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本編
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しおりを挟む会場となる侯爵邸に馬車が着く。
馬車から降りようとすると、ミゲルが手を差し出した。
「ありがとう」
こんな風に扱われるのはあまり無い事で、少し気恥ずかしかった。
だが、ミゲルは当然の様な顔で、わたしの手を自分の腕に導き、館へ向かった。
スマートで洗練されていて、ミゲルがミゲルでは無いみたいで変な感じだ。
ふわふわとした頭で歩いていたわたしは、ふと、それに気付いた。
母からエスコート役を頼まれたのだろうが、わたしたちは《義姉弟》なのだから、
ここまでする必要は無い。
寧ろ、《義姉弟》でこんな事をしていれば、《変》に思われるのではないか?
「ミゲル、エスコートなんていいわよ、あなたも恥ずかしいでしょう?」
「僕は恥ずかしくなんてないよ?
エスコートの練習になるし、喜んでやってるよ」
ミゲルがニコリと天使の笑みを見せる。
「でも、身長…同じ位だし…」
わたしはこれ以上、大きく見られない為に、低めのヒールしか履かない。
それでも、3センチの差は簡単に埋まってしまう。
「それって、義姉さんが恥ずかしいの?
ごめんね、頑張ったけど、これ以上伸びなくて…」
ミゲルが拗ねた様に言う。
「そうじゃないわよ、わたしは恥ずかしくないけど、ミゲルは嫌かなって…
ほら、自分より小さい女性の方が、釣り合いも取れて、絵になるし。
わたしとじゃ、ミゲルの良さが引き立たないわ」
「何だ、そんな事?僕は別に、自分を売り込みに来た訳じゃないよ。
それに、誰にどう思われ様と、僕は気にしないよ、
そんな事を気にしてたら、大事な物を失う気がしない?
もし、身長を理由に、義姉さんを振る様な男がいたら、
相手にしなくていい、その男に価値は無いよ」
少し、じんとしてしまった。
こんな風に言ってくれた人はいなかったから…
「それじゃ、ミゲルは、相手が自分より十センチ背が高い女性でも良いの?」
軽口で聞いてみたが、ミゲルは真剣な顔で答えた。
「良いよ、愛した人ならね」
ああ…
やっぱり、わたしの義弟は天使だわ…
家に来た時から、ずっと、優しくて思いやりのある子だった。
王都に行って、変わってしまったと思ったけど、きっと、変わっていない。
優しく、わたしの心を癒してくれる…
きっと、わたしはミゲルみたいな人を待っている。
わたしの王子様は、ミゲルみたいな人であって欲しい…
「義姉さん、踊ろうよ___」
パーティ会場に入り、ミゲルは直ぐにわたしを連れてダンスフロアに向かった。
わたしはミゲルと一緒に、家庭教師からダンスを習った。
ダンスの相手役はいつもお互いだったので、誰よりも一緒に踊ったといえる。
あの頃を思い出し、優雅に礼をする。
だが、踊り出した途端、これまでとは全く違う事に気付いた。
いつも、わたしの視線は、その美しい金髪の頭上を見下ろしていた。
ミゲルはいつも必死に背を伸ばし、無理して腕を上げていた。
今のミゲルは、わたしと視線が合っていた。
間近で、その美しい宝石の様な瞳と出会い、わたしは息が止まりそうになった。
ミゲルは余裕のある微笑みを見せ、わたしの腰に手を回し、くるくると回る…
こんなに、優雅に踊っていただろうか?
こんなに、余裕があっただろうか?
一足飛びに大人になってしまった様で、わたしは自分が時を超えた気分になった。
「義姉さん、驚いているみたいだけど、どうしたの?」
「ミゲルが上手になってるから…王都では頻繁にパーティに行っていたの?」
「行ってる筈無いでしょう、僕は勉強しに行ってたんだよ?」
ミゲルが呆れた調子で返す。
だが、わたしは追及を止める気はなかった。
「何でも上達には理由があるわ!怒らないから、白状しなさいよ」
「まるで、母親みたいに言うね」
ミゲルはつまらなそうに零したが、わたしはじっと、目を反らさない。
ミゲルは自然なステップでリードしながら、嘆息した。
「練習はしたよ、必須科目にあったからね。
王立貴族学院の生徒は一流を求められるから、それはもう、厳しく仕込まれたよ。
ついでに言うと、学校には男子しかいないから、相手役はいつも男子だった」
わたしは想像し、小さく吹いた。
「ごめんなさい、だから言いたくなかったのね!」
ミゲルは「あーあ」という顔をした。
ミゲルは三曲踊った後、わたしを連れ、料理や飲み物が置かれたテーブルへ行き、
「何にする?」と聞いてくれた。
こんな事まで習ったのだろうか?完璧なエスコート役だ。
「果実水をお願い」
ミゲルは「待っていて」と、テーブルに向かった。
わたしは息を吐いた。
パーティではいつも壁の花なのに、三曲も踊るなんて!
それも、優雅で夢の様な一時だった…
気持ちは高揚していて、体はダンスの所為で火照っていた。
「ヴァイオレット様!」
うっとりと思い返していた所、顔見知りの令嬢たちがぞろぞろとやって来た。
残念ながら、わたしに用がある訳ではない。皆の狙いはミゲルだった___
「ヴァイオレット様と踊られていた方は、お知り合いですか?」
「もしかして、婚約なさったのですか?」
「一体、どうやってお知り合いになられたのです?」
「あんな素敵な方がいらしたなんて…驚きましたわ」
「今まで隠しておられたなんて、狡いわ…」
恨みがましい視線を受け、わたしは内心苦笑した。
「違うわよ、一緒にいたのは、わたしの義弟よ」
一気にその場の空気が緩んだ気がした。
皆の顔が一変し、輝いたからだ。
「まぁ!義弟がいらしたの!?」
「ヴァイオレット様!紹介して頂けませんか?」
「私にも!是非、紹介して下さい!」
「私、以前よりヴァイオレット様に憧れていたんです!」
「あら、私たちは、お友達よ!紹介はまず、私からですわよね?」
お友達…
パーティで会えば、声を掛けてくれるし、話もする。
だけど、大抵の場合、わたしは皆の引き立て役だ。
男性に声を掛け、話を盛り上げるまでがわたしの仕事で、
彼女たちは男性を品定めし、狙いの男性に誘われるのを、わたしの側で待っている。
最後はいつも、わたし一人、取り残された。
勿論、わたし自身、良くは思っていないが、相手がか弱そうな令嬢たちでは、
頼られると断れない。
それに、断っても良い事にはならないだろう。
嫌われ、悪評を撒かれたら、家の名を貶める事になる。
軋轢を生まない様に、上手く立ち回る…それが、貴族社会だ。
彼女たちを知っている分、ミゲルが彼女たちの誰かを選んだら…と思うと、
正直、気は進まなかった。
「お待たせ、義姉さん」
不意に肩を抱かれ、わたしはビクリとした。
驚いた顔を向けると、ミゲルが微笑んでいて、わたしに果実水のグラスを差し出した。
「ありがとう…」
わたしは反射的にそれを受け取る。
「義姉さんのお友達?」
ミゲルに訊かれ、わたしは彼女たちの事を思い出した。
皆、期待に目を輝かせている。
わたしは内心嘆息しつつ、ミゲルを紹介した。
「ええ、わたしの義弟のミゲルよ、彼女は___」
一通り紹介すると、わたしの役目は終わりだ。
皆、わたしの事など忘れ、ミゲルを囲み、頻りに話し掛けている。
「ミゲル様はお幾つですか?」
「これまで、お見掛けした事がございませんでしたが…」
「まぁ!王立貴族学院をご卒業なさったのですか!?」
「伯爵家をお継ぎになられるのですか?」
大いに盛り上がっている。
わたしはその輪から離れ、料理の置かれたテーブルの方へ向かった。
持て囃されているミゲルなんて見たくない___
「どうしてかしら?」
わたしは自分の中に浮かんだ感情に、自分で問いかけていた。
ミゲルは自慢の義弟だ。
皆から褒められているというのに、何故、もやもやするのだろう?
わたしは遠目にミゲルを見る。
義姉の目から見ても、ミゲルは素敵な男性に見える。
だから、令嬢たちに囲まれるこの状況は、当然だった。
ミゲルは変わってしまった…
わたしだけの天使だったのに…
今は、とても遠く、感じられた。
それに、心配もある。
ミゲルが誰を選ぶのか…
ミゲルの結婚相手が、《次期伯爵夫人》となるのだから。
「そうよ、わたしは伯爵家を心配しているんだわ!」
このもやもやも、苛立ちも、心配から来ているに決まっている!
わたしが何処かに嫁いだとしても、伯爵家を忘れる事は出来ない。
わたしの生まれ育った家だし、両親もミゲルも、いつまでも家族だ。
「わたしは、皆に幸せでいて欲しいだけよ…」
ミゲルが渡してくれた果実水は、甘く喉を流れていった。
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