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しおりを挟む次にディアナが訪ねて来た時、レオナールと三人で会う事にしていた。
だが、今まで一日置きに訪ねて来ていたディアナが、三日も姿を見せなかった。
何処で聞いたのか、レオナールの帰還を知っていたのだ。
四日目に現れたディアナは、また豪華なドレス姿に戻っていた。
そして、その化粧の厚い顔は、暗かった。
「ディアナ!来てくれたのね、待っていたのよ!」
「レオナールが帰って来たんでしょう?」
まるで、これまで通りには来れないという様に…
「そうなの、ディアナ、あなたが自由に薔薇園に来られる様に、レオナールに話してみたの…」
「その先は言わなくていいわ、どうせ、再婚したんだ、これからは館に顔を出すな!って、
言われたんでしょう?私だって分かっているわよ、だけど、あなたに何も言わず、
お別れというのもね、あなたが心配するかもしれないから来ただけよ…」
ディアナが踵を返し、わたしは慌ててそれを止めた。
「待って!違うのよ、ディアナ!」
「その先は私が話そうか?」
ディアナが来た事を聞いたのだろう、レオナールが現れた。
「人の話は最後まで聞くものだよ、ディアナ。
だが、これまでの私の態度、言動で、そう思わせてしまったのも確かだ。
私は君に関心を持たなかった、酷い夫だっただろう」
これは、謝罪だろう。
ディアナは気まずそうに、視線を反らし、「そうよ」と零した。
「埋め合わせにはならないだろうが、今後は、好きにこの館に出入りして構わない。
再婚した後も前妻が訪ねて来るのは、外聞が悪いかもしれないが、
君は私の従妹だし、妻の友人でもある。
親戚が館を訪ねて来る事は普通だ、そして、親戚の者に庭造りの才能があるというなら、
庭を任せる事も当然だと考えたが、どうだろうか?」
ディアナの曇っていた顔が、徐々に晴れていき、それは笑顔に変わった。
紫色の目は今や、キラキラと輝きを見せていた。
「ええ!当然よ!私に任せてくれたら、後悔はさせないわよ!
ラックローレン伯爵領で…いいえ、ガエルモンド公爵領で一番の庭園にしてみせますわ!」
「ディアナ、私の好みは知っているね?」
「あくまで意気込みよ!兎に角、私とダントンに任せておけば、間違いないわ!」
「そう願うよ…それから、これからは直接庭に行って構わないよ。
馬車ではなく、馬で来るといい、尤も、そのドレスでは無理か?」
「これは、あなたと張り合う為の鎧よ!
でも、もう必要ないわね、直ぐに着替えて来るわ!ありがとう、レオナール!」
「これで、私との再婚は諦めてくれるかな?」
「元より、そんな気は無いわ、あなたには悪いけど、あなたは最悪な夫だったもの」
「ああ、すまなかったね」
「だけど、最高の従兄よ!」
ディアナがレオナールを抱擁し、レオナールもそれに応えた。
従兄妹同士の抱擁だ。
ディアナは抱擁を解くと、今度はわたしを抱擁した。
「ありがとう、セリア!全部、あなたのお陰よ!」
「良かったですね、わたしもうれしいです!」
「前妻と妻が親しくするのには、問題ないわよね?」
「問題があれば、レオナールが解決して下さいますわ」
ディアナが声を上げて笑った。
晩餐の時に思い出したレオナールは、
「ディアナがあんな風に笑っているのを見たのは、初めてだよ」と驚いていた。
「私はディアナを誤解していた様だ…見た目や言動で、嫌な女だと決めつけてしまっていた。
結婚して、彼女の動向は悪くなるばかりだったが…
色々と無理をさせていたのは、私の方だったのか…」
レオナールが独り言の様に呟くのを、わたしは黙って聞いていた。
相槌など、必要では無いだろう。
「全て君のお陰だ、ディアナに良くしてくれて、ありがとう、セリア」
レオナールの真剣な眼差しに、わたしは微笑みを返した。
「わたしが好きでした事です、ディアナ様には好感が持てましたので」
「私が《最悪な夫》だという意見に、賛同したのかい?」
レオナールが冗談の様に言ったので、わたしは吹き出した。
「いいえ、わたしはあなたを愛する妻ですから!」
「それならいい」
レオナールは打って変わって、食事に専念し始めた。
《あなたを愛する妻》
軽口ではあったが、あんな事を言ったのが良く無かったのだろうか?
レオナールには、愛した人はいなかったのだろうか?
それとも、愛に破れたのだろうか…
わたしは知りたいと思いながらも、知る事が怖かった。
◇◇
その日の午後、以前、わたしが手を診て貰った、伯爵家の主治医、
サロモンが館を訪ねて来た。
彼は老年で白髪に白い髭を生やし、柔和な顔には小さな丸い眼鏡を掛けている。
「サロモン先生、手の事では大変お世話になりました」
「伯爵夫人、その後はいかがですかな?」
「はい、お陰様で、すっかり良くなりました」
あれから、傷は完全に消え、手荒れの薬の効果もあり、
元の美しい手に戻ったといっても良い程に、回復していた。
「それは良かった、今日は伯爵に用があって来たんですよ」
サロモンが言ったので、わたしはギクリとした。
「主人は何処か悪いのですか?」
「聞いておられませんかな?
伯爵は眠りの浅い方なんですよ、睡眠薬を常備しておられるので、
時々、こうして診察に来ています」
「睡眠薬を…」
何も聞かされておらず、わたしは驚いた。
「先生、どうぞ、こちらへ」
執事のセバスに促され、サロモンはわたしに礼をし、セバスに付いて行った。
恐らくは、レオナールの書斎だろう。
「知らなかったわ…」
夫婦の寝室は別なので、気付き様も無かった。
それに、わたしは契約上の妻だ、話す必要も無い…
ショックではあったが、それよりも、レオナールの事が気になった。
睡眠薬を常備している程だ、さぞ辛いだろう。
それに、睡眠薬を頻繁に服用するのであれば、体に良く無い。
「一人の方が落ち着くから、寝室を別々にされているのかしら?」
わたしはそれに思い当たった。
ディアナは「冷たい」と言っていたが、こういう事情があるなら仕方が無い。
レオナールはディアナにも内緒にしていたのだろうか?
わたしは診察が終わるのを待ち、サロモンを捕まえた。
「サロモン先生、お茶を召し上がって行って下さい」
「ああ、ありがとう」
わたしはサロモンをパーラーへ呼び、お茶と菓子を頼んだ。
「先生、主人はいかがでしたか?」
「良くも悪くも無いといった所です、睡眠薬を飲めば眠れているので、
睡眠薬を飲んでも眠れなくなれば、問題ですが…」
「それでは、そういう時もあったのですね?」
「ええ…睡眠というのは、心や体と繋がっていますので…
体が疲れている時には、深く眠れるでしょう?
心が疲れている時には、眠れなくなる者もいます」
「それでは、心の問題という事ですか?」
「恐らくは…」
サロモンは言葉少なく頷き、お茶を飲んだ。
何か知っている様にも見えるが、レオナールから口止めをされているのかもしれない。
わたしは話の方向を変える事にした。
「どうしたら眠れる様になりますか?」
「勿論、問題を解決する事が一番ですがね…
それは難しいでしょう、伯爵は弱味を見せたがらない方ですから…」
「他には、わたしに何か出来る事はありませんか?」
「なるべく、心穏やかにして差し上げる事ですかな。
心と体を癒し、気分転換をするのが良いかもしれません」
「分かりました、考えてみます。
先生、教えて下さりありがとうございました」
サロモンを見送り、わたしは刺繍に戻った。
考え事をするには、刺繍が丁度良い。
レオナールの心を穏やかにするものは何だろう?
心と体を癒し、気分転換する…
「ああ…分からないわ!」
レオナールはどんな事をしている時が楽しいのか、何が好きなのか、
何に心が癒されるのか…まるで思いつかない。
わたしはレオナールの事を全く知らない事に気付いた。
「そんな事を話す機会は無かったもの…」
そういえば、「疲れが取れると聞いた」と、レオナールが手を揉んでくれた事があった。
あれは、サロモンに聞いたのだろうか?
「何か本があるかしら?」
わたしは刺繍を置き、部屋を出た。
図書室へ行けば、何か見つけられる気がしたのだ。
背表紙を見て歩き、良さそうな本を取り出し、目を通して行った。
「気分転換には、体を動かす事、適度な運動が良いのね…
散歩に誘ってみようかしら?」
だが、レオナールは仕事で忙しくしていて、誘うには憚られた。
「他には、好きな物を食べる!レオナールの好物は何かしら?
これは、料理長と相談ね!」
「大声を出す、大声で歌う…想像出来ないわ!」
レオナールの歌を聴いてみたいが、難しいだろうか?
「演奏したり、演奏を聴いたり…音楽も良いのね…」
そういえば…
わたしがピアノを弾いた時、レオナールは眠っていた。
浅い眠りではあったが、それは、リラックス出来たという事では無いだろうか?
わたしのピアノが役に立つなら、これ程良い事は無いだろう___!
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