上 下
1 / 21
本編

しおりを挟む

わたしの名は、ヴァイオレット・オークス。

二十一歳、名家、オークス伯爵家の長女である。

艶のある長い黒髪、少し釣り目ではあるが、珍しい紫色の瞳、
鼻筋は通り、大き過ぎないふっくらとした赤い唇をしている。
肌は少し焼けているが、血色が良く、健康体だ。
自分で言うのもだが、美人の部類に入るだろう。

二年前に、領地の貴族女子学校を優秀な成績で卒業し、
現在は伯爵である父の手伝いをしている。

正に、令嬢の中の令嬢とも言えるわたしだが、
二十一歳にして、未だ、婚約者の陰さえない。

その理由を、わたしは「この体型にある」と考えている。

わたしは幼い頃から、同じ年頃の子たちよりも、頭一つ分背が高かった。
そして、それはいつまでも伸び続け、十八歳で漸く止まったが、
その時には、既に185センチにもなっていた。

その為、令嬢たちと話す時は、いつも見下ろさなくてはならず、視線が合う事はない。
手足が長いのはまだ良いが、全体的に細く、胸やお尻のボリュームに欠ける為、
悲しいかな、子息たちの中にいても、全く違和感がなかった。
これは、男性にとって、魅力的とは言い難いだろう。

幼い頃から、従兄弟たちに散々意地悪を言われて来た。

「大女!」「男女!」「出来損ない!」
「何喰ったら、そんなにデカクなるんだよ!」
「小さくて可愛くなけりゃ、女じゃねーんだよ!」
「おまえ、絶対に結婚出来ないぞ!」

言われた時は当然反発し、言い返したものだが、
時が経ち、それは現実として迫って来た。

十八歳を過ぎても、縁談は一つも来ない。
《年頃の伯爵令嬢》と聞き、品定めに来る客は、
わたしの姿を見た途端に顔を引き攣らせ、そそくさと帰って行く。
パーティの招待は沢山来るが、エスコートを引き受ける男はいない。
猫を被り、教養や知識を駆使し、会話を盛り上げても、誰からもダンスに誘って貰えない。
故に、パーティではいつも壁の花である。

今日も、その覚悟で来たのだが…

「ヴァイオレットかい?」

パーティ会場に入った所で声を掛けられた。
驚いて周囲を探すと、そこには見知った顔があった。
薄い金色の髪を綺麗に整え、繊細な顔立ちに、細い眼鏡を掛けた細身の男…

「スチュアート!こんな所で会うなんて、驚いたわ」

彼はスチュアート・モットレイ男爵子息。
オークス伯爵家とモットレイ男爵家は取引関係にあり、時折、男爵が館を訪ねて来ていた。
ここ近年は、男爵が足を悪くし、代わりに息子のスチュアートが来る様になり、知り合った。
スチュアートはわたしよりも五センチは背が低いが、嫌な顔などせず、
普通に接してくれる為、わたしは好感を持っていた。

「パーティはあまり好きではないんだけど、父に頼まれてね…」

スチュアートが苦笑する。
彼は二十三歳だが、若者特有の軽薄さは無く、
繊細で何処か頼りなく、世話を焼きたくなってしまう雰囲気がある。

「そう、災難だったわね」

「でも、君と会えて良かったよ、良ければ、踊って貰えない?」

わたしは思わず、スチュアートを凝視していた。

今、スチュアートは何て言ったの?
わたしに、踊ってくれと言った??

「駄目かな?」

「駄目だなんて!勿論!喜んで___」

わたしはこれまでの練習の成果で、微笑み、優雅に手を差し出した。
スチュアートは安堵した様に微笑み、わたしの手を取り、ダンスフロアへと向かった。

ああ!待っていて良かった!

わたしは、知っていたの!

いつか、わたしを見初めてくれる、王子様が現れるって!!


夢心地のまま、わたしは久しぶりのダンスを楽しんだ。
だが、曲が終わった途端に、現実に引き戻された。

「彼、ヴァイオレット様のお知り合いですかぁ?」

大きな青色の目を更に大きくして覗き込んで来たのは、
キャロライン・タスカー男爵令嬢、十九歳。

身長はわたしよりも二十センチ以上低く、手の指なんかは細いが、
肌は白くふっくらとし、胸も大きい。
豊かな金髪をふわふわとカールさせ、大きなリボンを飾っている。
ドレスはいつも淡い色のもので、フリルとリボンが多い。
小さくて可愛らしく、これぞ、《真正の令嬢》だ___

わたしとは正反対なのだが、去年、パーティで知り合って以来、
どういう訳か懐かれてしまっている。
「ヴァイオレット様ぁ!ヴァイオレット様ぁ!」と、可愛らしい声で呼び、
纏わり付いて来る姿は、子犬の様で、悪くは無いのだけど…

「え、ええ、こちらは、スチュアート・モットレイ男爵子息。
家同士の付き合いで、良く家に来られるの。
スチュアート、こちらはキャロライン・タスカー男爵令嬢、わたしの友人です」

「スチュアートです」

「初めましてぇ、キャロラインですぅ」

キャロラインは猫撫で声で挨拶をすると、わたしを手招きし、こっそりと耳打ちした。

「とっても素敵な方ねぇ!ヴァイオレット様はぁ、彼に気があるんですかぁ?」

ズバリと聞かれ、わたしは固まった。
キャロラインは少々、常識の無い所がある。
もし、「気がある」と答え、キャロラインの口から、スチュアートの耳に入ったら…
わたしは引き攣った。

「とても素敵な方だと思うわ…」

無難に、どちらとも取れる答えをしたのだが…

「それじゃぁ、あたしが好きになってもいいですよねぇ~」

どうして、『それじゃぁ』になるの!??
駄目よ!!彼だけは止めて!!やっと現れた、わたしの王子様なのよ!!

わたしは胸の奥で叫んでいたが、やはり、それは言えなかった。

「え、ええ…良いんじゃないかしら?」

「うふふ!応援して下さいねぇ!ヴァイオレット様ぁ!」

はしゃぐキャロラインに、わたしは引き攣った笑みを返すしかなかった。
そんなわたしには目もくれず、キャロラインはふわふわのスカートを揺らし、
とびきりの笑顔をスチュアートに向けた。

「スチュアート様ぁ、あたしとも踊って頂けますかぁ?」

「はい、勿論___」

スチュアートはすんなりと、キャロラインを連れて行ってしまった。
わたしの高揚していた気持ちは、地に落ちていたが、
二人の後ろ姿を眺め、更に減り込んだのだった。


ダンスの後も、二人は一緒に居て、楽しそうにしていた。
わたしは壁の花となり、その光景を、ぼんやりと眺めたのだった。

「ああ…やっと、王子様が現れたと思ったのに…」

わたしは、貴族女子学校では優等生だったし、父を手伝う程有能だが、
こういった駆け引きは苦手だった。

男女の事に関しては、声が大きく、我儘で図々しい者が勝つ様に思えるが、
優等生のわたしは、学校で習った事に縛られ、常識から外れたり、
品性を疑われる言動はどうしても相容れなかった。

男に媚び、追い回す様な自尊心の無い、浅ましい女にはなりたくない!
伯爵令嬢たるもの、誰からも後ろ指を指されてはならない!
そう、凛とし、壁の花となる方がましだ___

そんなわたしを、きっと、王子様は見つけてくれる筈…

だが、そう思って、早や、三年…

「三年間待って、現れたのは、たった一人よ?」

その貴重な王子様候補を、見す見す目の前で攫われるとは…
わたしは戒を破り、キャロラインを排除すべきだっただろうか?
一晩中考えても、その答えは出ないだろう。





わたしは、いつから王子様を待つようになったのだろう?

幼い頃のわたしは、王子様になれると思っていたのに…


あの頃のわたしは、物語の《王子様》に憧れていた。

王子様はいつも強くて恰好良い。
竜を倒したり、悪者を成敗したり、お姫様を助けたりする。
お姫様は一目で恋に落ちるのだが、それも当然というものだ。

『ヴィーは、このお話が好きなの?』

『そうよ、王子様が竜を倒すの!カッコイイでしょう!』

『ヴィーは、王子様が好きなんだね、僕、王子様になる!』

そう言ったのは、わたしよりも頭二つ分は小さい男の子だった。
柔らかい金色の髪に、子犬の様な濡れた碧色の目を持つ、わたしの白い天使。
可愛らしい顔で、そんな可愛らしい事を言うので、わたしは笑ってしまった。

『王子様より、お姫様の方が似合うわ!』
『見て!このお姫様、似てると思わない?金髪だし、可愛いの!』

わたしが王子様になって、護ってあげる!
わたしはそう決めていた。

あの子が、わたしの前で泣いた時から…

それなのに、あの子は、わたしを置いて行ってしまった___





わたしが貴族女子学校に入ったのは、十六歳の年だ。
生徒たちは、皆、お姫様みたいに可愛らしく、お洒落で、
教わる事は、立派な貴婦人になる為のものが多く、
わたしは自分が《はみ出し者》の様な気がしていた。

わたしも、頑張らなきゃ…!

わたしは元来負けず嫌いだったし、《劣等生》なんて、自尊心が許さなかった。
それに、わたしには成し遂げるべく目標があった…

「わたしは結婚して、伯爵家を出るの!
その為には、見初められる様な、お姫様にならなくちゃ!」

わたしは必死に学び、鍛錬を重ね、自分を磨いた。

そして、デビュタントを終え、意気揚々、パーティに臨んだ。
当初のわたしは、自分に絶対の自信を持っていた。
顔は輝き、目にも自信が溢れていただろう。
だが、現実は辛く厳しいものだった…
わたしは、数多の屈辱を味わう中、いつしか、王子様を夢見る様になっていた。

わたしの前に現れ、わたしを選び、何処かに連れて行ってくれると…


「他人を当てにするなんて、情けない…」

自分にガッカリする。

今の自分は嫌い。

あの子に負けない様、頑張ってきた筈なのに…
あの子の為に、頑張ってきたのに…

わたしは、お姫様にもなれないでいる…


「ああ、会いたくないな」

「でも、会いたいよ」


わたしの可愛い義弟___


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~

紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。 ※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。 ※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。 ※なろうにも掲載しています。

僕は君を思うと吐き気がする

月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

冷徹義兄の密やかな熱愛

橋本彩里(Ayari)
恋愛
十六歳の時に母が再婚しフローラは侯爵家の一員となったが、ある日、義兄のクリフォードと彼の親友の話を偶然聞いてしまう。 普段から冷徹な義兄に「いい加減我慢の限界だ」と視界に入れるのも疲れるほど嫌われていると知り、これ以上嫌われたくないと家を出ることを決意するのだが、それを知ったクリフォードの態度が急変し……。 ※王道ヒーローではありません

残念ながら、定員オーバーです!お望みなら、次期王妃の座を明け渡しますので、お好きにしてください

mios
恋愛
ここのところ、婚約者の第一王子に付き纏われている。 「ベアトリス、頼む!このとーりだ!」 大袈裟に頭を下げて、どうにか我儘を通そうとなさいますが、何度も言いますが、無理です! 男爵令嬢を側妃にすることはできません。愛妾もすでに埋まってますのよ。 どこに、捻じ込めると言うのですか! ※番外編少し長くなりそうなので、また別作品としてあげることにしました。読んでいただきありがとうございました。

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈 
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

結婚5年目の仮面夫婦ですが、そろそろ限界のようです!?

宮永レン
恋愛
 没落したアルブレヒト伯爵家を援助すると声をかけてきたのは、成り上がり貴族と呼ばれるヴィルジール・シリングス子爵。援助の条件とは一人娘のミネットを妻にすること。  ミネットは形だけの結婚を申し出るが、ヴィルジールからは仕事に支障が出ると困るので外では仲の良い夫婦を演じてほしいと告げられる。  仮面夫婦としての生活を続けるうちに二人の心には変化が生まれるが……

処理中です...