上 下
15 / 32

15

しおりを挟む


次にディアナが訪ねて来た時、レオナールと三人で会う事にしていた。
だが、今まで一日置きに訪ねて来ていたディアナが、三日も姿を見せなかった。
何処で聞いたのか、レオナールの帰還を知っていたのだ。
四日目に現れたディアナは、また豪華なドレス姿に戻っていた。
そして、その化粧の厚い顔は、暗かった。

「ディアナ!来てくれたのね、待っていたのよ!」
「レオナールが帰って来たんでしょう?」

まるで、これまで通りには来れないという様に…

「そうなの、ディアナ、あなたが自由に薔薇園に来られる様に、レオナールに話してみたの…」

「その先は言わなくていいわ、どうせ、再婚したんだ、これからは館に顔を出すな!って、
言われたんでしょう?私だって分かっているわよ、だけど、あなたに何も言わず、
お別れというのもね、あなたが心配するかもしれないから来ただけよ…」

ディアナが踵を返し、わたしは慌ててそれを止めた。

「待って!違うのよ、ディアナ!」

「その先は私が話そうか?」

ディアナが来た事を聞いたのだろう、レオナールが現れた。

「人の話は最後まで聞くものだよ、ディアナ。
だが、これまでの私の態度、言動で、そう思わせてしまったのも確かだ。
私は君に関心を持たなかった、酷い夫だっただろう」

これは、謝罪だろう。
ディアナは気まずそうに、視線を反らし、「そうよ」と零した。

「埋め合わせにはならないだろうが、今後は、好きにこの館に出入りして構わない。
再婚した後も前妻が訪ねて来るのは、外聞が悪いかもしれないが、
君は私の従妹だし、妻の友人でもある。
親戚が館を訪ねて来る事は普通だ、そして、親戚の者に庭造りの才能があるというなら、
庭を任せる事も当然だと考えたが、どうだろうか?」

ディアナの曇っていた顔が、徐々に晴れていき、それは笑顔に変わった。
紫色の目は今や、キラキラと輝きを見せていた。

「ええ!当然よ!私に任せてくれたら、後悔はさせないわよ!
ラックローレン伯爵領で…いいえ、ガエルモンド公爵領で一番の庭園にしてみせますわ!」

「ディアナ、私の好みは知っているね?」

「あくまで意気込みよ!兎に角、私とダントンに任せておけば、間違いないわ!」

「そう願うよ…それから、これからは直接庭に行って構わないよ。
馬車ではなく、馬で来るといい、尤も、そのドレスでは無理か?」

「これは、あなたと張り合う為の鎧よ!
でも、もう必要ないわね、直ぐに着替えて来るわ!ありがとう、レオナール!」

「これで、私との再婚は諦めてくれるかな?」

「元より、そんな気は無いわ、あなたには悪いけど、あなたは最悪な夫だったもの」

「ああ、すまなかったね」

「だけど、最高の従兄よ!」

ディアナがレオナールを抱擁し、レオナールもそれに応えた。
従兄妹同士の抱擁だ。
ディアナは抱擁を解くと、今度はわたしを抱擁した。

「ありがとう、セリア!全部、あなたのお陰よ!」
「良かったですね、わたしもうれしいです!」
「前妻と妻が親しくするのには、問題ないわよね?」
「問題があれば、レオナールが解決して下さいますわ」

ディアナが声を上げて笑った。


晩餐の時に思い出したレオナールは、
「ディアナがあんな風に笑っているのを見たのは、初めてだよ」と驚いていた。

「私はディアナを誤解していた様だ…見た目や言動で、嫌な女だと決めつけてしまっていた。
結婚して、彼女の動向は悪くなるばかりだったが…
色々と無理をさせていたのは、私の方だったのか…」

レオナールが独り言の様に呟くのを、わたしは黙って聞いていた。
相槌など、必要では無いだろう。

「全て君のお陰だ、ディアナに良くしてくれて、ありがとう、セリア」

レオナールの真剣な眼差しに、わたしは微笑みを返した。

「わたしが好きでした事です、ディアナ様には好感が持てましたので」

「私が《最悪な夫》だという意見に、賛同したのかい?」

レオナールが冗談の様に言ったので、わたしは吹き出した。

「いいえ、わたしはあなたを愛する妻ですから!」

「それならいい」

レオナールは打って変わって、食事に専念し始めた。

《あなたを愛する妻》
軽口ではあったが、あんな事を言ったのが良く無かったのだろうか?

レオナールには、愛した人はいなかったのだろうか?
それとも、愛に破れたのだろうか…

わたしは知りたいと思いながらも、知る事が怖かった。


◇◇


その日の午後、以前、わたしが手を診て貰った、伯爵家の主治医、
サロモンが館を訪ねて来た。
彼は老年で白髪に白い髭を生やし、柔和な顔には小さな丸い眼鏡を掛けている。

「サロモン先生、手の事では大変お世話になりました」
「伯爵夫人、その後はいかがですかな?」
「はい、お陰様で、すっかり良くなりました」

あれから、傷は完全に消え、手荒れの薬の効果もあり、
元の美しい手に戻ったといっても良い程に、回復していた。

「それは良かった、今日は伯爵に用があって来たんですよ」

サロモンが言ったので、わたしはギクリとした。

「主人は何処か悪いのですか?」

「聞いておられませんかな?
伯爵は眠りの浅い方なんですよ、睡眠薬を常備しておられるので、
時々、こうして診察に来ています」

「睡眠薬を…」

何も聞かされておらず、わたしは驚いた。

「先生、どうぞ、こちらへ」

執事のセバスに促され、サロモンはわたしに礼をし、セバスに付いて行った。
恐らくは、レオナールの書斎だろう。

「知らなかったわ…」

夫婦の寝室は別なので、気付き様も無かった。
それに、わたしは契約上の妻だ、話す必要も無い…
ショックではあったが、それよりも、レオナールの事が気になった。
睡眠薬を常備している程だ、さぞ辛いだろう。
それに、睡眠薬を頻繁に服用するのであれば、体に良く無い。

「一人の方が落ち着くから、寝室を別々にされているのかしら?」

わたしはそれに思い当たった。
ディアナは「冷たい」と言っていたが、こういう事情があるなら仕方が無い。
レオナールはディアナにも内緒にしていたのだろうか?


わたしは診察が終わるのを待ち、サロモンを捕まえた。

「サロモン先生、お茶を召し上がって行って下さい」
「ああ、ありがとう」

わたしはサロモンをパーラーへ呼び、お茶と菓子を頼んだ。

「先生、主人はいかがでしたか?」

「良くも悪くも無いといった所です、睡眠薬を飲めば眠れているので、
睡眠薬を飲んでも眠れなくなれば、問題ですが…」

「それでは、そういう時もあったのですね?」

「ええ…睡眠というのは、心や体と繋がっていますので…
体が疲れている時には、深く眠れるでしょう?
心が疲れている時には、眠れなくなる者もいます」

「それでは、心の問題という事ですか?」

「恐らくは…」

サロモンは言葉少なく頷き、お茶を飲んだ。
何か知っている様にも見えるが、レオナールから口止めをされているのかもしれない。
わたしは話の方向を変える事にした。

「どうしたら眠れる様になりますか?」

「勿論、問題を解決する事が一番ですがね…
それは難しいでしょう、伯爵は弱味を見せたがらない方ですから…」

「他には、わたしに何か出来る事はありませんか?」

「なるべく、心穏やかにして差し上げる事ですかな。
心と体を癒し、気分転換をするのが良いかもしれません」

「分かりました、考えてみます。
先生、教えて下さりありがとうございました」

サロモンを見送り、わたしは刺繍に戻った。
考え事をするには、刺繍が丁度良い。

レオナールの心を穏やかにするものは何だろう?
心と体を癒し、気分転換する…

「ああ…分からないわ!」

レオナールはどんな事をしている時が楽しいのか、何が好きなのか、
何に心が癒されるのか…まるで思いつかない。
わたしはレオナールの事を全く知らない事に気付いた。

「そんな事を話す機会は無かったもの…」

そういえば、「疲れが取れると聞いた」と、レオナールが手を揉んでくれた事があった。
あれは、サロモンに聞いたのだろうか?

「何か本があるかしら?」

わたしは刺繍を置き、部屋を出た。
図書室へ行けば、何か見つけられる気がしたのだ。

背表紙を見て歩き、良さそうな本を取り出し、目を通して行った。

「気分転換には、体を動かす事、適度な運動が良いのね…
散歩に誘ってみようかしら?」

だが、レオナールは仕事で忙しくしていて、誘うには憚られた。

「他には、好きな物を食べる!レオナールの好物は何かしら?
これは、料理長と相談ね!」

「大声を出す、大声で歌う…想像出来ないわ!」

レオナールの歌を聴いてみたいが、難しいだろうか?

「演奏したり、演奏を聴いたり…音楽も良いのね…」

そういえば…

わたしがピアノを弾いた時、レオナールは眠っていた。
浅い眠りではあったが、それは、リラックス出来たという事では無いだろうか?

わたしのピアノが役に立つなら、これ程良い事は無いだろう___!


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。

ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。 即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。 そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。 国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。 ⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎ ※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!

嫌われ王妃の一生 ~ 将来の王を導こうとしたが、王太子優秀すぎません? 〜

悠月 星花
恋愛
嫌われ王妃の一生 ~ 後妻として王妃になりましたが、王太子を亡き者にして処刑になるのはごめんです。将来の王を導こうと決心しましたが、王太子優秀すぎませんか? 〜 嫁いだ先の小国の王妃となった私リリアーナ。 陛下と夫を呼ぶが、私には見向きもせず、「処刑せよ」と無慈悲な王の声。 無視をされ続けた心は、逆らう気力もなく項垂れ、首が飛んでいく。 夢を見ていたのか、自身の部屋で姉に起こされ目を覚ます。 怖い夢をみたと姉に甘えてはいたが、現実には先の小国へ嫁ぐことは決まっており……

意地悪で不愛想で気まぐれだけど大好きなあなたに、おとぎ話が終わっても解けない魔法を

柳葉うら
恋愛
魔法が失われて王政が崩壊した国、ストレーシス国。 その国の労働階級家庭で育ったリーゼは、年上の幼馴染であるノクターンに片想いしている。 しかし<冷血のスタイナー大佐>こと国軍の大佐であるノクターンは美貌と優秀な経歴を併せ持つ人気者で、彼とはつり合わないと悩む。 おまけにノクターンはリーゼを子ども扱いするし意地悪な事ばかり言ってくるから、やきもきする毎日。 (これ以上ノクターンが遠い存在になる前に告白しよう……!) しかし決心して告白すると、ノクターンに避けられるようになってしまった。そして追い打ちをかけるように、彼の見合い話を聞いてしまう。 絶体絶命のリーゼは、街で知り合った実業家の青年エディに恋愛相談をした。 すると今度はエディとの待ち合わせ場所に必ずノクターンが現れ、恋愛相談の邪魔をされてしまう。 そんなすれ違いが起こる中、リーゼはとある事件に巻き込まれ、自身とノクターンの隠された過去を知ることに――。 これは、王政から民政に変わりゆく国で繰り広げられる恋物語です。 ※小説家になろう様にも掲載しております ※本話に一部残酷表現があるため、R15のレーティングをつけました。 該当部分はごく一部なので、苦手な方はギュンとスクロールして飛ばしてください。 ※タイトルを戻しました 旧題『初恋の冷血大佐様に、おとぎ話が終わっても解けない魔法を』

片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜

橘しづき
恋愛
 姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。    私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。    だが当日、姉は結婚式に来なかった。  パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。 「私が……蒼一さんと結婚します」    姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。

「君を愛す気はない」と宣言した伯爵が妻への片思いを拗らせるまで ~妻は黄金のお菓子が大好きな商人で、夫は清貧貴族です

朱音ゆうひ
恋愛
アルキメデス商会の会長の娘レジィナは、恩ある青年貴族ウィスベルが婚約破棄される現場に居合わせた。 ウィスベルは、親が借金をつくり自殺して、後を継いだばかり。薄幸の貴公子だ。 「私がお助けしましょう!」 レジィナは颯爽と助けに入り、結果、彼と契約結婚することになった。 別サイトにも投稿してます(https://ncode.syosetu.com/n0596ip/)

【完結】婚約者を譲れと言うなら譲ります。私が欲しいのはアナタの婚約者なので。

海野凛久
恋愛
【書籍絶賛発売中】 クラリンス侯爵家の長女・マリーアンネは、幼いころから王太子の婚約者と定められ、育てられてきた。 しかしそんなある日、とあるパーティーで、妹から婚約者の地位を譲るように迫られる。 失意に打ちひしがれるかと思われたマリーアンネだったが―― これは、初恋を実らせようと奮闘する、とある令嬢の物語――。 ※第14回恋愛小説大賞で特別賞頂きました!応援くださった皆様、ありがとうございました! ※主人公の名前を『マリ』から『マリーアンネ』へ変更しました。

死ぬほど愛しているけれど、妻/夫に悟られるわけにはいかないんです

杏 みん
恋愛
飛鳥唯子(あすか ゆいこ)は人妻。 夫は、大企業の御曹司である飛鳥仁成(あすか ひとなり)。 唯子は仁成を、仁成は唯子を、死ぬほど愛している。 が、愛ゆえに結ばれた夫婦ではない。二人の結婚には明確な目的があった。 唯子は、華麗なる飛鳥一族最大の汚点である『亜種』。 その唯子を引き受け、監視するという名目での結婚。 仁成は、一族にその自己犠牲的献身を認めさせれば、出世の後押しになるから。と、唯子にプロポーズをしたのだ。 そして唯子は、恩人である仁成の願いを叶える為に、その申し入れを受け入れた。 『仁ちゃんは社長になる為に、私と結婚した』 『唯は恩返しの為に、俺と結婚した』 互いの本心を知る由も無い二人は、今日も偽りの夫婦として、穏やかでちょっと変てこな暮らしを紡いでいく。

婚約破棄されたと思ったら次の結婚相手が王国一恐ろしい男だった件

卯月 三日
恋愛
カトリーナは、婚約者であるサーフェに婚約破棄を言い渡される。 前世の記憶が戻って変な行動をしていたせいだと思っていたが、真相は別にあったのだ! 最悪の気分で過ごしていると不思議なもの。 さらなる不幸がカトリーナに襲い掛かってくる。 「嘘ですよね? お父様。まさか、あの暗黒の騎士、ですか?」 次なる婚約者に選ばれたのは王国一恐ろしい男だった!? 転落からの成り上がり+ほのぼのじれじれ恋愛劇+ほんのりざまぁ風味の読み物となっております。 よろしければ、さわりだけでも読んでくださいませ! 序盤は、じっくり展開ですが、少しずつ軽く物語を動かしていく予定です。 1/30 現在、書籍化検討中につき第一章を引き下げ中でございます。    ご迷惑をおかけしています。何卒よろしくお願いします。

処理中です...