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本編
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しおりを挟む「ミゲル様の馬車が到着しました!!」
わたしは、四年間一度も帰って来なかったミゲルに対し、怒っていた。
それに、家族だというのに、見栄を張りたがる気持ちが分からない。
そんなの、お客様にする事だ。
ミゲルが寂しい思いをしたらどうするのだろう?
普通に、今まで通りに接した方が、ミゲルだって喜ぶに決まっている___
わたしは、一言二言、文句を言った後は、これまで通りに接すると決めていた。
それで、早足になりつつも、落ち着いて玄関に向かった。
だが、玄関から入って来た、その眩しい程の金色の髪を目にしたわたしは…
頭がどうかしてしまったのだ…
「ミゲル!!おかえりなさい!!」
足が勝手に動く。
床を強く蹴ると、ミゲルに抱き着いていた___
一緒に床に倒れてしまうと慌てたが、驚く事に、ミゲルは耐えていた。
「義姉さん…離れてくれる?」
素っ気なく言われ、わたしの頭も冷静になった。
慌てて体を離した。
「ああ、ごめんなさい!押し倒しちゃう所だったわ!」
だが、抱き着いた時の感覚を思い出してみると、頑丈だった気がする…
わたしが確かめる様に顔を上げると、ミゲルは僅かに顔を顰めていた。
ミゲルが顔を顰める事は、あまりない。
ミゲルはいつも穏やかで、天使の様に優しく、可愛い子だ。
だけど、目の前の男は…不満そうに口を歪めている。
前より輪郭が鋭くなっているし、大人びた?
それに、視線が違う…
「え?身長、伸びた?」
わたしが聞くと、ミゲルから不満そうな空気は消え、微笑が返ってきた。
「うん、漸く義姉さんを超えたよ」
得意気だ。
四年前はわたしよりも5センチ以上低かった気がする…
これまでミゲルは一度もわたしに身長で勝った事はなかったが、
まさか、競争心を持っていたとは思わなかった。
「何センチなの?」
「188センチだよ」
「わたしは185センチだから、ヒールを履けばわたしの方が高いわね」
わたしがサラリと言うと、ミゲルは「むっ」とした。
こんな顔、前はしなかったのに…
「ヴァイオレット、そろそろ、私たちにも挨拶をさせてくれる?」
母に威圧され、わたしは「いいわよ、もう済んだから、わたしは部屋に戻るわ」と踵を返した。
両親の楽しそうな声を振り切り、わたしは部屋に戻った。
部屋に入るや否や、クッションの良い長ソファにダイブした。
「つまんない!!」
「あんなの、ミゲルじゃない!!」
ミゲルはいつも優しくて可愛くて、嫌な顔なんて絶対にしなかった。
わたしに逆らった事も無かったのに…
「王都よ!!」
王都に行ったのがいけないのだ!
天使をも堕天させてしまうなんて!!恐るべし!悪の都!!
「ああ、わたしの天使が…」
わたしはうつ伏せ、クッションを抱き、足をバタバタさせた。
「楽しみにしてたのに…馬鹿」
そのまま長ソファに寝そべり本を読んでいると、扉が叩かれた。
「義姉さん、僕だけど」
わたしはまだ不貞腐れていたので、「どうぞー」と適当な返事をした。
直ぐに扉が開き、ミゲルが入って来た。
だが、近くまで来ると足を止め、咎める様な顔でわたしを見下ろした。
「義姉さんは確か、貴族女子学校を卒業したよね?」
わたしが貴族女子学校に通い始めたのは、ミゲルが王都に行く一年前なので、
当然、知っている筈だ。それをこんな風に言ってくるなんて…
王都に記憶力を置いて来たのかしら?
「ええ、成績優秀、優等生だったわよ」
素っ気なく答える。
わたしが貴族女子学校を首席で卒業した事も、手紙で伝えた筈だ。
わたしもミゲルも筆不精だった為、ほとんどやり取りは無かったけど…
忘れるなんて酷いわ…
だが、ミゲルは鼻で笑った。
「そんな恰好して、優等生?信じられないね」
ああ、そう、忘れた訳じゃなく、嫌味が言いたかったのね?
「何よ、随分口煩くなったじゃない、
王都に行く前は、嫌味なんか言ったりしなかったのに、
やっぱり、王都になんて行かせるんじゃなかったわ!」
「王都に行く前は、義姉さんは十七歳、僕は十六歳だったけど、
今の義姉さんは二十一歳、僕は二十歳だよ?
大人になったんだよ、義姉さんも少しは大人になってよ___」
ミゲルはそう言うと、持っていた布を広げ、わたしの足に掛けた。
「外ではちゃんとしてるわよ、家の中くらい好きにさせてよ、息が詰まっちゃうわ!」
「いいけど、誰もいない時にしなよ、僕も一応、《男》なんだよ?」
ミゲルが《男》?
笑いそうになってしまったが、何とか堪え、澄まして答えた。
「ミゲルは《義弟》だからいいでしょ」
「全然わかってないよね…」
ミゲルは嘆息すると、「それはお土産だよ」と言い、部屋を出て行った。
「何よ、折角来たんだから、お茶でもして行けばいいのに…」
それとも、わたしがだらしない恰好をしていたから、嫌になっちゃったのかしら?
「昔はそんな事無かったのに…」
わたしはノロノロとソファから起き上がった。
足に掛けられていたのは薄いアイボリーのショールで、光沢があり、上品だ。
手触りが良く、やわらかい…
ミゲルはセンスも良いらしい。
「流石、王都は良い物を売ってるわね…」
「お土産はうれしいけど…」
それよりも、返すものがある筈なのに…
「忘れちゃったのかしら?」
それとも、捨てちゃった?
訊くのが怖い。
今のミゲルなら、平気で「ああ、捨てたよ」と言い兼ねない。
「酷いじゃない…馬鹿」
わたしはショールを羽織り、膝を抱えた。
◇
わたしは晩餐の時、ミゲルから貰ったショールを着けた。
ミゲルは当然気付き、「似合うよ」と微笑んだ。
こういう所は、以前のミゲルと変わらない。
だが、自然にわたしの手を取り、エスコートしたり、椅子を引いてくれるミゲルは、違う。
以前は、こんな事、しなかったのに…
「ミゲル、王都で何を習って来たの?」
変な事を教えられたのではないかと心配になる。
ミゲルはわたしの隣の席に座り、顔を向ける。
「色々だよ、勿論、伯爵を継ぐ為の勉強が主だけどね」
ミゲルが微笑む。
ミゲルは綺麗な顔立ちをしているので、無表情でいても人の目を惹くのだが、
笑うと…その威力は遥かに大きくなる。
きっと、多くの令嬢たちの心を射貫いたに違いない___
「王都では、良い人が出来た?」
『出来なかった』と言って欲しかったが、ミゲルは目を遠くにやり、
「まぁ、それなりに?」と意味深な笑みを見せた。
「何よそれ!いるならいるで、ハッキリ言えばいいじゃない!!」
「おいおい、ヴァイオレット、行儀が悪いぞ」
父に窘められ、わたしは口を噤み、背を正したが、こっそりとミゲルに言った。
「婚約したいなら、連れていらっしゃいよ」
「そこまでじゃないから」
そこまでじゃない?
どういう意味?遊びなの?
わたしはいよいよ、義弟が心配になってきた。
だが、当のミゲルは『どこ吹く風』だ。
「それより、義姉さんの方はどうなの?
義父さんと義母さんは、決まった相手はいないって言ってたけど、好きな人もいないの?」
どうして、勝手にしゃべるのよ!
わたしは父と母を睨み、運ばれて来たスープを皿に注いだ。
「…いないわよ」
少し、良いなって思った人はいたけど、キャロラインに取られてしまったし…
彼がキャロラインに落ちなければ、まだ望みはあるけど…
そうよね、まだ、確かめてはいないし…
キャロラインは可愛い娘けど、スチュアートの好みじゃないかもしれない!
少し良い想像をし、わたしはニンマリと笑った。
「どうしたの、変な顔して」
「変な顔なんてしてないわよ!」
「今の義姉さん、悪戯を発見した時の顔をしていたよ」
失礼ね!そんなあくどい顔じゃなかったでしょう!
「ミゲルは好きに結婚すればいいわ。
わたしに居て欲しくなかったら、わたしは別邸にでも住むから。
でも、わたしは優秀だから、居たら役に立つわよ?」
「僕は義姉さんが結婚してからかな、まだ考えられないよ。
そういえば、お義父さんを手伝っているんだってね、流石、首席卒業生だね」
なんだ、覚えているじゃない!
わたしは機嫌を戻し、胸を張った。
「ふふふ、ミゲルもこれから父を手伝うんでしょう?」
「手伝いというか、引き継ぎだね___」
そうよね、ミゲルは《伯爵》を継ぐんだもの…
わたしとは格が違う。
わたしに出来るのは、《手伝い》だけ。
父はわたしには期待していない…
頭にあるのは、わたしが良い人と結婚する事だけ。
女なんて、つまらないわ…
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