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しおりを挟むディアナの足が治り、一週間程経った頃だった。
わたしはレオナールから書斎に呼ばれた。
あまり無い事で、何だろうかと不安に思いながら、書斎の扉に声を掛けた。
「セリアです」
「どうぞ、入って」
返事があり、わたしは中に入った。
レオナールは机に向かっていたが、顔を上げ、立ち上がった。
「急に呼び出して悪かったね、座って」
いつも通り、穏やかな表情で、わたしは強張りを解き、勧められた椅子に座った。
レオナールは向かいの長ソファに座った。
「君のお陰で、上手く運んでいる。
ディアナは再婚を迫って来る事も無くなり、良い関係を築けている。
親戚連中も諦めた様だ」
レオナールが話し始めた途端、嫌な予感が過った。
「私にも色々と良くしてくれ、君には感謝しているよ、セリア」
「いえ…」
「君は若く、良い娘だ、君には幸せになって貰いたい。
契約は三年だったが、この辺で終わりにしよう___」
目の前がぐらりと揺れた気がした。
「《白い結婚》という事で、この結婚は無効にしておくよ。
君は何の気兼ねもせず、良い者と結婚し、家庭を持ちなさい」
「そんな…わたしには行く場所なんてありません!
どうか、このまま、ここに居させて下さい!」
わたしは形振り構わずに言っていた。
「勿論、このまま君を放り出したりはしないよ、君が良い相手と巡り会える様に
手助けしよう、それまでは生活の保障もする、安心しなさい」
レオナールの口調は優しいが、その言葉は刃の様にわたしを突き刺した。
わたしは頭を振っていた。
「嫌です!お願です!ここに居させて下さい!あなたの為に、毎晩ピアノを弾きます!
ハーブを用意し、ミルクをお運びします…
足りなければ、メイドでも下女でも、何でもしますから…!」
どうか、わたしを必要だと言って!
メイドでも下女でもいい、あなたの傍に居させて___
「セリア、気持ちはうれしいが、これ以上、君を縛りたくないんだ…」
わたしはずっと縛られていたいわ!
「お願です!わたし、あなたを愛しているんです!」
ここを出て行けだなんて、言わないで!!
だが、レオナールは目を閉じ、頭を振った。
「長く一緒に居過ぎた所為だよ、君は私に依存している、
そう思い込んでいるだけだよ、セリア」
「違います!」
わたしは、最初から、初めて会った時から、あなたに惹かれていたもの…
再会して、一緒に過ごす内に、想いは大きく膨らんでいったが、
それは、依存などではない___!
「一月程、ここを離れて休むといい、私の事は忘れ、自分を見直すんだよ。
この季節に良い別邸があってね、馬車で二日程だ。
面倒を見てくれる者もいる、手配は済ませているから、安心して行っておいで…」
レオナールは全て決めてしまっていたのだ___!
わたしはそれに気付き、愕然とした。
涙が溢れ、みっともなく泣いてしまっていた。
だが、レオナールは慰める事無く、わたしにハンカチを渡しただけだった。
どうして、突然、こんな風になってしまったのか、わたしには分からなかった。
レオナールがわたしを別邸へ行かせる理由。
わたしを自分から遠避けたいのだろうか?
わたしの脳裏に浮かんだのは、あの夜のキスだった。
わたしの想いに気付かれたのではないか___
ゾクリとした。
レオナールは、結婚や恋愛を避けたがっていた。
わたしの想いに気付き、彼はそれを重荷に感じたのではないか?
いや、きっと、疎ましく思ったのだ___
「うう…!!」
わたしは自分の部屋で一人になり、また泣いた。
「離れるなんて嫌!」
「わたしは、あなたの傍に居たいのに!」
「愛しているのに!!」
結婚まで無かった事にされるなんて___!!
◇
散々に泣いたが、泣いていても時間が過ぎて行くだけだ。
このままでは、わたしはレオナールの思い通りに、彼から遠避けられてしまう。
レオナールに逆らう事など出来ない…
別邸に行かされて、一月後には、そのまま、お別れとなるだろう___
「そんなの嫌!!」
せめて、近くに居たい…
◇
わたしはベッドに入り、上掛けで顔を半分隠し、リリーを呼んだ。
部屋に入ったリリーは驚きの声を上げた。
「奥様、どうなさったのですか!?
お薬をお持ちしましょうか?それとも、主治医を呼んだ方が…」
「いいの、少し頭痛がして、今日の晩餐には出られないと伝えてくれる?
休みたいの…呼ぶまでは来ないでね」
「はい、承知致しました…」
リリーは心配そうな顔をしていたが、静かに部屋を出て行った。
気配が消えたのを確かめ、わたしはベッドから起き上がった。
クローゼットを開き、奥から鞄を引っ張り出した。
唯一のわたしの持ち物だ。
他の物は全て、レオナールに揃えて貰ったものだが、必要に駆られ、
最低限、必要なものだけを選び、鞄に詰めた。
レオナールを想って作ったポプリ。
最後に貸して貰ったハンカチ。
そして、結婚指輪。
レオナールとの繋がりを感じるものは、置いて行きたくない。
それから、レオナールに宛て、手紙を書いた。
これまでの感謝や、意に添えない事への謝罪…
そして、館を出て行く事…
夜が深まった頃、ベッドの上にレオナールの為に編んだマフラーと手紙を置き、
鞄を持ち、部屋を出た。
足音を忍ばせ、調理場の奥にある勝手口から外に出る。
夜の闇に紛れて庭園を通り、裏門を抜けた___
わたしが頼ったのは、ディアナだった。
夜遅いので、起こしてはいけないと、庭の隅に身を潜め、夜が明けるのを待った。
朝になり、玄関に向かった所、思わぬ人と鉢合わせ、わたしは思わず声を上げてしまった。
「ガストン!?」
「奥様!?」
「何故、あなたがここに?」
「奥様こそ、こんなに早くから一体どうされたんですか?それに…」
ガストンが目を眇め、わたしを眺める。
わたしの格好で、彼が不審感を頂いた事が分かった。
「ガストン、お願い!ここでわたしを見た事は、誰にも言わないで!」
「しかし、旦那様が何と言うか…」
押問答になり掛けていた時だ、部屋の奥からディアナが出て来た。
「取り敢えず、私がセリアの話を聞くわ、ガストン、あなたは知らない振りをしていて。
それに、早く帰った方が良さそうよ」
「ああ…」
ガストンは急ぎ足で出て行った。
わたしがそれを見ていると、ディアナが「入って!」と腕を引き、館に入れた。
「手が冷たいけど、まさか、ずっと外に居たんじゃないわよね?」
「ええ…」
「酷く凍えているじゃないの、直ぐに火を入れるわ」
自分では気づいていなかったが、わたしの体はガタガタと震えていた。
パーラーに入り、ディアナが暖炉に火を入れてくれた。
近くにスツールを置き、「座って」と、わたしを座らせてくれた。
冷たく凍えた手を火に翳すと、温かさが染みた。
「ガストンはどうしてここに?」
「気付かなかった?彼、マフラーをしていたでしょう?」
わたしはそれを思い出そうとしたが、先に、ディアナが続けた。
「お見舞いに来てくれたから、お礼に渡したのよ」
「ああ、あれは、想い人へではなく、ガストンへの贈り物だったのですね?」
「違うのよ、想い人がガストンなの」
「ええ!?」
この告白には、流石に驚きの声を上げてしまった。
ディアナの想い人と言えば、完璧な男性だ。
年はディアナより十歳年上で、無口だけど誠実で信じられる人。
逞しく、頼りになり、賢くて、博識。
見た目は流行に左右されない、自分を持っている人。
凄く可愛い人だとも言っていた。
それが、庭師のガストンだったなんて…考えもしなかった。
だが、言われてみれば、当て嵌まっている気もする。
ガストンは四十歳で、ディアナより十歳年上だ。
無口だし、信じられる人だ。庭仕事を長くしているので、体は逞しく、
そして、庭や植物の事では博識だ。
庭師としての格好しか見た事は無いが、流行に左右されるとは考え難い。
可愛いかどうかは、ディアナの主観だろう。
思い返してみると、二人は気の置けない仲で、親しくしていた。
ディアナはガストンを尊敬している様に見えたし、
お茶を持って行くのは、いつもディアナだった。
「仕事仲間として」とばかり思っていたけど…
実際は、《愛》の成せるものだったのだ___
「彼ね、私が足を怪我した時、毎日、薔薇園の薔薇を持って来てくれたのよ。
そんな事、好きでもなきゃ、しないでしょう?」
「はい…」
確かに、仕事仲間の域を超えている。
幾らマメだとしても、そこまではしないだろう。
「だから、私、思い切って告白したの、あなたの事が好きだって…」
『遊んでいると思われているでしょうけど…本気で愛しているの』
『君は軽い女じゃない、だが、俺では不釣り合いだ』
『いいえ、私に合うのは、あなただけよ!』
「初めの夫とも上手くいかなかったし、レオナールとも上手くいかなかった。
他の恋人ともね、皆、直ぐに私に愛想尽かして、距離を取ってしまうの…
でも、ガストンとは、どんな時でも上手くいくのよ。
意見が違っても、言い合っても、直ぐに元通りよ。こんな相手、他にいる?
だから、ガストンが私を想ってくれていると分かって、絶対に離せないと思ったわ」
ディアナの紫色の目がキラリと光った。
「ガストンを説得なさったのですね?」
「そうなの!それで、私たち、近々結婚するつもりよ!」
「まぁ!それは良かったですね!」
「ありがとう!あなたにも話すつもりでいたし、
結婚はレオナールに許しを貰ってからと、話していたんだけど…
今はタイミングが悪いみたいね?セリア、何があったの?
あなたの格好、まるで、追い出された妻の様よ」
ディアナが顔を顰め、頭を振った。
わたしはそれを思い出し、楽しい気持ちは消えてしまった。
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