかと思った。
こんな風に言われた事は初めてだ。
ああ、この人がわたしの王子様なの___?
「ヴァイオレット、また、是非、お会いしましょう」
伯爵はわたしの手の甲にキスをし、去って行った。
わたしは夢心地で、彼の去った方を見つめていた。
「誰?」
声を掛けられ、顔だけで振り向くと、ミゲルが立っていた。
何処か、不機嫌そうな顔だ。
「ローレンス・ターナー伯爵。五年前に奥様を亡くされて、お一人なんですって。
大丈夫よ、変な人じゃないわ、良い人よ」
わたしは自分でも、『余計な事を付け加えた』と思った。
ミゲルは胡乱な目でわたしを見た。
「ふぅん、あれが、義姉さんの好みなんだ?」
何処か、嫌味ったらしい。
「何よ、いけない?
伯爵はわたしをダンスに誘ってくれたのよ?
それに、わたしの事、素敵だって言ってくれたわ…」
わたしは口元が緩みそうになり、手で押さえた。
ミゲルの碧色の目が鋭く光る。
「僕だって誘ってるでしょう、僕は三回踊っているし、
《素敵》なんて曖昧な言葉より、もっと的確な言葉で表現するよ」
「どうしたの、急に?
対抗しなくても、それ位分かっているわよ、だけど、あなたは義弟だもの」
数に入らない。
「それより、彼女たちは良いの?」
わたしは遠方に目をやった。
少し離れた所に令嬢たちが集まり、こちらを伺っている。
キャロラインなんかは、笑顔を見せ、今にも話し掛けて来そうだ。
キャロラインに何と言って、諦めさせようか…と、わたしは頭を巡らせたが、
その必要は無かった。
「今日は、もう、帰ろう___」
ミゲルは呟く様に言うと、わたしの手を掴んで歩き出した。
あれだけの令嬢たちの相手をしたんだもの、きっと、疲れたのね…
わたしは同情を持って、ミゲルに優しくする事にした。
だが、馬車に乗り込んでからも、道中も、館に着いてからも、
ミゲルの機嫌は直らず、さっさと館へ入って行ってしまった。
「全く、まだ子供ね!」
随分大人になってしまったと思っていたが、こんな可愛い所もあるのだと、
わたしはうれしくなり、笑ったのだった。
◇◇
あのパーティから二週間が経った頃、わたしは父の書斎に呼ばれた。
「ヴァイオレット、おまえに縁談の打診が来たよ」
父が探る様にわたしを見て言った。
「縁談!?」
思い掛けない事に、わたしは思わず聞き返していた。
これまで、一度も縁談等来ていなかったのに!
「相手は、ローレンス・ターナー伯爵だ」
わたしはその名に聞き覚えがあり、記憶を辿り、あのパーティに行き着いた。
わたしを誘ってくれた伯爵だ!
わたしの事を、「素敵だ」と言ってくれた!
「四十歳だから、おまえの相手にしては離れ過ぎているな。
一度結婚し、五年前に妻を亡くしている、子供はいないそうだ。
おまえの気持ちを聞きたい、どうするかね?」
「勿論、お受け致しますわ!」
瞬間、父は顔を曇らせた。
父はわたしに断って欲しかった様だ。
「伯爵とは、先日、パーティでお会いしたんです。
とても良い方でしたし、わたしをダンスに誘って下さったんです。
わたしの事を、素敵だとも言って下さいました、それに、わたしよりも背が高いんです!」
わたしが伯爵と結婚し、館を出れば、ミゲルは安心して爵位が告げるし、
結婚も出来るだろう。
わたしの相手が爵位持ちであれば、両親も安心する。
それに、わたしより背も高い!
「ターナー伯爵家までは、どの位離れているの?」
「馬車で二日程度だろう」
馬車で二日、少し遠いが、それを抜きにすれば、
伯爵はわたしが結婚に望む条件を、ほぼ兼ね備えている!
きっと、彼こそが、わたしの王子様だ!
だが、父は慎重だった。
「だが、年が離れているからね、それに、一生の事だよ、ゆっくり考えてみなさい」
考える必要なんて無いのに…
わたしは不満だったが、父を安心させる為にも、「はい」と頷いた。
「でも、お父様、良い返事をしておいて下さいね!
これを逃したら、きっと、一生結婚出来ないわ!」
「そんな事はないよ、ヴァイオレット、自分を過小評価してはいけない。
おまえは、おまえを一番愛し、幸せにしてくれる人と結婚出来るよ」
父はわたしよりも、夢見ているらしい。
これまで、一度も縁談なんか来た事無いのに…
わたしは肩を竦め、書斎を出た。
◇
「縁談を受けたの?」
晩餐の後、部屋に戻りながらミゲルが聞いて来た。
「そうよ!相手は、ローレンス・ターナー伯爵、あのパーティでわたしを誘ってくれた方よ!
わたし、こうなる予感がしていたの!
あの方こそ、わたしの王子様だって、わたしには分かったもの!」
わたしは高潮した気持ちのままに、それを打ち明けた。
ミゲルはいつもわたしの話を聞いてくれたから。
何でも話せる相手だった。
だが、ミゲルは一緒に喜んではくれなかった。
「でも、相手は四十歳だよ?」
十九歳差だ。
確かに、それ程年の離れた人との結婚は、考えた事がなかった。
だが、それは極小さな問題に思えた。
「愛があれば、年の差なんて、障害にはならないわ!
あなただって言ったでしょう?愛があれば身長差なんてどうでも良い事だって」
「だけど、君たちの間には、愛なんてないじゃないか!」
ミゲルに言われ、流石に、舞い上がっていた気持ちも地に落ちた。
わたしは「むっ」とし、唇を尖らせた。
だが、ミゲルは尚も続けた。
「彼は君を愛してなんかいない、君だって彼を愛していない、そんな相手と結婚するの?」
「好意と尊敬を持っていれば、結婚してからだって、愛は育つわ!
それに、わたしは年齢なんて気にしない!
だから、もう、わたしたちの事に、口出ししないで!」
わたしは言うだけ言い、走ってその場を去った。
酷いわ!
義姉が結婚するのに、どうしてミゲルは喜んでくれないの!?
『おめでとう!良かったね!』
『伯爵に見初められるなんて、凄いよ!流石、僕の義姉さんだね!』
『これで、僕も安心だよ』
そんな風に言ってくれると思っていたのに…
「ミゲルの馬鹿…」
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